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 神と人間のはざまで
 イエスの成年時代            G・カミンズ       山本貞彰訳

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 求道者としての極限を生きた
  〝人の子〟イエスの実像    近藤千雄

   序文  E・B・ギブス
〝The Manhood of Jesus”
  by Geraldine Cummins
       First Edition 1949
    Second Impression 1949
      Third Impression 1963
   Psychic Press Ltd., London   
12 偉大な愛
13 イエスの変容 
14 人の生命とは 
25 良い羊飼い
50 復活という現象
      訳者メモ

     訳者あとがき
 
  求道者としての極限を生きた
  〝人の子〟イエスの実像    近藤 千雄

  前巻の 『イエスの少年時代』 の後、待望久しかった本書がついに刊行の運びとなって慶賀に堪えない。同時に、前巻に引き続いてこの私がその巻頭を飾る一文を訳者の山本貞彰氏から依頼されて、それをこの上ない光栄に思いつつ筆を執った次第である。

 本書のもつ意義については二つの視点があるように思う。一つは、従来の聖書(バイブル)の記述を絶対としてそれにのみ頼ってきたイエスの実像とその行跡を見直すという視点である。

 が、これについては山本氏が〝訳者あとがき〟で
専門の立場から述べておられるので駄弁は控えたい。『主の祈り』 についての〝訳者メモ〟などは永年の体験があって初めて気づかれるところであろう。これは従来の聖書が、インペレーターやシルバーバーチその他の高級霊界通信霊が異口同音に指摘しているように〝人為的な意図に基づく寄せ集め〟であることを〝語るに落ちる〟式に、はしなくも露呈されている興味ぶかい証拠と言えよう。

 もう一つの視点は、そうした通信霊が述べているイエス像とその行跡との比較という視点である。キリスト教の専門家でない私はどうしてもそこに視点を置いて読むところとなった。

 私が三大霊訓〟と称しているモーゼスの 『霊訓』(正統)、オーエンの 『ベールの彼方の生活』(全四巻)、そしてシルバーバーチの霊訓(全十二巻)、が申し合わせたように強調していることは〝スピリチュアリズム〟の名のもとに進められている現代の啓示と人類の霊的覚醒事業の中心的指導霊が、かつて地上で〝ナザレ人イエス〟と呼ばれた人物だということである。

 これをすぐに〝同一人物〟とするのは早計である。一個の高級霊が幾段階にもわたる〝波長低下〟の操作の末に母マリヤの胎内に宿り、誕生後それが肉体的機能の発達とともに本来の霊的資質を発揮して、そこに人間性をそなえた〝ナザレ人イエス〟という地上的人物をこしらえた。

その幼少時の〝生い立ちの記〟が前巻であり、いよいよ使命を自覚して当時のユダヤの既成宗教の誤りと、その既得権にあぐらをかいている聖職者の堕落ぶりを糾弾していく〝闘争の記〟が本巻である。

 こうした救世主的人物の生い立ちや霊的悟りへの道程はとかく超人化され、凡人とはどこか違う扱いをされがちであるが、〝十字架の使者〟と名のる通信霊の叙述するイエスの生涯は、どこの誰にでもあるような、いやそれ以上に人間臭い俗世的な喧騒に満ちており、また苦難の連続であった。兄弟間のいさかい、親の無理解、律法学者やパリサイ人による怒りと軽蔑
、同郷の者による白眼視───最後は浮浪者扱いされるまでに至っている。

 「イエスの成年時代はこのようにして孤独の体験から始まった。イエスは故郷の人々に心を傾けて天の宝を与えようとしたのであるが、彼らはそれを拒絶したのである」

 という一文は胸をしめつけられる思いがする。

 しかし
イエスは」そうしたものをすべて魂のこやしとして霊性を発揮していき、愚鈍で気のきかない平凡少年から〝威厳、あたりを払う〟風格をそなえた青年へと成長していく。

そこには求道者としての極限を生き抜いた姿がほうふつとして蘇り、二千年後の今、
こうして活字で読むだけでも、その意気込み、精神力、使命の忠誠心に圧倒される思いがする。シルバーバーチが、人間的産物である〝教義〟を棄ててイエスの生きざまそのものを模範とするようにならないかぎり人類の霊的神性は望めないと述べている言葉が思いだされる。

 そのイエスが死後、物質化現象でその姿を弟子たちに見せて死後の存続を立証して見せたあと、地上的ほこりを払い落して本来の所属界へと帰っていった。マイヤースは 『個人的存在の彼方』 の中でイエスの死後に言及してこう述べている。

 「ナザレ人イエスにとって中途の界層での生活は必要でなかった。彼は一気に創造主と一体となった。彼は地上に生きながらすでに神だった───全宇宙をその意識、その愛の中に包摂するだけの霊力を具えていたのである」

 そのイエスが〝私は又戻ってくる〟の預言どおりに、人類浄化の大事業の総指揮者として今その霊的影響力を全世界に行使しつつある。それが各種の霊界通信、奇跡的心霊治療、自由解放の運動となって現れているのである。

 この二巻に描かれたイエス像は、私が理解した限りでは、高級霊界通信が述べてることと完全に符節を合わしている。その一つ一つについて解説している余裕はないが、一つだけ誤解を解く目的で付言しておきたいことがある。

 それはマリヤの処女懐胎である。 前巻の八章で〝神秘の受胎〟として語られているが、私はこの章を読んだ時〝やはり〟という印象を受けた。私は生命の発生は、人類も含めて、どの種においても二つの性の生じない段階で行われたと考えている。

それは物質化現象というものが実在することを見れば明らかに可能なことである。両性(雌雄)による発生・誕生の仕組みは、それぞれの性がそれを可能にする段階まで発達した後のことであって、それまでは幾通りかの〝霊の物質界への顕現〟の仕方があったはずである。少なくとも心霊学的には処女のまま懐妊することはあり得るのである。

 ではなぜシルバーバーチはイエスも普通の人間と同じように生まれたと言い、そこに奇跡はなかったと述べているかと言えば、それは〝処女懐胎だから清純〟とする誤った考え、言いかえればセックス(性)を罪悪視する間違った認識を増幅させないたための配慮があると私は考えている。

 『霊訓』のインペレーターは〝人間に知らせぬほうが良いこと、知らせると害があること〟がたくさんあると言っている。人生学校の一年生、もしかしたら幼稚園児にすぎないかも知れないわれわれ地上のことであるから、そういうことは当然考えられることである。

シルバーバーチもある日の交霊会で〝イエスは本当にはりつけにされたのでしょうか〟と聞かれて次のように答えている。

 「そんなことについて私の意見をご所望ですか。どうでもいいことではないでしょうか。大切なことはイエスが何を説いたかです。(中略)私の使命は人生の基本である霊的原理に関心を向けさせることです。人間はどうでもよいことにこだわり過ぎるように思います。イエスが本当に処刑されたかどうかは、あなたの魂の進化にとって何の関係もありません。(後略)」

 さて最後にぜひ注意を促しておきたいのは、ギブス女史の存在である。モーゼスにはスピーア博士婦人、バーバネルにはシルビア夫人、イエスにはおばのマリヤ・クローパスの存在が大きな意義を持ったように、このギブス夫人の理解と協力なくしては、こうした価値の
あるものは生まれなかったであろう。

表にこそ出ないが、中心的人物よりも往々にして側近の人物の方が大きな存在意義を持つことがあるものである。いくら偉くても人間は一人では何もなし得ないのである。

 本巻の最後にチラリと顔を出すクレオパスという弟子は、のちに〝クレオパスの書〟の題で一連の通信を送ってくることになる。その第一巻がすでに 『イエスの弟子達』 と題されて刊行されている。何だか二千年前の大きなドラマが今になってビデオテープを見るように
再現される感じがして、心躍る思いがする。山本貞彰氏の一層のご健闘を祈りたい。


  序文

 詩人のウイリアム・ブレイクは、いくつかの詩が 『使者』 からの口述であることを強く主張している。そして次のような言葉で語られている。
 「私は使者の秘書であり、真の作者は、永遠の大霊である」 と。
 同じように、『イエスの成年時代』も、私の目の前で、〝十字架の使者〟からジェラルディン・カミンズに口述されたものである。
 カミンズが、パレスチナ地方に行ったことがあるのではないかと尋ねられたことがあるが、彼女は一度もそんな経験はないことを、神名に誓って読者諸氏に言明しておく。
 
                                                    E・B・ギブス

      主な登場人物
エルダド・・・・・・・・・・・・・故郷を追われ失意のイエスを暖かく迎え入れた農夫
アサㇷ・・・・・・・・・・・・・・・イエスを心から慕い続ける薄幸な障害者
ユダ・・・・・・・・・・・・・・・・盗賊の首領に残された唯一の実弟、イエスの弟子
ヨハネ・・・・・・・・・・・・・・イエスの最愛の弟子。希にみるすぐれた霊覚者
ヨエル・・・・・・・・・・・・・・人里はなれた山岳地帯に住む野人
ナタニエル・・・・・・・・・・・ヨエルの孫、ナタンの従兄弟。敬虔な信仰者で、後に
                           バルトロマイと改名する。
シャンマイ・・・・・・・・・・・民衆の信望を集めていた。エッセネ派修道会の創設者
ヨナ・・・・・・・・・・・・・・・・ペテロの従兄弟で、ユダの友人
マルコ・・・・・・・・・・・・・・ペテロの親戚にあたる若者で、イエスを慕う
ピラト・・・・・・・・・・・・・・・当時のユダヤを統治していたローマ総監
アリマタヤのヨセフ・・・・ユダヤの国会議員の一人で、ピラトと親交があり、人目を
               しのんでイエスに師事していた人物







 1 隠者との出会い
 
 イエスが二十二歳になったとき、浮浪者ヘリと別れを告げることになった。彼にとっては悲しい別離であった。イエスとヘリはアラビアのさすらえる部族の中にとけこんで長い間苦楽を共にしてきた間柄であった。へり
はいつもイエスのよき兄として彼を見守ってきた。

しかしへりはいつまでもこのような状態を続けけることはよくないと判断していた。それでお互いに別れることになったのである。へりはわざとそっぽを向いている間にイエスは北へ向かって旅立って行った。


 年が明けたばかりの頃であったが、日中の砂漠は炎暑地獄で、陽光は遠慮えしゃくなく砂を焦がしていた。たどりついたガリラヤ地方は、まるで別天地のように自然の草木は生き生きと輝き、鳥はうたい、木々は緑の衣をまとい、ガリラヤの湖はほほえみ、野のユリは光り輝いていた。

ああ、故郷へ帰ってきたんだという喜びで胸がいっぱいになるのであった。彼は人間であり、同時に神の分霊でもあった。それで彼は遥か遠くのアラビアにいたときでも、彼の霊体はしばしば肉体を離れ、生まれ故郷を訪れるのであった。
 
 彼は一体どうして荒涼たる砂漠の地で炉の火の中をくぐり抜けるような状態におかれていたときでも、善意を保つことができたのであろうか。照りつける太陽は砂漠にいる人間どもに無数の火の矢を放ち、獰猛なジャッカルは夜な夜な叫び声を響かせ、殊に飢えているときは、浮浪者をも襲うのであった。

幼少の頃からイエスは孤独をいやっというほど味わってきた。エルサレムの街頭で大勢の群集にいじめられたり、ナザレでは、ずるがしこい律法学者に散々ひどいめにあわされたのである。しかしたった一人でアラビアの砂漠を旅しているときのイエスの心は平和そのもので、来る日も来る日も天の父なる神と一緒であった。

 イエスは身も心も神の祝福で満たされていたのである。夜中にどう猛なジャッカルが食い物をあさってイエスのねているところにやってきても、イエスは目をあけて笑顔であいさつすると、彼らはおとなしくなり、彼らなりのあいさつをしてからイエスを真ん中にして車座になり、静かに座るのであった。

 イエスは再び眠りにつき、ジャッカルたちは一晩中イエスを護衛するのである。夜が明けると、神と共なるイエスのもとから離れ、食い物を探しに行くのである。このようにユダヤの地に足をふみいれるまでの間、旅そのものはまことに苛酷なものではあったが、心にはいつも喜びがみなぎっていた。


 ある日の夕方、山々に風雨が襲った。南の砂漠からやってきた旅人にはあまり心地よいものではなく、危険でもあった。このような天候は、日ごろどこかにひそんでいる泥棒や狼たちにとって絶好の条件であった。しかしイエスは何ひとつ恐れることなく、心は落ち着いていた。

風雨や寒さをしのぐため穴ぐらに入ろうとして岩山をよじ登り始めた。穴ぐらの入り口の所までたどりつくと、深い渓谷や巨大な山々の光景が一変し、野獣の叫び声が聞こえてきた。

すると一人の男が穴ぐらの前に立っているのが目に映った。その上、灰色の生き物が近くの大きな石陰でうごめいていた。
それは一群の狼でイエスに飛び掛かろうとしてどう猛な歯をむきだしていた。

イエスは杖一本も持たず、全くの丸腰であった。そんなとき羊飼いたちは腰をかがめて石を拾い防戦のかまえをとるのであるが、彼は立ったままひとつも恐れる様子もなく、飢えきった狼であることも念頭になかった。完全な愛は欲望をすてさせてしまうのか、歯をむき出していた狼は急に動きを停め、血に飢えた欲望は静まり、すっかりおとなしくなってしまった。

イエスは彼らを見つめ、手を挙げて彼らを祝福した。彼らはイエスのそばにたたずみ頭をあげながら狼の言葉であいさつした。彼らの叫び声は飢えきった時のどう猛な声ではなく、もっとも親しい友人に向けられたあいさつの叫び声であった。

 イエスはしばらくの間そこに立っていたが、親愛の情をこめながら彼らに話しかけた。イエスの話し言葉は、ごく普通の人間のものであったが、狼にはよくわかり、喜びの声で応答するのであった。

その声が周囲の岩山にこだまして、何事が起ったのかとあちこちの岩穴から小さな動物達が首をだした。

イエスの体からまばゆい光が放射され、喜びにあふれた彼の心が狼や周囲の岩々に流れていったので、野生の鳥がイエスのまわりに続々と集まってきた。イエスは穴ぐらの前に立っている男の方へと歩み寄っていった。
 
その男は狼のボスに何やら合図をおくり、すぐさまけもの道に立って旅人の命を守ってやるように命じた。イエスはほほえんでいた。イエスはちっとも恐怖を感じてはいなかったが、この隠者のやさしい心くばりを嬉しく思った。隠者の風格は堂々たるもので、背が高く、痩せすぎであった。隠者とイエスはお互いの顔が見える程近くまで接近した。

そこでイエスはしばらくここにかくまってほしいと頼むつもりであったが、突然言葉につまってしまった。二人の間に影のようなものがおおい始めたからである。その影は暗く、重苦しかった。イエスは身震いした。その時ばかりは震えを抑えることができないほど苦しかった。それが将来どんな悪い兆しであるか知るよしもなかった。
 
それは、この隠者が水のほとりに立って彼に進むべき道を与える時が来るまで隠されていたのである。

 夕方なのに陽の光はおとろえず、岩山の崖を照らしていた。日没の陽光にうつしだされた隠者はイエスよりも十歳も年長に見えた。彼は粗麻布(あらぬの)を身にまとい、髭と頭髪は伸ばし放題で胸のあたりまで垂れ下がっていた。厳しい顔付の中に何事にもくじけない固い岩石のような精神力を秘めていた。

イエスの心に再び静けさが戻ってきてからその隠者の後について岩穴の中に入っていった。暗い中にローソクの火が灯っており、そのすぐ側に羊皮紙が置かれていた。それは聖書(旧約聖書)の写しであった。隠者にとって、これは神の民の一人であること立派に示している貴重な宝物であった。

 イエスは数日の間ほんのわずかなイチゴしか食べていなかったので食物を求めた。隠者は責めるような目つきで彼の袖を引っ張った。律法に忠実な隠者にとって食事の前に手を清めないことは許せないことであった。彼は水のあるところまで連れてゆき身を清めさせてから食卓についた。

 風は音をたてて吹きまくり狼は穴の外でほえていた。この聖者(隠者)は狼に静まるように話しかけた。もしも狼の言葉を使って大声をはりあげなかったら、この隠者は言語障害ではないかと思えるほどおし黙っていた。

イエスは心の中で、きっと沈黙の期間を守っているのであろうと推察していた。

聖者は常に手を合わせ、唇を動かし、目を天に向けて天地の大神に黙々と祈っていたからである。しかし先刻味わった重苦しい悲しみはイエスから消えうせなかった。イエスが尊敬するこの聖者を目前にしながら彼は落ち込んでしまうのである。何やらこの聖者の将来に不吉なものを感じたのである。イエスはワナワナと震えながら神に強い助けを求めていた。イエスはつぶやいた。

 「天の御父は私の中におられる。そして私は天の御父の中にいるんだ」

 イエスはこの聖者の中に神の用意しておられる、ただならぬ使命のようなものを予感した。彼の魂は、この世のものとは思えない平安がやってくるまで全身を突きさすような苦しみを味わった。イエスは再びつつぶやいた。
 
 「天の御父は私の中におられる。そして私は天の御父の中にいるんだ」

 聖者の震えは止まった。額から噴き出していた玉のような汗も止まった。両手を真っすぐにのばしてからやっと休息をとった。イエスはこの厳格な聖者を見つめながら心の中で深く愛していることを覚え、魂の奥深い泉から吹き上げるような口調で言った。

 『天にまします我らの父よ、願わくは、御名を聖となさしめたまえ。御国をきたらしめたまえ。御心を天におけるごとく地にも行わしめたまえ』

 イエスは生れて始めてこのように祈ったのである。しかも名も知らない隠者の目の前で無意識のうちに語られた祈りであった。

この祈りを聞いていた隠者は、ありありと驚きの様子をかくしきれず、たとえひとことも語ることができなくても、この若者に何かを訪ねようとしているかのように唇を微かに動かしていた。しかし間もなく彼は静かになった。彼は再び平和のうちに瞑想を続けるのであった。

 イエスは身を横たえて眠りについた。彼の魂はなおも暗い陰影に包まれて聖者にまつわる謎を解くことができなかった。人間の眠りは一種の覚醒である。人は眠っている間、別の世界(霊界)に行っており、目を覚ました時にはその体験を思いださない。しかし稀に死と苦しみを越えた世界(霊界)の体験を覚えていることがある。

 イエスは夢を見ていた。彼は夢の中で一人の老人が香のたちこめている祭壇の前に立っており、天使がこの老祭司のそばにいるのを見た。天使が自分のそばにいることを感じた老祭司は恐怖におそわれ、その場に倒れてしまった。天使は老祭司の恐れを除いてから彼に言った。

彼の妻エルサベツは老齢であるが、近いうちに一人の息子を産むであろうと。天使はその子の名前も告げたのであるが、イエスには聞き取ることができなかった。しかしエリサベツが産む子供の生涯について語られたことはよく覚えていた。

 『かれは預言者エリヤの霊と力を以て現れるであろう。彼はキリストの歩む道を準備し、多くの人々の心を幼子のようにし、神に逆らう人々の心を正すために働くであろう』

 イエスはなおも夢を見つづけた。一人の若い女が現れた。その清らかさといい、美しさといい他に較べようもない程であった。しかし彼女の名前は明かされなかった。その顔を思いだそうと努めるのであるが、それはただユダヤの田舎にある一軒の家の中のことしか思い出せなかった。

そのうち、エリサベツの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。彼女は機織(ハタオ)りに精を出していた。エリサベツは老女でありながら、子を宿していることがよくわかった。夫のザカリヤは、部屋のすみでひざまずき、声をたてずに祈っていた。祈りを終えてから食事をするのであるが、彼はただ手で合図するだけで、ひとこともしゃべらなかった。

夕方ごろになって、一人の若い女がガリラヤからやってきて、従姉妹(いとこ)にあたるエリサベツの名前を呼んだ。
おだやかに女の挨拶が始まると、部屋の中の雰囲気がガラリと変わってしまった。今までの重苦しい空気が失せてしまい、二人の妊婦が向かい合った。一人は年老いた妊婦であり、他は若い妊婦であった。

若い女の額には昔味わった大きな苦労がにじみ出ていた。それにも拘わらず彼女の顔は明るく輝いていた。その時、美しい声が響いてきた。

 『女の中で最も祝福された女よ 胎内の赤ちゃんも祝福されています


 イエスが見ていた夢は一瞬、池の水のさざなみのようにゆらいだが、再び平静にもどり、若い女の顔が見えてきた。

すると女は声高らかに神の栄光を歌い始めた。その歌は一種の預言を意味する歌で、過去、現在、未来にわたって変わることのない神の真実がやって来るという内容であった。

(訳者注・聖書では、妊婦マリアが神の子の誕生という大業をたたえ、自分のような卑しい女が選ばれたことを感謝する歌をうたったと記されている


 イエスはたずねた。

 「この歌はどこにあるのですか」

 声は答えた。

 『隠された詩篇の言葉です。聖霊がこの女の口を使って歌わせているのです。』

 歌声は次第に大きくなり、家の外まで響き渡り、大勢の人の耳にまで達した。年老いた女は水瓶を取ってきて、わざわざ訪ねてきてくれた若い女の足を洗ってから、親しく話し始めた。

その光景はイエスの夢から次第に消えてゆき、暗い穴ぐらの中で眠っていることに気がついた。もうすでに朝を迎えていた。彼が眠っている間、隠者はひざま
ずいて祈っていた。隠者の顔には恐怖の影は消え失せていた。

 夕べ見た夢は鳥の翼のように彼の心を天に向かってはばたかせ、天の御国に導いていったのである。イエスがそこで見たものは、余りよく分からなかったようである。それもそのはず、過ぎ去った昔のことについては、何にも知らされていなかったからである。霊界では、すべての事実が忠実に記録され、永遠に保存されてるいのである。



 2 隠者の変容

 イエスには二つの考えがあった。ひとつはガリラヤにいる母や叔母のマリヤ・クローパスの所に行くことであった。もうひとつは、生まれて始めて出会った高潔な聖者と共にこの山の中で暮らすことであった。

 しかし彼のガリラヤへの思いは強く、ついに故郷へ帰ることにした。ある日の朝まだ暗いうちに起き上がり隠者に別れを告げた。隠者は眉をひそめ、イエスに合図をおくった。それはここに止どまっていなさい、出てはならないという意味のサインであった。しかしイエスは故郷が自分を呼んでいると言った。

隠者は悲しみに満ちた目付きで、ここに止どまって欲しいというサインを示した。穏やかで礼儀正しい若者は、心から求めている隠者の願いをはねつけることはできなかった。
 
 イエスはいったん旅立つことを断念し、水のある所に行って身を清め、隠者の赴く後について行った。そそり立つ岩の裂け目をくぐり抜けるように歩いて行くと、あまり広くない平地にやってきた。あたり一面に夕べの露がたまって水たまりができていた。隠者が好んで訪れる庭で二人とも太陽が中天にあがるまで働いた。

穴ぐらに帰ってから隠者はイエスのためにとっておきの食事を用意した。野生のハチミツとイナゴであった。食事をすますと隠者は瞑想に入った。それから一時ほど眠った。彼は夜通し瞑想を続けるので、ひるごろに一時間程眠ることにしていた。イエスは彼のそばでじっと見守り彼が妙な夢を見ていることを感じた。

 隠者が眠りから覚めると、例の庭に行き、ひざまずいて祈り始めた。イエスも一緒についていった。しかしイエスは沈黙を破り、天の御父に対して喜びの賛美を歌い始めた。イエスの歌声はフルートのような音の響きではなく、ガリラヤ湖畔に押し寄せる波のような深い音色であった。押し黙っていた隠者も沈黙を破り、歌い始め、周囲の山々までも歌声に耳を傾けるのであった。

 『主をほめたたえよ、主のしもべたちよ、ほめたたえよ、主の御名をほめたたえよ。

 今よりとこしえに至るまで、主の御名はほむべきかな。

 日の出ずるところから、日の入るところまで、

 主の御名は、ほめたたえられる
』 (旧約聖書、詩篇 113の1-3

 この時のイエスは、再び光に包まれていた。陰気な隠者でさえ賛美の歌には逆らえなかった。隠者は従来の戒律を破り、立ち上がって岩によりかかり、イエスの賛歌にじっと耳を傾けていた。

 突然イエスは涙ぐんだ。その涙は、あたかも砂漠で出合った泉のように、彼の魂の渇きを癒した。日没までそのままで瞑想を続けた。その時のイエスには、完ぺきな形で神が宿っておられたと、後になって弟子に語ったと言われている。イエスが成人して始めて行った奇跡である。

 三日間この二人は一体となって、すべてのものを分かち合った。その後は沈黙の戒律が破られるようなことは無かった。しばしばイエスに質問したい衝動にかられることもあった。しかし偉大な精神の持ち主は、最後まで沈黙の誓いを破ることは無かった。二人は深い神秘的なものによって固く結ばれていたのである。

 イエスのガリラヤへの思いは断ちがたかった。日の出にさえずる鳥の声のように、彼の心をさそった。三日目になってイエスは再び天の御父に対して喜びの詩篇をうたった。谷間はすでに暗くなっているのに、彼の放つ神秘の光が輝いて、不毛な岩山を明るく照らしていた。イエスは隠者に言った。

 「あなたと一緒にいる間、これからどうするかを考えてきましたが、もうその心配はなくなりました。私はやはりここから出てまいります」

 隠者はうなずいた。イエスは続けて言った。

 「真理を真剣に求める求道者には、二通りの生き方があります。一つはあなたのように選ばれた方が瞑想のうちに生きる道です。常に沈黙を守り、めったに口を開くことはありません。話すとすれば、罪のない鳥や獣たちに知恵を授ける時でありましょう。断食と瞑想によって霊性を高め、真理の道を追求するのです。

しかし悪霊は町の中にたくさんいるように、荒野にもいるのです。聞くところによりますと、荒野が彼らの住みかというじゃありませんか。だからこそ、よほどの強い魂でなければ荒野で平静に暮らすことはできません。」

 隠者は深くうなずいた。隠者も悪霊との戦いで疲労と憂うつに悩まされてきたからである。

 イエスはなおも続けて言った。

 「私が、もう一つの道を選んだのは、このような悪霊を恐れているからではありません。私は人々の間で暮らしたいのです。荒野で暮らすことは私自身の救いだけに専念することになります。瞑想のうちに真理を求めることができたとしても、私はあなたの弟子となってここに留まることはできないのです。私には天の御父から託されていることを遂行しなければならないのです。」

 イエスが最後にのべた言葉には、特に力がこめられ、第三者の疑いをさしはさむ余地はなかった。

 「私の目的は、第二の道を歩むことです。人との交わりを通して神の務めを果たすのです。なんといっても、あらゆるタイプの人間と交わることによって、人の歩むべき道、究極の真理、生命の尊厳を見いだすことが必要なのです。このようにして、私は神の御心を実現していけると思います。

 母や兄弟がいるナザレに参ります。でも彼らと一緒に暮らすつもりはありません。他に私の住む所を見つけ、自分の手で働きます。仕事はなんでも厭いません。大工、農夫、漁師、羊飼い、それもなければ、さまよえる人でもよいのです。きっとガリラヤの人々が味わっている悲しみ、苦しみ、心配事などが分かってくると思います。

そこで、解決するドアをたたかせるのです。重荷を少しでも軽くして心が休まるようにしてあげるのです。貧しい人々や年老いた人々の必要としているものを少しでも満たしてあげたいのです。人はみな同じであり、特に汚れた人がいるわけではありません。乞食も取税人も罪人といわれている人も、不義密通している女も、みんな等しく神の子なのです。」

 イエスが話し終えると、隠者は頭を振りながらイエスの別れの言葉に反対する動作を示した。苦悩に満ちた顔つきで狭い所をうろつき回った。ついに彼は立ち止り、イエスの顔を見据えながら彼の袖を引っ張った。それは荒々しい動作であった。彼は手でこの山々や空を差しながら、第一の道を選ぶべきであると強く示した。

その道こそイエスにとって最も良い道であり、救いとなることを伝えた。イエスは再び威厳をもって語り始めた。

 「人間の一生は、別離の連続といってもよいでしょう。私達二人は、神の愛によって一つに結ばれてはいますが、魂は全く別なのです。私の魂は隣人に向かって深く愛することを求めています。

私は人々から離れて暮らすわけにはいかないのです。しかしあなたは生まれつき預言者としての素質が与えられています。このような荒野の静けさの中で沈黙を守り、瞑想によっていやがうえにも魂は成長し養われることでしょう。とにかく、この道こそあなたにとって最もふさわしいのです。

けれども私の目的は預言者になることでもなく、またそのような素質もありません。私は隣人を愛するためにうまれたのです。どうして人里はなれた荒野で暮らすことができましょうか。

 ある商人が商用で旅立つときに、二人の使用人を呼んでいいました。一人の男には三タラントのお金を預け、別の男には一タラントのお金を預け、自分が帰って来るまでに何とか努力してお金をふやしておくように言いました。主人が帰ってくると、三タラントのお金を預かった者は、五タラントにして主人に差しだしました。

別の男は、お金を布にくるんで土の中に埋めておきました。彼はその一タラントを主人の前に差し出すと、主人は激しく怒って言いました。天の御父は、我々みんなに賜物を与えておられるのだ、折角の賜物を使わずにしまっておいては駄目じゃないか、それを何倍にもふやすんだと」

 隠者はため息をつきながら両手を挙げてイエスを祝福した。お互いに別れることを同意したからである。隠者は言い知れぬ悲しみを堪えながら聖書を開き、慰めの言葉を求めた。イエスは最もふさわしい言葉を読み上げた。

 『見よわれ、なんじの前に使者をつかわす。彼なんじのために道を備えん』(旧約聖書マラキ書、三の一)

 イエスは続けて言った。

 「女から生まれた者の中で、来るべき預言者よりも偉大な方はおられません。あなたは、その来るべき預言者なのでしょうか」

 この問いに対して隠者はなにも答えなかった。合図もしなければ、体を動かすこともしなかった。そ知らぬ様子を見せてはいたけれども、実際はそうではなかった。深い悲しみが隠者を襲っていた。

 突然あたりが静かになった。ジャッカルや狼さえも鳴き声を出そうとしなかった。まるで神が世界中の音をすべて消してしまったのではないかと思える程静かになった。すると隠者の顔が恐ろしい程まばゆく光り輝いていた。その光は、彼の頭や手足、そして全身から放たれていた。

彼は崖のふちに真っ直ぐに立ち上がり、雲に届かんばかりに背丈が伸びていた。その姿は実に威厳に満ちており、見守る者にとって預言者を代表する偉大な人物のように感じられた。

イエスは地にひれ伏し、顔を地に向けて深々と頭を下げ、心から謙そんの気持ちをあらわした。その光景は、まるでエリヤかモーセがそこに居合わせているようであった。輝きと静けさのうちに彼らの魂は互いに深く交わり合っていた。

清らかなひとときが去ってから隠者は崖のふちを立ち去り、岩穴の中へゆっくりと歩み、深い眠りについた。イエスは、ひとり残って暗い夜空を見上げながら、たった今体験した出来事について思いふけっていた。

 果てしない疑問が解けぬまま、イエスも穴ぐらに戻り、隠者と一緒に眠りについた。

 

 
 3 破られた農夫の夢

 日の出と共にイエスは旅支度をととのえ、沈黙のぬしに礼を言って、別れの挨拶をした。この時の二人にとって、もはや別れの悲しみはひとかけらも感じられなかった。聖なる雰囲気が二人を包み込んでいたからである。昨夜の不思議な体験が二人に魂をまったく一つに結びつけてしまったのである。

 イエスの姿が見えなくなってなってから、隠者は例の崖のふちへ行き、北の方角に広がっているガリラヤ地方に手をのばし、何時間も長い間祝福を続けていた。沈黙の誓いを守る期間中であったので、彼は喜びと感謝の気持ちを言葉であらわすことができなかったからである。暑い陽がさしこむ昼頃になって、ようやく神への感謝と賛美を終えた。

 イエスは山から谷間へ降りてゆき、歌をうたいながら自由の身になったことを喜んだ。道すがら珍しい花を見ては、その形の美しさに驚嘆した。彼は鳥に向かって話しかけ、鳥もイエスの甘い澄んだささやきに聞きほれるのであった。

イエスは時々笛や歌声で鳥に応えることもあった。彼は喜び勇んで旅を続けた。

 一人の少年が旅の仲間に加わった。まだ十四歳にもならない子供であったが、ガリラヤのことをあれこれと語ってくれた。この時に少年にはまだ知るよしもなかったのであるが、将来イエスの七十人弟子の一人に加わることになるのである。この少年とは道の曲がり角の所で分かれた。昼近くになった頃、ペトエルという名の旅人と出会った。

彼はちょうどエルサレムへ巡礼にいくところであった。ペトエルの目的は、捧げ物を奉納してから、一人で荒野に行き、断食と祈りをしながらメシヤ(救世主)の到来を待つことであった。イエスは昨日までの三日間を山の中に立て籠もっている不思議な隠者のもとで過ごしてきたことを話して聞かせた。ペトエルは驚いて言った。

 「こりゃ驚いた! あの隠者と三日間も一緒だなんて


 イエスは彼にたずねた。

 「どうしてそんなことを言うんですか」
 
 ペトエルは答えて言った。

 「あの聖者は、もっか沈黙の誓いを立てているので、誰ひとりとして彼に近寄ることができないんですよ。彼はこの地方では、とても偉大なお方として知られているのです。彼は罪も汚れも無い清いお方で、みんなから 『イスラエルの希望』 と言われているのです。私も彼の弟子の一人なのです」

 イエスは更に訪ねた。

 「名前は何とおっしゃるのですか」

 「ザカリヤという祭司の子供、ヨハネといいます。それが実に不思議なことがあったんだそうです。彼が生まれる時、偉大な人物が出現したことを顕す不思議なしるしがあったとか言われているのです。そんな訳で彼は非のうちどころのない青年時代を過ごし、他の者のように誘惑にも負けず、いつも人里離れた所で清らかな生活を続けているのです」

 イエスはすかさず言った。

 「あなたは、そのお方を何とお考えですか」

 「今は言えません。旅の若い方、あなたの部族(イスラエルの十二部族)も名前もうかがっておりません。このことはどなたにも言わないでいただきたいのですが」

 イエスは絶対に口に出さないと約束すると、ペトエルは答えて言った。

 「実を申しますと、ヨハネは来るべきメシヤであると確信しているのです」

 「どうしてそれが分かるのですか」

 「彼の力あふれる霊力といい、清らかな生活ぶりといい、それは実に素晴らしいからです。それに今やイスラエルの回復のためにメシヤがおいでになる時が熟しているからです」

 イエスはこのことを耳にしてからは、ひとことも口を開かなかった。まるで鷲が岩の上に留まって、高いところから谷底を見つめ、鋭い観察をしているかのようであった。ペトエルは言った。

 「あなたは一体どこからいらしたのですか。家族はどこにおられるのですか」

 ペトエルは同じことを三度も聞いた。イエスはゆっくりと口を開いて言った。

 「私はナザレの者です。私の母はそこに住んでいます」
 
 ペトエルはすかさず言った。

 「ナザレには善人は一人もいないというじゃありませんか」 

 ペトエルの表情は次第に暗くなっていった。明らかにナザレ人と一緒に歩いているという不快感をあらわしていた。

 イエスは、ほほ笑みながら言った。

 「霊は、思いのままふるまいます。ですから、善なる霊は地域や部族などによって縛られることはありません。私の母などはナザレに居ながら、それは素晴らしく善良な女です。

それだけではありません。ナザレの大部分の人々は実に正しい生活をおくり、エルサレムで名高い義人よりは、遥かにすぐれているのです。ナザレ人は、どちらかといえば、単純なのですよ。農夫ですからね」

 ペトエルはすっかり度肝を抜かれてしまった。彼は愚かにも、汚れたナザレ人といううわさだけを信じ、そのような人間と一緒に旅をしてはたまらないと思っていたのである。自称聖人ペトエルは、どうしても一緒に旅をしたくないというので、イエスは

 「兄弟よ、神様の祝福がありますように」

 と言って、ペトエルから離れていった。


 このあたりでは、旅人が休んだり眠ったりするのは、暑い真昼の頃である。盗まれるような物を持っていない時には、日没後も旅を続けるのである。月が上がり始めるころ、イエスは心地よい眠りから目を覚まし、月光の中を歩き始めた。しばらく行くと一組の男女と一緒になった。

男は女の数メートル先を歩き、ずた袋を背負っていた。女は幼児をおんぶしながら、よろめくように歩いていたが、ついに倒れてしまった。彼らは砂漠の国境あたりからやってきて、すっかりやつれていた。女がしきりに 「イクサ」 と呼んでいた男にイエスが声をかけたが、そっけないそぶりを見せるだけであった。

幼児が泣き始めたので、後ろを振り向くと、女が倒れていた。イエスが駆け寄ってやさしい言葉をかけ、背中の幼児をおんぶしてあげようかと申し出た。

イエスが幼児の顔をのぞいてニッコリ笑うと、幼児はたちまち泣き止み、おだやかな顔になった。イエスは女に水を飲ませ、幼児の面倒をみたので、女はすっかり元気をとりもどし、ポツリポツリと自分の身の上を話し始めた。

 イサクと結婚して荒野の果てに、ひとにぎり程の土地を耕していたのであるが、凶作続きで悩まされていた。

悪いことは重なるもので、ある日のこと盗賊の一味がやってきて、彼らの小さな家に火をつけ、わずかな持ち物までもすべて奪われてしまった。その後も干ばつが続いたので、イサクはついに力尽きてしまい、なんでも恵まれている王の都エルサレムに行こうと言い出したと語った。イエスはため息をつきながら女に言った。

 「私は前に王の都に住んだことがあります。そこには飢えと不毛しかありませんでした。そこへいくと、ガリラヤには、暖かい人々がいて、静かな緑野が広がっています。どうですか、私と一緒にガリラヤへ行きませんか。

緑野は、ふんだんに小麦、オリーブ、ブドー酒を産んでくれます。あなたの夫はそこで仕事を見つけ、一家が食物と喜びに満たされるようになるでしょう」

 二人の話は次第にはずんできた。荒野で生まれた娘の将来のことなどを話しているうちに、女の足も軽くなっていった。

 突然彼女の夫が立ち止り、後ろを振り向いてイエスに子供を背中からおろすように命じた。イエスはその通りにしてから言った。

 「母親の体力が弱っていますから私におんぶさせてください」

 夫イサクは妻に向かって、みだらな奴だとののしり、イエスの顔の左側を思い切りたたき、地上に倒してしまった。妻は夫にイエスを叩かないように哀願した。彼の顔がまるで野獣のように腫れ上がってしまったからである。イエスはよろよろと立ち上がりイサクに言った。

 「兄弟よ 左の頬っぺたを叩いたように、右の頬っぺたも思い切り叩きなさい。それで気が晴れるのなら


 イサクは大声で叫んだ。

 「おまえは臆病者の上に、おれの妻をたらしこもうとしてるんだろう」

 「とんでもない 私よりも弱りはてているあなたをぶちのめすことと、あなたが元気な私を叩くことと、どちらがたやすいと思いますか。私の霊が 〔他人の重荷を背負いなさい〕 と告げているのです。さあ、どちらがやさしいかを答えてごらんなさい

 イエスが話している間、彼のほほの裂け目から血が流れていた。毅然として彼に語りかけているイエスの姿を見ているうちに、この野蛮な男は路上にすわりこんでしまった。思いもよらないイエスの態度に驚いてしまったからである。

同時にイサクは、イエスがただならぬ人間であることに気がつき、これ程汚れのない真っすぐな人はいないこと知った。イサクは言った。

 「あなたは乞食のような恰好をしておられますが、本当に勇気のある気高いお方です。とんでもない乱暴をしてしまいましたことをどうかお許しください」

 イエスはほほ笑みながら、今までどおり子供をおんぶして歩き始めた。イサクはこれ以上イエスに迷惑をかけたくないと思っても、イエスがあまりに陽気にふるまっているので言い出すことができなかった。

 彼らは、なおも旅を続けた。その夜は、ある馬小屋で一緒に寝ることにした。次の日も旅を続け、イエスは子供をおんぶして歩き、イサクの熱心な話に耳を傾けていた。

 イサクは小さな子供の時から親に叩かれ、飢えに苦しみ続けてきたことを語った。死海の周辺の土地は干からびて、ほんのわずかな作物しかとれず、農夫はいつも食料不足に悩まされ、死の恐怖にさらされているのだそうである。イサクは暗い声で言った。

 「わずかな食料をためておいても、いつも強盗がかっさらっていきます。だから私はだれをも信用しないどころか、近づいてくる者はみんな泥棒に見えるのです。それで近づいてくる者を叩きのめして自分を守るしかないのです。今も私はすっかりあなたのことを誤解して、妻の手から子供をさらっていくのではないかと思い、乱暴をしてしまったのです」

 イエスはなるほどと思った。しかしイサクはなおもかたくなな性格を改めようとしなかった。イサクは自分のいだいている夢を語った。

 「エルサレムには何でも豊かにあるのです。私はそこで仕事をみつけ、宝を手にしたいと考えているのです。私はなまけものではありませんから、朝から晩まで働きたいのです」

 イエスは答えて言った。

 「エルサレムには、あなたのように夢見る者が大勢おります。彼らは一日中よく働いてもわずかな給料しか貰えず、家族のためのにパンを買うぐらいしかないのです。それよりも、私と一緒にガリラヤへ行きましょう。

エスドラエロンの緑が果てしなく広がっていて、そこから労働者たちは、くさるほど穀物の収穫を得るのです。ガリラヤの北の方へ行くと、ブドーやオリーブの実がたわわとなっているのです。あなたもそこへいけば、宝物ではなく必要なもののすべてと喜びを見つけることができるでしょう」

 しかしイサクは、妻がどんなに願ってもイエスの勧めを受け入れようとはしなかった。イサクには、いまだにエルサレムの宝のことがすてきれず、ついにイエスの手から子供を引き離し、エルサレムの方へ向かうと言ってきかなかった。

イエスはこの夫婦に暗い影がさしているのを見て心は重かった。ろくな目にあわないことが分っていたからである。女はイエスに祝福の祈りを求めた。そして彼女は言った。

 「私たちは、この方が示して下さった素晴らしい忍耐力をみならわなくっちゃね

 女は地にひれ伏し別れを告げた。イエスは手を挙げて祝福した。

 「女よ、この世では得られない平安がいつまでもあなたとともにありますように」

 女はなにも言わず夫のあとについて行った。イエスは突き出た崖の上に立って、彼らが歩いている姿を見ていた。この時は、夫が幼児を抱いていた。イエスの霊力によって観察された夫婦の暗い影は、まことに凶事となって現れた。

エルサレムに行ったイサクには、彼のような農夫を雇ってくれるところは全く無かった。夫婦は力尽き、幼児はついに病死してしまった。母親もひとかけらのパンも尽きて餓死してしまった。大勢の群集の中にあっても、女は穏やかに息を引き取ることができた。それはイエスの祝福のお蔭であった。

 
 
 
 
 4 ナザレの家族たち

 ナザレでは、ヨセフの家は栄えて豊かであると、もっぱらの評判であった。それは、マリヤが気の毒な人々に心から親切にしていたからである。しかし村の人々が考えているほど楽な暮らしではなかった。乞食がやってくると、マリヤは手ぶらで彼らを去らせることはなかった。

次男のトマスは、今では一家の大黒柱であったが、母が乞食に親切であることに文句を言った。イエスが荒野に行ってしまってからというものは、貧者の手助けをすることによって自分を慰めていた。そのために、マリヤは生活を切り詰め、食べ物さえもろくにとらず、本当に飢えている人々に与えようとするのであった。

その上、夜おそくまで機(はた)を織り、町からやって来る行商人に買ってもらい、小銭を貯めては病人や困っている老人に救いの手をさしだすのであった。

 ガリラヤの女たちは、中年になると太ってくるが、マリヤは例外で骨が見えるほど痩せていた。それで働き過ぎた時など空腹でしばしば倒れるのであった。そのたびにトマスは小言をもらすのであるが、母はやさしく言うのである。

 「ねえトマスや、ガリラヤの人々はみんな一つ家族なのよ。たとえ乞食であろうと、従兄弟のように思わなくちゃね。おまえもよく知っているだろう、血を分けた者が飢えていたり、ボロをまとっていたら、助けてやるじゃないか」

 トマスは言った。

 「だけどね、お母さん おれたちが稼いだものは、うちの家族のためにとっておかなくちゃ 凶作のときのためのもね」マリヤは言った。

 「前にイエスが家にいた頃にこんなことを言っていたよ。 〔明日のことを心配することはない。明日は必ず何とかなるものだよ〕 てね。それからまた草むらの中から一本の白い花を抜き取って見せて 〔ほら この花を見てごらんよ 天の御父がすべての生き物を養っていて下さることが分るだろう。神への信仰があれば明日のことをくよくよ考えなくてもいいんだよ〕 とも言っていたよ。

そのときはまったく馬鹿な女だったからイエスの言っていることが分らなかったのさ。でもね、いまになってそのことが分ってきたんだよ。素晴らしい真理なんだよ。〔我々はみんな一つの家族、そして我々はその枝である〕 ってね」

 マリヤは最後の言葉を何度も繰り返し、溜め息をつきながら言葉をきった。

 トマスはイエスへのねたみを感じながら言った。

 「おやじが寝込んでから、もう四年にもなるんだぜ 手足が動かず、ベッドから起き上がることもできないんだよ 僕も弟のヤコブも一生懸命働いて、おやじの面倒を見、家族を支えているというのに、兄貴は家出して家のために何一つしてくれないじゃないか。家族のことをほったらかしにするような浮浪者なんかどうでもいいじゃないか

 マリヤはトマスのねたみを感じながら言った。

 「トマス、よくお聞きよ。おまえの父ヨセフの職業は立派で、とても繁盛していたじゃないか。それをそっくり引き継いで働かせてもらっているのはお前とヤコブだよ しかもこの家から長男イエスを追い出したのはどこの誰なのさ お前じゃないか あのときにお前が父さんに言ったこと覚えていないのかい

〔僕を取るか兄貴をとるか〕 と父さんに迫ったのはお前じゃないか 母さんはね、今でもイエスがどこに居るかが分かれば飛んでいきたいのよ、ティベリヤでもどこでも行きたいんだよ 腹黒いナザレの大先生〔律法学者〕 のワナにかけられた時も、イエスはガリラヤから出ていったんだよ。

村じゅうの人々からこっぴどくやられたのはイエスのせいじゃないことは分かっているんだよ。トマスや、よーくお聞きよ  私の長男イエスはたしかに変わり者で、ときどき変なことを口走ることがあったよ。でもね、このことに関しては(イエスの家出)イエスが本当に家族のことを思っていたからだということを考えてみるんだね

 トマスは口をとがらせながら言った。

 「母さんはイエスのことを一番愛している。僕なんか母さんのためにどんなに働いても、いつも二番目なんだから」

 「馬鹿な子ね お前も本当に良い息子として愛しているのに。でもね、だれも風向きを変えられないように、霊のおもむく愛の方向を変えることができないんだよ」
 
 マリヤは心おだやかに言葉を結んだ。トマスは腹をたてながらも母の言うことには何一つ逆らうことはできなかった。幸いイエスが家に戻らないので、彼は内心満足していたことも事実であった。しかしいったん心の内に芽生えた憎しみというものは、雑草のように大きく成長するのである。

憎しみの感情を少しでも和らげるために、まだ成人していない弟セツに当たり散らすのであった。セツはまだ十六歳の少年でどこか風采がイエスに似ていた。それでセツを見ていると、どうしても兄のイエスのことが思いだされ、セツに八つ当たりするのである。

 トマスにはサラという妻がいて、家族のことはみんな彼女にまかせていた。サラは生来の怠け者で、いつもゴタゴタの種であった。まるで草むらにひそんでいる蛇のように残酷であった。

おしゃべりで、いつも不平をならし、夫のトマスをそそのかしては、庭付きの大邸宅に住みたいとうるさくせがむのであった。夫のトマスは友達に借りた金を返済するために、がむしゃらに働かねばならなかった。

 ある日のこと、弟のセツがトマスの所へやってきて、ルツという女の子と結婚したいと言い出した。ルツは貧しい未亡人の娘であった。トマスは、まだ見習い期間中だから、あと二年間働かねばならないと言った。更にまた、借金があるうちは、これ以上家族の人数を増やすわけにはいかないとも言った。

 セツは言った。

 「僕はもう子供じゃない。一人前の男として自分が決める権利があるんだ。両親さえ許してくれれば僕は結婚したいんだよ」

 そこでトマスはふせっている父ヨセフのところに行き、セツの結婚を許さないように説得した。しかしマリヤは言った。

 「私は結婚の邪魔はしないわよ そんなことをすればセツは家から出ていって、それは酷い生活を始めることになるわよ。彼のような若い者には、とても辛い世間だからね」

 マリヤには、トマスがイエスを追い出してしまった苦々しい思い出が鮮明に焼き付いていた。またもやセツまでも家から追い出してしまうことは絶対にしたくないと思った。その夜マリヤはセツを説得したが、セツはどんなに頼んでもあと三箇月なら待ってもよいが、トマスの言う二年間はとても無理だと言い張った。

マリヤの生涯には心配が尽きず、ついにセツは家を出てルツと結婚すると宣言したのである。マリヤは、セツには生活力が乏しいので家族を支える力のないことをよく知っていた。それからは、マリヤにはいつも休まる時が与えられなかった。ちょうどその頃、イエスは砂漠からガリラヤへ向けて旅を続けていたのである。




 
 5 家族との再会

 ガリラヤの山々や谷間は、日没の美しい輝きの中で、金色と朱色の花輪飾りにおおわれているように見えた。その輝きの光景の中にイエスの姿が映っていた。村の入り口あたりで水差しを運んでいる女が歩いているのが目にうつった。イエスは昔から老人と女性には優しかったので、彼女のそばに駆け寄り、水差しをもってあげましょうと申し出た。

その女は顔を上げ旅人にほほ笑みかけた。すると突然、彼女の微笑は泣き声に急変した。イエスが腕でしっかりとだきしめながら言った。

 「お母さん お母さん
私ですよ 家に帰ってきたんですよ

 あくる朝、二人は野原へ行って木の下に腰をおろした。二人ともあふれるような喜びの気持ちを抑えながら話した。

それでもマリヤの声は鳥のようにはずんでいた。その声がイエスの心にしみわたるのであった。それは喜びの極致であった。 

 「ねえイエス お前の声はすぐわかったわ。でもお前の顔はすっかり大人になっているので本当に分からなかったわね。ナザレを出ていった頃とはまるで違うんだもの」

 マリヤの言ったとおり、イエスの顔は樫の木よりも浅黒く、砂漠の焼け付く陽光によって真っ黒に日焼けしていた。余り上背はなかったが、堂々たる男に成人し、目の輝きには威厳があった。マリヤはこのような息子を産んだことにしみじみと誇りを感じた。二人は、日が没し月が上がってきた頃には全く一つに結ばれていた。

 後になって、この時の思いでを弟子のヨハネに次のように語ったという。

 『あの時が私の生涯にとって最も嬉しい時であった。心が全く一つにとけあっていたので、何ひとつこの世の煩いが侵入してくることがなかった』

 月が丘の上高くこうこうと姿を現す頃になって、マリヤはしばらく黙りこくっていた。満たされた思いに満足していた。それから彼女は、今までのことについて語り始めた。ヨセフの病気のこと、医者からも見放されてしまったことなどを話した。さらに、トマスとセツの兄弟喧嘩、サラが妹いじめをすることなどをつけ加えた。

イエスは母に何とか家中の者がみんな円満に暮らしていけるように努力することを約束した。母は言った。

 「だけどトマスのことが心配なの。きっと、おまえを歓迎しないと思うわよ、なんといっても頑固なんだから。おまえがナザレに居た頃のことを思うと本当に自信がないわ」

 イエスは言った。

 「すべては時が解決してくれますよ。そんなにくよくよすることはありません。トマスには特に用心してかかりますからね。私はね、お母さん、平和をもたらすために帰ってきたんですよ。でもまだ私の本当の使命を果たす時はきておりませんけどね」

 マリヤはこの言葉を聞いて安心した。案の定、イエスが家に帰ってからサラの心をとらえ、とても良い印象をみんなに与えたので、サラの心は静まり、トマスもイエスを快く迎え入れた。

 イエスがナザレの家に帰ってきてから、家中の者が喜びにつつまれ、ぎくしゃくする者は一人もいなかった。セツとトマスでさえ仲良く話し合っていた。イエスはまた一銭のお金も受け取らないでトマスの大工仕事を手伝った。トマスも長男が心から協力してくれることを喜び、とても鼻が高かった。

イエスはすべてのことにおいて控え目にふるまった。ただ母マリヤにだけは親愛の情を傾けていた。家の中では自分が長男ぶることを一切さけ、家の主人はトマスであるという態度をとり続けた。そんな訳で兄弟たちは次第に自分の悩みをイエスに打ち明けて相談するようになり、イエスも根気よく話を聞いてやった。ただ聞くだけであった。

 セツはイエスのもとにやってきて、相談をもちかけた。

 「お兄さんが帰ってきたので母さんがとても喜んでいますから、僕の結婚も許してもらえると思うんですが」
 
 イエスは、今までのいきさつをすべて聞いてからセツに言った。

 「おまえは、トマスにあと二年間働くと約束したそうだが、どんな事情があるにせよ、それを破るのはよくないのではないか」

 「だけど母さんは許して下さいました」

 「この家をきりまわしているのはトマスだ。いくら母さんが許してくれたとしても、トマスの許しがなければ駄目なのではないか」

 セツは苦しみながらわめいた。

 「約束だのなんだの、もう僕には通用しないんだ ルツと一緒の時だけが僕の慰めと生きがいなんだよ もう二年も待てないよ

 イエスはじゅんじゅんと話してきかせ最後に言った。

 「セツよ、本当の愛は肉欲をすててしまうことなんだよ。おまえは恋する人のそばに朝な夕な行きたいと思っているだろうが、本当に彼女を愛しているならば、おまえが一人前になって、正式に求婚する時が来るまで待つことなんだ」

 セツは顔をしかめながら熊のように歩きまわった。セツは叫んだ。

 「もう聞きたくない 兄さんだっておれのことを止められやしない もう待てないんだよ。おれだって一家を構えて妻を食わしてやれることぐらいできるんだ


 イエスは手に持っていた棒で土の上に文字を書きながら言った。

 「あるところに数人の男がいた。彼らはこの世の何よりも女をあさっていた。彼らは肉欲を満たすために、あちこちで盗みを働いたり、人をだましたりして次第に堕落していった。

こういう男たちは、女性を尊敬することができない輩なんだ。自分の名誉を守れる男は、女性の名誉も守るんだよ。人間は愛と欲とをよく見分けることが大事なんだ。欲望は己を滅ぼし、本当の愛は、いつまでも誠実を保つ、これだよ」

 イエスはほほ笑みながらセツに言った。

 「くどいようだがね、本当の愛は肉欲を捨ててしまうんだよ」

 セツは冷静になっていた。次の日には、イエスの言ったことが心の奥深く残っているのを感じていた。

 多くの女たちもイエスのところに相談にやってきた。若い女も、年を取った女もいたが、すべての女たちに対してイエスは全く平等に扱い、優しく振る舞い、よき相談相手になっていた。イエスは女の見てくれなどにはまったく関心はなく、良き友人として耳を傾け、あらん限りの誠意を示していた。ある女たちは、イエスを誘惑しようとしたが、全く無駄であった。

 数日が過ぎてまたセツはイエスに言った。

 「僕はね、兄さんのことをじっと観察してたんだ。それで兄さんが言ってた愛と欲望は違うものなんだということが分るようになったんだ。だから僕は兄さんの言うことに従う決心をしたんだよ。

トマス兄さんに約束したとおり、一生懸命やってみるさ。約束を果たしてからルツの所に正式に結婚を申し込みに行くよ。それまでの間僕の意思がくずれないよう僕を見守ってください、兄さん」

 イエスは今すぐにそのことを母に伝えるように言った。母マリヤは、セツの言うことを聞いてびっくりした。イエスのおかげでセツが立ち直ったと母は嬉しそうにトマスに伝えた。家の中は、喜びと平和がみなぎっていた。

 トマスの妻サラだけが悪の根源であった。彼女はセツの悪口を夫に告げ、自分をひどくいじめるなどと作り話を耳打ちした。更に悪いことに、セツが仕事を終えてからルツとこっそり逢引きしているなどとタチの悪い作り話を夫に告げた。サラにそそのかされたトマスは、セツに口もきかず、ひどい仕事だけをやらせた。

しかしイエスを模範としていたセツは、どんなにきびしい仕打ちを受けても我慢することができた。

 ある日のこと、急にトマスは、口を開いてセツを 「ウソつき」 「馬鹿者
」 と、罵り始めた。

 セツは叫んだ。

 もうこんな家にいたくない! おれは、おまえの奴隷じゃないぞ! 馬鹿とは何だ! あまりにもひどいじゃないか!」

 トマスはたて続けに罵倒したので、セツはいたたまれず、オリーブの林へのがれて行きサメザメと泣いた。トマスの横にはイエスと母マリヤがいた。母の厳しい表情を感じながらイエスは言った。

 「故(から)なくして兄弟を怒る者は神の審判(さばき)にさらされるであろう。しかし兄弟に対して馬鹿者とののしる者は地獄に落ちるであろう」

 トマスはこの言葉を聞いて、ますます怒り狂った。

 「おれがここの主人なんだ。おれにたてつくなら、ここからたたき出してやるぞ! 黙れ! 
さっさと自分の仕事をやるんだ。二度とおれに刃向かうんじゃないぞ!」

 しかしイエスは黙っていなかった。

 「実の弟をののしるなんて、全くあきれたもんだ! セツの心はひどく傷ついてるから、このままでは家を出ていってしまうだろうよ。しかも、この恨みをあちこちにばらまけば、我が家のいい恥さらしになるだろうよ。これでおまえの仕事もおしまいだね。こんなおまえだと分かったら、みんなおまえから離れていってしまうからね。一つの国が分裂したら必ず滅びるものだ
。家庭も同じだ。分裂する家は必ず滅びてしまうんだよ」

 イエスはほほ笑みながらトマスに言った。

 「さあ! おまえの心のなかから憎しみの感情を追い出してしまいなさい! そして今すぐセツのところに行って誤ってくるんだね。そうしたら又平和な家庭が戻ってくるだろうよ」

 トマスは仏頂面をさげて仕事場からすごすごと出て行き、オリーブの林に向かった。セツを見つけてから、許してくれと懇願した。二人はいままでの事を水に流して、もとの仲になった。しかしトマスの心中はおだやかではなかった。母や弟ユダ及び使用人の面前でイエスに恥をかかされたからである。

 その頃イエスは、全身から神秘的な輝きを放つことがしばしばあり、彼のもとへやって来る多くの人々に勇気と喜びを与えていた。

時がたつに連れてトマスの恨みも朝露が太陽に照らされて蒸発するように次第と消えていった。妻のサラだけが相変わらず悪の種であった。彼女はどうにかしてみんなから慕われているイエスを自分の虜にしようとたくらんでいた。

 イエスは丘の斜面に立って大勢の人々の相談にあずかっていた。斜面の草むらで車座に座り、一つの大家族のようであった。子どもの問題や様々な悩み事、あるいは病気のことで相談を受けた。一人一人の母親に与えられる手短な答えは、まことに的確で、その言葉は、宝のように大切にされた。

話し合いが終わるとイエスは子供たちと遊び、折にふれて神の創造にかかわる真理をたとえ話にして聞かせるのであった。自然界の生命、例えば種から芽が生じ、葉がはえて花が咲くといった植物の神秘、彼がアラビアの砂漠で経験したあらゆる出来事、彼をアラビアへ導いてくれた不思議な星の光、狼から羊をまもるために生命を落とした羊飼い、鳥、けもの、人間、王様、次から次へと尽きることなく、素晴らしい話を聞かせるのであった。

イエスの話には、必ずためになる真理が含まれており、話を聞いた直後には、この意味は、ああだ、こうだとしきりにささやきあっていた。どの話も、神の深い慈悲を感じさせる内容ばかりであった。

 さて、イエスの夕べの集まりのことが伝わると、あちこちから問題を解決したいと願っている女たちが集まってきた。

特に悲嘆にくれている女や、卑しいと見られている女が、何日も旅をしてやって来るようになった。そんな様子を見たサラは、始めのうちはイエスを好いていたのであるが、次第に妬むようになり、ついに憎むようにさえ変化していった。そこでサラは夫に言った。

 「表情の良くない女や、卑しい女が夜イエスのところにやってくるそうよ。きっと悪いうわさがたつようになると思うわ。そうなれば、あなたの仕事に傷がつき、仕事ができなくなるんじゃないかしら」

 トマスはこのことを母マリヤに話した。そしてこのような集まりを続けるなら、ここから出ていってもらうと言い出した。大事な息子を失うまいとして、マリヤはそのことを伝えた。彼女は、女たちを集めないで、同じ年輩の男たちを集めたらどうかと勧めた。

 「子供たちがパンを求めているのに、どうして与えないでおられましょうか」
 とイエスは言った。

 マリヤは悲しかった。イエスが民衆のために実に素晴らしい働きをしていることを知っていたからである。イエスの働きによって、苦しんでいる民衆がどんなに救われていたことであろう。しかしイエスは、母親の涙を見て、マリヤの勧めに従って、夕べの集まりを中止することになった。
 
 イエスは、すかさず、この原因は悪女のサラの陰謀であることを察知した。それでイエスはサラと話す時は、「はい」と 「いいえ」 だけで応対することにした。サラはもっと困らせようと夫トマスをたきつけた。トマスにイエスを追い出す考えを止めさせ、もっと家のために働かせようという魂胆であった。

 みんなの仕事が終わってから、なおもイエスを職場に残らせ、ランプの灯のもとで難しい仕事をさせようというのである。母の協力もあって、イエスはしごく愉快に困難な仕事をやってのけた。サラは内心この計略は失敗したと思った。なんとかイエスの心をかき乱してやろうと思ったのであるが、彼はいつでも平然としていた。

彼女に対する態度はつねに丁寧で、変わったことと言えば、彼女が何を話しかけても、ただ、「はい」 と 「いいえ」が返って来るばかりであった。

 さて、イエスはある安息日に、タボル山の頂上に登った。そこで夕方まで祈り続け、天の御父と深く交わっていた。

イエスは山から降りてナザレの近くまでくると、突然、嵐になり、あたりは真っ暗になった。しかし彼の頭や体からは、こうこうと光を放っていた。マリヤ・クローバス(イエスの叔母)がやってきて、イエスの姿を見て驚いた。彼女は道端にひざまずき、礼拝するような恰好でイエスに言った。

 「あなたは神様をごらんになったのね」




 
 6 父と母に孝養をつくす

 ある週の三日目(火曜日)のこと、一人の金持ちの商人が職場にやってきて、イエスにあって話したいと言った。イエスの評判にはトマスも頭が上がらなかった。もしかしたら大きな注文が入るかもしれないと思った。トマスは早速イエスの着ているボロ服を脱がせ、自分の晴れ着を着るように言った。

 イエスは言った。

 「そんなことをする必要はない。人は見かけではなく、内なるもののいかんによって、その人の値打ちがきまるんだからね」

 イエスは商人に挨拶をかわし、商人の要請によって、二人きりで話し合うことになった。商人がイエスに言った。

 「私は、ある晩、妻と一緒にあなたの集会に来たことがあるんですよ。大勢の女たちがあなたを取り巻いていましたね。私たちは、あなたの深い知恵にびっくりしたのです。私がその時に体験したものは、悲嘆にくれていた女たちにお与えになった平安でした」

 イエスは尋ねた。

 「あなたは一体何を言いたいのですか」

 「はい、実は、あなたにカぺナウムにある私の家で一緒に暮らしていただきたいのです。たくさんの人が私の店で働いています。あなたが家に来て彼らの監督になっていただきたいのです。そうすれば家の者ぜんぶがあなたの平安を受けられるではありませんか」

 こんな申し出を受けたとき、イエスは内心一つの考えが浮かんだ。収入の道が開かれれば、マリヤや兄弟たちを引き取って、悪の根源となっているトマスとサラから引き離して、平和に暮らせるではないかと思った。イエスが返事をしかねているのを見て、商人は三週間目にまたやってくるから、その時に返事をもらいたいと言った。

トマスが一緒に食事をするように勧めても、そんなことには一切ふり向きもしないで、商人はさっさとカペナウムに帰っていった。

 この時期は仕事が多く、なかなか自分が一人になって瞑想する時間がとれなかった。せいぜい父と母と話すのが精一杯であった。イエスと父ヨセフの間には決定的な溝があった。

ヨセフは善良な人間ではあったが、イエスが少年のころ変わったことを言っては人々のひんしゅくをかっていたからである。でも今ではイエスが父の病床に座り、言葉少なに慰めてくれるので待つようになった。

 ある晩のこと、ヨセフはついに自分の悩みをイエスに打ち明けた。

 「わしは毎晩ねむれなくて困っているんだよ。十字架の上で殺される男のうめき声を聞かされるんだ。どうもがいても、のがれられず、まいっているんだよ。わしが昔犯した罪のむくいかもしれんがね」

 うなされる夢についてヨセフは説明した。昔ガリラヤの山に立て籠もったユダが、ローマの権威に逆らって反乱を起こしたときの光景から話した。

 「我々が憧れていた一輪の花がローマ帝国の支配をはねのけてイスラエルを救い出そうとした。しかし当時の領事バールス(B・C・十三年、シリヤの総督をつとめ、巨額の富を得た。その後紀元七年ころ、今のドイツ地方の総督となった人物───スミス歴史辞典より) が軍隊を引き連れてガリラヤの山に立て籠もった者たちを虐殺してしまった。

ろくな武器しか持っていなかった若者たちは、重武装のローマ軍の前では、ひとたまりもなく潰されてしまったんだ。少しでもユダに関係した若者たちがひっ捕らえられ、十字架で死刑になった。ローマの百卒長(百人の部下を率いる隊長) がわしの職場にやってきて、若者たちをはりつけにする木の十字架を作れと命令しやがってな、わしは煮えくりかえる思いをしたんだよ。妻や子供がいなければ、わしはその命令をはねつけていただろうよ。

百卒長は剣を抜いてマリヤと子供たちを脅かしやがった。ああ なんと情けないことよ わしは恐ろしさのあまり、ローマ人の言うなりになって、わしが長い間つきあっていた多くの友達をはりつけにする十字架を作ってしまったのだ。

なあ、イエスよ、こうしてじっとしていても、友達をはりつけにした十字架が目の前に現れ、血のような汗が体から噴き出している光景が延々と続くんだよ。どんな祈りをしても自ら墓穴を掘った絶望の穴からはい出すことができないんだよ。そばで寝ているマリヤの邪魔にならないようにと毎晩一人でもがいて苦しむんだ」

 ヨセフは一刻も早く忌まわしい夢から解放されたいとわめいた。

 イエスはヨセフが静まってから、ヨセフの心が癒されるような話をした。するとヨセフは、心が休まる思いがした。

 「おまえの話を聞いていると、今までに味わったこともないような平安がやってきて、実に心なごむ思いがするよ。だがな、おまえがわしのそばに居ないときはどうすればいいのだ? また若者の亡霊におそわれるかもしれないじゃないか」

 イエスは父に言った。

 「悪霊がいたずらをしてるんですよ。彼らは信心のうすい人間の肉体を狙っては襲ってくるんですよ。心の内部を清めておかないとだめなんです」

 そこでイエスは立ち上がり、大声で叫んだ。

 『天の父なる神の名において、命じる! 悪霊よ、この体から出ていけ! もう一度おまえに命じる。天の父なる神の名において、ここから出ていけ! 二度と来るな! 』

 父ヨセフは、以前イエスが神の名を口にすることをひどく叱ったものであるが、この時ばかりは、何とイエスの声がラッパの響きのように快く響いた。ヨセフの手足が震えた。しばらく震えが続いていた。死んでしまった筈の手足に再び生命が戻ってきたのである。イエスは素早くその動きを見た。そして霊力が加えられたことを知った。

ヨセフは大きな溜め息をついてから深い眠りについた。翌朝までぐっすり眠った。マリヤが朝食の支度に部屋から出ていってから、イエスはヨセフの所へ行った。ヨセフは嬉しそうに言った。

 「わしは夕べ何も見なかった」

 イエスは言った。

 「十字架にかけられた兄弟たちは休息しています。兄弟たちの霊をそそのかしていた悪霊はもう行ってしまいましたからね」

 それからというものは二度と若者たちの凄惨な姿が現れることはなかった。イエスは父のために、当時老人や病人をしばしば悩ましていた悪霊を追い払ってしまったのである。母マリヤは、イエスの陰でヨセフが安眠できるようになったことをとても喜んだ。そこでイエスは例の商人が提案してきたことをマリヤに話した。

そして親子兄弟がトマスと分かれカペナウムで一緒に暮らそうと言った。その話を聞いたマリヤは悲しそうに答えた。

 「息子よ それだけはできない相談だわね。そりゃ私は何度かそうしたいと夢にまで見たくらいだよ、でもそれだけはどうしてもできないのよ」

 イエスはとまどった。彼は実行しようと決心していたからである。しかしその気持ちを抑えてマリヤに言った。

 「どうして僕が母さんや妹たちによくしてあげることができないんですか?  父のためにも最善をつくしてあげたではないですか。サラと別居すればどんなにみんなが救われるかご存知でしょうに」

 マリヤはたたみかけるように言った。

 「ねえ、イエス、本当はね、私はもうくたびれていれるのよ。この年齢になると、家の中のごたごたはもうたくさんなの。燕と鷹は同じ巣に住めないだろう。おまえがどんなに強い説得力を持ってヨセフにせまっても、おまえと一緒に住みたくないというでしょう。それにヨセフにとって、トマスは今でも目に入れても痛くない息子なのよ。

だからこの二人を引き離すことは、とてもできっこないよ。だから一緒に
なれないんだよ、イエス

 マリヤは手をやさしくイエスの頬に当てながら説得した。

 「たしかにおまえは他の男と違って思いやりがあることはよく承知しているわよ。商人の家で大勢の使用人の監督になったら、商人のことだから、あちこちに集金に行かせるでしょうよ。

その中には貧乏人もいて、わずかな
お金でも、もぎ取って来いと言われたらどうするの。おまえはきっとそんなことはできず、結局その家から飛び出すことになるわよ。そしてまた放浪の旅にでかけるのが落ちよ」

 この時のマリヤの言葉は実に当を得ていた。母思いのイエスは、それ以上逆らわなかった。

 「そうだね母さん、あんな商人のところに行かなくてもオリーブ畑で働けばいいんだ」
 「馬鹿ね、あんなところで働いても家計の足しにはならないわよ。それに病人の父さんをどうするのさ」

 「明日のことは心配しないようにしましょうよ、母さん 野に生えていて咲いている花を見てごらんよ、天の御父がちゃんと養っていてくださるんです。野草は労働するわけではなく、紡いで花を織っているわけでもありません。僕の言っていることを疑っているんですか? 天の御父をもっともっと信頼することですよ」

 母マリヤはイエスの申し出につて、義妹のマリヤ・クローパスのところへ相談に行くと言い出した。母の気持ちを変えられないことを察知したイエスは、その足で商人のところへ行き、例の話は取りやめにすると伝えた。せっかく家のためを思って話を進めたイエスにとっていささか傷心の思いであった。

 ずっと後になって、このいきさつを聞かされたイエスの弟子ヨハネは、イエスの亡きあとに母マリヤの杖となり、妹には父がわりになって心から尽くしたということである。




 7 母との別離

 イエスはもはや弟トマスの言いなりになる生活を止めた。彼は夜の集会に熱心に来ていたエルダド (妻の名はエステル) のもとに行くことにした。エルダドは、たくさんの畑を持っており、秋には莫大な小麦の収穫をあげていた。

 夏のある朝、イエスはこのことを母に告げた。母は青ざめてしまい、慰める言葉もなかった。母マリヤは再びイエスを手もとから離したくなかったからである。夕方になって、トマスはイエスにここから出て行かないでほしいと言った。

その頃トマスは、すっかりイエスに対する妬みが消えていた。今まできびしく守らせてきた時間制限をはずし、全く自由にしてもよいと言った。しかしどんなに引き留めようとしても、イエスは聞きいれなかった。母は後生だからその理由を聞かせて欲しいと哀願した。今度でイエスの家出は三回目にあたるのであった。

 「母さん、少しでもこの家に平和を保たせるためです。僕がこの家にいないほうがずっと平和なんです。肉体を傷つけようとする者を恐れるのではありません。魂を傷つけようとする者を恐れているのです。私がこの家に居れば、必ずあのサラが母さんを苦しめ、痛めつけるでしょう。

あの女が母さんをいじめるたびごとに、僕の心は煮えくりかえるのです。そして僕の判断を、狂わせてしまうのです。僕たちは、やはり一緒に暮らせないのですね。きっとこうなる運命なのでしょう」

 マリヤは反論できなかった。娘時代に天使ガブリエルの御告げを受けたマリヤは、すでに我が子のたどるべき道が備えられていることを察知していたので、もう留めることを諦め、立ち上がった。そして天の御父がいつでもイエスを守ってくださるようにと祈った。

 このようにイエスは母に別れを告げ、次の日の朝、家を出て行った。その夜イエスは他の労働者と一緒に小さな納屋の中で泊まった。辛い日々が続いたけれども、イエスの心は実に爽やかだった。

霊的に満たされていたからである。特に夜は嬉しかった。サラのキーキー声も聞かれず、サラにいじめられている妹の騒がしい声もなかったからである。月が昇るときに静かな祈りをささげ、日の出とともに天使と御父との交わりがあり、だれ一人として邪魔する者がいなかった。ただ一つ母とともならぬ寂しさがあった。

 二週間が過ぎたある安息日のこと、イエスが高原づたいにナザレに行ったとき、一度だけ母に再会したことがある。我が家から少し離れた所に古い楓の樹が立っていて、その樹の根元に腰かけながら話あったことがある。

しかし我が家には入らなかった。サラに見つかったら大変だと思ったからである。イエスは家から離れ、さすらいの生活を続けるのであった。

 その後、風の便りによれば、サラは母マリヤに対してとても優しくなったと言う。母マリヤもやっと平和な暮らしができるようになったけれども、かえってイエスが与えてくれたすばらしい輝きと恵みを失ってしまったのである。
 


 
 8 悪霊を追い出す

 ゲルションという名のパリサイ人がカペナウムからナザレへやって来た。彼は博識の学者で、断食をしてはよく祈る習慣を持っていた。その生きざまは、みんなから尊敬され、特に悪霊を追い出す力で有名になった。パリサイ人の多くは、天国は楽しいところであると教えているが、ゲルションは全く反対であった。

彼はいつも仏頂
面をして、口を開けば、災害が間もなくやって来ると預言をするのであった。悪霊を追い出すことに成功したときだけ顔が輝いた。

 エルダドにはメダトという息子がいた。メダトには大変な悪霊がとりついて、どんな者が格闘してもメダトから離れようとはしなかった。父のエルダドは、この長男には人間の霊のかわりに野獣の霊が宿っているのではないかと心配した。エルダドはイエスに打ち明けて言った。

「私には二人の息子がおりました。一人はヨナタンと言って、とてもかわいい子でしたがとても残酷な死に方でこの世を去りました。もう一人の息子メダトには、悪霊がついていて、かの有名なゲルションに頼んだのですが、追い出すことができませんでした。悪霊がついてからもう五年にもなるのです。

妻はすでに子を産む年齢を過ぎてしまい、私には世継ぎの希望が断たれてしまったのです。生きる望みもありません」

 ユダヤ人にとってこれ以上の苦しみは考えられなかった。イエスは心から同情して言った。

 「あなたの息子と話をさせてください。たぶん悪霊を追い出すことができるかもしれませんので」

 その頃のイエスは浮浪者だという評判がたっていたので、世間体を考えたのか、エルダドはせっかくのイエスの申し出を断った。エルダドは言った。

 「ゲルションというパリサイ人がナザレに居ますので、もう一度その方にやっていただこうと思っております。あなたも一緒においで願いたいのです。祈っている間にメダトがあばれまわり、近くにいる人々に怪我をさせないように二人で押さえつけておかねばなりませんので


 月の光を頼りに、イエスは悲運な親子と共にナザレへ行った。パリサイ人ゲルションは、自分の力を大層自慢して、必ずメダトを正常な人間にしてやると豪語した。村の人々もやってきて、奇跡がいつ起きるかと固唾を飲んで見ていた。ゲルションは、屋外に焚火をつくり、生石灰を投げ込んで火力を強くした。

悪霊を火中に投げ込んで、二度と人間にもぐりこめないよう焼き殺してしまうのだそうである。この様子を見ていた年老いた律法学者は言った。

「ガリラヤ湖のほとりでは、悪霊は水の中で溺れ死にさせるんだがね。しかし水がないときには、火もまたよく効くもんじゃ」

 父が息子をゲルションの前に連れていくと、メダトは全然口をきかず、黙っていた。彼はもの静かにふるまい、他の人々とちっとも違うところはなかった。

しかしゲルションが祈りの言葉を発し、悪霊を追い出すための呪文をかけようとしてから、突然口から泡をふきだし、この聖人を呪いだし、焚き火の中から燃え盛っている枝木をつかみ取り、大声で笑いながらゲルションの顔をめがけて投げつけた。それで三人の男がメダトを地上に ねじ伏せ、動けないように押さえこんだ。

ゲルションは長い長い呪文の祈りをとなえた。しかし一向に効き目があらわれず、悪霊は前よりもしっかりとメダトに食いついていた。ついにゲルションは父に向かって言った。

 「もうわしの手に終えんわい! こんなひどい奴を追い出せる奴は他におらんぞ!


 人々はこの大変な怪物を恐れた。父は着ていた衣服を裂いて、嘆き悲しむのであった。

 しばらくしてからメダトがおとなしくなった頃、ゲルションは腕っ節の強そうな男たちに太い縄で縛りあげるように命じた。ゲルションは顔にやけどを負わされ、これ以上他人に危害が及ぶのを防ごうと思った。

そのとき、イエスは若者とメダトの間に割って入り、彼の縄をほどいてやり、優しくメダトに向かって話し出した。

 『兄弟よ! 起き上がりなさい! 天の御父が私と一緒におられます。天の御父の御名によって汚れた霊に命じる! この人から出ていきなさい! 自分たちの住む暗黒の世界へ帰りなさい!』

 しばらくの間、深い静けさが続いた。ゆっくりとメダトは立ち上がり、彼の大きな体をイエスの前に突きだした。不思議なことに、彼の肉体は笛のような美しい音を発し、両目からは大粒の涙が流れていた。大きな溜め息を吐いてから、彼はイエスの前にひれ伏し、両手を地につけて叫んだ。

 「私をお救い下さった方よ!」

 その叫び声はこの世のものとは思えなかった。それはちょうど死者が再び生き返ったときに、肉体をふるわせるような声であった。彼は二度と暴れることはなかった。彼は静かに目を上げながらイエスに言った。

 「あなたは、どなたでしょうか?  
預言者ですか? 永い間、暗黒の世界に閉じ込められていた私を呼びだしてくださった預言者エリヤですか?」

 イエスはあわてて言った。

 「違います、さあ、立ち上がってください。そして私と一緒に家に帰りましょう」

 イエスはさっとふり向き、騒然として見物していた人々を尻目にしながら足早にそこを立ち去った。大きな巨人が、瘦せた男の後について歩く様は、主人の後に忠実についていく犬のようであった。

集まっていた人々は、口々に神をほめたたいた。彼らはエルサレムからやってきた誇り高きパリサイ人ができなかった奇跡を、無名なナザレ人が成し遂げたことに感動したからであった。

 ゲルションは、ナザレの村に昔からいる律法学者の所に滞在していた。この律法学者こそイエスが育ち盛りの頃、散々いじめぬいた腹黒い教師であった。この律法学者は、もはや年老いて、杖にもたれるように歩き、心は醜い体つき以上にひねくれていた。あちこちをうろついては毒ヘビのように悪意に満ちたうわさを善良な人々へ吹き込んでいた。

 「わしは、奴のことをよく覚えておる。奴は安息日のおきてを何度破ったことか、数え切れぬ程じゃ。この頃は盗人たちと付き合いおって〝海の道〟とかいう岩山の中で暮らしているそうじゃ。奴が悪霊を追い出せたのは、悪魔の大王ベルゼブルの力にすがったからじゃ。大工のせがれには気を付けなよ! 奴は疫病みたいな恐ろしい悪党じゃからな

 このうわさが村中に広がり、腹黒い律法学者は、麦の生育を邪魔するアザミのような種をあちこちにばらまいて歩いた。

 多くの者はパリサイ人を尊敬していた。それで人々は

 「ゲルション様は日頃からよく断食をなさるそうだ、けれどもイエスは断食をしない。ゲルション様は礼拝堂ではとても素晴らしい説教をなさるそうだ」

 とささやきあっていた。そんな訳で人々の間では、ゲルション以上に高貴で聖なる人はいないと思われていた。そこで腹黒い教師は、とどめを刺すように言った。

 「ゲルション様が悪霊を追い出さなかったのは、悪霊同士で相打ちをさせるために、わざと手を出されなかったのじゃ」

 悪いうわさ話は、あっという間に狭い村中にかけめぐった。

 ナザレの人々は
単純だったので、ことの善しあしはともかく、ただ中央(エルサレム)からやってきたパリサイ人というだけで崇めるのであった。

 それから数日たってから、とんでもないことが起こった。みんなから頼まれたと称して霊のパリサイ人が、トマスの職場へやってきて隅から隅まで点検を始めた。

モーセの律法にどれだけ忠実に従っているかを調べるために、重箱の隅をつつくようないやがせをしたのである。イエスに対する腹いせのため、トマスの家ばかりではなく、親戚にも手を伸ばす始末であった。

 イエスの方は、実に快適な生活が始まった。大事な息子を癒してくれたというので、一家をあげてイエスに敬意をはらい、イエスも何の束縛もうけず、自由に過ごすことができた。

殊に癒されたメダトは、イエスの後にいつもついて歩き、農場では誰よりも熱心に働いた。メダトはイエスの勧めによって母によく仕えるようになった。水差しを運んであげたり、母のためには何でも喜んで手伝った。

以前のような呪いの文句を並べることがなく、とても丁寧な言葉使いをするようになった。そうこうしているうちに、メダトの心はぐんぐん成長し、家族の者や彼に接する人々のすべてから好感をもたれるようになったのである。
 




 9 無慈悲な故郷

 陽がさんさんとふりそそぐ農場では、脱穀作業が行われていた。竿で叩いては脱穀するのである。そこへ主人のエルダドが家から出てきて、イエスに話があると言った。二人が腰をおろすと、主人の頬に涙が光っていた。

それはどうやら喜びの涙ではなさそうだった。でもイエスは何も聞こうとはしなかった。それから主人にうながされて、エルダドの家に向かい、大切な客をもてなす客間に案内された。

そこには弟のトマスが待っていた。トマスは金持ちが好んで着用する立派な服を着ていた。イエスと言えば見るからに貧乏人のようなボロボロの服を着ていた。トマスの顔は引きつっていて、イエスを見るや否や口早やに言った。

 「おまえのお蔭でおれはナザレ中の物笑いになっているんだぜ! おまえは暗黒の王子の家来なんだって!」

 イエスは冷静に答えて言った。

 「光の子らがついにこの世の子らになってしまったんだね。良い行いも彼らには悪に見えるんだね」

 トマスは大声で叫んだ。

 「黙れ! いつからおまえはパリサイ人や律法学者より偉くなったんだ!」

 イエスは熱っぽく答えた。

 「よく考えてごらん。パリサイ人や律法学者は、祈りが長ければ神に通じると思っているやからなんだ。ねえ、エルダド様! あなたのご長男は完全に立ち直られたのではありませんか?  いったん失われた息子さんを私が立派にお返ししたではありませんか? ぜひ御答え願います」

 すかさずエルダドは答えた。

 「もちろんですとも。私は昼のことを夜などとは言えないように、神を悪といえないことはようく承知しております」

 そこでトマスは態度を改めて言った。

 「兄さん、乱暴な言い方をしてしまったが僕はとても心配なんだ。兄さんがメダトを治したというので、僕が受ける筈の注文が全部取り消しになってしまったんだ。

あの律法学者が村中に歩きまわって兄さんの悪口を言い触らし、悪霊使いだと吹き込んでいるんだ。だから兄さんがナザレから出ていかなければ、おれたちはどんなひどい目にあわされるかわからないんだ。本当に申し訳ないんだが、またナザレから出ていってほしんだよ。

エルダド様にも気の毒だが、ぐずぐずしていると若者たちがやってきて、この家に火をつけて焼き殺してしまうといっているそうだ。こんな善い方の平和をぶち壊してしまうなんて、兄さんだってたまらないんじゃないか」

 イエスは尋ねた。

 「母はなんと言っているのか?」

 「母は黙りこくっているよ。出ていけとは言えないもんね」

 エルダドが言った。

 「使いの者をピリポ・ガイザリヤで商売している弟のところへ行かせることになっていました。この者には、多額の金を入れた財布を持たせ、弟に遺産を届ける役目を果たしてもらいたいのです。イエスよ、この役目を引き受けてもらえないでしょうか」

 「そこで暮らせとおっしゃるんですね」

 「そのとおりです。私の紹介状があれば彼は必ず雇ってくれますから」

 イエスは承諾する意味もこめながら頭を下げた。エルダドの温かい気配りに感激した。エルダドはイエスに精一杯慰めようとして言った。

 「律法学者はかなり年をとっていますから、憎まれ口をたたけるのもそんなに長くはないでしょう。近いうちに先祖の所へ招かれるでしょう。彼が死んでしまえば変なうわさも、あっという間に消えてしまいますよ」

 「明日の夜明けに出発いたします」

 とイエスは言った。

 恥と苦しみを感じながら、トマスはエルダドの家から立ち去り真っすぐ家に帰っていった。

 イエスの成年時代は、このように孤独の体験から始まった。イエスは、故郷の人々に心をかたむけて天の宝を与えようとしたのであるが、彼らはそれを拒絶したのである。

 エルダドはイエスに、いつかは必ず耳を傾けてくれる日が来ると言った。

 「気を落としてはなりません。この世ではすべてが過ぎ去って行きます。悪いこともながくは続きません。いつかはあなたもナザレに迎えられる時がくるでしょう。私の母が申しておりました。神の使者は再びやって来ると。みんながあなたのことを崇めるようになりますよ」

 「さあ、どうでしょうか。天の御父が目的をお示しにならないかぎり、私は何とも言えないのです」

 エルダドはイエスが苦しんでいることがよく分かっていた。ナザレの人々の仕打ちが余りにもひどかったからである。

 陽気な歌い手は、翌朝ここを立ち去ることになった。エルダドは溜息をつきながら、残酷な運命を嘆くのであった。





10 盗賊に襲わる

 朝はやく、家の者が働きにでかけたあと、エルダドはイエスのために旅の支度をととのえた。ピリポ・カイザリヤの山々は非常に寒いところなので、分厚い縫い目のないコートを用意した。

イエスのことを慕っている息子のメダトがこのことを知ったら、きっと一緒についていくだろうと思い、そっとイエスを旅立たせようとした。別れの言葉を言うまえに、この金持ちの農夫はイエスの前にひれ伏して言った。

 「あなたこそ私の主人です。私はあなたのしもべです」
 
 それからイエスに心からの祝福を求めた。イエスはしばらくの間だまっていたが、右手をあげて祝福を与えた。

 今にも雨が降りそうな空のもとで、人々は農場で働いていた。冬が来る前に、穀物を取り入れて倉庫にたくわえる作業である。それで道路には、人っ子一人見られなかった。ただポツンとイエスとエルダド家の若者一人の姿だけが目に映った。若者の肩には食料を詰め込んだ袋がのっており、何やらイエスに相談をもちかけているいるようであった。

 日が暮れてから、この旅人たちは〝海の道〟という街道にさしかかった。そこは別名〝鳩の谷〟言われ、大きな山々がそびえ立ち、まるで蜂の巣のような洞穴があちこちに散在していた。同行の若者アモンの話によると、反逆者がこの穴に隠れ、ローマ軍と戦ったことがあるのだそうである。

そのときローマ軍は、穴という穴を片っ端から探し回り、反逆者をつかまえては千尋の谷底へほうりなげ、みな殺しにしてしまったという。イエスは言った。

 「いまは平和だね」

 彼らの頭上を鳩の群れが大きな円を描きながら飛んでいた。はるか前方には、一群のキャラバンが、ラクダと共に通って行くのが見えた。たくさんの商品を積んで、ゆっくりと歩いていた。

すると突然平和な空気が破られ、つんざくような叫び声があがった。岩山の間に隠れていた盗賊が、キャラバンめがけて石を投げつけ、大きな石を山頂から転がし始めた。キャラバンの大部分の者は、盗賊にとびかかって戦ったのであるが、あっという間に殺されてしまった。

襲撃が終わり、あたりが静かになってから、二人はそこで一夜を過ごすことになった。袋から食べ物を取り出して食事をすました。イエスはおびえきったアモンを力づけ、眠りについた。

 アモンは何時間も眠れずにいたが、眠り始めると何かにうなされ、大声をあげ、わなわなと震え始めた。イエスは何が怖いのかをたずねた。アモンは全身を震わせながら言った。

 「行く末の夢を見ていたのです。山に住んでいる盗賊がやってきて、私が火で焼き殺されてしまうのです。全身ほのおに包まれ悶えている夢なのです


 イエスは一生懸命に彼を慰めるのであるが、なおも取りみだしながら叫んだ。

 「私が見た夢はきっと現実となって現れるでしょう。悪いことは言いませんから今すぐ夜が明けないうちにここから逃げようではありませんか


 アモンは袋をつかみ取るや否や、ころげるようにして岩の合間を走り去っていった。何を言っても馬の耳に念仏であった。アモンは西の方へと家路に向かって走って行った。

 イエスは夜が明けるのを待った。目の前に夜霧が集まって小さな水溜りができていたので、それを飲んだ。イエスは靴の紐をしめなおし、谷に沿って旅を続けた。平和の使者を象徴する白鳩だけが目に入り、全く静かな日を迎えていた。狭い谷合いの道にさしかかった時、突然、盗賊の一人がイエスに襲いかかった。

 「やいやい! おめえ、どこへ行くんだ! 」

 イエスはしり込みもせず答えた。

 「私は土地もなく家もないんですよ」

 「うるせい! この嘘つきめ! そんな上等な上着をつけていやがって。おめいは貧乏人を苦しめている金持ちなんだろう!」

 彼は短剣を鞘(さや)から抜いておどし始めた。イエスは笑いながら着ている上着を脱いで、短剣をふりあげている盗賊の前に差し出しながら言った。

 「兄弟よ、よく見てごらんなさい。私が持っているものは、一枚の上着と裸の体なんですよ。あなたが神を敵にまわしてもよいと思うなら、どうぞ私を殺して下さい」

 盗賊はあきれたような眼差しでイエスをじっと見つめながら言った。

 「このほらふき野郎め、おまえの喉を突きさしてやるからな! 」

 イエスはなおも微笑みをたたえていた。イエスは続けて言った。

 「私の肉体は永遠の生命にくらべたら、ほんの一瞬しか生きられません。それはまことにはかないもので、一夜の夢のようなものです。ある人にとっては悪夢でしょうし、ある人にとっては甘い夢かも知れません。

大切なことは、その短い間に、本当の知恵と清い心をつかみとれるかどうかです。私にはもう充分支度ができていますから、私を殺すなり、なんなりと自由に料理をしてください」

 盗賊は、死を覚悟しているイエスの威厳に圧倒され、短剣を鞘におさめてしまった。

 「おまえの勇気には負けたよ。おれの後についてきな。洞穴のなかにいる仲間と一緒メシでも食おうぜ。昨日の夜キャラバンからふんだくった酒でも飲んで景気をつけようじゃないか」

 イエスはむりやりに連れていかれた。昨夜襲われた、ラクダの死骸が累々と並び、悲惨な光景が残っていた。盗賊は言った。

 「このあたりの谷合はな。針の目と言って、人一人がようやく通れるほど狭い道しかねえんだよ。ここから無事に帰れる奴はほとんどいねってわけよ!」

 盗賊はとくとくと荒っぽい彼らの生活ぶりを話し始めた。イエスは終始だまって聞いていた。二人は谷合の曲がりくねった細い道を歩いた。その辺りには、山々を見張っているかのように突き出た大きな岩石があった。

山の奥深いところまでやってきた。まるで囚人が、監獄に連れていかれるような思いであった。

たいまつの火が燃えている丸い部屋の中に入っていった。二十人程の男たちがイエスのまわりを狼のように取り囲んだ。射るような目付きでイエスをにらみつけた。イエスを連れてきた盗賊は彼らに仲間だと紹介した。

 「こいつは浮浪者だ。おめえ、こいつの度胸はていしたものだぜ! 命知らずの度胸は、おれたちの略奪にはぴったしだぜ!」

 イエスは口を開かなかった。ゴリアテ(訳者注・ユダヤの王ダビデが、少年時代に隣国ペリシテの英雄と闘って、ただの投石器だけで殺してしまったと記されている巨漢の名前) のような巨漢の隣に座らせられた。彼らは山羊の肉をつまみにブドウ酒を飲んでいた。イエスを連れてきた者が、彼をとらえた時の模様をみんなに話してきかせた。

特に死後のことについて珍しいことを耳にしたと言った。彼らはとても危ない橋を渡っていることを知っていた。いつもローマの軍隊に捕えられて殺されてもよい覚悟をしていたからである。それで彼らはまじめに尋ねた。

 「要するに死んでからどうなるんだね?」

 イエスは答えた。

 「善人は天使と共に神の庭で暮らすようになるでしょう」
 
 「金持ちはどうなるんだ?」

 細おもての者が聞いた。

 「金持ちが神の国に入るよりも、ラクダが針の穴をぬけるほうが、もっとやさしいでしょうね」

 みんなが黙ってしまった。イエスの言葉に驚いてしまったからである。

 ある盗賊が口を開いて言った。

 「死んだラクダがよう、谷間の穴の中をどうやってくぐるんだよ、おめいはおかしなことをいいくさるな」

 みんながどっと笑った。首領がみんなをにらみつけながら怒鳴った。

 「黙れ!せっかくいい話をしているのに、おまえらはなんだって笑うのか! 馬鹿は知恵を笑うって言うじゃないか。静かにこの話を聞けよ!」

 それから首領はイエスに向かって尋ねた。

 「お若い方、これからどんな仕事をなさるんですか?」

 イエスは勇気をふるって答えた。

 「私は病を癒す使命を持っているのです。殺し屋ではありません」

 首領は言った。

 「おれたちだって好きで殺しをやっている訳じゃねえんです。財宝を手にすりゃ、貧乏人を救ってやれるんですよ。おれたちは、みんなゴール人で、昔ローマ軍と戦った英雄ユダの旗本に馳せ参じた連中のせがれたちなんです。

おれたちは、おやじが十字架で殺されたのを見たんです。恐怖のどん底でうごめいていたおやじの声が今でも耳に残っているんです。それからおれたちは、ほうりだされ、浮浪者になって、飢えと寒さとたたかってきたんです。

そこでみんなと誓い合ったんです。いつかおやじたちの仇を
打とうってね。時がきたら預言者の町エルサレムを救うために反乱を起こし、呪われた異邦人(ローマ人)をおんだしてしまうってね。

このために金持ちを略奪しているんです。財宝がたまったら、確かな場所にかくしておいて、反乱の時を待つのです。

財宝の一部で武器を買い、こん棒しか手にしていなかったおやじたちよりもずっと強力な武器でたたかうんです。だからお若い方にもおれたちに加わって一緒に目的を果たしてもらいたいんですよ。お見受けしたところ、お若い方は、知恵があり、勇気もあるようですから」

 イエスはくりかえして言った。

 「私は人々を滅ぼすためではなく、癒すためにきたのです」

 「では、おれたちと一緒にやりたくないというのですか」

 「そのとおりです


 イエスの返事を聞いて盗賊どもはざわめいた。しばらく沈黙が続いてから首領は言った。

 「旅のお方、あなたはおれたちの囚人なんですよ。おれたちを裏切らないようにするためにも、ここからは出られないんですよ」

 イエスは尋ねた。

 「どうしたら人を癒すことと滅ぼすことを同時にやれるんですか?」

 首領は言った。

 「そんなことがどうしておれに分かるんですか。とにかくおれはあなたのことを高くかっているんですよ」

 首領はイエスをうながして隣接している小さな部屋に連れて行き、今にも死にそうな男が横たわっているのを見せた。

 「ごらんなさい、私の弟です。残されたたった一人の肉親です。それも、こないだの騒ぎで重傷を負ったのです。こいつは本当に運が悪いんですよ」

 首領はごつい体を震わせながら泣いた。首領は命令するような口調でイエスに言った。

 「旅のお方よ!  おれには死の匂いが分るんですよ。多くの体験からね。だからどんなにすぐれた医者に見せても、こいつは助からないんですよ。もしも、あんたがこいつを癒してくださるんでしたら、いつでも開放してあげますよ」

 病人は、ユダと言って、首領の顔をじっと見据えながら、死の恐怖におののいていた。イエスは、死の床でおびえきっている者に心から同情し、何とかしてやりたいと思った。イエスは病人がまとっていたぼろ服を脱がせ、きれいに洗ってから、清潔な麻布で身体を包んでやった。

ユダは大声をあげて泣き出した。どうやら苦悩から抜け出した様子であった。イエスは彼の頭にそっと手をおいて彼を勇気づけた。しばらくすると、ユダは明るい顔に変わり、溜め息をついてから深い眠りについた。そこでイエスは言った。

 「ねむれば彼は再び生き返るでしょう」

 首領はイエスの手先から不思議な光が発しているのを見てたじろいだ。畏敬の念にうたれたからである。二人は一晩中ユダのそばで見守っていた。病人が余りにも静かに眠っているのを見て、首領はもう死んでしまったのではないかと思った。疲労と絶望がおおっていた。首領は立ち上がりブツブツ言いながらうろつき回った。

イエスが静かにするよう
にと合図をおくっても、それには気がつかないので、小さなほっそりした体のイエスが、巨大な首領の腕をつかまえ、力づくで洞穴の外へ引きづり出してしまった。

 ユダのもとに戻ってみると、兄のしゃべり声で目を
覚ましていた。イエスはもう一度眠りにつくまで、癒しの手をユダの額の上に当てていた。自尊心の強い首領は命令された経験がないので、無理矢理洞穴の外へ出されたことから、ふて腐れた犬のように寝そべっていた。

 癒しの手をさしのべていたイエスは、ユダが深い眠りについたことさえわからないくらい疲れきっていた。

まだ日も暮れていないのに、イエスは癒しのために全精力を使い果たし、そこに倒れてしまった。首領が我が子のように抱き上げて自分の床に寝かせた。首領は弟の所へ行ってみると、何とつやつやした顔色をしているではないか。彼は即座に生き返ったことを感じた。弟から死が遠のいていったのである。

 盗賊たちはイエスを取り囲んで酒盛りを始めた。祝いの酒宴である。ユダが生命の息吹を取り戻し、首領がすっかり元気になったことで彼らは大いに喜んだ。たらふく食べ終わった頃、彼らはイエスにあれこれと質問をした。

イエスは色々な例を挙げながら質素な生活の素晴らしさを説いた。話がガリラヤの人々の勇気にふれるや否や、次第に興奮してきて、ローマ憎しの感情がむきだしになってきた。

 「おれたちゃ、まずは貧乏人を苦しめている金持ちをやっつけるんだ。偉そうな面をして威張ってやがる売国奴をほうり出そうじゃないか」

 イエスはすかさず言った。

  「あなたがたも金持ちになりますね」

 「そうともさ、おれたちゃ派手な暮らしができるって訳さ」

 イエスは尋ねた。

 「ローマ軍が大挙してやってくるまでの話でしょうね」

 「やつらがやってきても、おれたちは戦ってやつらを先祖の土地からおいはらっちまうさ」

 イエスはため息をついて、それからは何ひとつ語ろうとはしなかった。彼らは散々大ぼらをふいたり、歌いまくってから眠りについた。

 イエスと首領の二人だけが残った。首領が言った。

 「旅のお方よ、あなたの名は何というのですか。あなたは何とすばらしい方でしょう。これからも私たちのそばにいて、イスラエル救済の仕事を助けていただけないでしょうか」

 「私には人々を癒す使命が待っています」

 首領は眠っている弟の顔を見詰めながら言った。

 「そうでしたね。あなたの使命は、癒すことですね。我々は浮浪者だから、ときには自分を守るために人を殺さなきゃならんときもあるのです。我々は多くの危険に取り囲まれていて、いつ敵に襲われるか分からないんです。

私はあなたに安全の保障をさしあげることはできませんが、国のためになる仕事をあげることはできます。そして私の愛も一緒にね」

 「私は平和を愛する人間です。機が熟せば、癒しの業で人々に奉仕するのが最もふさわしいと考えているのです。ですから私はここから出てまいります」

 イエスは首領が自分に約束したことを思いだしていた。弟を癒すことができたら自由にしてやるという約束である。首領もそれをよく承知していたので拒むことはできなかった。別離の悲しみをこらえながら首領はイエスの申し出を受託した。首領は言った。

 「どうかひとつだけ約束して下さい。二年後にもう一度お会いしたいのです。もちろん私が生きていればのことですが、もう一度お目にかかれたら、あなたの知恵の言葉を聞かせていただいて多いに心を豊かにしたいのです」

 イエスは快く承知した。二年後にやってきて、見つからなかった時は、あちこちを訪ね回って探し出すことを約束した。イエスと別れを告げてから洞穴の中に戻ってきた首領は、弟ユダに言った。

 「わしは随分多くの人間と会ってきたが、あのようなお方は全く始めてだ。あのお方はきっと預言者にちがいない」

 ユダはすかさず言った。

 「あの方は、多分イスラエルの民を解放すると聖書に記されている救い主かもしれませんね」

 「いや、そうじゃないね。あの方は平和を愛する預言者だろうて。もし救い主ならば、イスラエルの王者として我々をリードし、剣を取りあげて戦いに向かわれるはずだ」

 後になって首領は、弟の言った言葉を思い返してみた。記憶の倉庫の中に大切にしまっておいた種が、いつしか立派な果実をつける日が到来することを信じているかのように何度も思い返していたのである。
  





11 愛する弟子ヨハネとの出会い

 イエスは天の御父と静かな交わりを持ちたかった。あの忌まわしいトマスがエルダドの家にやってきてからというものは、天の御父との自由な交わりを断たれていたのである。

 一人の若者が漁師の歌を口ずさみながら歩いていた。イエスに会うと歌をやめ、挨拶をした。しかしイエスはひとことも口をきかず、挨拶を返さなかった。若い旅人は無視されたことに腹を立てず、黙ったまましばらく一緒に歩いていた。

 突然この陽気な若者は話しだした。

 「あなたの名前をお聞かせください。私の名はヨハネと言います」

 彼のりんりんとした声は澄んでおり、彼の体は痩せぎすでほっそりしていた。一瞬イエスはヨハネを見て深々とお辞儀をした。それでも口をきかなかった。ヨハネはなおも語り続けた。

 「私の父はゼベダイといい、ヤコブという弟が一人おります。昨日まで弟と一緒に暮らしてきました。生まれてからずっとです。二人は本当に仲の良い兄弟でした。ですから私たちは、〝双頭の鷲〟と言われたり〝雷の息子たち〟などと呼ばれておりました。私たち兄弟はいつも陽気にふるまっていたからでしょうね。

私たちが歌うとまるで雷のようにやかましく、ガリラヤで船乗りをしている連中の間では評判でしたからね


 イエスは彼の話に笑顔を見せたがなおも平和な沈黙を続けていた。ヨハネは続けて語った。

 「私の父ゼベダイは、親戚の家へ行きなさいといって旅に出してくれたのです。兄弟仲が余りよすぎるので、ちっともよそに友だちができないってぼやくんですよ」

 イエスはそっぽを向いていたが、そんなことにはおかまいなく、ヨハネは自分の種族のことや家族のことを話し続けた。母が二人兄弟の出世を夢見ていることを話すと、大声をあげて笑った。その笑い声は山々にこだまし、あたかも兄弟の未来が日の出のように明るく輝いているかのように響きわたった。

更にヨハネは、ガリラヤ湖で過ごした日々のことを話した。たくさんの魚を取ったこと、上手に網をつくろったこと、湖上で嵐に泣かされたこと、そして漁師がどんなに苦労の多い職業であるかについてこまごまと語った。そして最後に、母はどうやら私たち兄弟の行く末のことを見間違えたようだ、と言った。

 「私はこうして弟と仲よく暮らしていきたいんですよ。昼は船をあやつって魚をとり、夕べに網をつくろい、兄弟と話し合うのがとても楽しみなんですよ」

 イエスはひとことも返事をしなかったので、ヨハネは興味深く尋ねた。

 「あなたは今沈黙の誓いをたてておられるのですか?」

 イエスは頭を横にふった。

 「それではどうして黙っておられるのですか? 私が道であなたにお会いしたときに、声のささやきが聞こえたのです。この方に心を開き、今までのことをすべて語りなさい。何一つ隠してはいけませんと。それで私はその声に従って、すべてことを語ったのです」

 イエスはヨハネの顔を見かえした。ヨハネの額は広く、両目の上に美しいアーチを描いていて、瞳は星のように輝いていた。愛に満ちた表情はうるわしく、清純無垢な美しさがただよっていた。イエスがついに口を開いた。

その時突然鳥の声がして、若い鳩がイエスの足元に落ちてきた。見ると鳩は病気にかかっているらしく、空中に舞い上がるだけの力を失っていた。イエスはかがんで鳩をつかみ、上着のふところの中に入れてやった。

夕暮れになってから、二人は小川のほとりに腰をおろし、パンを食べ、小川の水を飲んだ。食事をすましてから、岩場の中に安全に眠れる場所を探し、そこで休むことにした。ヨハネにとって全く新しい人生が始まった日であった。

 後に同僚の弟子に語ったところによると、その夜、ヨハネがイエスの寝顔を見たときに、その神聖な顔の輝きにうたれ、最愛の弟のことをすっかり忘れてしまう程の衝撃を受けたという。東の空に燃えるような光がさしこんできて、夜のとばりを谷底へ追いやってしまう頃、眠りの井戸からはいだした生き物たちは、新鮮な息吹をみなぎらせながら活動を開始した。

陽光はやさしく山々にくちづけし、遥か彼方にそびえ立つヘルモン山の頂上は光に燃えていた。鳥や獣、そして花々までも自分のやりかたで神を賛美していた。

 イエスは立ち上がり、上着の中で温めていた鳩の子を空中に押し上げると、鳩の子は太陽に向かって力強く飛び去っていった。イエスはヨハネの方に向き直って言った。

 「この徴をごらんなさい! あの鳩の子が大空に向かって思い切りはばたいている様子を。なにものにも縛られない元気な姿をごらんなさい! 私も昨夜は一晩中あの鳩の様に自由で張りがありました。天の御父と一緒に過ごしたからです」

 得も言えぬ静けさが二人をおおった。ヨハネは、まるで閉じ込められていた心の扉が開け放たれ、天国が訪れてきたような心境であった。この瞬間ヨハネの霊は、イエスが自分の師であることを悟った。イエスの言葉は単純であったが、深い意味がこめられていて容易にこなせるものではなかった。ヨハネは思い切って尋ねた。

 「どこにあなたの御父がおられたのですか? 昨夜は私たち二人きりで、星も顔を出さない真っ暗な夜を過ごしたではありませんか。そんな中で御父はどうしてあなたを見つけだしたのでしょうか」

 「私の御父にとって、おできになれないことはひとつもないのです」

 「なんですって

 ヨハネはイエスの輝きに圧倒され、自分が何を言ってよいかわからなかった。イエスは続けて言った。

 「そうですとも。昨日飛び去った鳩の子でさえも、天の御父のお許しがなければ地上に落ちることはないのです」

 ついにヨハネは身をひれ伏して叫んだ。

 「私は何一つ知らない愚か者です! どうかそのような私に理性と光をお与えください!」

 イエスはとうとう語り出した。特に強調したことは、神が自分の御父であることであった。そのことを耳にしても、ちっとも冒涜しているとは感じられなかった。神との交わりがあまりもに美しく、麗しく語られたからであった。

イエスの目はキラキラと輝いており、口から出てくる言葉は、まことに清らかであった。まるで死が敗北し、永遠の生命が燃えるような言葉の中に姿を顕しているようであった。イエスは語り続けた。

 「私はあなたと出会ったことが、とても幸せだったのです。実を言いますと、あなたと出会うまでは言葉ではとてもあらわせない程おちこんでいたのです。かけがいのないお方(神)との交わりが断たれていたからです。でもあなたのお話を聞いているうちに、次第に心が晴れてきて、私の心は穏やかになり、天の御父との交わりが再開されるようになったのです」

 イエスは再び口を閉ざしてしまった。彼はやはり名もない見知らぬ人間として留まるために、余り自分の過去のことを語ろうとはしなかった。

 二人はなおも旅を続けた。ヨハネは必要なことだけを語り、むしろ内面にみなぎってきた霊的歓喜にひたっていた。イエスが言った。

 「昨日はとても失礼な態度を示したようですが、あれは、あなたのためを思いやったことなのです」

 「えっ! 私のためにですって?」

 「そうなんです。私には留まる家もなく、家族と話すこともありません」

 イエスは溜め息をついた。ヨハネは不思議そうに尋ねた。

 「それはどういう意味なのでしょうか? それがどうして口を閉ざすことになるのですか?」

 イエスは答えて言った。

 「実はあなたが私のあとについてこない方がよいと思っているんです。私自身が今までに知りえたことは、悲しいことに、私にかかわるところには必ず敵対関係が生まれるのです。息子は父に逆らい、娘は母と対立するのです。

私に本音を言わせてもらえれば、もしあなたが私のあとについてきたいと思うのでしたら、父と母を捨てなければならないのです。昨日私が耳にしたあなたのお話はすべて家族への深い思いやりであったと思います。そのような暖かい家族に暗い影を投げかけるようなことはしたくないのです


 ヨハネはこの言葉に戸惑った。今まで味わっていた喜びが消えうせていくのを感じた。まるで花がしぼんでいくみたいに顔色が変わっていった。

 「どうもよく分からないのですが・・・・・・私の兄弟や父母はとてもすばらしい人たちです。どうしてそのような人を失ってしまうのでしょうか?」

 イエスは答えて言った。

 「無理もないことです。だからこそ、私が口をきかず、あなたとのことを無視したのです。その方が本当の親切であり当を得ているとは思いませんか」

 ヨハネはしばらくの間考えこんでしまった。日が暮れ、夕食を食べるまでは、この謎めいた言葉の意味が分からなかった。ヨハネが突然口火をきった。

 「あなたのお名前すら伺っていないのに、私はあなたの知恵ある言葉にひきつけられ、一緒にお供したいのです。弟のヤコブもきっとそれを望むと思います」

 「あなたの家はどこにあるのですか? 私についてくる者は、そこに住んでいる親、兄弟を捨てなければならないんですよ!


 「私にはその覚悟はできています。弟も私が行くところには、たとえどこであろうと、きっとついてくる筈です。しかもあなたが主人であり預言者であることに気がつくでしょう」

 イエスは真面目なヨハネをじっと見つめながら言った。

 「ちょっと待ってください。私が預言者かどうかまだ分からないではないですか。ただ心の中に秘められているものを少しだけ語ったにすぎないのです」

 「私にはかくせませんよ! 鳥が日の出に引き寄せられるように、私は貴方の知恵に参ってしまったのですから」

 イエスは微笑みを浮かべながら言った。

 「天の御父があきらかにして下さるまでは、その意味がはっきりしていないのです。過去に味わったこと、つまり 〔自分の生命を救おうとすれば、それを失ってしまう、しかも家も兄弟をも失ってしまう〕 という体験です。

だから、それが真実であるかどうか、私にも分かっていないのです。子が父に逆らい、母が娘と対立し、家の中が分裂してしまう・・・・・・この意味は、機が熟して天の御父があらわにして下さる時に理解できるのです。その時こそ私の本当の目的と生き方が示されるのです」

 イエスは目の前に備えられたわずかなパンとチーズのために感謝の祈りを
ささげ、夕食をすましてから、二人は眠りについた。月がこうこうと照り輝く頃、再び旅支度をして歩き始めた。

ひんやりとした冷気が肌にしみた。ヨハネはガリラヤ湖畔に面しているカペナウムのことを話した。そこは〝慰めの村〟として知られた町で、いつか預言者がこの町へやってくる、というので名付けられたそうである。その預言者がこの町でたいそうな働きをするので、その名がユダヤだけでなく、エジプトまで知られるようになるというのである。

ヨハネは、このような由緒ある街で生まれたことを自慢した。しかし同時に異教徒が増えてきたことをとても嫌った。たしかにギリシャ人、ローマ人、そして東方アジアから多くの外国人がやってきて、汚れた生活をやっていたのである。ヨハネは言った。

 「もしも外国人がそれぞれ母国に帰って私たちだけが残れば、きっと神の目に美しく清らかな町になる
でしょうね」

 「すべてのものが清くなるとは思いませんがね」

 「おっしゃるとおりです。それを保てない弱い人間もおります。異教徒の影響を受けて堕落しないようにと父ゼベダイは随分気をつかってくれました。私たち兄弟は商売のために魚を売るとき以外は、絶対に異教徒とは接触しませんでした。私たちの喜びは、湖上で魚をとることでしたからね。

律法学者の長たらしい説教もうんざりですし、断食や荒行などもいたしません。私たちは心のうちに光を持っていますので、イスラエルの罪のためにどうして肉体をいためつけながら、嘆き悲しまなきゃならないんですか? そりゃ時々父が心配する時もあります。私たちが神を忘れてしまったんじゃないかとね。

でも、丘の上を歩きながらでも神をあがめることができるんじゃないですか? 私たちが石を投げたり、飛び回っていても肉体は生きる喜びを感じ、心では、限りない感謝を沈黙のうちに神にささげているのではないでしょうか」

 イエスは言った。

 「そのとおりです。だれでも自分に最もふさわしい道を見付けねばなりません。お互いに愛し合い、しかも心を清く保っている限り、だれでも自分流に神を崇めているものですよ。あなたも立派に実行しているではありませんか!」
 




12 偉大な愛

 ガリラヤの平原は見渡す限り青い海のようにトウキビが植えられていた。高原地帯はぶどう畑とオリーブ畑で有名であった。三日目の朝になってもガリラヤから立ち去る気配を見せなかった。〝会うは、別れの始めなり〟とは、イエスが前に別のヨハネに言った言葉である。風が冷たかったので、二人はくぼんでいる所に入って、しばらく身をひそめていた。

 ヨハネはイエスに頼んで言った。

 「私は充分に話しましたから、どうかお話しください」

 「私は聞き手にまわりたいのです」 

 「私は、ただ過去のことをお話しただけですよ」

 「私はとても嬉しかったのです。それに慰められました」

 ヨハネは草の葉を一枚ちぎってからイエスに示しながら言った。

 「あなたのお言葉には、澄み切った真理の響きがあるのです。神秘的というか、この一片の葉っぱでさえも、その背後に働いている神秘性を感じさせるのです。ですからもっとお話を続けてほしいのです」

 「そうでしたか」

 イエスは指で木の茂った所を指しながら語り始めた。

  「この地方での体験から、私は一つの寓話(たとえ話)を思いついたのです。その話は〝争う王様の話〟とでも名づけておきましょう。今も言いましたように、私は、あの山の中で二日間もすごい連中と一緒に過ごしたことがあるのです。彼らは祖国を侵入者から救いだすためには、死をも厭わぬ人々でした。

取税人や脱獄囚もいれば、善男善女もおりました。驚いたことには、職人や子供たちまでも加わっていたのです。そこで私のたとえ話を聞いてください」

 〔ある王様が上等のぶどう酒を手に入れようとして軍隊を引き連れてある国を襲ったが、戦いに敗れてしまった。ぶどう畑を持っている国は大変立腹し、侵略した国に毎年貢物 (みつぎもの) を収めるように強要した。そのために、負けた国民は飢えに苦しみ、ひどい仕打ちを憎むようになった。

そこで彼らはひそかに武器を作り、攻撃を加える機会をうかがっていた。彼らはついにぶどう畑の国に攻め入り、老若男女を問わず剣にかけて恨みを晴らすことができた。

しかしぶどう畑は荒廃し、多くの人々は飢えと悲しみのどん底に突き落とされてしまった。指導者たちは、互いに相手の国を滅ぼす機会を伺い、両国民は復讐心をもやし、死の影が全体をおおっていた。

 そこに一人の預言者が東方からやってきた。彼は神の名においてここに遣わされたことを伝えた。彼は神の子であると宣言した。各々の王は、この預言者にすがって自分に味方するように懇願した。

しかしこの預言者は妙なことを言い出した。 『剣をもって立つ者は、剣にて滅びる』 とか、 『利己を抑えなければ、霊は滅びてしまう』 などということを言った。預言者は荒廃しきった国土をよく見るように言った。各々の王は、この土地が少し前までは、ふんだんにブドウとオリーブがなっていたことを思いだした。

余りの荒廃ぶりに驚いて、彼らは涙をながし、これからどうしたらよいか、と尋ねた。預言者は答えた 『お互いに愛し合いなさい。これがあなた方に与える新しい戒めである』

 意表をつくような言葉ではあったが、二人の王はこの戒めに従った。次第に死の影はうすらいだ。喜びがあふれるようになってきた。それでこの預言者は、この国に住み、王たちの相談相手となった。それで彼は〝平和の王子〟と呼ばれるようになった。土地には再びブドウとオリーブが植えられた。

時がたつにつれて、王たちは栄え、金、銀、と言った財宝はもちろんのこと、穀物、ぶどう酒、オリーブ油を蓄える倉庫がいくつも建てられた。王たちは灌がいを敷設し、多くの家畜小屋を作った。

お互いに戦争をしていた頃は、多くの者は飢え死にしたが、今は豊かになって、飢えというものを知らなくなっていた。略奪や暴力は過去の思い出になっていた。天国の平和が地上にあふれていた。

 時は移り変わり、王は息子の代になった。彼らは戦争の残酷なことは知らず、国民の悲惨な嘆きも想像すらできなかった。それでひそかに武器を作り始めたので、かの平和の王子が彼らのおごり高ぶった気持ちをたしなめ、剣を鞘におさめて平和を大切にするように忠告した。

忠告された王は腹を立て、この預言者を国民の裏切り者という名目のもとに死刑に処してしまった。そして再び戦争を始め、多くの国民は飢えと悲しみのどん底に突き落とされてしまったのである


 私が今話した寓話のように、事態は最初の時よりも一層悪くなってしまったのです。この物語の結末をどうしたらよいと思いますか?」

 ヨハネはすかさず言った。

 「私たちイスラエルの歴代の王もそうでしたね。列王記や歴代誌(旧約聖書)に詳しく記されているように、何百年もの間、イスラエルは他国の侵略に悩まされてきました。ペリシテ、アッシリア、ペルシア、ギリシア、そしてローマは、すべて戦いをいどみ征服し、肥沃な土地を荒らし、多くの若者を殺してしまいました」

 イエスは言った。

 「そのとおりです。でも私が話した平和の王子はまだ現れません。貪欲な王の手から救い出す神の子がまだ来ないのです。そこで私はとても大切な結末を伝えたいのです。平和の王子が自ら同胞のために命をすてるのです。

おおよそ同胞のため、自分の命を捨てる以上に偉大な愛はありません。

人々は何のために預言者が自分の命を差し出したのかを知るでしょう。みんなはこの預言者の偉大な愛に感動し、どん欲な王を追放し、持っていた剣を鍬(すき)に換え、各々の働きに戻って行くでしょう。そして神の子は最後に 『私の平安がいつまでもあなたがたのうちにありますように』 と祝福するのです


 長いあいだ沈黙が流れた。ヨハネは言った。

 「ああ、なんてすばらしい結末でしょう! でもそれは寓話の中でのことでしょうね」

 「もちろんです。でも今日の話は、明日実現するかもしれないのです」

 「歴史書には、おおくのすばらしい預言者のことが記されておりますが、ことごとく平和をもたらすことができませんでしたね」

 イエスは言った。

 「あなたにとってただの話であったかもしれませんね」

 イエスはしばらくの間うつむいていたが、再び元気に言った。

 「どの時代でも王はどん欲で、戦いを好み、予言者を殺してきましたね。でも平和の王子は、必ず死に
際に、選ばれた人々に天国を残していくでしょう。時代がどのように変わり、戦争があろうとなかろうと、彼とともにある者はいつも平安のうちにとどまるでありましょう。そのためにこそ、この預言者は自分の命を捨てたのですからね 




13、イエスの変容

 イエスとヨハネは旅を続け、森の中を歩いていた。黄色や灰色のさまざまな小鳥たちが軽やかに飛び回り、小枝から小枝へと飛びかっていた。じゃれあっているように遊んでいる様子は旅人の目を喜ばせていた。

しばらく行くと、草むらのなかに、はいずり回っている生き物を見つけた。その生き物がとぐろを巻き、跳びはね、すばやく突進するようすを見ていた。イエスは言った。

 「蛇は、とても変わった生き物ですね。足や羽もないのに、まるで影のように早く動きます。大空の黒雲のように早く、刀のきらめきのように敏捷です」


 ヨハネは言った。

 「私はこんなはうような生き物は嫌いです。生き物の中でこれくらいこうかつなものはいないからです。それに、先祖のエバをだましたんですからね」

イエスは言った。

「そんなことを言ってはいけません。あなたの愛情を蛇に注いでごらんなさい、蛇のいろいろなことがわかるようになり、ついには、犬のように忠実に従うようになるんですよ」

 「そんなことができるんですか?」

 「そうですとも。私が昔、砂漠で生活していた頃、一匹の蛇と友達になったのです。その蛇は私が行く所についてきて、眠っている時は私のそばでトグロを巻いているのです。夜中にジャッカルやハイエナなどが近寄ってくると、彼らをにらみ、シュッと言って黙らせてしまうのです」

 「この生き物は大変な毒を持っているうえに、裏切りと嘘つきの代名詞みたいに言われているではありませんか」

 「ではうかがいますが、敵を殺したり友人を裏切る人間はどうなんですか? 裏切りは蛇だけに見られる特性なんですか? まえにお話した蛇は、砂漠で飢えていた私に食べ物を探してくれました。それだけではありません。最後まで忠実に仕えてくれたすばらしい生き物でした」

 「蛇があなたによく仕えたんですって!」

 「私はこの生き物と付き合ってから、とてもすばらしいことを知ることができました。生まれつき、どんなに悪いと思われる生き物でも、よい目的のために役立つことができるようになるということです」

 「蛇は狐よりもずるく、地をはうものの中でも最も嫌われている生き物ではありませんか。それは否定なさらないでしょう?」

 イエスはそれには答えず、黙っていた。立ちあがって大空の黒雲を見上げていた。こうもりの羽よりも小さな雲であった。その黒雲が、見る見るうちに大きくなり、東から西へかけて大空いっぱいに広がっていった。イエスは片手を広げると、一滴の雨が降り注いだ。イエスはヨハネの方に向き直って言った。

 「蛇は善悪を知らないどんな野獣よりも賢いのです。一見ずるそうに見たり、残酷に見える生き物を簡単に裁いてはならないのです。同じように、悪人とか不正な人ときめつける高飛車な言葉は、差し控えた方がよいのです。さあ、先を行きましょう」

 二人の若者は森の中に雨宿りができるところを探し、そこで休んだ。北風にのって地上を洗いさるような激しい雨が降ってきたからである。夕方のなると雨はすっかりあがり青空が見えてきたので、ヨハネは言った。

 「あの小屋で休ませてもらいましょうよ」

 イエスは何も答えなかった。彼はヨハネから少し離れ、ゆるやかな山の峰を歩いていた。ヨハネはイエスの表情を見て、とっさに彼が深い瞑想にはいっていることを知った。それでもヨハネは独りで家畜小屋の方へ向かい、ちょうどその小屋の持ち主が鍬(スキ)をかついで帰ってくるのに出会った。

ヨハネはぶどう園の持ち主に、その夜は小屋に泊めてほしいといった。最初のうちこの男は、とてもつっけんどんであったが、一枚の硬貨を握らせると態度が変わり、小屋を貸してくれることになった。

 遥か山の峰にいるイエスの方を見上げると、なんと灼熱の炎に包まれた彼の姿が目に映った。しかも炎は、彼の姿とともに忽然と消えうせ、夜空に星がきらめく頃になってから、人の影のようなものが見えてきた。ヨハネはこの不思議な光に驚いた。

更に不思議なことに、あのぶどう園の持ち主が、イエスを包み込んでいた炎の光のすぐそばを通って我が家の方へ歩いていったのに、その光に全然気がつかなかったことである。

夜が更けるにつれて暗闇も深くなってきたが、イエスのまわりにある炎の光だけは、こうこうと輝いていた。ヨハネは頭を垂れて祈っていた。余りの静けさに、この世もすべての生き物もすべて消え失せてしまったように思えた。

ヨハネは自分が今、影にしかすぎないこの世から、実在の世界(霊界)に引き込まれていたことを知らなかった。うっとりとして我を忘れ、全存在が喜びにあふれていた。海の引き潮のように、次第に我に帰ってくるのを覚えた。我に帰ったヨハネは、たった一人で暗い野原にいることがとても寂しかった。

重い足を引きずりながら山の峰に登っていった。自分の肩に誰かの手が触れるのを感じた。見上げるとイエスが立っていた。やがて二人が山を降り、家畜小屋へ入った。イエスは感謝の祈りをささげ、パンとイチゴを分け合った。それから深い眠りについたのである。





14、人の生命とは

 あくる日、太陽が山の上に高くあがる頃、イエスとヨハネは家畜小屋を後にした。近くの井戸で水を汲み上げ、全身を清め、旅で汚れた衣服を洗った。するとゆり籠に入れられた赤子が、向うの方で悲しそうに泣いているのが聞こえた。イエスは子供方へ近寄ると、この子の母親が家の中から飛び出してきてわめきちらした。

 「この子はね、何が悲しいのか一晩中泣いているんだよ。これ以上泣かすんじゃないよ! さあ、汚いこじきめ! あっちへいった、いった、ぐずぐずしていると猛犬がおまえらにかみつくよ!」

 彼女があの手この手でおどしても、イエスには全く通じなかった。イエスがやさしく赤子を抱き上げると、たちまち泣き声が笑い声に変わり真っ白な顔に赤みがさしてきた。赤子とイエスは、わけの分からない声を出しながら愉快そうに話し合っているのであるが、ヨハネも母親もその意味が分からなかった。

ただこの二人が見事な友情で結ばれていることだけは明瞭であった。息子が嬉しそうにしていることと、旅人が上等な上着を着ていることを見て、母親の態度がガラリと変わった。どなることを止め、微笑みをたたえながら言った。

 「旦那方、どうか家にあがって食事でもしていきませんかね」

 イエスは喜んで彼女の申し出を受けた。彼女はとっておきの御馳走を振る舞った。蜜、山羊のミルク、パン、いちじくなどを食べさせてくれた。舌づづみをうちながらそれらを食べている間、赤子はイエスの横でスヤスヤと眠っていた。

 赤子の寝顔を見ながら母親は言った。

 「この家は呪われているんだよ。この子は、生まれたときから一日だって泣き止む日はなかったんだから、変だよね、今はじめて笑い顔を見たんだから


 イエスはじっと母親の語ることに耳をかたむけていた。初めは無愛想で、つっけんどんな女であったが、次第に自分の傷だらけの過去を話し始めた。彼女の夫は金持ちであったが、とてもケチで、彼女はいつもぼろを着て、ろくな食べ物しか与えられなかった。

そのうえ夫は短気で、他の人と話をしているところを見つかると、なぐる、蹴るの暴力をふるった。それで彼女は、憎しみのかたまりのようになってしまった。それがこの赤子に災いしているのかもしれないと告白した。

 イエスは彼女をたしなめて言った。

 「昔の愛をとりもどしなさい。もう一度、美しい花を咲かせるのです」 イエスは親切な言葉や態度は他人の親切を引き出すのに対して、乱暴な言葉は、将来何倍にもふくれあがって自分に帰ってくることを話して聞かせた。

イエスは彼女に歌う喜びを教え、それにつれて赤子も喜びの声をあげるようになった。歌声は弦楽器やフルートのように美しかった。そんな訳で彼女はとても明るくなり、夫に対してもこのように振る舞うと約束した。

 いよいよイエスが別れを告げる時がきた。彼女は悲しそうに叫んだ。

 「先生!先生! どうしてそんなにお急ぎになるんですか、もう少しここに居て下さい」

 「神ならぬ人間に先生と言ってはいけません! いつも善意を保っていれば、決して苦しむことはないのです。きっとこの家から災いが消えてしまうでしょう」

 「もうしばらくここに居て下されば、きっとあなたのすばらしいお言葉と喜びの歌とで私の夫から悪霊を追い出すことができると信じております」

 しかしイエスはもうこれ以上長居することはできないと言った。それに夫の悪を征服できるのは彼女だけであることを話した。もうすでにそれだけの力が備えられていることを納得させた。彼女はイエスに感謝し、パンとイチジクを手にいっぱい持たせた。二人は別れを告げて再び旅立った。

 昼ごろには、もう高い所を登っていた。ヨハネの心には、先日山の峰で体験した不思議な光景がよみがえっていた。ヨハネは突然その時のことを話し始めた。

 「あなたは輝ける星、そして明るい炎でした。私の目には、暗闇の中でそのように見えました。とても近寄りがたく、ついに地上にひれふしてしまいました」

 「それは、あなたの肉眼ではなく、霊の目で見たのです」

 「私にはまだその点よく分からないのです。今ひとつ理解がとどかないのです」

 「生命は神のうちにあるものですしかもその生命は人の光なのです。光は暗闇を照らし、しかも暗闇は光のことを知らないのです。だから肉眼では見えないのです。肉眼には、この世に生まれた人間の内側を照らす本当の光を感じないのです。これは実に不思議なことです。先だっての夜、天の御父と私が交わりをしていたときには、私の霊がいやがうえにも高められ、心から満ち足りていました。あなたの霊眼にそれが映ったのでしょう」

 それからイエスは、砂漠にいたときに学んだ多くのことを話した。

 「人には、光の形(霊体)というものが与えられています。母の胎内に宿ったときから死ぬときまで、その体は神より光を受けたり放射したりするのです。残念ながら肉眼にはそれを感じないのです。天の御父がすべての生き物に流入された生命を視る力が備わっていないからです」

 イエスは砂漠の流浪の民の中で暮らす前に、あらゆる準備が必要であったことを話した。この時期に最も苦心したことは、天の御父から与えられた霊体を、どうしたら自在に動かすことができるかということであった。

ついにイエスは、その方法を会得した。それは、天の御父との交わり(臨在)によって霊の働きが活発になると、霊体を駆使することができる上に、他人の霊体をとりこんで刺激を与え、強烈な光によってその人を新たに作り変えることもできるという。

その方法を会得した者は、どんな忌まわしい病気でも癒すことができるのである。更に、この霊力を身につけたイエスは、彼のうちから発する光によって悪霊をも追い出してしまうのである。イエスはしめくくるように言った。

 「悪霊にはさんざんてこずらされましたからね。でもついに、やっつけてしまいましたよ」

 イエスの顔は喜びに輝いていた。それからヨハネのもとから少し離れ、黙っていた。急に黙っているイエスの様子を見て、ヨハネは思った。きっと、ナザレで過ごした少年時代のことを回想しているに違いないと。

腹黒い律法学者やパリサイ人から残酷な仕打ちを受けたこと、古老や物識りといわれていた大人から悪意に満ちた罵りの言葉を浴びせられたことなど。深く傷つけられた多感な少年時代は、まさに悪霊との戦いであったからである。(訳者注・・・・・・当時の詳しい事柄は、『イエスの少年時代』 に記されている)


 

 15 闇の子と光の子

 二人はオリーブとぶどう畑が延々と続く中を通り過ぎて行った。すっぽりと霧につつまれて景色がぼんやりと見えていた。イエスはヘルモン山のこと、ハーブ(薬草)のこと、樹々のこと、乾いた草がどんどん水分を吸い上げることなどを話した。そして彼は植物の生態にちなんだ寓話を次から次へと語った。イトスギ、カシの木、ポプラ、トゲのある植物、ユリの花、ヒメウイキョウ(薬草)、ライ麦、そしてあらゆる食用植物などが題材となっていた。

しかもそれぞれ味方や敵となる昆虫類や他の生物なども豊富に加えられた。彼の話を聞いていたヨハネは、長旅による足の痛みも忘れてしまうほど楽しかった。

話の中心は、大自然に宿る生物がみんな信仰によって生きており、その生命のすばらしいこと、更に、天の御父が生命の営みに必要なものをすべて与えてくださるということであった。ヨハネは言った。

 「あなたの寓話の意味は何ですか?」

 イエスは答えて言った。

 「ああ! 人がみんな、草や花のように信仰によって生きていれば、天国は外にあるのではなく、自分の心の中にあるということを知るようになるでしょう」

 ヨハネは二の句が出なかった。『天国は自分の心の中にあり、外にはない』 という耳新しい言葉の意味が分からなかったからである。

 二人はその夜、貧しい農夫の家に泊めてもらった。二人の客を泊めるために、自分の寝床を縮めるくらい小さな家であった。しかしできる限りのもてなしを惜しまなかった。イエスは持っていた食べ物をみんなで分かち合った。やせこけた農夫はイエスに言った。

 「あなたのお言葉で、わしたちのおなかが膨らみましただ。まるで宴会のようでした」

 この善良な夫婦は、乞食よりも貧しかった。昔五人の子供を飢えで死なせてしまったことを話した。でも愚痴をこぼさず、神を呪うことも無かった。あくる朝、善良な夫婦に別れを告げて旅立つとき、イエスの霊は歓喜に満たされ、ヨハネに言った。

 この夫婦は、神の国から遠くはありません。あなたがお礼に差し出したお金や食べものを受け散らなかったではありませんか。前の晩に泊めてもらった金持ちは、逆に、それを要求し受け取りました。しかも金持ちが泊めてくれたところは、家畜小屋でしたね。なんという違いでしょう! 闇の子と光の子とを見比べてごらんなさい!」





16 人の手によらぬ本当の神殿

 ヘルモン山の高い傾斜面は、狼、熊、鷲などの生息地である。ピリポ・カイザリヤ地方の人人にとっては、まさに近寄りがたい荒れ地であり、断崖絶壁であった。しかしイエスとヨハネにとっては実に有り難い所であった。

静寂だったからである。二人はついに目指す目的地にやってきた。そこはバール・ガトという地名で、昔は聖地といわれ、バール神をまつっていた所であった。ローマ軍がそこを通ったとき、ローマの神々の像を岩肌にきざんだ。それを見たヨハネは、シーザーの権力を感じ、心おだやかではなかった。

しかしイエスはそんな偶像には目もくれず、遥かなる眼下に流れている渓流が噴き出している洞穴を見ていた。

緑色の微光がキラキラと光り、水しぶきがあたりの岩に飛び散り、泡だらけの水がゲネサレ湖 (ガリラヤ湖の旧称)に向かって流れていくのである。ヨルダンの山岳地帯の中心部は、まさにイスラエルを養う生命の泉であった。

 イエスは南の方向に向きを変え、じっと凝視していた。ガリラヤ地方が一望のもとに眺められ、金色に輝いていた。そのど真ん中にガリラヤ湖が青々とひときは美しく横たわっていた。

東の方には、ギレアデやモアブの山々が連なっていた。更に、南西の方向には、ナザレ人にとってはとても親しみのあるタボル山がそびえており、むかし、サウロとヨナタンが死んだ戦場が近くにあることを思い出していた。(訳者注・サウロはユダヤ初代の王でヨナタンは善良な息子であり、ダビデの少年時代のよき友であった)

 このときヨハネは、岩山の間を飛び交っているハゲタカを見ていた。ヨハネはつぶやいた。

 「死の鳥が舞っている。兄弟よ、ここは悪霊ベルゼブルの巣窟で、とても汚れた場所ではありませんか! ああ、なんとひどい所なんでしょう! バール神の祭司が人間を犠牲として偶像に捧げたところです。(人身御供のこと)何代も何代も、この辺りは人の血で染められ、罪で汚され、恐怖にさらされた所です。さあ、早くここから立ち去りましょう。ここは人間の住む所ではありません」

 ヨハネの声は山々にこだまし、むなしく消えていった。再びハゲタカが輪になって彼の頭上を通り過ぎて行った。

 静けさが一面をおおっていた。しばらくして、イエスは淡々として言った。

 「この世にはいろいろな静けさがあるのです。このあたりの静けさは、とってもすばらしく、神との出会いを実現させる静けさです。そうではありませんか、旅のお方!」

 ヨハネがキョトンとしているのを見て、イエスはわざと他人行儀に振舞った。

 ヨハネは言った。

 「ここは何百年もの間、異教の神々によって汚された所ではありませんか!」
 「ごらんなさい! 約束の地が私たちの眼下に広がっているではありませんか。神がお住みにやっておられるのです」

 ヨハネはどうしても神の声が聞こえず何も感じなかった。彼は孤独と恐怖におびえていた。

 イエスは言った。

 「もしも私が神の召命を受けたなら、この岩の上を天の御父の神殿とするよう弟子たちに命じるでしょう。

そうすれば、かえって悪霊は追い出され、影のように逃げていくでしょう。聖なる者だけが聖なるものを造りだせるのです。大理石の柱とか、金銀とか、銘木がどうして必要なのでしょうか。この辺りを見てごらんなさい。この山々は、天の御父が自ら切り刻まれた所であり、真心を以て礼拝する者のために用意されている本当の神殿なのですよ」

 イエスの言葉が終わるや否や、ヨハネの顔に一条の光がさしこんだ。ヨハネはついにイエスの言っていることが分ってきた。

 そうですね! 真心から神を拝む場所なんですね! この約束の地は、一望のもとに見渡せるんですね! やっと分かりましたよ、あなたの幻が見えてきたようです」

 ヨハネの叫び声には全く無頓着にイエスは語り続けた。

 「もし私が預言者ならば、・・・・・・いや、そんなはずはないが! 私は人の子であり、町の人々のところへやってきたんだから・・・・・・」

 彼は再び溜め息をついた。

 ヨハネは白雪をかぶった山々や、金色に輝いている眼下の景色をじっと眺めていた。ここにこそ人の手で造られない本当の教会が横たわっていた。そこは神の御座を象徴する場所であった。永遠の平和がヨハネの霊をおおい、かつての異教の神バールの拝所(うがんじゅ)において、彼は神を見いだしたのである。

 



17 しばしの別れ

 二人は果樹園にやってきた。木の根に腰かけて休息をとった。この高台から別れ道が見えた。ひとつはピリポ・カイザリアへ、もう一つは、谷間へ向かう道であった。イエスは言った。

 「さあ、ここでお別れしましょう。ちょうど別れ道がありますから


 ヨハネは叫んだ。

 「え! お別れするんですか?」

 「さあ、ご両親や弟さんのところへ帰ったらいかがですか」

 「とんでもありません! 私はもう両親や兄弟、それに友だちもすべてあきらめる決心ができています」

 イエスは答えて言った。

 「このままですと、まるで私がけしかけたように思われるではありませんか。それに、あなたの家族にそんな重荷を負わせたくありませんからね。今がちょうど潮時です。私は一人旅をして、私の目的をはっきりつかみたいんです


 それから二人はしばらくの間押問答を続けた。そしてついにヨハネは声をあげて泣いた。しかしイエスの顔には抗しがたい強いものが現れており、先生と呼ばれていないものの、その雰囲気は実に権威あふれる威厳にみちていた。

 「私はついていきます。あなたの威厳がそうさせるのです。でもどうしても駄目でしたらお名前だけでも打ち明けて下さい。そうすればいつでもあなたを探し当てることができますので」

 「それはできません。過去の経験がそうさせるのです。特に愛する者に対してはね。光の子らを愛すれば愛するほど彼らや親戚までも巻き込んでひどい目に合わせてしまうのです。律法学者やパリサイ人、長老などの怒りや軽蔑が向けられるからです。だから、あなたにもそんな目に合わせたくないんです」

 ヨハネは自分の頭を地上にうちつけて悲しみの声をあげた。彼の大きな泣き声は、谷間中にこだまして、山々に響き渡った。その音にびっくりして、鳥の群れが木々の枝から飛び立っていった。

 イエスは言った。
 「私は喉が渇いた」

 イエスはヨハネには目もくれず、果樹園のふもとに流れているヨルダン川へ降りて行き、手で水をすくって飲んだ。

ヨハネも川のほとりへ降りていった。そこで腰をおろし、あたりを見回すと、川のよどんだ水面に明るい透かし絵のようなものが映っていた。重苦しい絶望感と深い孤独感におしつぶされて、もう何も考えることができなくなってしまい、ぼんやりと水たまりの表面をじっと見つめていた。水面には、山の景色、人々の群れなどが映っていた。

その光景は次第に大きくなり、雑踏となり、山ぎわで礼拝している群集となったり、町の神殿に群がる人々になったりした。

いつのまにか、だれかと一緒にあちらこちらと歩き回っている光景に変わり、連れの者が、ふとこちらを向いたときに見た顔は、まさしくイエスであった。驚いたヨハネは、余りの嬉しさに、しばらく気を失っていた。自分をとりもどした彼は叫んだ。

 「愛するお方だ! また会えるかもしれない!」

 イエスは言った。
 「先のことは分かりませんよ。前にも言ったように、過去の苦い経験からお互いに一緒に暮らさない方がいいんですよ」

 ヨハネは嬉しそうに繰り返した。
 「私たちはまた会えるんですよ、私はその幻を見たのです。そうなんですよ!」

 二人は坂を登って行った。そして、あのいやな分かれ道のところに来て腰をおろした。イエスはヨハネに言った。

 「あなたにお願いしたいことがあります。どうか私のいうことをだれにも漏らさないでください。これから出会う旅の人でさえ言わないと約束して下さい。二人で一緒に過ごしたことは、二人だけの秘密にしてほしいのです。

いずれこのことが知られる時がくるでしょうが、今は黙って欲しいのです。私たちが、どんなに楽しい日々をともに過ごしたか、それはとてもすばらしい友情でした」

 ヨハネは固い約束をした。イエスは最後に言った。

 「私はあなたのお父さんに負けないくらい、あなたのことが好きです。でもいつものことながら、人を愛し喜びを感じる時には、必ず邪魔者が現れるのです。どうもこれは私の運命のようなものです。

ですから、あなたをその影に入れたくないのです。さあ、あなたは、これからゲネサレ湖畔に帰り、幸せな日々を過ごし、友人と楽しく交わり、妻をめとり、子をもうけ彼らから尊敬される、そして裕福な老後を過ごし、平和な死を迎えるのです」

 そこで突然イエスは、さようならも言わないでヨハネのもとを去り、ピリポ・カイザリアの方を目指し、姿を消してしまった。長いあいだヨハネはぼう然と立ちつくしていた。

肩を落とし、別れの辛さを味わっていた。しかし町の方へ向かう道を歩き出した時には、もう悲しみは消えうせ、歌を口ずさんでいた。水面に映ったイエスの顔を思いだし、必ず再会できるという希望を持ったからである。




18 異教の町、ピリコ・カイザリヤ
 
 エルダドの弟、ヤコブは呉服商を営んでいた。彼は出入りする客のすべてに、貧乏は辛いものだと大げさにこぼしていた。しかし彼はひそかに金貸しをして巨万の富を築いていた。一人娘は結婚してしまったので、家には下僕のアサフと二人きりであった。アサフは子供の頃、異邦人に奴隷として売られ、病気がもとで口がきけなくなってしまった。

それでヤコブの下僕となり、どんなに痛めつけられてもペコペコしているだけであった。ヤコブは律法学者とパリサイ人だけには、訪ねて来るたびごとに御馳走を振舞い、贈り物を忘れなかった。自分のために長い祈りをしてもらえれば、どんな罪でも許されると信じていたからである。

 イエスがピリポ・カイザリアにやってきた時、例の律法学者とパリサイ人が、町中で長たらしい祈りをしているのが目に入った。そして一人の若者(アサフ)が彼らと一緒に通り過ぎようとしていた。

すれちがいざま、アサフはイエスの不思議な視線を感じた。何かとても強烈なものを感じたので、主人に虐待されてもよいと覚悟を決めてイエスの方へ歩み寄った。イエスは彼に呉服商の家はどこかと尋ねた。身振りでアサフは道を教え、ヤコブの家まで案内した。

 ヤコブはイエスが立派な上着を着ているのを見て歓迎した。その上、兄のエルダドから遺産分けとして財布を受け取ったので、上機嫌であった。

 しかし、ケチなヤコブは遺産を運んでくれた手間賃を惜しみ、盛んに弁解を始めた。この大金は、そっくり借金の返済のために無くなってしまうとか、乞食にくれてやる小銭にも困っているなどとこぼした。

 イエスは言った。
 「金持ちというのは大変貧しいのです」

 「妙な事をおっしゃいますね」

 「金持ちはいつも金に飢えているのです。もっともっと増やしたいと思っているからです。しかも心配の種もつきません。言ってみれば、貧しさと同居しているのです。囚人のように卑しい欲望と恐怖に閉じ込められています。泥棒、戦争、ローマの権威者、
税務署などにいつもびくついているのです」

 「いやーそのとおりですよ」

 ヤコブは溜め息をついてから黙ってしまった。イエスの見詰める目は、何もかも見通して、ヤコブが大金を持ち、帳簿の中までもすべて知られているように感じた。ヤコブはうつむいたまま、兄からの手紙を読み始めた。そこには世にも珍しい治癒力をイエスが持っていることが書いてあった。

ヤコブはその頃、骨の痛みに悩まされ、この不幸な病をなおす手立てが全然見つからなかったので、渡りに船とばかり喜んだ。

 「兄の手紙から察すると、あなたは医術の心得がおありのようですね。実際のところ私は無駄口しかたたかない医者なんかちっとも信用してないんですよ。よく言うじゃありませんか、医者は泥棒より悪いてっね。泥棒は人の金か、命かのどちらかを奪いとるが、医者って奴は両方とも奪ってしまうってね」

 と言ってゲラゲラ笑った。ロバの泣き声のような笑いが止まってからイエスは言った。

 「私は医者ではありません。私はナザレで少年時代を過ごしました。ある年のこと、疫病が流行して人々がバタバタと死んでいきました。そのときカペナウムから一人の医者がやってきて、それは実に献身的な働きをしておりました。

昼も夜もぶっ続けで病人の家をまわり、それこそ飲まず食わずで病人を助けようとしました。しかし疲労が極に達し、ついに亡くなってしまいました。この医者は真心から患者に仕え、自分の生命を捧げたのです。これ以上の美徳がこの世にあるでしょうか。それ以来私は、医者というものを尊敬するようになりました」

 ヤコブは、慌てて言った。

 「私は医者に金を払っても、ちっとも痛みがとれなないんですよ。いつもこの病気で死んでしまうんじゃないかと恐れているのです。でも今度は違います。兄がわざわざ手紙まで添えて、あなたに治療のたまものがあると言ってよこしたのですから安心いたしました。どうか私の病気を治して下さい」

 イエスは再三にわたって自分が医者ではないと言ったのでヤコブは冗談だと思った。ヤコブはアサㇷに夕食の用意を命じた。イエスは手足を洗ってから夕食をすまし、わたのように眠った。長い旅で疲れきっていたからである。

 次の朝、日の出の頃に目を覚ますと、ヤコブは丁寧な言葉で彼に挨拶し、今日からは自分の秘書のような役目を果たしてほしいと言った。イエスは賃金をもらわないで仕事を手伝い彼の病気を治すことになった。しかしいつまでもヤコブの家に縛られないことを約束した。





19 とけない謎

 アサㇷの心はつねに暗黒に閉ざされていた。しかしイエスとの出会いによって大きな光明がさしこんできた。日の出、日没、星の輝きなどが、全く新しい希望となった。山からカイザリヤに向かって吹き荒れる嵐も、肌に優しく感じられた。

知恵と霊力に溢れているイエスと一緒にいるだけで、長いあいだの苦労も吹き飛んでしまうのである。

アサㇷの恐怖や苦痛は、傷あとのかさぶたが剥がれるように消えていった。彼はもう主人の暴力の前でおびえなかった。毅然とした態度で主人と対面するようになったので、主人のヤコブも暴力をふるわなくなった。

イエスの面前では体裁を作っていた。モーセの戒律をよく守り、律法学者やパリサイ人に献金し、正しい生活をおくっていると大ぼらをふいていた。ヤコブは長いあいだの経験から、ずるいことを考えていた。ひとつ、この誠実のかたまりのような男を使えば、店の信用も高まり、第一安心して商用の旅にでかけられると考えた。

この目的をはたすために、ヤコブはイエスに苛酷な仕事を仕事を与えず、しばらく気ままに暮らすように勧めた。イエスにとってローマが直接統治する町で暮らすのは、全く初めてのことであった。

 イエスは町中を歩いて知ったことは、金持ちは豪華な邸宅に住み、盲目の乞食は汚い裏通りにねそべっていて、飢えのために骸骨のようになっていたことである。彼は又、主人に鞭うたれ、手足のきかなくなってしまった多くの奴隷が、街角に捨てられ、物乞いをしたり、生き倒れになって死んでいるのを見た。

町のあちこちで、奴隷が鞭うたれる悲鳴が聞こえていた。たまらない気持ちでそこを通りぬけ立派な道路に出ると、ローマ人が神と崇めるシーザのために建てられた神殿があった。そのまわりに異教徒たちの神々の像がまつられていた。イエスは、その外観はともかくとして、その像からは何の内面的恩寵を感ずることはできなかった。

むしろローマ人の利益だけを考えて、支配下にある民衆には苛酷な法を強制し、残酷きわまる扱いをしていた異邦人に強烈な反感をいだいた。

それでイエスは、このときから異邦人は相手にしないことを決心し、もしも召命をうけたら、神のよき音信(おとずれ)をユダヤ人にだけに伝えようと思った。町のあらゆる光景を目の当たりにしたイエスはアサフにつぶやいた。

 「私の親友ヘリという人が、こんなことを言ってたよ、〔町という所は、毒蛇やひきがえるの巣窟だ、そこには一片のあわれみも、いちるの望みもない。つかの間の喜びと、底なしの絶望があるだけだ〕 とね。もうかれこれ七年程前に教えてくれた言葉なんだ。今その意味がようやく分かったような気がするよ」
 
 アサフはイエスの裾をつかみ足元にひれ伏した。アサフはひとことも口がきけなかったので、イエスは彼を抱き起し、一枚の書き板を手渡した。アサフはもだえるように文字を書いた。

 「ご主人様どうか私をおいて行かないで下さい。そんなことをなされば私は自殺いたします。この町には暗黒と死だけしかありません。どうか私をあなたの奴隷として連れて行って下さい」

 「奴隷はよくない! 私の弟子としてついてくるなら決して重い荷物を追わせるようなことはしない。でも今の私は独りで旅をしたいのだ。アサフよ、今は何の約束もできないよ」

 イエスは辛そうに言った。アサフは苦しそうなうめき声をあげたが、これ以上イエスに迫るようなことはしなかった。

イエスが言い終わらないうちに主人が律法学者とパリサイ人を連れて家に入ってきた。ヤコブはお客に食事を用意するように命じた。パリサイ人は、でっぷりと脂ぎっており、律法学者は小柄であった。

イエスは客のため接待した。彼らはたらふく食べたり飲んだりした。彼らの話は、霊的なことではなく、もっぱら商売のことをひそひそと話し合っていた。又パリサイ人は、ヤコブがどんなに立派な人物であるかとお世辞を言い、多くの取引ができるようにしてやると約束した。ヤコブは、とても上機嫌だった。

彼は二人のため、特別な贈り物を手渡してからイエスを呼び出した。上着だけは立派なものを身につけていたので二人の客は丁寧に挨拶をした。そこでパリサイ人は律法学者のことをおだてあげた。

 「彼はのう、知識の水がこんこんと湧き出る方じゃ。一滴も無駄なものはないのじゃよ」

 それから今度は律法学者がパリサイ人のことを褒めそやした。

 「彼は何しろエホバの神に祝福されている御仁でな、天使たちまでも褒めたたえるのじゃ」

 客の足元にいるイエスは黙って歯の浮くようなお世辞を聞いていた。調子に乗った律法学者がイエス言った。

 「そこの若い方よ、わしらに気がねなどするでない、何でも質問するがよい」

 「先生がた、一つだけどうしても解けない謎があるのです。どうして時々悪人が善を行い、聖人が罪を犯すのでしょうか?」

 律法学者は妙な質問に顔をしかめながら、それは全く無知のなせる業であると答えた。

 イエスは続けて言った。

 「私は本当にあったことをお話いたしましょう。ある村に農夫が住んでおりました。妻と七人の子供が幸せに暮らしていました。ある年に凶作にみまわれて、そのあたりは何ひとつ収穫がありませんでした。その農夫は病気になり、家には食べるものが全然ありませんでした。子供たちは今にも飢えて死にそうになりました。

農夫は妻と相談し、金持ちで立派な人だと言われているパリサイ人の家に行けば、きっと哀れんでもらえるだろうと話し合いました。しかしこのパリサイ人は何一つ与えず、こう言いました。

 〔豊作のときにたら腹食べて、食物を粗末にしたばちが当たったのじゃ。愚か者はみなこんな目にあえばよいのじゃ、エホバの神はすべて見通しじゃ。せいぜいおまえたちのために神にとりなす祈りでもしてやるからな〕

 哀れな農夫と妻は、空手で金持ちのパリサイ人の家の門から帰って行きました。それから賢人として知られている律法学者の所に行きました。きっと妙案を出してくれるに違いない。そうすれば子供たちは死なずにすむかもしれないと思ったのです。この律法学者は仲々の暮らしをしておりました。

ところがこの律法学者も、ひとつぶの麦さえも与えてくれませんでした。しかも彼の与えた妙案とは、豊作のときがやってくでるまで辛抱強く待てばよいということでありました。農夫は叫びました。

 〔今食べるものがなければ豊作の年が来る前に死んでしまいます!〕

 律法学者は、神の慈悲を疑う奴はけしからん、と言って、戸をピシャリとしめてしまいました。しかたなしに彼らは一軒の貧しい売春婦の家にいきました。彼女は彼らの実情を聞いて気の毒に思い、五つのパンと山羊の乳を与えました。その後も穀物や油なども与えたので、一家は何とか生き延びることができました。そしてついに飢饉が去りました」

 イエスはここでしばらく沈黙し、彼らに尋ねた。

 「この三人のうちで誰が神に愛されるでしょうか? 知識の水がこんこんと湧き出る律法学者でしょうか、それとも天使たちから褒めたたえられるパリサイ人でしょうか? 罪を犯していても、飢えに苦しんでいた人々を哀れみ、隣人を救った売春婦でしょうか?」

 しばらくの間ヤコブの客二人は、何も答えなかった。煮えくりかえるような怒りを感じても、返す言葉が全く見つからなかったからである。ついにパリサイ人がヤコブに向き直って言った。

 「このお方はどこからお出でになったのじゃ?」

 「ナザレからです」

 「ああ、悪名高いナザレかね」 と律法学者はつぶやいた。パリサイ人は続けて言った。

 「して、彼の父は?」

 「兄の手紙によりますと、大工であるとか申しています」

 「卑しい職業だ」 と律法学者がつぶやいた。イエスは彼らに言った。

 「どうかお願いです。私は全く無知なのでお願いしているのです。でもこれは実際にあったことですから、どうしてもこの謎を解きたいのです。本当の善と本当の悪についてです」

 二人の先生がたは、頭を横にふるばかりであった。イエスは言った。

 「神様だけがご存知だという訳ですね。でも私には、どうしても多くを愛した売春婦が神様に愛されるように思えてならないのです」

 短刀で胸を刺されたような痛みでパリサイ人と律法学者はもうじっとしていられなかった。

 パリサイ人は立ち上がり、大声でどなった。

 「この若者めが、汚れた女を引き合いに聖なるエホバの名を汚しおったわい! わしは、もうこれ以上我慢がならんわい! ヤコブや、この冒瀆野郎をいつまで家においとくのじゃ」

 イエスは言った。

 「エホバの神はすべてのものをお造りになったと記されています。この売春婦も神の御手によって造られた人間ですから、たとえ迷いの中にあったとしても、立派な神の子ではないでしょうか」

 立派な服を着たパリサイ人は、この若者に返す言葉がひとことも見つからなかった。憤然として家を出ようとしたのであるが、ヤコブがそれを遮っておしとどめた。ヤコブは懸命に客を引き留め、イエスにここから離れるように命じた。

律法学者も同じように引き留められた。それで二人の客はヤコブに対し、あの浮浪者を即刻この町から出て行くように言った。ヤコブはそれだけは勘弁してほしいと哀願した。イエスはとても変わっているので、訳の解らないことを言い出すのだと、しきりに弁解した。ヤコブは声を一層和らげながら言った。

 「イエスはまるで海から渡ってきた白鳥のような人間です。金持ちを目の仇にしていますが、私は今までこんな信頼のおける人間には出会ったことがありません。ですからこの若者に私の家や財産を全部まかせようと考えているのです。

つまり私の執事というところでしょうか。とにかく私が安心して商売にでかけられるような管理人にしたいのです」

 パリサイ人が言った。

 「イエスは今にきっとうまいことを言って、あんたをだまくらかすにきまっとるわい」

 律法学者も続けて言った。

 「あいつはね、あんたが留守をしているのをいいことに、全財産を奪ってとんずらするんじゃないかね」

 ヤコブは遮るように言った。

 「とんでもございません! 私の兄が彼を信用して、重い金貨の袋を届けさせました。遺産の分け前だったのです。一銭も無くなっていなかっただけではありません。彼は運び賃さえ受け取らないのです。その気になれば、いつでも彼はエルサレムでもアレキサンドリヤ(アフリカ)でも持ち逃げできたはずです」

 パリサイ人は言った。

 「ああ、神の名を汚す者は、必ず裏切るものじゃ

 「腕のいい職人は、これと見込んだ道具を捨てるようなことはいたしません。私も長い間商売のために数えきれない人を使ってきましたが、一度も私がにらんだ眼が狂ったことはありません。このナザレ人こそ完ぺきな人間です。食事だけあてがっておけば、ただで働いてくれる男です。それに言い忘れておりました。彼は奇跡が起こせるのです。

私の甥から悪霊をふんじばって追い出してしまったんですよ。こりゃすごいじゃありませんか。私も彼を説得して、私に取りついている病気を治してもらおうと思っているんですよ」

 ヤコブの話を聞いているうちに、二人の
客人の顔色が変わった。妬みと混乱が渦巻いていたからである。その上もしかすると、この若造のおかげで今までのようにヤコブから甘い汁を吸えなくなるのではないかと恐れた。そこで律法学者が言った。

 「それほどまでにあんたが見込んだ人物なら、それも結構なことじゃ。ではひとつ、その者をここに呼んで、あんたの病気を治すところを見せてもらおうではないか」

 ヤコブはアサフを呼んで、すぐイエスをここに連れてくるように命じた。二人はかわるがわるイエスにたずねた。イエスはただ 〔はい〕 と 〔いいえ〕 としか答えず、余計なことは一切言わなかった。しびれをきらしたパリサイ人は言った。

 「さてさてヤコブの甥のことを聞いて、久々にわしの心が躍ったところじゃ。おまえさんは、本当にすばらしい奇跡をおこしたもんじゃのう」

 彼はしつこくその時のことを話すように催促した。ヤコブが言った。

 「イエスや、それだけは嘘ではあるまい。兄からの手紙にも書いてあったからね」

 「それが一体どうしたと言うんですか。私は医者ではありません」

 「おまえさんは、ここで大変世話になっている主人の病気を治すんだろう?」

 「いいえ、私はこの異教の町では、そのようなことをしないように決めているのです」

 パリサイ人は言った。

 「ヤコブや、どうやらこの若者はあんたの友ではない! この気高いナザレ人が、その手でおまえさんの体に触れさえすれば病気が治るというのに、それをしないというのは、おまえさんの友ではあるまいて!」

ヤコブは言葉につまってしまったが、ひとつかみの金貨をイエスに差し出して、どうか自分の病気を治して、もう一度身軽に歩けるようにしてほしいと言った。

 イエスは言った。

 「そのお金はアサフにあげた方がよいのではありませんか。彼はあなたのために身を粉にして働いているのです。労働に対して賃金を払うのは当たり前ですからね」

 もしもこの高利貸しがイエスの言う通りにしていたら、きっと後で、萎えた手足を自由にしてもらえたかもしれなかった。しかしヤコブはケチで強欲な人間だったので、せっかく溜めた金をびた一文でも人にやるのが惜しかった。パリサイ人と律法学者はあざけるような目付きで言った。

 「この若造は病気を治せないんじゃ。このほら吹き野郎は、きっと兄の手紙までもごまかしおった」

 「そりゃちがいます! 運んできた大金を見ればわかります」

 イエスは三人の男を見回してから、ヤコブに厳しい調子で言った。

 「あなたがこのアサフにこの金をやらないというのでしたら、この二人の客人にあげて、あなたの求めているものが実現するまで長いお祈りでもしてもらったらよいでしょう。あなたの心がかたくななので、私はもうあなたとはかかわりたくありません。これでお別れしましょう!」

 彼の語気に圧倒されたパリサイ人、律法学者の面前で、イエスは足のちりを払い、ヤコブの家から出て行った。ヤコブはすっかり動転し、嘆いて言った。

 「生れて始めて信頼できる執事を失った! 金では買えない人物を・・・・・・老後の支えと考えていたのに・・・・・・」

 パリサイ人と律法学者は、歯の浮くようなお世辞を連発してヤコブを慰めている間に、アサフは、こっそり、ヤコブの家から逃げ出して、イエスの後を追いかけて行った。
 



20 アサㇷの真心

 アサㇷは子供の頃から食べ物に飢え、病身であった。それで身体は小さく、疲れやすかった。ヤコブのもとへやってきてからは、いつも杖で叩かれ、びっこを引くようになった。そんな足でイエスに追いつくことは容易ではなかった。しかもピリポ・カイザリアでは、ローマ神殿に参拝する者でごったがえしていた。

ようやく追いついたアサフは、イエスの裾を引っ張って一緒について行きたいという合図をおくった。その顔にはありありとヤコブの家のちりを払い落したいという気持ちがにじみでていた。

 イエスは言った。

 「ヤコブのもとに帰りなさい。おまえは町の人間だから、それが一番よいのだ。厳しい道をえらびなさい。いばらの道を選べば、良い死にかたができるだろうよ」

 イエスは裾を引っ張っているアサㇷの手を振り払い群衆の中に消えていった。アサフは腰を曲げ、顔を地面に向け、手で自分の服を引っ張りながらうろつき回った。南の方へ向かって歩き始めると、十字路にさしかかった。アサフの指が東に向いていたので、そちらの方へ歩いていくと、見晴らしのよいところにやってきた。

見ると、一本の樹の下にイエスが腰をおろしているのが目に入った。昼過ぎの頃、山頂に白雪をいただいたヘルモン山から冷たい風が吹いていた。アサフはイエスの後ろに回り、そっと裾を引っ張った。

 イエスはなじるように言った。

 「しつこく私を追い回してはいけない。私は独りで自分の道を見究めなければならないんだ」

 アサㇷはイエスの厳しい口調にたじろいでしまった。その態度は、いつもの愛情溢れるものとは違い、権威ある者の表情になっていた。アサフは仕方なしにイエスの言う通りにしたが、イエスの姿が見えなくなると、再び彼の後についていった。イエスは枯れ葉となってしまった木々のふもとで休息をとった。

天の御父との交わりに入り、数時間が流れた。我に帰ると、そこに足をすりへらし、疲れきったアサフが立っていた。夕闇があたりを覆っていた。アサフはイエスの足元にひれ伏し、しっかりとイエスの足をにぎっていた。顔からは血の気がなくなり、ほとんど意識を失っていた。


 イエスは優しくアサフに説得した。

 「アサフよ、よく聞きなさい。私と運命を共にすると、必ず悲しい最期がやってくるんだよ。私はおまえを巻き添えにはしたくないんだ。だから私と別れて町へ行きなさい。上着の裾に縫い付けてあった一枚の銀貨がでてきたので、それを持って行きなさい。そのお金で商売を始めれば、何とか命をながらえることはできるだろうよ」

 アサㇷは必死になって砂の上に文字を書いた。

 「あなたなしで命をながらえるくらいなら、いっそ共に死んだ方がましである」

 と書いてあった。二人はしばらくの間黙っていた。イエスは心の中で悩み、葛藤しながら口を開いて言った。

 「私についておいで! 私のために命を失うようなことがあっても、魂は立派に救われるだろうよ!」





21 一羽の雀でさえも

 アサㇷはイエスの邪魔にならないように気を配り、イエスよりも二〇歩くらい離れて歩くようにしていた。

イエスは時々入神することがあるので、口のきけないアサㇷではあったが離れて歩いていた。二人がある村にやってきたとき、イエスはそこでパン、塩、肉、ワイン、ランプ、油などを買い込んだ。それを見てアサフはびっくりした。

アサㇷは荷の軽いほうを、イエスは重いほうを背負った。夕方になってヘルモン
山は霧にすっぽり包まれてしまった。その夜は北風が吹いて、肌を刺すような寒気におそわれた。そこでイエスは、アサフが着ていた穴だらけの上着を脱がせ、自分の上着をアサフに着せた。

イエスはアサフの着ていた上着をまとったのであるが、穴だらけなので、殆ど着ていないのと同じであった。二人は黙々と山を登り、マナセという貧しい農夫の小屋にたどりついた。マナセと妻はイエスを暖かく迎えた。

 二人が足を洗ってから、マナセは旅のもようについて二人から聞こうとしたが、妻が急に泣き出して言った。

 「せっかくおいでになったのに我が家には一かけらのパンもなくはずかしくてなりません」

 ああ、なんという貧しさであろうか。彼らの家には何もなく、ただ屋根がのっているような小屋であった。そこでイエスは小屋の外に置いてあった荷物を持ってきて開いて見せるとマナセと妻は躍り上がって喜び、鳥のさえずりのような声をあげた。これまでに、こんなごちそうを見たことはなかった。食物が分配され、みんなたらふく食べ、満足した。

食事をすませてからマナセの妻は、イエス着ていた上着を脱がせ、つくろい始めた。イエスは冗談を言いながらみんなを楽しませた。しばらくぶりで食事らしい食事をしたマナセは元気を取り戻し、自分がいままでに描いていた夢を話し出した。彼はぶどう畑
を栽培したかった。

そのことに関する豊富な知識と経験を持っていたからである。彼はため息をつきながら言った。

 「私が生きていている間には、この夢はとうてい実現しないでしょう。でもね、誤解をしないでください。私は決して愚痴を言っている訳ではありません。私の背負っている運命として、おそらく餓死が待っているでしょう。これもエホバの神の御心なのでしょうね」

 イエスは言った。
 「エホバの神は、ちゃんとあなたのことを考えておられるのです。餓死させるようなお方ではありませんよ」

 アサㇷの妻が言った。 (注=ミスプリかも? マナセの間違い?)

 「いいえ、エホバの神は私たちを見放されたのです」

 「一羽の雀でさえも、天の御父はちゃんと覚えておられます。元気をお出しなさい! あなたがたは雀よりもすぐれているではありませんか」

 イエスの言葉によって慰められた夫婦は、打ち続いた悲しい出来事をうちあけた。とりわけ悲しかった事として、五人の子供たちが飢えて死んでしまったことを話した。

 夫婦はあまりにも悲しい出来事が続き、神から全く見放されてしまったと思っていたので、イエスが自分たちをからかっているのではないかとさえ思った。

 次の朝、イエスとアサフは彼らに別れを告げて旅立った。マナセと妻は山の崖に立って手を振っていた。すると突然イエスがマナセの家に駆け出していって、持っていた有り金全部を家に置いた。マナセと妻に気づかれないようにと思ったからである。直接わたそうとしても、マナセは絶対に受け取らないことをイエスは知っていた。

マナセと妻が小屋に戻ってみると、イエスが言っていた神の恵みが、即座に実現したことを知った。彼の目の前に、すばらしい世界が広がったのである。マナセは、この金でぶどう畑を買い、彼のすぐれた腕と勤労によって、大変な収穫を得るようになった。しかも二人の息子まで与えられ、父母の大きな手助けとなった。

マナセと妻は、
この幸せをどうしたらイエスに伝えられるかと考えていた。マナセ自身は、イエスが本来の目的に向かって旅を続けていることを霊の目で察知していた。




22 狼から羊をまもる

 アサフは悶々と悩んでいた。自分の体が弱い上に、寒さと飢えを恐れていた。イエスは彼を叱って言った。

 「信仰のうすい者よ、この世は、神の善を疑う者に対しては何物も与えないのだ! しっかりするのだ!」

 それでもアサフの心はおだやかではなかった。その夜は、イエスが最初に訪れた家の門を叩くと、中に入れてもらい、食物にありつくことができた。次の日の夜は、アサフが見知らぬ家の門を叩くようにいわれたので、山の上の一軒家の門を叩いた。すると彼が立派な上着を着ていたにもかかわらず、あっさりことわられてしまった。

その辺りは、実に寂しい所であり、アサフもくたくたに疲れていたので、地べたに座り込み泣き出してしまった。その辺りには、野宿をするような場所がなく、おまけに雨が降りはじめてきた。

雨をよけるような木もなく、途方に暮れていた。そこでイエスは、その一軒の家の門を叩いた。その家の農夫に、泊めてもらえないかと頼むと、快く承知してくれた。イエスはこの農夫の善意を全面的に信頼して話しかけたのである。

その晩は、イエスの話をたくさん聞いて、農夫は大変喜んだ。あくる朝、妻は二日分の食料をもたせてくれた。

そして、よかったら、もっとここに居て欲しいと言った。しかしイエスはすぐに出発し、どこかで羊を飼う仕事がないかと探して歩いた。この辺りは、ぶどう畑とオリーブ畑ばかりで、羊は一匹もみあたらなかった。

二人は更に南東の方向へ旅を続け、ついにヨルダン川の東に近い山岳地帯へやってきた。人けの少ない所で、ゴツゴツした岩山や、深い谷が累々と続いていた。夜になると、ハイエナやジャッカルの叫び声が聞こえてきた。

以前のアサㇷならば、とてもこんな所にはいたたまれなかったのだろうが、イエスのもとで、まるで牧羊犬
のように彼にくっついていた。まわりの岩山は、真っ赤な夕陽に照らされていた。すると、羊の群れが崖からこちらに向かってやってきたので、イエスは羊の持ち主に雇って欲しいと頼み込んだ。

その男は、ヨエルという名で、プリプリ怒りながらイエスのことを泥棒と思ったのか、手にしていた杖をふりあげた。イエスはヨエルのもとから逃れ、アサフのところに戻ってくると、突然、岩山の陰から狼の鳴き声が聞こえてきた。

アサフは腰を抜かしてしまい、もう歩けないという合図をした。一日が暮れようとしている山々の景色は、大小無数の岩がゴツゴツしたシワのように見えて、不気味であ
った。アサフは殆ど失神していて、イエスの声は聞こえなかった。しかし、イエスが急に岩の間の細い道をよじ登っていくのをぼんやりと見ていた。

イエスはさっきの羊飼いと何やら話をしていたかと
思うと、散らばっていた羊を呼び集め、アサフのいるあたりまで誘導してきた。イエスは言った。

 「このあたりで狼の鳴き声が聞こえたんだ
! 急いで羊を囲いの中へ入れよう! 」

 そのとたん狼の恐ろしい声が響いてきた。羊飼いはもみ手をしながら言った。

 「このあたりはいつもこうなんだ泥棒、野獣、悪霊がゴロゴロしている地獄なんだから」

 イエスは羊飼いをどやしつけた。

  「羊がうろうろしないうちに羊を呼び集めるんだ! おまえは羊の名前を呼んで早く安全な所へ連れて行くんだ!」

 「いやなこった! それよりも一緒に逃げようじゃないか!」

 「羊飼いのくせに羊を見殺しにするやつがあるか!」

 「おれはこいつらの奴隷じゃないんだ」

 「とにかく羊を呼び集めなさい!」

 「おれは雇われた者だから、こいつらと殺されるのは真っ平ごめんだ!」

 そのときアサㇷは、二匹の狼が岩陰にいるのを見て、地上に身を伏せた。金で雇われた羊飼いは、羊をすてて山の方へと逃げてしまった。二匹の狼は、ここぞとばかり岩を飛び越え、羊の方へ向かっていったので、口笛を鳴らし、鳥のような美しい音を奏でたので、羊は頭をもたげ、イエスの後についていった。

イエスは手早く囲いの所まで連れていき、一匹ずつ中に入れた。後を見ると、三匹の羊が草むらの中で震えていたので、やっとのことで二匹までは囲いの中に入れることができた。しかし最後の一匹は、すでに狼に囲まれていた。

イエスは手にした牧杖で一匹の狼を叩いたが、他の狼はイエスの肩に飛び掛かり、イエスを地上へ倒してしまった。

二匹の狼とイエスはしばらくもみ合っていた。イエスの体からは血と汗がしたたり落ちていた。イエスは狼が狙っていた羊の方へヨロヨロと歩み寄った。狼は再びイエスに襲いかかり、イエスを地上に投げ飛ばしてしまった。この様子を見ていたアサフは立ち上がり、恐怖心もどこかに吹っ飛んでしまい、長年の間口が聞けなかった彼の口が開かれ、しわがれ声で叫び続けた。

アサフは無我夢中で石を拾いあげ、狼めがけて投げつけた。びっくりした狼は谷間に向かって逃げていった。アサフは気絶して倒れているイエスのもとへかけより、助けようとしたとき、蚊の鳴くような声でイエスが言った。

 「傷だらけの羊を介抱してくれ! 早く囲いの中へいれてやりなさい!」

 イエスは再び気を失った。


   


23 天国はどこに

 羊の持ち主、ヨエルは、安全な場所にある岩山の上から、この様子を見ていた。最初の狼がイエスを襲い、最後の一匹の羊を助けるために自分の命を投げ出した様子を見て、イエスの勇気に驚愕した。

ヨエルはひきつけられるようにイエスの方へ歩いて行った。山々には夕やみがせまっていたので、ヨエルとアサフは倒れているイエスを担いで、崖の下にあるヨエルの家まで運んできた。ヨエルは娘のエスターを呼び、傷を洗わせた。彼女は傷をきれいに洗った後で、バルサム香油(鎮痛剤)を塗り、包帯を巻き、少量のワインをふくませた。

イエスは我にかえったけれども、ひどい熱が出てうなされていた。次の日には熱は引き、順調に回復していった。イエスとヨエルはすっかり打ち解けて、ヨエルは自分の悩みを打ち明けた。

 「私の娘の亭主は泥棒に殺されてしまったのです。彼らは、あなたと同じように羊飼いの仕事をさせてくれと言って家にやって来たのです。彼らを家に入れると、途端に我が家の物を奪い、娘の亭主を殺してしまったのです。それからというものは、私は誰も家に入れまいと決心したのです。それで先日は、あなたのことを追い返したのです


 こう言いながらヨエルはイエスにあやまり、自分の羊を狼からまもってくれたお礼に何をしたらよいかと尋ねた。

 「私は昔ガリラヤでよく羊と一緒に歩き、彼らのことを学びました。でも、やはり彼らの特性を充分に知ることができませんでした。ですから私は、もう一度羊の群れを預かり、山の上で彼らと一緒に暮らしてみたいのです」

 「それは大変孤独な仕事です。しかも忠実な羊飼いは、常に泥棒や狼の危険にさらされるんですよ」

 「肉体を滅ぼそうとする者はこわくありません。私はむしろ、あなたがおっしゃった孤独が欲しいのです。でも今雇っておられる羊飼いを追い出してまで、その仕事をくださいと言う訳にはいきません。彼を失業させたくありませんからね」

 「いや、彼はおそらく戻っては来ないでしょう。とても臆病
でしたから」

 そこで話は順調にまとまり、イエスは羊を飼うことになり、アサフはヨエルの土地で土を耕し、種を蒔き、農作業をするようになった。ヨエルは大変喜んだ。こんな僻地では、ろくに人を雇うことができなかったからである。
 
 エスターには、四人の子供がいた。父親は不幸にも若くして殺されてしまった。イエスは、まるでこの一家を救うために神からつかわされたように思えた。イエスは早くもめいめいの羊に名前を付けて、上手に手名付けてしまった。彼は、どこに牧草地があるのかを素早く見つけ出した。

寒い冬に岩だらけの山岳地帯で牧草地を見付けるのは容易なことではなかった。更にイエスは、羊の毛を刈りこむコツや、子羊を産ませる術を心得ていたので、雌羊のお産を助けてやったのである。

 イエスはエスターの長男に羊の扱い方や愛しかたなどを教えた。ヨエルの家族は逆境の悲しみから次第に脱け出し、幸せな日々を送るようになった。昔の忌まわしい思い出もうすれていった。少しでもそんなことを口にしようものなら、イエスはたちどころに楽しい話や冗談で吹き飛ばしてしまうのであった。

そして天の御父を信じて、少しでも心安らかに生活するようにすすめた。ヨエルはひとつだけ自慢することがあった。

彼は昔この場所を選んで土台をすえ、岩だらけの土地を緑地に変え、自分の手で立派な家を作った。この家は彼にとって夢のように美しいものであった。一つ一つの石を吟味して、上手の加工しては積み上げていくのに、どんなに苦労したかを話した。ヨエルは言った。

 「ここからは一望のもとに谷間が見えます、だから泥棒や野獣が這い上がってくる姿がよくわかるのです。私は王様になったような気分で見下ろしていられるのです」

 「それはどうですかね。土台をもっと固めるほうがよいのではないでしょうか」

 イエスはかがんで一握りの土をつかみ、手のひらからこぼれ落ちる土を見た。ヨエルは腹を立てたが、反論する余地がなかった。夜になると、イエスはヨエルの孫たちと遊び、彼らが寝るまでいろいろな話を聞かせた。ひかえめな母親は、羊の皮でイエスの上着をぬいながら話を聞いていた。

 イエスはオス羊の角でワインや油をたくわえておく容器を作った。イエスはなにかにつけてアサフに様々な生活の知恵を教えた。荒れ地の中で、羊を養うために必要な牧草地を探す方法などもその一つであった。

羊が草を食べている間、イエスは山際で石のように、じっとして動かなかった。しばらくのあいだ瞑想してから、立ち上がり、何やら口の中でつぶやきながら、そこらじゅう歩き回った。それはまるで神と話し合っているように見えた。

アサフの目には、美しい平和の翼を付けたイエスが天高く舞い上がっていくように映った。しばらくして我に戻ったイエスがアサフのところにきて言った。

 「天国は、あそこにあるとか、ここにあるとかいうものではないんだよ。アサフ! 人の心の中にあるんだよ。それを見つけた者は、全財産を売り払っても、それを欲しがるようになるんだよ」

 このとき初めてアサフは、イエスがなぜ一人で人里離れた荒野や山を旅したがるかを知ることができた。

争い、不満、苦痛などが充満している町の中から遠くはなれた所に神の王国を見つけようとしていたのである。アサㇷは別人のように変わり、以前のように臆病ではなくなっていた。心は強められ、豊かになり、常にだれからもこわされることのない喜びと光を見いだしていた。



     

24 砂上の楼閣

 長い日照りが続き、一滴の雨も降らなかったので、その年はぶどうが大打撃を受けた。草は枯れ、地上はカラカラに乾いてしまった。イエスはまず羊を干ばつから守るために遠くにでかけ、わずかな草でも生えている所へつれて行った。そんなある日のこと、突然天がひらけて二日間も雨が降った。

それはまるで空から洪水が落ちてきたように烈しかった。慎重なイエスは二日の間羊を動かさず、雨があがるのを待って、二日目にヨエルの家に向かった。

 イエスがヨエルの家に戻ってみると、足もとにある地盤に小さな割れ目が入っていて、雨水が流れだし、次第に幅が大きくなっていく気配を感じた。そこでイエスは言った。

 「これはいけない! 軟弱な地盤がやられてしまうかもしれない。もう一度大雨や嵐が来れば、ひとたまりもなくさらわれてしまうだろう」

 そばで聞いていたヨエルが言った。
 「そんなバカな! 私はしっかりした地盤の上に家を建てたんですよ。そう簡単に雨や風にやられる訳がない」

 イエスは答えた。

 「あの山の頂上で、たしかに嵐がやってくる兆しを見たんです」

 ヨエルはすっかり腹を立ててしまい、そんなことを言うなら、さっさとこの家から出て行ってくれと言い出した。すごいけんまくで怒鳴り散らす様子は、まるで彼の中に悪魔が入ったみたいであった。

しかしイエスはひとことも言わず、そっと立ち去った。あとでアサフには、ヨエルの怒りは恐怖心からでたものであるから、ちっとも気にしなくてもよい、それよりも嵐がくることのほうが心配であると語ったそうである。

 イエスは、とりあえず羊の群れを牧草地のある山岳地帯につれて行った。昼になった頃、案の定、大風がふきはじめた。黒雲が空いっぱいに広がり、たえまなく雨がたたきつけるように降り続いた。イエスは羊をまもるために、徹夜で頑丈な仮小屋を作った。

ものすごい嵐がひと晩
中荒れ狂っていた。イエスは一匹づつ羊の体に手をあてながら、震えている羊を勇気づけた。烈しい風雨であったので、人の声も消しとんでしまう程であった。谷間から谷間へ、山から山へと荒れ狂っていた。

 明け方になってから嵐は次第に遠ざかり、空に光が見えるようになった。イエスは羊の仮小屋の入り口をしっかりとめてから谷間へでかけて行った。そこはまるで悪魔が勝手気ままにあばれまわった跡のように見えた。

雨水がごうごうと凄い音をたてながら流れていた。ヨエルの家がたっていた山に行ってみると、はたせるかな、エスターと子供たちがまわりの岩や草にしがみついていた。ヨエルが建てた美しい家は倒れ、無残にも瓦れきの山となっていた。砂の上に建てられた美しい家は、一回の嵐で崩れてしまったのである。

ヨエルは瓦れきの山のそばで、頭を叩きながらうめいていた。イエスが声をかけても返事もせず、ただ気が狂ったように叫び続けていた。イエスは彼のプライドが深く傷つけられたことを知っていた。

 そこでエスターや子供たちを元気づけ、嵐の最中に作った仮小屋につれていった。仮小屋をアサフに任せ、イエスは水に流されたヨエルの大事な家具や道具などを運びあげた。また食糧をひろってきて火をおこし、家族が飢えないようにしてやった。ヨエルをつれてきて焚火のそばに座らせても、彼はひとことも、口をきかず、ただイエスの言うとおりに従うだけであった。

彼らは冬にこのような災難にあったのである。イエスとアサフは、そこからかなり離れた所に頑丈な岩山をみつけた。二人は羊のめんどうをみながら、その場所に家を建て始めた。

 挫折したヨエルは何もかも虚しくなり、もうここを引き払ってどこかへ行きたいとエスターに話していた。彼女も子供のことを考えると、ひどく心配になった。イエスは傷ついたヨエルに暖かく説得に務めたので、ヨエルはついに立ち去ることを思い止まった。いよいよ新しい家の壁が立ち上がると、ヨエルも手伝うようになった。

ただ黙々と土を掘ったり、材木や石をけずったりした。ときには遠くまで出かけて行き、乾燥した材木を買ってきてイエスにさしだした。こぶりの家ではあるが、岩の引っ込みにぴったりと密着した堅固な家ができ上った。

 その夜のこと、ヨエルはイエスのもとへやってきて、静かに語りだした。

 「我が師よ、愚かな私であったことをどうかお許し下さい。この家の半分はあなたのものです。私どもと一緒にお暮しください。嵐や洪水がおしよせてきてもびくともしない地盤に家を建てることがどんなに大切なことであるかがよく分かりました。あなたは本当に賢い方でいらっしゃいます。それにひきかえ、私は何と愚かだったのでしょう」

 イエスはほほえみながら言った。

 「何もあやまることなんかありません。これはすべてあなたとエスターのものです。私はもうここを去るときがきたようです。私はこの地で平和を見いだし、しかも大変力づけられました。ですから、私のほうがあなたがたに、心からお礼を言いたいのです」


   

25 良い羊飼い

 ひ弱で無能だったアサフは、ピリポ・カイザリアの山で鍛えられ、とても有能な石工になっていた。いよいよ家の内側の大工仕事が始まった。イエスは余り大工仕事は得意ではなかった。そこでヨエルはイエスをからかって、これでも本当に大工の子なのかと言った。イエスも大声で笑いながら言った。

 「そのうち又ナザレにもどって、もう一度修行をしてこなくちゃね」

 ヨエルは言った。

 「哲学者の手では、一生かかってもだめなのではないですか」

 二人は大笑いした。このようにイエスのいるところには、いつも喜びと笑いがあった。

 時の流れは早く、このあたりは美しい春の景色と、新鮮な緑に囲まれていた。ヨエルは羊と一緒に野山を歩きたかった。そこで孫のナタンに羊の世話をさせるために、イエスは一匹ずつ羊の名前を呼ぶように指示した。ナタンは誇らしげに羊の名を呼び、実に見事に羊をあしらった。ヨエルはとても嬉しかった。

エホバの神がこれ程までに、豊かにしてくださったことを心から感謝した。そこでイエスはヨエルを連れだし、近くの岩の上に腰をおろした。そこでイエスはヨエルに言った。

 「二日以内にお別れをしなければなりません」

 ヨエルは突然暗い顔になり、悲嘆にくれていた。イエスはなおも続けて言った。

 「そろそろ人間社会にもどるときがきたようです。ここは本当に天国です。できるなら一生ここで、あなたがたと一緒に暮らしたいと思うのですが、天の御父が私を呼んでいるのです。又この世の社会が私を呼んでいるのです。天の御父の御心に従わねばならないんです」

 「誰が一体この羊を飼うのですか」

 「ナタンがいるではないですか。彼はもう立派な羊飼いになりました」

 「では、どうか私をつれてって下さい。地の果てまでもあなたに従ってまいります。あなたの御言葉は何ものにも較べようもなく美しく、すばらしいのです」

 イエスは言った。
  「この家をどうするつもりですか?  この家を捨てるとでも言うのですか?」
 
  ヨエルは返答に苦しんだ。二兎を追う者は、一兎も得ずの苦しみであった。ヨエルは言った。
 「この家を捨てるつもりです。そしてあなたの後についていきたいのです」

 「宝のある所には、心が引き付けられるものです。あなたもきっと家のことを思うようになりますよ。それは、私はもっとはっきり天の御父の御心が知りたいのです」

 ヨエルは仕方なく思い止まった。そしてイエスがいなくなることを深く悲しんだ。

 その日の夕方、ヨエルの家からかなり遠くに住んでいたアブネルという男が近づいてきた。アブネルは、日ごろからヨエルの囲いから毛並みの良い一匹の若い雄羊を盗み出そうと狙っていた。彼は夕暮れに斜面をこっそり登ってきて羊の囲いに近づいた。ヨエルとイエスは一旦羊の群れからはなれ、食事をとりに家に帰った。

イエスは羊の面倒を見ているナタンと交代しようと思い、ヨエルと一緒にでかけていった。ヨエルは言った。

 「私の孫はまだ子供です。あなたがいなくなれば、きっとお手上げになり、今度の冬がくるまでに羊はみんな死んでしまうでしょう」

 ヨエルはイエスがどんなに羊を愛しているかをよく知っていたので、なんとかイエスを引き留めようと必死になっていた。二人は羊の囲いまでやってくると、何とアブネルが若い雄羊を囲いから引きずり出そうとしているではないか。イエスはヨエルにシーッと言って、しばらく様子を見守っていた。羊泥棒が何度声をかけても、羊は見向きもしなかった。

そこでアブネルは羊の首にロープをかけて引きずり出そうとした。ちょうどその時、孫のナタンが近づいてきて、羊の名を呼ぶと、アブネルのロープをふりきってナタンの方へかけよった。若い羊飼いは、やさしい言葉をかけて、おびえている羊を慰めた。

 日はとっぷりと暮れ、あたりは夕闇に包まれていた。イエスはヨエルに言った。

 「ごらんなさい。あの若い羊飼いのすばらしいこと! 良き羊飼いは、羊の名前を知っており、羊は呼ばれればちゃんと答えます。よそ者には目もくれません。これで私も安心してここを立ち去れます。羊の友として生まれてきたような若者の手にまかせます」

 ヨエルは無音のままでいた。もうイエスを留める手立てがないことを悟ったからである。ヨエルはイエスが手伝ってくれた新しい家を守ることにした。


   


26 バルトロマイの弟子入り

 その夜のヨエルは自分の若い頃の話をした。彼の父ナタンはエルサレムからエジプトに移住し、高利貸しをやって随分金をもうけた。それがかえって厄介なことになった。彼はその地で要職についていたローマの高官に、かなりの金を貸し、しつこく返済をせまった。

ローマ人は部下の者に夜陰に乗じて家に忍び込ませ、ナタンと息子ヨエルを砂漠まで連れだし、当時おそれられていた部族に奴隷として売り払ってしまった。父ナタンは、その地であえない最期をとげ、ヨエルの前で息を引き取った。

  ヨエルは部族のすきを見て、そこから逃げ出し、エジプト第二の都市と言われたアレキサンドリアへ行った。

そこでは平和に暮らせるだろうと思っていたのであるが、生活習慣があわず、おまけに、苦しんで死んだ父の幻影に悩まされた。彼はユダヤに帰り、ヨルダン川の東にそびえたつ山岳地帯に入り、人里離れた場所で生活を始め、ようやく恐怖から逃れることが出来た。彼は娘エスターの長男に、幼い時から字を教え、教養を身につけさせたと言う。

これを聞いていたイエスの体は、次第に光を帯びてきたて、まばゆいばかりに輝いていた。イエスの姿は、預言者のような威厳を保ち、ヨエルのために建てられた新しい家を祝福した。

イエスの輝いた預言者のような姿を見たのは、ヨエルとその家族の者がはじめてであった。

 明くる朝早く目をさましたヨエルは、もうイエスの姿を見つけることはできなかった。暗いうちに家を出て、別れの辛い思いを少しでもなくそうという気配りであった。

 ナタンは弟に羊飼いと農夫の心得を教えた。弟が一人前になったので、ナタンは旅に出て、一日も早く師なるイエスを探し当てたいとヨエルに言った。ヨエルは躍り上がって喜んだ。ヨエルはナタンを祝福してから言った。
 
  「今すぐ行くがよい! 一日も早く見つけて、ここにおいで願うように言いなさい。あの方は、この世の汚れを知らないお方だ。今頃はきっと何かと困っておられるにちがいない。明日の朝早く旅に出るがよい」

 世俗の汚れを知らない若者は、ナザレに向かった。そこでは、イエスがエジプトに行ったという噂を耳にしたので、早速エジプトを目指して出発した。エジプトについてから、あちこち探し回ったが、全然みあたらなかった。誰もイエスの消息を知る者はいなかった。一つだけ良いことにめぐりあえた。

アレキサンドロスに住んでいた彼の従兄弟が彼を暖かく迎えてくれたことである。彼はしばらくこの家に滞在した。

敬けんなユダヤ人である従兄弟は、ユダヤのベッサイダからここに移り住んでいた。彼の名は、ナタニエルと言って、ナタンと同じ名前であり、彼の方がいくらか年上でだった。ナタニエルは、イスラエルに与えられている神の約束のことや、将来の希望についていろいろ教えてくれた。

 「ある日、必ず神の子が王としてやってくるんだ! そのときイスラエルは、長い束縛から解放され、ユダヤの国は汚れたローマから救われるんだ」

とナタニエルは叫んだ。二人は同じ名前であることを嫌って、ナタニエルは〝バルトロマイ〟と呼ぶことにした。バルトロマイは、旧約聖書にメシヤ到来のことが多くの預言者によって語られていることを話した。来る日も来る日も、二人は熱心に語りあい、いつ神の子が到来してイスラエルを救って下さるのかと首を長くするのであった。

 ある日のこと、バルトロマイはアレキサンドリアでの仕事が終わったので、ナタンと一緒にベッサイダに帰ることになった。故郷に
帰るとバルトロマイは、自分の親しい友人たちにナタンを紹介した。

友人といっても、昔イスラエルの希望のことついて話し合った彼の仲間たちであった。彼らは二階座敷で話し合った。

その中で親分格のピリポが立ち上がり、一日も早くイスラエルの救いの日がくるようにと祈った。そしてその日というのは、バルトロマイが主張してきた、〝メシヤ到来〟のことであった。それぞれ主張のちがう者が集まっているにも拘わらず、とても親しい間柄であった。それはみんなが神の子に是が非でも会いたいという悲願で結ばれていたからである。

 ナタンはバルトロマイにイエスのことを話した。ナタンの家にやってきてからのことすべて話して聞かせた。特に狼から羊を救ったことも話した。それで彼は、ナザレに探しに行ったが見つからず、エジプトにまで行ったことを話した。ナタンは言った。

 「このナザレ人ぐらい純粋なお方をみたことがありません。あの方は、霊的能力も抜群で、立派な人格をそなえていました」

 バルトロマイは黙って聞いていたが、心ひそかに驚きを感じていた。彼は瞑想しながらナタンの言うことを思いめぐらしていた。すると突然ナタンの目に一条の光がさしこみ、胸が熱くなるのを覚え、口走った。

 「天の御告げです。イエスは神の子です」

 バルトロマイは顔をしかめながら言った。

 「あの方はナザレの出身だといったね」

 「そのとおりですとも」

  「そんならメシヤじゃない! ナザレにはとても汚れた者が多く、今でもそうだと言うではないか」

 「出身地によって、その人のことをとやかく言うのは、とても恥ずべきことだと思います。父親の犯した罪だの、母親が淫らであったといって、その子には何の罪もありませんよ。売春婦から良い子が生まれ、飲んだくれの父親から清らかな乙女が生まれることもあるんです


 この言葉にバルトロマイは一瞬たじろいだ。一徹な彼にはこのことが理解できなかったからである。議論に疲れてしまったナタンは、翌日ベッサイダを出発し、再びナザレ人を探すことにした。

ナタンはバルトロマイと話し合ってひどく時間を無駄にしたことを後悔した。このことを感じたバルトロマイは腹を立て、メシアはエルサレム出身の名門の家族から生まれるはずであると言い張った。しかもヒレルのような聖賢でなければならないとも言った。しかしそうは言ったものの、ナタンの言ったことが心にひっかかかっていた。

次の朝いよいよイエスを探しに旅立とうとしていたナタンは、高熱におそわれ倒れてしまった。当時この地方をおそった疫病にかかってしまったのである。年寄りはバタバタと死んでいった。これから花を咲かせようというナタンもついに熱病におかされ、帰らぬ人となってしまった。

彼を深く愛していたバルトロマイは呆然としてしまい、失意のどん底に突き落とされてしまった。ナザレ人のことについて白熱した議論を重ね、彼に散々毒づいたことが悔やまれてならなかった。バルトロマイは誰とも口をきかず、ピリポや友人に会おうとしなかった。彼はつぶやいた。

 「すべては空しい。空の空である」

 彼は暗い部屋の中で四十日も閉じこもっていた。古参の家令が心配して外の空気にふれるように勧めた。その頃は日差しが強く、地上のものすべて焼きこがしてしまう程の勢いであった。彼はいちじくの木の下で、じっと座っていた。身動きもしないでひたすら神に祈り続け、生命は決して空しいものではないという徴(しるし)を求めていた。ついに彼の祈りはきかれた。

 二人の者がそば近くいるのを感じた。一人は死んだナタンの守護天使であった。何の徴がなくても守護天使の動きだけで、すべてが許されたことを知った。彼は故意にナタンを責めた訳ではなかった。あまりにも単純で、自分の確信が強すぎたためにナタンを責め立てたのであった。

幻が消え、二時間ほどが過ぎた。一人の男が急ぎ足でやってきた。見ると着ているものは粗末であるが、顔は喜びに輝ていた。ピリポであった。竹馬の友である。彼は一秒でももどかしそうに、口早に言った。彼は、ついにモーセや預言者たちが予告していたイスラエルの王者に出会ったと言った。バルトロマイは尋ねた。

 「その方のお名前は?」

 「ヨセフの子、ナザレのイエスだよ」

 バルトロマイは心が病んだ。先日のことでナタンとけんかをしたばかりであった。昔からの言い伝えにこだわって、再び口を開いて言った。

 「ナザレからは何の良き者が出ようか」

 ピリポは彼をひきずるように連れていった。ベッサイダの町はずれに渓谷があり、そこでイエスは、アンデレ、ペテロ、そのほかガリラヤの漁師たちと話していた。ピリポが彼らのところに近づくと、イエスは突然立ち上がり、バルトロマイを指しながら言った。

 「生え抜きのイスラエル人を見てごらんなさい! 彼には不純なところはひとつもないのだ」

 こう言いながらイエスはバルトロマイの過去のことを」 すべてすっぱぬいた。バルトロマイはすっかり仰天してしまい、イエスに尋ねた。

 「いつ私のことをご存じだったのですか?」

 「ピリポがあなたを呼びに行く前に、いちじくの木の下でお目にかかりました」

 バルトロマイは、さっき、いちじくの木の下で祈っているときにナタンの守護天使と一緒にいた者は、この方の霊であったにちがいないと確信した。あの時に、この世のものならぬ平安を体験したからである。バルトロマイは、今までさげすんでいたナザレの人の前にひれ伏し、首を低くさげながら叫んだ。

 「先生! あなたこそイスラエルの王者、神の子です」

 ナタンの守護天使から何もかも聞いていたイエスは、バルトロマイの手を取り、彼を引き起こしながら言った。

 「私が、いちじくの木の下にいるあなたを見たということで、やっと信じてくれましたね。でもあなたは、もっと偉大なことを経験するでしょう。天が開け、神に仕える天使たちが人の子(イエスのこと)のために登ったり降りたりする様子を見るでしょう」

 イエスはバルトロマイに対して、自分は人の子であると同時に神の子であることを示そうとした。この時からバルトロマイは、十二人弟子の一人に加えられ、イエスの死後、彼はペルシャまで行ってイエスの教えを広めることになるのである。

バルトロマイとイエスの出会いの日の後で、イエスはヨルダン川へ行き、洗礼者ヨハネから洗礼を受けたのである。



   


27 故郷ナザレに帰る

 イエスはアサフをつれてナザレに帰っていった。しかしそこには母も家族もカナへ移ってしまったことを知った。家はそのまま残っていたので、さしあたり大工仕事を始めることにした。ナザレでは、もう昔のようにイエスに敵対する者もいなかった。

 クローパス夫妻は二人を暖かく迎えた。昔イエスを憎んでいた律法学者もパリサイ人も死んでしまったし、ほとんどの人がペストにやられてしまったそうである。今の若者たちは、大工ヨセフの子供たちのことには全く関心もなく、日々の糧を得ることだけで精一杯であった。ガリラヤでは、もっぱらメシヤ(救世主)がそのうち現れるという噂で持ちきりであった。

 クローパスの息子ヤコブは大工になりたかったので、それで母はイエスに大工の仕事ができるように教えてほしいと頼んだ。イエスは弟トマスのような腕はなかったが、アサフに手伝ってもらい、どうにかこうにか生計を立てるところまでこぎつけた。

 他の兄弟のシモン、ヨセフ、ユダは農業にたずさわっていた。彼らは単純な男たちで、家族共々とても幸せな暮らしを送っていた。

 クローパス一家は、小さな家に住んでいたが、だれも文句ひとつ言わず、両親の指示に従って平和な生活をしをしていた。彼らはみんな温かい心を持っており、それぞれの分をわきまえていた。イエスはただ一人沈黙を守っていた。ナザレの人々とは交際せず、口もきかなかった。大工仕事の件で話がくるといつもヤコブが応対した。

 さて、マリヤ・クローパスは、イエスが来たるべき預言者であることを確信していたので、イエスだけは特別に彼の私生活を尊重するようにしていた。しかし、三度も病人を癒してほしいと頼んだのであるが、そのたびに断られて、ついに彼女はイエスを責めて言った。

 「あなた程の勝れた霊覚者が力を出し惜しみするなんて、ほんとにおかしいわ! かわいそうな病人を救ってあげたらどうなの!」

 彼女の心は広く、実によく他人のために尽す人であった。

 ある日の夕方、みんなが夕食をすました後で、一人きりになったイエスはマリア・クローパ
スに言った。

 「あなたがおっしゃっていたことをずっと考えていました。でも預言者は、故郷では敬われないと言うではありませんか」

 「みんなから尊敬されなくたっていいじゃないの。そんなにやりたくないのなら仕方ないわ、それとも力がなくなってしまったの? 」

 「まだ私の出番がやってこないのです」

 彼女はイエスが並の人間ではないこと、そして彼が生まれる前に、母マリアに現れた大天使の御言葉などを詳しく話してやった。彼女は最後に言った。

 「さあ! 慈悲は隣人から始めるものよ! 赤の他人よりまず親しい隣人から救ってちょうだい!」

 ついにイエスは彼女の熱心な説得に根負けし、いよいよナザレの人々を相手に天の御父の使命を現わすことになった。それ以来彼女は、再びそのことに関して、しつこく言うことを止めた。彼女は誰よりも深くイエスのことを愛していたからである。

 その時からクローパスの息子たちは、安息日に会堂には行かず、山野を歩きながら礼拝をするようになった。イエスも彼らと一緒にでかけることがあった。明日のことを全く心配しない純情な農夫たち、そしてこの世に宝をたくわえようとしない信仰のすばらしさは、会堂で礼拝する以上にタボルの山々で神の祝福を受けたのである。

彼らは常にゆったりと暮らし、ゆとりをもって多くの人々のために尽し、すべての人々に礼儀正しく振る舞ったので、仕事熱心な農夫の間ではうわさの種となった。

 イエスも常にクローパスの兄弟と行動を共にしていたので、みんな仲良し五人兄弟と言うようになった。イエスもクローパスの息子の一人と見なされていからである。


 
   

28 イスカリオテのユダ

 以前にイエスが危篤の病人を癒した盗賊の首領の弟は、イスカリオテのユダという名前であった。彼は当時、右翼で有名な熱心党の一派、シカリ―(Sicarii) に属していた。その頃のユダは、イスラエルに不当な重圧を加えていたローマを憎んでいた。

 しかしイエスに癒され、イエスが洞窟から去ってからは、どうしてもイエスの印象を追い払うことができなかった。

どのように努力しても消すことができなかった。党の仕事に熱を入れようとしても、イエスが語った様々な金言が耳についていて、もやもやとした雲が絶えず彼を覆っていた。それでユダは、村や町を訪れる時には、必ずイエスのことを聞いてまわるのであるが、誰一人としてその消息を伝えてくれる者はいなかった。

 この二人が再会したのは、町の中ではなく、ちょうどイエスが天の御父と交わりをしていたタボル山の傾斜面であった。

ユダは長い旅のあと、イスラエルの故事豊かなタボル山にたどり着いた。彼はロバからおりて山の方へ登っていった。すると突然後ろの岩山に一人の男が立っているのに気がついた。彼は、まるで岩の一つのようにじっと立っていた。ユダはその男の顔を見た瞬間、記憶がよみがえってきた。彼は駆け寄りながら大声で叫んだ。

 「先生!先生!ついにあなたを見つけましたよ!」

 「先生と言わないでください」

 イエスはそっぽを向いてしまった。しばらくの間沈黙が流れた。しかしイエスは目をあけて若者を見ると、とても悲しそうな顔をしていた。それでイエスは彼のもとへ行き、手を取って言った。

 「ぶっきらぼうな態度を許して下さい。私の平和がみだされたものですから、つい」

 「この不正な世の中に、平和とは臆病者の拒絶でしかありません


 とユダが答えた。イエスはほほ笑みながら静かに言った。

 「あなたはまだ平和というものを知らないんです」 
 
 ユダはすっかりうなだれてしまった。胸を突き刺すようなイエスの言葉に参ってしまったのである。イエスは哀れむように彼を慰めた。過去の生活からにじみでるような話をしたのである。

 二人は向かい合って座った。ユダは自分の過去のことを話しだした。

 ユダの父は〝シモン聖人〟と言われ、ガリラヤでは有名であった。父はとても純粋で、立派な人であった。ローマに対する反乱がおきたとき、直接その運動には加わらなかったけれども、ローマ軍に追われた反乱分子を洞窟にかくまってやった。

そして毎日食べ物を運んで養ってやったのであるが、一人のガリラヤ人に裏切られ、ローマ軍に捕えられてしまった。彼はひどい拷問を受け、母と子供の前で、はらわたを流しながら殺されてしまった。

この時のことが目に焼き付いて、いつも苦しめられていた。これ以来ユダは、イスラエルをローマから救い出すことだけを唯一の目的として生きてきたのである。彼は兄のように、盗賊として他人を殺傷するようなことはしなかった。

子供の頃、一人でエルサレムへ行き、朝早くから夜おそくまで、身を粉にして働き、小金をためていった。彼はその金であちこちを旅行し、秘密結社を組織して、機が熟したときに指導者を迎え、改革ののろしをあげようと思っていた。ユダは言った。


 「あなたこそ、これを実現して下さる方であると思います。どうか〝海の道〟にいる兄のところへ行って下さい。兄と相談の上、是非あなたを指導者にしたいのです

 イエスは答えた。

 「あなたのお兄さんは盗賊ではありませんか。私は平和を好む人間です。その私を暴力と殺しの世界へ連れていこうというのですか。私は、一介の卑しい大工に過ぎず、しかもこの世の王国よりも天の王国を求めているのです」

 「それでは自分のことばかりで、他の人々の幸せを思わないのですか」

 「そんなことはありません。天の王国を求めている人々と一緒にすべてを分かち合うのです。どうやらあなたには、その資格がないようですね」

 ユダはすっかりしょげかえってしまった。彼はイエスが好きなので、どうしても自分の目的に従わせ、党の立派な相談役として起用したいと願っていたからである。大いなる期待と野望をもって、わざわざタボル山にまで来たにも拘わらず、イエスの拒絶にあって、彼の夢は一瞬にして崩れ去ったのである。

しかしこんなことで引き下がるようなユダではなかった。もう一度このタボル山で、二週間後に再会する約束をとりつけて帰っていった。〝海の道〟へ帰り、兄と相談するためであった。




29 ユダの野望

 イスカリオテのユダには、シモンという友人がいた。彼は背は低く、風采もあがらない男であった。シモンは、ユダのことを慕っていたので、何でも彼の言う通りに従い、イスラエルの救済計画に専念していた。

 この二人は何もかも正反対の性格であった。シモンは臆病なのに対して、ユダは大胆で決断力があり、一方は女性的で、他方は荒々しい烈しさがあった。ユダは肩幅が広く、背丈も高く堂々としていたので、シモンは彼のことを〝ユダヤの王子〟とか、〝ユダヤの獅子〟とも呼んでいた。しかし時々ユダは獅子のようではなかった。

金銭のこととなると、彼の態度が変わるからである。父が殺されてから、飢餓に苦しめられていた頃のことを思いだしてしまうのである。その上、彼は自分の
ために金を集める気はなく、いつも公共のため、特に金持ちにいじめられている貧乏人を救いだすために金を使うのであった。

 例の約束の時がやってきて、四人の者がタボル山に集まった。その顔触れは、ユダ、シモン、イエス、アサフである。シモンは渋々ついてきた。ひとつには、自分の好きなユダの心をとらえてしまったイエスをねたんでいたからである。

ユダはもうイエスのことばかりを考えて、シモンの入る余地はなかった。会見の場所に近づくと、シモンの目に〝イスラエルの槍〟という名で知られている高い岩にもたれている男が映った。彼は余り背が高くなく、ほっそりとしていた。ユダのような器量もなく、風采もあがらなかった。

しかしユダとの挨拶が終わり、彼のほほ笑んだ顔を見たとき、今まで味わったことのない魅力を感じた。暗く澄んだ瞳、細面の顔、こげちゃ色の髭をはやしている彼は、霊の光を放っていて少なからず圧倒されてしまった。

それでシモンは挨拶しようとしても、ひとことも口をきくことができなかった。しかし不思議なことに、今までいだいていた妬み心がすっかり消えていることを感じた。イエスはシモンに言った。

 「あなたのたった一人の友達に良く頼んでおきましょう。本当に頼りになる友達は、あんただっていうことをね。ユダがあなたから離れていくのではないかと恐れることはありません。どちらかが死んでしまえば別ですが」

 ユダが近寄ってきたのでイエスは話しを止めた。しかしシモンは、イエスが自分の心を見通していたことを知り、ユダから
離れないですむと思って安心した。四人の男は約束とおり〝イスラエルの槍〟という岩のもとに集まった。彼らは眼下にエスドラエロン高原を見下ろしていた。まさに緑の海であった。

彼らの周囲には、山や森があり、アサフにとって戦争や暴力とは無縁な平和の世界そのもののように感じられた。しかしユダには通じなかった。彼はとうとうとしゃべりまくった。この次はエリコに近い砂漠で会合を持ちたいと言った。

その砂漠には、ユダヤ全土から熱心党の代表者がやってきて、盗賊の首領(兄)を交えて相談し、ローマの支配を止めさせる時期に
ついて話し合いたいと言った。イエスはユダの長い話が終わるまで静かに聞いていた。そしておもむろに言った。

 「ゴール人のユダが反乱を起こした時のことを振り返ってごらんなさい。剣をとる者は剣で滅びてしまうんですよ!」

 「あのユダは、まだ機が熟していないのに立ち上がったから失敗したのです。部下も貧乏人ばかりで、からっきし戦い方も知らなかったのです。それにローマ軍と戦うには、余りにもひどい武器しか持っていなかったのですよ。

それにひきかえて、我々同志は、しっかりと武装し、よく訓練されているんですからね。我々は百姓の集団ではなく、立派に戦える軍人なんですよ」

 それからユダは、ぜひともエリコの
近くに集まって、熱心党の話し合いに来てほしいとイエスに懇願した。イエスは返事をしないで、エスドラエロン高原のほうを指さしながら、このような平和な世界に暴力をもちこむことは賢くないと言った。ユダは口から泡を飛ばしながら自分の計画を話し出した。

ローマを追い出して、サマリヤ、ユダヤ、ガリヤラを一つの国に統合したいという計画であった。それが実現すれば貧富の差が無くなり、まるで家族同然に一つに結ばれる。

しかも能力と労働に応じて報いられ、老人や病人を大事にする社会となる、などと主張した。ユダは言った。

 「先生! すべてがうまくいくのです。悲しみも苦しみも飢えもなくなり、それこそ先生が言われた平和な世界が実現するのです。けれどもローマ軍に支配されている限り、それは絶対に実現できません。

先生!  物欲と奴隷制度を好む異教徒の手からイスラエルを救うために、ローマをぶちのめしてしまわなければ、王国はただの夢に終わってしまいます」

 「私の目指している王国は、この世のものではありません」

 「我々はこの世で生活しているんですよ!  しかも政府機関が我々の生活を左右しているんですよ!  良き支配者が立派な人民を育て上げ、神の御心に沿った歩みが始められることが大切なんです。そのためには、どうしても力が要るのです」

 ユダはなおも一方的に言い続けた。

 「私は人々の心をつかむことができません。私はいつも孤独です。鳥や子供さえも近づいてはくれません。しかしあなたはみんなから愛されています。そのようなお方と一緒になれば、もうユダヤは我々のものです。きっと人々は、我々のために命がけで従ってくれるでしょう。もうローマも敵ではなくなります」

 「しかし、我々は一つにはなれません」

 「そんなことはありません。あなたはユダヤ王国の預言者としてお立ちになり、私は法律部門を受け持つのです。二人だけが行政をつかさどり、二人が偉大な魂となるのです。我々二人の英知によって立派にこの世の王国を打ち建てるのです


 イスカリオテは延々と語り続けた。初夏のタボル山を背景に、彼の夢と野望が沸々と湧いて出てくるのであった。日没の頃になって、ようやくユダの話が終わった。イエスがユダの望んでいるエリコに行ってもよいと言ったからである。ユダは勝ち誇ったように静かになった。それから彼はそれぞれの帰路についた。

 その日の夜、イエスはマリヤ・クローパスにこの一件の全てを話して聞かせた。善良なマリヤはとても心配になり、そんな危ない無謀な計画に頭をつっこまないように忠告した。

 「ユダという男はね、本当に孤独なんですよ。私は彼から悪霊を追い出してあげたいんです。そうすれば鳥も子供たちも慕ってくるようになるでしょう。だからエリコに行くことにしたのです」

 マリヤ・クローパスは言った。

 「それはできっこないわよ。憎悪と暴力をたくらむ人っていうのは、必ず裏切るものよ。どんなに崇高な目的をもっていてもね」

 彼女は溜め息をつきながら黙ってしまった。
 



30 熱心党の密談
 
 イエスはマリヤの熱心な説得があったにも拘わらず、アサフをつれてエリコに旅立った。今度の旅では、いつもの彼のように寓話を話したり、イスラエルの古い歌をうたったりはしなかった。イエスの顔つきは暗く、心の中で何かと闘っているように思えた。このことをアサフは、シモンと再会したときにまっ先に語った。シモンは言った。

 「あなたの先生は、ご自身の道を進むにあたって、いちどきにたくさんの重荷を背負っておられるんですよ。

でもね、きっと彼とイスカリオテの二人は反乱軍のリーダーになって、神の王国を打ち立てて下さると信じているんです。イスカリオテの兄貴は、かつての大軍の将ヨアブのようになり、私自身は、律法の権威者ユダにお仕えすることに決めているんです


 シモンはイエスのところへ行き、案内役を申し出た。三人は強い日差しによってバリバリに避けた岩の上を歩いて行った。そのあたりには一本の草もはえていなかった。水もなく、天からの露さえも降りず、そこは実に荒涼としたベルゼブル(悪魔の大王)の王国のようであった。

寂しい場所におおよそ三十人程の熱心党の代表らが集まって、イスカリオテの兄の首領を囲んで話し合っていた。

 彼らの話を聞きながらアサフはシモンに耳打ちした。

 「ユダは自分が訓練した軍隊の力を自慢しすぎていますね」

 事実、武器は十分に備わっていたが、それをうまくこなせる人間はとても少なかった。それよりも,反乱ののろしをあげる瞬間のために、あらゆるものを犠牲にしてもよいという一種の信念がみなぎっていた。彼らはこのことについて長々と話し合っていた。ユダは突然イエスの方を指しながら叫び出した。

 「諸君! 我々のために現れた預言者、王者を見てください! この方は多くの病人を癒す奇跡の人である。彼はこの私を分厚い死の扉から救って下さった方である。その上、絶妙な話法によって人々の心を動かす奇跡を行う方でもある。〝鳩の谷〟の洞穴では、乱暴な連中の心をとらえ、てなずけてしまわれた。

この方にユダヤ中を回って、民衆に天の王国について語っていただきたいのだ。彼らがこの方を預言
者であり、我々のリーダーであることを知れば、我々は立ち上がれるのだ。それからローマ軍をエジプトへ追い出し、異教徒を追い出せば、天の王国が出来上がるのだ。この偉大なるメシヤを見てください!」

 熱心党のやからは大声を張り上げながらイエスを褒めたたえた。

 しかしイエスは彼らの叫びを押しとどめ、そんな要求は受け入れられないと言っても、彼らはただワイワイ言うだけで、イエスの声に耳を傾けようとしなかった。イエスは悲しそうにつぶやいた。

 「兄弟よ! あなたがたは私のことを知らないのです。平和をつくりだす人こそ本当に祝福に預かれるのです。そのような人は、神の子と称えられるでしょう。この世の力に頼る計画は、理性をにぶらせ、人を狂わせてしまうのです」

 イエスはユダをみらみながら堂々と言った。

 「あなたは、自分の所へ帰りなさい! そして首領である兄に従うのです。天の王国は、人々の
心が大きく変わらなければ決して与えられるものではありません。律法や規則などでは必ず失敗するでしょう。

天の王国は神のものですからね。心の中に王国を迎え入れる用意のできている者だけに与えられるものなのです。たとえ農夫であっても卑しい人間であってもね」

 ユダは腹を立て、あたりかまわずどなりちらした。

 「あなたは私を裏切りましたね! 分かっていたんです。あなたはガリラヤの中でも最も卑しいナザレ人だということをね」

 「おお! その卑しい人間こそ、神の祝福が受けられるのです。天国は彼らのものですからね」

 この途端、熱心党のやからは一斉に立ち上がり、イエスに襲いかかろうとした時、今までの様子を岩の上からじっと監視していたローマ軍がかけ下りて来て、熱心党のやからを取り巻くようにして近づいてきた。それに気がついた熱心党のやからは、アリの子を散らすように逃げ去り、大小無数の洞穴めがけて潜り込もうとした。その場には、イエスだけが取り残されていた。六人程の兵隊がイエスの方へ近寄ってきた。見ると丸腰のイエスを見ていった。

 「おまえは誰だ?」

 「私は大工で平和を愛する者です」

 イエスの気高い顔を眺めながら他の兵士が叫んだ。

 「こいつは熱心党のやからじゃないぞ! それよりも狐みたいに穴に潜り込んだ奴らを捕まえるんだ! 急げ!」

 その兵隊は熱心党のやからが逃げ込んだ洞穴の方を指さした。兵隊はすぐさま洞穴の方へ行った。あとからやってきたローマの兵隊は、道端で祈りを捧げている男の姿を見た。彼らはその男の祈りを妨げないように立ち去った。

彼らは聖人とみなしたときには、うやまうように命令されていたからである。間もなく谷から谷へと大きな叫び声や、唸り声が響きわたった。まさに死の天使がそこら中の谷間を通りすぎていった。十五人以上の熱心党のやからが殺されてしまった。そしてなおもローマ軍は、生き残った者を追いかけて行った。

死体をついばむハゲタカがゆっくりと上空を旋回していた。日が暮れようとしていた頃、イエスはあちこちを探し回り、ついにアサフの死体を見つけることができた。無残にも突き刺さっている槍からは、血がしたたり落ちていた。

アサフは眠るように横たわっていた。イエスは彼の霊がすでに肉体を離れていることを知った。彼を静かに葬れる岩穴を探し、死体をそこへ運ぼうとした、するとそこへシモンがやってきてイエスに声をかけた。彼はじっと岩陰に隠れ、イエスのあとを追ってきていた。

 「先生、アサフの遺体を運ぶんでしょう。手伝いましょう」

 「そうなんですよ。ハゲタカのえさにはしたくないんでね」

 二人はアサフの死体を安全な場所へ運んだ。ピリポ・カイザリアからずっとイエスの跡についてきたアサフは、ついにこの地で世を去った。


  
31 野望の結末

 月がこうこうと照りわたる頃、イエスとシモンはエリコに向かって出発した。こんな穏やかな月光のもとであっても、荒野の夜は恐怖にみちていた。ジャッカルやハイエナがうろついており、周囲は無気味な陰影をうつしだしていた。そそり立つ崖の下では、今にも人間をおしつぶしてしまうような脅威におそわれた。

イエスとシモンは、まるで牢獄の中に閉じ込められているような気がして、心が沈んでいた。もうこれ以上進めないと知り、地上に横になった。飢えきったハイエナがうろうろしていることを承知の上で、安らかな眠りについた。守護天使があらゆる危険から守っているように見えた。

 次の朝、目が覚めると、身も心もすっかり爽やかになっていた。そこからエリコはそう遠くなかった。エリコは、ちょうど窪地のど真ん中に在り、エメラルドのように美しい緑地帯であった。しかし、周囲は茶褐色の砂漠に囲まれており、うっかりさまようものなら、渇きがこうじて気が狂ってしまう程であった。イエスはつぶやいて言った。

 「ここは実に不思議な所ですね」

  「でもエリコへ入れば天国ですよ」

 二人は山岳地帯から平地へ降りて行き、オレンジ、メロンを栽培している所を歩いていった。途中で大きな棕梠(しゅろ)の木陰で休んだが、できるだけ急いで先に進んだ。

 エリコの町の中には熱心党の寄り合う家があった。それはザカリヤという男の家である。二人はそこでローマの手先から逃がれてきた者の情報を知り、久しぶりに食物にありついた。逃げてきた唯一の党員は、イスカリオテのユダであることを知った。彼は憎悪と怒りにたけり狂っていたそうである。目の前で首領の兄が殺されたからである。

ユダは真夜中にやってきて三時間ほど眠ると、またでかけて行ったそうである。他の仲間にローマ軍の手入れがあることを知らせるためである。このようなことをザカリヤは話してからは、ユダは昼頃ここに戻ってくると言った。これを聞いたイエスは、すっくと立ち上がりシモンに言った。

 「私の後についていらっしゃい」

 二人はその家の主人に別れを告げると、一気に棕梠の木立の所へやってきた。そこは、町から見えにくい所にあった。棕梠の木立はヘロデ王の宮殿に近く、王宮の庭をかこむように繁っていた。真昼どきであったので、王宮の者はみんな昼寝をしていて、そこには誰一人見当たらなかった。イエスは、シモンに初めて自分の心を打ち明けた。

イエスは、人間が悪い夢を見ると、ろくでもないことばかりが起こり、苦しみ、殺人、暴力などの原因となることを多く語った。イエスは続けて言った。

 「このような人間のあわれな生きざまを見て、昔の預言者は次のようなことを言っております。『空の空、すべて空しい』 てね。ですから昨夜の出来事を見てつくづくと思いましたよ。何といってもこの世からあのような悲劇を無くすためには、日ごろから霊性を磨き、神の道を歩く努力をしなければならないんですよ。

私は、かつて人里はなれた山で暮らしながら神の道を求めている預言者と話したことがあるのです。私も一人きりになって真理を見いだしたいのです。今は、アサフの死によって深い悲しみにひたっています。

正直に言って、彼は私の成長を妨げておりました。でも彼にとって私が言ったことは、生命の糧になっていたのです。

あんなに喜びの生活を送れるように導いても、一瞬にして暴力によって吹き飛んでしまうものなんですからね。私は本当にアサフのことを思うと、実に悲しくなります。そんな訳ですから、もうあなたともここでお別れしましょう。私はもっと確実な答えを見いだすために、遠い国に行かねばならないんです」

 シモンは大声で叫んだ。

 「先生! 私は地の果てまで、あなたの後に従っていきたいのです


 「それはいけません。ユダがあなたを必要としているのがよく分かっているからです。ここが本当に友情を示すときであると思います。考えてもごらんなさい。ユダのような誇り高い男が、夢を破られ、かたなしになってしまったではありませんか。みんな憎しみと欲望のなせる業なのです」

 シモンは言うことを聞かず、しつこくイエスに迫った。ついにイエスは命令するように、厳格な態度をとったので、シモンも仕方なく引き下がったのである。

 二人は、しばらく祈りをした後、シモンは言った。

 「ザカリヤの家に行くことにします。ユダに何か伝えることはありませんか
?」

 「そうそう、彼にこう伝えて下さい。人の子は、生命を滅ぼすためではなく、それを救うためにきたのです、とね」

 「それだけですか?」

 「それだけで充分ですとも。世の造られる始めの頃より、人はこれと正反対なことをやってきました。このことに気づくまでは、決して天の王国は、人々の心に宿ることはないでしょう。残念ながら、人々の心は、目の前の欲と権力に目がくらみ、心配事で身動きができなくなっているのです


 イエスはこう言ってからシモンに命令するように言った。

 「昨日のことは誰にも言ってはなりません。この荒野で熱心党の者が集会を開き、イスカリオテのユダが権力に憧れていたために、罪のない者までも死なせてしまったことをね」

 ずっと後になって、この二人が(ユダとシモン)イエスの弟子となってからも、この約束はきちんと守られていたのである。シモンとユダは、このことで深くかかわりあっていたのである。

 そんな訳で、イエスの他の十人の弟子たちは、このことについて全く
知るよしもなかった。〝海の道〟という荒野で、ローマ軍による虐殺があったこと、しかもイエスがイスラエルの王になり、ユダが総理大臣になるという大それた計画をユダが持っていたことを。

 イエス自身も、このことについては一言もふれなかった。ユダとシモンを怒らせたくなかったからである。しかし、生涯の
最後の一瞬に、ユダはサタンに襲われ、不幸な預言が的中してしまったのである。

 



32 失意の旅立ち

 安息日の翌日、一日の仕事を終えたクローパス家の息子たちは、山へ出掛けて行った。マリヤはただ一人、その日の疲れをいやすために入り口の所で座っていた。どろまみれになった一人の男が彼女の方へ近づいてきた。

近くまできたとき、その顔を見た
だけで、かなり衰弱していることが分った。それで彼女は、何も言わずに家の中へ入れ、水がめを持ってきて足を洗ってやり、黙って彼の前にパンとぶどう酒を準備した。ほかの女なら、きっと何も言わないこの男を責めるに違いない。

しかしマリヤ・クローパスは、疲れきった彼の顔を見て、実際の年齢よりも十年以上ふけこんで
いるように思った。何か訳がありそうであったが、彼女はたずねることを遠慮していた。男は悲しみにうちひしがれたイエスであった。

 イエスが再び旅行用の杖を手にとり、靴をはこうとすると、マリヤはもう我慢ができず、彼のもとに掛け寄って叫んだ。

 「待ちなさい! イエスよ! 私が食糧を袋に詰め、靴のひもを修繕するまで待ちなさい!」

 彼女はエリコへの危険な旅がどうであったのか知りたかったけれども、なにも聞かず黙々
と旅立ちの支度を始めていた。それがかえってイエスの閉ざされていた心を慰めた。イエスは後ろを振り返って言った。

 「こんなによくして下さったことを感謝しています。特になんにも聞かないで私の痛みにふれようとされなかったことを嬉しく思います。私の悲しみが余りにも深すぎて何も語れないのです。本当にごめんなさいね


 後になって彼女は、夫クローパスに語ったことによれば、このとき彼が味わった虐殺の光景は、彼が生まれてはじめて体験したもので、この時から彼の性格が変わってしまったという。いままでの明るい性格が、彼の青春と共にすっかり消されてしまったのである。

 人間不信に陥ったイエスは、二度と熱心党のやからに巻き込まれないようにエジプトへ行き、 『伝道の書』(旧約聖書)の冒頭に記されている言葉、〝伝道者は言う、空の空、空の空、いっさいは空である〟という意味を知るために旅立って行った。もしもこの世がこの言葉どおりならば、彼は世を捨て、先の隠者のようになり、神との交わりだけに専念し、二度と人間とは接触しないことを心に決めていた。

 叔母にあたるマリヤ・クローパスにとって、イエスは自分の子供よりも大切な存在であった。彼女は暖かい言葉でイエスを包み、かいがいしく旅の支度をして、頬に接吻した。旅の安全を祈りながら。

 イエスは月の出る頃に旅立って行った。マリヤは長い間イエスの後姿を見送っていた。その後、主人のクローパスがナザレから帰って来た。マリヤはイエスがエジプトへ行ったことを話した。虐殺事件に巻き込まれるよりは、いち早くガリラヤから出ていく方がよいと語りあった。



 

33 エッセネ派での修行

 パリサイ派、サドカイ派、エッセネ派の人々は、それぞれの流儀で神を拝んでいた。イエスがガリラヤにいた頃は、エッセネ派はおおよそ三千人から四千人もの修道者が属していた。

ある者は町に住んでいながら、外部の人々とは全く接しなかった。ある特定の場所に共同生活を営む者もいた。

少数の者が荒野に生活し、神を見いだそうとしていた。エッセネ派の人々が余りも純粋で気高い生活をしているので、パリサイ派やサドカイ派の人々は、面目を失っていた。エッセネ派の人々は、一切外部のひととは口をきかなかったが、パリサイ派やサドカイ派のやり方の中で、一つだけ非難の対象となるものがあった。

それは神殿の祭壇の上で、動物を犠牲に供していたことである。しかも仰々しい儀式や規則づくめで行われることであった。エッセネ派では、一切の儀式や規則などは、神が望まれるものではないと信じていたからである。

彼らにとって唯一の実践は、祈りと断食であり、これを最も大切に考えていた。彼らは毎日何度も沐浴(体をきれいに洗う)した。内的清純の象徴として常に体をきれいに洗うことを怠らなかった。沐浴をしていれば、死後、西方浄土へ行けるとも信じていた。エッセネ派の人は、日の出を迎えるまでは、一切口をきかなかった。

日の出を寸前に迎えようとしている時は、どこにいても、その場にひざまずき、瞑想を続け、日の出の瞬間には一斉に〝永遠の光〟という聖歌を歌うのである。光は神からやってきて、万物を養うという意味である。

この善良な人々にとって、日の出のひとときは、まさに聖なる瞬間であった。この世を旅している者に対して、神がこの瞬間に肉体と悪から解きはなってくれる瞬間でもあった。

 パリサイ派とサドカイ派は、光の子らを極端に嫌っていた。かといって、彼らには、人々を感服させるような実践力はなにもなかった。余りにも世俗的であったので、エッセネ派を公然と責めることができなかった。

 エリコから余り遠くない山ぎわに、隠者たちの住居があった。ずいぶん昔のこと、シャンマイとエノクという若い隠者が数人の仲間と一緒に修行をつんでいた。彼らは砂漠や荒野をさまよい、しばしば飢えと渇きに悩まされた。

しかしモーセとアロンの故事にあったように、彼らはついにエホバの神が示した場所を発見することができた。

不毛な土地のど真ん中に洞穴があって、そこから水が湧き出ていたのである。彼らはそれを〝生命の水〟と名付けた。その周辺にぶどうやいちじくを植えると、見事に実り、緑地となった。彼らは苦労を惜しまず、徐々に仕事を進め、ついのその地に〝信仰の家〟を打ち建てることができた。

次第にその名が知られるようになり、当代髄
一の修道会にまで成長していった。

 シャンマイとエノクは、思想と実践に関する正しい規則をつくり、弟子たちに守らせた。非のうちどころのない生活をすることによって、他の教団の模範となった。彼らは富を嫌い、すべてのものを平等にわけあった。

 イエスは幼いときからエッセネ派のことをよく知っていたので、マリヤ・クローバスには、いつか自分もそこに行って、エッセネ派のことを深く学びたいと言っていた。

 ある夏の日が暮れようとしている頃、ぶどう畑の中で仕事の指示をしていたシャンマイは、谷間の方からこちらにやってくる旅人の姿を見た。旅人は疲れきっていて、その場に倒れてしまった。急いで二人の若い修道者を走らせて、館の中に運び込ませた。しばらくして、ひんやりとした大きな部屋に寝かされていた旅人は目をあけた。

体をきれいに洗ってもらい、薬草を飲んだので、すっかり元気を取り戻した。旅人は自分からナザレ人イエスであると名乗った。そのときシャンマイは、この若者の言動に不思議な感動を覚えたと、後になってエノクに語ったそうである。

シャンマイは威厳と風格のある隠者であったので、イエスは彼に心を開き、実はエジプトへ行く途中であると語った。シャンマイは言った。

 「平和もなく、神の祝福から遥か遠くにある異郷の地に行かれるとは、どうしたことでしょう。若いお方よ、私が察するに、どうやら、あなたの魂は、この世の雑事に疲れ果てているように思えるのですが。・・・・・・私もね、若い頃には、あなたのようにひどい人間たちによる暴力などを目撃してからは、荒野にやってきて、やっと平和になれたことを覚えています。私もずいぶんローマ軍に苦しみられたり、殺されたりした人々を見たものです。

しかもパリサイ派の連中が、ただ口先だけで、ローマに媚びているのも聞きました。ですから、自分の魂を保つためには、世俗から離れ、世俗を我が物顔に牛耳っている悪霊から離れて暮らさなければなりません。少なくともメシヤが到来するまではね


 イエスはシャイマンに尋ねた。

 「では私のことをあなたの仲間に加えていただけるのでしょうか。私もあなたのおっしゃるように、自分の魂を安らかに、天の王国で過ごしたいのです」

 シャンマイはじっとイエスの顔を見詰めてから答えた。

 「どうやら、あなたの中に妙な力が働いているような感じが致します。その力が働いて、あなたはここから出ていかれるような予感がするのです。我々の教団にはどうしてもなじめないものをもっておられるようですね。

何かとても数奇な、物凄いことがあなたの将来に待ちうけているような予感も致します。そんなあなたを迎えると、我々の平和まで脅かされるのではないかと心配でなりません。ですから、どうぞとは言えないのです」

 イエスはとても悲しかった。シャンマイはイエスが苦しんでいることを感じながらも、自分が予知したことを言わずにはおられなかった。そして、とりあえず、ここで三日三晩留まることを許し、その後正式な返事をすると言った。そんな訳で、イエスはエッセネ派の人々と三日間過ごすことになった。

日に出の前に起床し日の出の光が差し込むまで祈り、共に歌い、神を礼拝した。一日に四回も小川のほとりで身を清め、大きな部屋で食卓を囲み、エノクが朗読する聖書の言葉を聞きながら食事をした。

 昼間は、ぶどう畑で労働を続け、夕方になると汚れた白い衣服を洗濯した。祈りの時間には、熱心に祈るのであるが猛暑の中での労働の疲れで、居眠りをする者もいた。

 間もなくイエスは、熱心な態度と彼の不思議な霊の輝きに魅せられて、修道者たちから〝忠実な信仰者〟という最高の評価を受けるようになった。ついに四日目の朝がやってきた。

エノクは他の修道者の願いをシャンマイに話していた。イエスを仲間に加えてほしいこと、それが駄目ならば、少なくとも三年間の猶予期間を与え、その間に彼が本当に教団になじめるかどうかを調べようという提案であった。シャンマイは言った。

 「私は賛成できません。でもそれがみんなの意思であれば、しかたありません。それに従いましょう」

 エッセネ派の修道者は、みんな喜んだ。それで一同の前で、イエスは誓約の宣誓をした。

 「私は、ここにおられるすべての方々に対して、真実と忠誠を尽くします。そして神の定められた権威に従います」

 それから祈りが続き、修道者たちはイエスに白い衣服を着せ、ついにイエスはノビス(見習い修道者)となった。

 その夜エノクはシャンマイと庭を歩きながら、どうしてイエスを責めるのかと尋ねた。シャンマイは言った。

 「私はイエスを責めているのではありません。恐れているのです。どうも私の霊が騒ぐのです。彼は平和ではなく、剣をもたらすという霊示を受けているのです。

私が入神すると、決まってイエスが群集の真っ只中におかれ、騒乱と暴力のすさまじい光景が浮かぶのです。何ということでしょう 私の心は深く傷つけられ、その残酷な光景に痛むのです。ですからイエスがここにいる間は、私の心が痛み続けることになるでしょう

 
  エノクには返す言葉がなかった。エノクはありのままのことをイエスに伝えた。『イエスは、平和ではなく、剣をもたらす』 というシャイマンの言葉は、とても信じられないものであった。イエスは頭を横に振って言った。

 「私の将来については全く知るよしもありません。ただ、過去においては、たしかに他の人々と強調できなかったのは事実です。時として人々を怒らせ、妬みを抱かせ、こともあろうに、イスカリオテのユダの場合には、凄惨な虐殺にまで発展したのです。だからこそ私は世俗から離れ、平和を見いだしたいのです。

エッセネ派こそ、平和の使節であり、永遠にそれを保つ教団であると聞いておりました」

 イエスが苦しんでいることを察知したエノクは、イエスを懸命に慰めた。エノクは、一生ここに留まって教団の規則を守っていけば、必ず神と共に平和に過ごせると言った。

 イエスは教団の規則を忠実に守る生活を始めた。朝はまだ暗いうちに起き、日の出まで瞑想し、小川で沐浴し、ぶどう畑で働き、最も大切な規律である祈りと断食を徹底的に守り抜いた。シャンマイは、イエスに何一つ非難できるものをみいだせなかった。エノクはイエスが一つでも過ちをおかせば、シャンマイは直ちに教団を去らせようと虎視たんたんとしていることを知っていた。

 エッセネ派で作られたぶどう酒は、エルサレムで商人に買い取ってもらうことになっていた。その金で、冬じゅう教団にとって必要な食糧を買い入れるのである。その年の秋がやって来た。シャンマイはイエスを呼んで言った。

 「イエスよ、今回はあなたがエルサレムに行って、ぶどう酒を商人に渡すのです。その商人はハガイと言って、あなたが行けばお金を手渡してくれることになっています」

 イエスは、この役目だけはずしてもらいたいと懇願した。イエスは言った。

 「あなたもご存じの通り私は世俗を離れる決心をしています。他のことなら、どんな辛いことでも喜んでいたしますので、これだけは勘弁してください」

 シャンマイは言った。

 「それはなりません! 私には訳があってこのことを命令しているのです。ここにいる修道者は、みな自分の弱点を克服しなければならないのです。あなたは世俗を恐れています。だからこそ、それに打ち勝つためにあなたをエルサレムに行かせるのです」

 「わたしは世俗を恐れてはいません。人間を怒らせてしまうのだけなのです」

 イエスはここまで話しているうちに、これ以上話すことを止めてしまった。シャイマンに逆らえば、教団から追い出す口実を与えることに気づいたからである。それでイエスは、シャイマンの前にひざまづいて言った。

 「道中の旅路の安全をお祈りください」




34 良きサマリア人

 夜明けにイエスは旅立つ支度をした。二日分のパンと水を用意した。旅にでかけるときは、お金も下着も靴も何も持っていかないのがエッセネ派のきまりであった。旅先の町々には、彼らの同志が住んでいて、エッセネ派に属しているものが尋ねてくれば、何くれとなくせわをしてれるのであった。

イエスはエルサレムで、このような同志の家に滞在し、商人から約束の財布を受け取った。この旅では、同志のヨエルという兄弟と一緒であった。エリコに向かって帰る途中、彼らは岩だらけの荒野にさしかかると、刃物を持った男たちが現れ、夕暮れの静けさを破った。

ヨエルはすっかり震え上がり、どこかへ逃げてしまった。四人の荒くれ男はイエスを引き倒し、着物を剥ぎ取り、半殺しにしたままで路上に放り出した。盗賊たちは財布を抜き取り、山の方へ引き上げていった。

 そこにレビ人(訳者註・神殿で神に仕えている祭司を助ける補助者で、名門の出身者
)がイエスのそばを通り掛かった。イエスは虫のような声でレビ人に助けを求めた。しかし彼はイエスの方をチラリと見ただけで、通り過ぎて行った。

次に権力も金もある神殿勤めの祭司がロバに乗ってやってきた。祭司は一瞬立ち止り、哀れな眼でイエスを見下ろしていたが、通り過ぎて行った。こんな者とかかわったら、どんなひどい目にあうか分からないと思ったからである。

イエスはもうこれで最後かもしれないと諦めていた。暗闇があたりを覆い、飢えた野獣が洞穴から出てきて、食い物をあさっていた。

 しばらくすると、一人のサマリヤ人(訳者註・同じ民族でありながら、歴史的事情によってユダヤ人と敵対関係にあった者)がやってきた。サマリヤ人はユダヤ人から虫けらのように軽蔑されていた。同じ先祖でありながら、モーセの律法を捨ててしまったからである。このサマリア人は、ロバから降りてきて、イエスのもとに駆け寄った。

全身傷だらけで、意識を失っていることを知ると、彼は自分のロバにイエスを載せ、谷間の宿屋まで運び、傷の手当てをした。寝かされたイエスは高熱を発し、苦しみもだえていた。サマリヤ人が宿屋を出ていく時に、宿屋の主人にお金を渡しながら言った。

 「これであの方の必要なものをまかなってくれませんか。もしこれで足らなければ、この次に立ち寄る時に支払いますから」

 四日ほどたってからイエスの熱は下がり、順調に傷が治っていった。宿屋の主人は、サマリヤ人のことをイエスに詳しく話してくれた。

 「わしらはここで長い間、たくさんの人を知っているが、この人みたいな方ははじめてですよ。右手のしていることを左手に知らせようとしないのですからね。あの方は私にこう言うんです。

自分の名前は絶対に言わないように、そして、もう一度ここにきて、まだあなたがおられる時は、顔を合わせないようにする、とね。あのサマリア人がそんなことを言うんですからね」

 「私が倒れていたとき、実はレビ人と祭司が通り掛かったんです」

 「ああ、あの方たちなら、私も知っていますよ。なにしろモーセの律法をよく守っている聖人ですからね」

 イエスはすかさず尋ねた。

 「三人のうちで、どなたが一番神様の目に叶ったでしょうね。あのサマリヤ人ではないでしょうか」

 「とんでもない! サマリヤ人は大酒のみで、断食なんかやらないんだ! 奴らは人間ではないからね!」

 後になって、イエスの弟子がこの話を聞いてから、お互いに顔を見あわせながら言った。

 「なるほど! うちの先生が我々に断食させない理由がよくわかったよ。あのサマリヤ人のことが、良い手本になっているんだよ」

 実はそれよりも、もっと大きな理由があった。イエスが弟子たちに断食を止めさせた本当の理由は、エッセネ派の指導者シャイマンの忠実な弟子アスラとの出会いにあったのだ。

 この男は、斎日(断食をする日)でもないのに、断食をまめにやって、自分の肉体をこらしめていた。みんなは、彼の崇高な生き方を誉めたたえた。イエスがこの教団へ入るまでは、アスラの名は、尊敬の別名で通っていた。

 日の出に彼らはアスラのまわりに集まり、彼が聖書を読み、読んだ個所について説教をした。ところがイエスが入ってきてからはイエスの寓話の方が面白く、しかも神のことをよく理解できるので、次第にアスラの周りから修道者が去っていった。最後には二人の老人だけが残ることになってしまった。それでアスラは腹を立て、イエスは教団のルールを破るものであるとシャイマンに抗議した。イエスはシャイマンに呼び出された。

その頃のシャイマンは、一同からはなれ、瞑想ざんまいの生活をしていた。彼は来たるべきメシヤの幻が与えられるまで、断食と祈りを続け、肉体が弱りきっていたので、とげとげしくイエスに言った。

 「我々は、肉体の感覚を喜ばせるようなことをやってはならないことを知っているだろう。アスラが言うには、おまえは、修道者たちに汚らわしい物語を話しているそうではないか。なんでも、一輪の花を摘み取ってきて、花の生命のことを語り、最後には 〔野のユリの栄光を見よ〕 などと言ったそうではないか」

 「はい、そのとおりです」

 「それはよくない。もし修道者が、ゆりの花の美しさを見たら、心が搔き乱され、段々と女性のことを連想し、大きな誘惑となるかもしれない。アスラが言うには、更に、ランプの火にまつわる賢い女と愚かな女の話をしたそうだな。

なんと汚らわしいことよ! もう二度と女性のことを連想させるような話をしてはならんぞ! 我々はそのような世俗から全く離れていることを知りなさい!」

 「何をおっしゃいますか! 女性は私たちの母ではありませんか」

 シャイマンは、このことでかんかんに怒りだし、明日にでも教団を出ていくように命じた。イエスの顔をじっと見つめているうちに、自分が全く理不尽な理由でイエスを追放する訳にはいかない
ことに気づき、シャイマンは新たに、四週間同志から離れて暮らすように命じた。

イエスは忠実に彼の命令に従ったので、再びもとの生活に帰ることができたのであるが、もう二度と寓話を話すことはしなかった。そのかわり、「はい」 と 「いいえ」 だけを口にするように決心した。

これも後に弟子のヨハネに語ったことであるが、それからのイエスは、労働のときは、歌を歌うように努め、大いに同志の慰めと喜びになったそうである。再び腹を立てたアスラはこれには抗議できなかったという。この歌はすべて神をたたえる歌だったからである。

 春がきて、夏も過ぎ去った。ぶどうの収穫も終わった頃、イエスとアスラは再びエリコへ行った。例年のように、商人から金を受け取り、その金で穀物を買うためである。二人がぶどう酒を商人に渡してから一時間ほど待つように言われた。

それでアスラは近くの棕梠の木の下で腰をおろし、瞑想を始めた。ふと森の中を見ると、三人の子供が一人の子供をいじめているので、イエスは近寄り、彼らの仲裁をした。イエスは子供に様々な話を聞かせてやった。子どもの母親たちもやってきて、イエスの話を熱心に聞いていた。ついにアスラも瞑想を止め、
イエスの話に聴き入った。

 さて二人は帰ってきてシャンマイに金を渡すや否や、アスラはイエスが棕梠の木の下で行ったことをすべて報告した。このナザレ人は又規則を破り、ろくでもないことを子供に話して聞かせたと言った。シャンマイはイエスに言った。

 「我々エッセネ派の者は世俗を捨てているのだ。二つの世界を生きることはできないんだよ。神のみに仕え、神のみと交わるのだ」

 「幼子は違います」

 「彼らも人の子だ。この世に属するもの者だ」

 「幼子が私のところに近づくのを止めないで下さい。天国は彼らのような者がいるところだからです」

 この言葉を聞いたシャンマイは怒りだし、耳を覆いながらウロウロと歩き回った。平静さを取り戻そうと努力している様子であった。シャンマイはアスラを見て、席を外すようにうながした。アスラは悲しそうに出ていった。シャンマイは自己の醜さを悟り、イエスと二人きりで話したいと思ったからである。シャンマイは沈痛の思いで語りだした。

 「あなたの話を耳にして古傷が痛み出したのです。実は、私にも子供がいて、みんな暴力沙汰で殺されてしまったのです。そのときから私は世俗にいることが厭になり、逃げてきたのです。

私の心の中に憎しみを抱き続けて
きたのです。しばらくの間、憎しみの心が眠っていましたが、今また目を覚まし、烈しく私をおそうのです。あなたの言葉は本当に正しいのです。私の子供たちは天国にいるのです」

 シャンマイは泣き伏し、衣で涙を濡らした。イエスの言葉によって慰められたシャンマイは言った。

 「隠者の生活はあなたには適していません。あなたの光を桝の下に置いてはなりません。(マタイ伝・5の15)過去の経験を活かす使命が待っておられます」

 「清い生活を保つために世俗を捨てたのではないですか?」

 「私の場合はあなたと全く違います。世を捨てなければ、再び悪霊が襲いかかり憎しみの心にむしばまれてしまうでしょう。荒野に逃れ、教団を形成してから、やっと平和がやってきたのです。しかし、あなたは違います。

あなたそのものが光なのです。ですからそれをここで隠してしまうのは、神の御心に反することです。あなたの光を人々の前で輝かすのです。さあ! これから世に出ていくのです! それで世が受け入れない時は、再びここに帰っていらっしゃい」

 このときのシャイマンは、実に賢者そのものであり、イエスは彼の知恵に驚嘆した。イエスは天の御父と共にあることを身近に感じ、ナザレに向かった。




35 使命にもえる

 マリヤ・クローパスはイエスを暖かく迎え入れた。ナザレでの生活は、一層明るく、よろこびに満ちていた。イエスの歌声は鳥よりも美しく響き、笑い声は子供たちよりも無邪気であった。

 ある晩のこと、マリヤ・クローパスが山にでかけていたので、イエスが夕食の支度をした。イエスはとても料理が下手で、おまけに塩を入れ忘れたので、とても食べられたものではなかった。マリヤはカラカラと笑いながら言った。

 「あなたのこしらえたこの世の食物はとてもまずいけど、昔私たちに食べさせてくれた天の食物はとてもおいしかったわ」

 食事をすませてから、イエスはその日の詩篇(訳者註・旧約聖書に収められている百五十編の宗教誌)を歌った。

喜びに満たされたマリヤは、目を閉じて聞いていたが、まだ日が暮れてもいないのに、あたりが真っ暗になったように感じた。マリヤの耳にすすり泣く女の声が聞こえてきたが、その姿は見えなかった。

更に女の声は、〔イエスは木に吊るされる〕 と三度も言うのであった。マリヤは急に立ち上がり、大きな声で叫んだ。

 「あなたは聞きませんでしたか? 三度もですよ!」

 「いいえ、なにも聞こえませんよ」

 「私の耳がどうかしたのかね。どうしたというんでしょう」

 「そのとりですよ」

 イエスは何度も尋ねたが、マリヤは恐ろしさのあまり答えなかった。そのかわり彼女は、アザレにいた預言者が、だいぶ前に語っていたことを口にした。

 「彼は荒野からヨルダン川にやって来る。そして人々に悔い改めを呼びかける。人々は彼を神の使者といい、ある者はメシヤだと言っていた。多くの人々がエルサレムから、そしてユダヤ全国からやってきて罪を告白した。ヨハネという聖者が川で洗礼を施す。
それは悔い改めの洗礼と呼ばれている」

 イエスはつぶやいた。

 「それは本当ですか? 私が待ちに待っていたことなのですが」

 マリヤはなおも続けて言った。

 「彼は荒野の洞穴の中で生活している隠者である。一人の旅人が彼のもとにやってきたが、ヨハネは野生の動物のように、押し黙っていた。彼は沈黙の誓いを立てていたからである」

 「えっ! 沈黙の誓いですって! 」

  「彼はラクダの毛皮を身につけ蜜といなごを食べていた」

 イエスは立ち上がり、大きな溜め息をつきながら言った。

 「やっぱり天の御父は私をこの世に遣わそうとしておられたのだ! ぐずぐずしてはいられない明日にでも出発することにしよう」

 「あなたは帰ってきたと思ったら、また直ぐ旅立って行くのね。鳥に定まった木がないように、あなたにはねぐらがないのよ」

 「私はその聖者を知っています。彼こそ私の使命をはっきりさせてくださるお方です」

 イエスの顔は光り輝いていた。彼はマリヤを通して与えられた神の御告げに感謝した。

 旅だちの朝がやってきた。イエスとマリヤ・クローパスは、別れを惜しんだ。イエスにとっては、いよいよ手ごわいパリサイ人や律法学者たちとの戦いが始まるのである。

 頭がすっかり白くなってしまったマリヤ・クローパスは、、なにも言うこともなく、ただイエスの旅に祝福を祈るしかなかった。イエスが去ってから彼女はさめざめと泣いた。心から愛していた者が行ってしまったからである。



 

36 イエスの受洗

 ここ数年間、荒野にひきこもって沈黙を続けてきたヨハネは、ついに民衆の前に顕れ、多くの言葉を雄弁に語りだしたので、たくさんの人々がヨハネのもとに集まってきた。そこはヨルダン川のほとりで、旅の途中に足を止どめる人が多かった。

 新しい預言者が現れたという評判がユダヤ全土に広がり、もしかしたら本当のメシヤかもしれないというので、ユダヤ中から大勢の人が押し寄せてきた。彼らは、暑さも空腹も忘れてしまうくらい霊的に満たされ、大いなる光に包まれていた。ギラギラと照りつける太陽も、少しも苦にならなかった。彼らはすべてのものを忘れて聞き惚れていた。

 ヨハネは確信をもって叫んだ。

 『長いあいだ待ち続けてきたキリストが、聖霊にて洗礼をほどこすために、近いうちにやってくる』

 群集の中に、パリサイ人の姿を見るや否や、烈しい口調で叫んだ。

 「まむしの子孫たちよ! おまえたちに臨(のぞ)もうとしている神の怒りから逃れられるとでも思っているのか!」

 ヨハネは律法の権威者であると自任しているやからに痛烈な非難をあびせかけた。それは、まるで天空を駆け巡る稲妻のように鋭く、あるいは神の正義の剣のような恐ろしい響きをもっていた。この様子を見ていた善良な民衆は、心ひそかク゚喝采を送っていた。

 ヨハネはヨルダン川で多くの人に洗礼をほどこした。彼らはまず自分の罪を告白し、悔い改めの心をあらわし、これからは全く新しい人間として生きることを約束した。

 ヨハネは言った。

 「私は、あなた方に洗礼をほどこしたが、私の後からおいでになる方は、私ですらその方の靴の紐を解く値打もないほど偉大なお方である。そのお方は、小麦の殻を振り分けて、不滅の火でやきつくすように、偽善者どもを滅ぼしてしまうのだ」

 一同はシーンと静まりかえり、誰一人として身動きする者もいなかった。よく見ると、ヨハネの顔から光を発し、まばゆいばかりに変容していた。悪意のかたまりのようなパリサイ人やサドカイ人は怒りにふるえていた。

 ふとヨハネの前に不思議な人物が立っている姿が映った。幼な子のようなうるわしい目付きをしていた。神の使者であったヨハネの心が大きく動いた。民衆の目も彼のほうに注がれた。ヨハネは突然彼の前へ行き、地上にひれ伏した。

何を願っているのか民衆には分からなかった。この静けさを破るように、一人のパリサイ人がヨハネにつめよった。

 「あなたはキリストでもなくエリヤの再来でもないというのでしたら、一体何の権威を以て洗礼をほどこしておられるのですか?」

 「見よ! ここに立っておられる方こそ、私が預言したお方である」

 ヨハネはこれだけ言ってから何も言わず、民衆の前から立ち去っていった。民衆の信仰は、柳のように揺れやすく、わずかな風でいとも簡単にゆらいでしまうのであった。民衆は口々に罵って言った。

 「奴はエリヤでもなく、キリストでもないんだ、おれたちはなにしにここにやってきたんだろう!」

 居合わせたパリサイ人やサドカイ人は、ずるがしこく民衆を扇動した。

 次の日、朝早くヨハネは川のほとりに立っていると、そこへイエスが洗礼を受けにやってきた。ヨハネはイエスの不思議な力と清らかな威厳を思いだしながら言った。

 「私の方こそあなたから洗礼を受けさせて下さい!」

 「今回だけは、私を困らせないでください。これもすべて神の正義を実現させるためなのですから」

 イエスと共にヨルダン川の中に入っていった。民衆はヨハネの身の上に何か起こるのではないかと目を注いでいた。ある者はその場にひざまずき、顔を伏せた。しばらくすると、不思議な変化がイエスの上に現れた。水の中から出てくると、イエスはまるで太陽のように輝いていた。不思議な霊の光がイエスを包み込んでいた。

彼は霊体そのものであった。その瞬間に民衆の心から疑いが去っていった。彼らの魂は歓喜に躍り、身を震わせた。しかしその理由は知るよしもなかった。ただヨハネがキリストの先駆者の役割を果たす人物であることを知った。

 彼らは洗礼の場面を見ているうちに名もない一人のナザレ人の姿が変容している事実を目撃したからである。しかし彼らは、このときに起こった奇跡のすべてを見たわけではなかった。それでも彼らにとって一生忘れることのできない鮮明な光景であった。ヨハネだけが天空が開け、神の聖霊が鳩のように降り、イエスの頭上で
輝いているのを見たのである。

 さらにヨハネは、天から響いてきた声を聞いた。

 『これは我が愛する子、わが喜びである』

 霊の光と共に、イエスは民衆の方へ向かった。民衆は彼のために道をあけた。ある者にはイエスの光が見えなかったけれども、彼の話はすべての人の心をひきつけた。イエスが人垣をわけながら歩いていると、イエスの話に驚嘆した者が頭を下げて挨拶をした。彼らは、まるでそびえ立つ木の前にいるような思いで彼の説教を聞いていた。

物音一つたてる者はいなかった。彼はゆっくりと、やさしく話した。その言葉には聖霊の知恵がふんだんに盛り込まれていた。彼は疲れを知らない者のように話し続けた。

 日が沈んでから民衆はやっと解散した。イエスはそこで数人の名を呼び、弟子として自分についてくるように言った。民衆はイエスの弟子のことを〝ナザレ派〟と呼ぶようになった。弟子の中には、イスカリオテのユダもいた。彼は、この集団を新しきイスラエルの秘密結社にしてほしいと要求した。

 洗礼者ヨハネはイエスの弟子となった者がお互いに同志であることを表すサインを考えてほしいとイエスに言った。イエスは手にしていた杖で地上に十字架の形を描いてみせた。

 「このサインにいたしましょう」

 ヨハネはびっくりして叫んだ。

 「この印は、弟殺しのカインのものではありませんか! 実の弟を殺し、その額に十字架の形をしるした、悪のレッテルではありませんか!」

 「そのとおりです。だからこそ、そのサインを採用したいのです。私の弟子たる者は、各々十字架の印を身につけて私に従ってきてほしいのです。世の罪をみんなで担ぐのです」

 「なんとおっしゃいますか、よく分からないのですが」

 イエスは丁寧に答えた。

 「カインは、実の弟を手にかけて殺した。人類最初の殺人者です。彼にそうさせたのは、人間の飽くことのないどん欲です。人類はこれによって、お互いに争い、みにくい闘争を繰り返しているのです。しかも手段を選ばないのです。

神の平和は、人々の心から遥か彼方に遠のいてしまったのです。だからこそ、私たちの手で、流血の印であった十字架を、人類救済の印に変えてしまうのです。あがないの印にしてしまうのです」

 「えっ! どうしてそんなことができるんですか?


 「実際、この印ほど最悪の出来事を連想させるものはないでしょう。エバが神に背いた罪などは較べようもありません」

 「では、どうしたらよいのでしょうか?」

 「平和の道を歩むのです! 隣人を愛することによってローマに打ち勝つのです! 新しきイスラエルよ! 聖霊の与えたもう知恵によって、アベルの血をほうむり去ってしまいなさい!」

 ヨハネはイエスの言ったとおり、これしかサタンの強力な武器を粉砕する方法はないことを悟った。このようないきさつで、イエスの弟子たちは十字架の印を使うようになった。ついに殺人を表す十字架の印は、キリストを表すものとなった。



  

37 洗礼者ヨハネの死
 
 イエスは独りで荒野へ行った。そこで四十日四十夜断食を行った。彼はそこであらゆる誘惑によく耐えぬいた。サタンを征服し、地獄から襲ってくる悪霊の集団をことごとく蹴散らした。この戦いの間に、彼は神の使命を明確の悟り、心の準備を終え、聖霊に満たされてガリラヤに戻ってきた。イエスの名声は次第に広がっていった。

 イエスは会堂(ユダヤ教の礼拝所)で教えを説き、ヨハネから洗礼を受けたナザレ派の人々から崇められるようになった。イエスの選んだ弟子のうち、十一人までは忠実であったが、イスカリオテのユダだけが孤立していた。

妬みが強かったからである。イエスはつとめてヨハネ、ヤコブ、ペテロの三人と親しく話さないようにした。

 イエスが荒野でサタンに試みられていた頃、洗礼者ヨハネは投獄されていた。ヨルダン川のほとりで教えを説いていたヨハネは、昔活躍した預言者エリヤの再来であると噂されていたので、ユダヤの王ヘロデはヨハネに会いたいと願っていた。世なれた人々に取り巻かれていたヘロデは、聖者の話を聞いて心に喜びを感じていた。

悔い改めの説教に感動したヘロデは、従来の生活態度を改め、ぜい沢な暮らし方を止めて、貧乏人たちのために食物や衣服などを与えるようになった。宮廷の貴族たちは不満をつのらせ、〝浮浪者ヨハネ〟のせいだと、ひそかにささやきあっていた。

ヘロデの変身のお陰で、派手な宴会は取りやめになり、悪行にふけることができなくなったからであろう。彼らはただ王の変身を恨むばかりであった。再び王の前に呼び出されたヨハネは言った。

 「おおむね順調にはこんでおられるようですが、まだ神のお許しがいただけるところまでは至っておりません」

 ヘロデはその理由を熱心に尋ねた。ヨハネは大胆に答えた。

 「兄弟の妻を自分のものにすることは、明らかに神の律法に背くことです」

 ヘロデは怒り、そして悲しんだ。まわりにいた家臣たちの手前もあり、ヘロデは即刻ヨハネを投獄した。それからヘロデの心は悲しみと苦しみに襲われた。宮中の者もみんな渋い顔をしていた。ヘロデはヨハネをとても恐れていた。

ヨハネは正しい人であることを知っていたからである。だからこそ、神の預言者から新しく生きる道を求めようとしたのである。ついにヘロデは兄弟の妻ヘロデヤを遠ざけてしまった。

 ヨハネが牢獄にいる頃、二人の弟子が訪ねてきた。二人は新しきイスラエルを目指すグループが次第に大きくなっていく様子を話した。しかしヨハネは少しも興味を示さず、黙って聞いているだけであった。二人の話が終わってから、ヨハネは複雑な心境を訴えた。

 「イエスに洗礼をほどこしているとき、天から響いてきた言葉は、確かに神の御声であったのか、『これは我が愛する子、我が喜ぶ者である』 とな。これが本当であればイエスは確かにキリスト(救世主)であるはずだ。

しかし荒野で生活していた頃には、サタンの誘惑によくひっかかり、神の御声と取り違えたものだ。あれは本当に神の御声であったのだろうか。心配でならんのだ」

 二人の弟子は、イエスが行っている様々な奇跡について語り、ガリラヤじゅうにイエスの名が行き渡っていることを力説した。それでもヨハネは、かつて洞窟に訪ねてきたときの若いイエスのことを思いうかべ、満足できなかった。それで二人の弟子を通じてイエスに質問をさせることとなった。

 <あなたは本当に来たるべきお方なのですか、それとも他の方を待つべきなのでしょうか>と。

 その頃イエスは、多くの病人を癒していたので、多くの人々がイエスのもとにやってきた。それでイエスは、二人のヨハネの弟子に自分たちの目で実際に目撃したことをヨハネに伝えなさいと言った。彼らは自ら体験したことをヨハネに告げた。

 「私たちは、おどろくべき真理、神の愛する子としての権威を見てまいりました。ただただ目を見張るばかりでありました」

 ヨハネは大いに喜んで言った。

 「ユダヤ中の人々に伝えなさい! イエスこそまことのキリストであると!」

 その夜からヨハネには、もう心の平和を搔き乱すものはなくなっていた。

 蒸し暑いある日の午後、ヘロデは昼寝をしていた。ヨハネを憎んでいたヘロデヤ(兄ピリポの妻)が宮中の守衛を買収し、ヘロデヤの娘をヘロデの寝室に忍び込ませた。ヘロデはいつものように夢でうなされていた。目をあけると、美しい少女が立っているのが見えた。彼女はヘロデのまわりをしなやかに歩き回った。そして次第に遠ざかっていった。

完全に目を覚ましたときには、少女の姿はなかった。ヘロデの目に、この美しい少女の姿が焼き付いてはなれなかった。彼の肉体は、ヨハネの教えとの間に板ばさみになって、もだえ苦しみ、ついに自制できなくなってい
た。そんなときにヘロデの誕生日がやってきて、久しぶりに貴族や家臣を集めて宴会を催した。

 ヘロデの命令で、ヘロデヤの娘に舞を踊らせた。ヘロデは大いに喜び、満足した。側近のものも、彼女の美しさを褒めたたえた。興奮したヘロデは少女に言った。

 「何でも欲しいものがあったら言いなさい。私の国の半分をやってもよいのだぞ」

 しかし彼女はその場では答えず、一旦母親のところへ行き、なんと答えたらよいかと聞いた。ヘロデヤはすかさず娘に言わせた。

 「大皿の上にヨハネの首をのせて渡してください」

 ヘロデは驚き、その場でうなってしまった。しかしガリラヤ中から招待された客人や家臣の手前をはばかり、王としての約束を破るわけにもいかないので、即刻死刑執行人を獄につかわすことにした。そのときは、すでにヨハネに平和が訪れてから三日がたっていた。

死刑執行人は斧でヨハネの首をはね、大皿の上にのせ、少女の手に渡した。少女はそれを母親に渡した。

 ヘロデにとって楽しい日々は長続きしなかった。ヨハネは昔の偉い預言者エリヤであると思われていたので、その噂を耳にするたびに、ヘロデは苦しんだ。ヘロデは衣服を裂き、大声をあげてわめきちらした。

 「わたしがヨハネの首をはねてしまった。やつが化けて出てくるにちがいない」

 彼は、昼も夜も恐怖におびえていた。彼は一番尊敬していた人物を殺してしまったからである。



 

38 ユダの正体

 イスカリオテのユダは、どうしても自分の夢を捨てきれなかった。彼はローマと戦うことによって平和な王国ができると思っていた。彼はいつも父がローマ兵に殺されたことを憎んでいた。しかし、そのことを他人には話そうとはしなかった。シーザの大軍と闘うためには、ナザレ派にもっと大勢の若者を加えなければならないと考えていた。


 イエスは山の上で教え始えた。

 『義のために迫害される者は幸いである。天国は彼らのものである。平和をつくりだす者は幸いである。彼らは神の子とよばれるであろう』

 そのほか、様々な教えを説いて聞かせていた。ユダは、いつか祈りを見て、自分の企てをイエスに打ち明けようとチャンスを狙っていた。

 イエスはまた、金銭に対して全く執着しなかった。金銭は当時の権力者(シーザ)をあらわすものであったからである。それでイエスは、一銭も持とうとはしなかった。明日のことは全然心配しなかった。

 ユダは例外であった。彼は会計係を受けもち、イエスを慕ってくる者が差し出す金を預かっていた。ピリポという弟子が注意深くユダを監視していた。

 献金の半分がどこかに消えていることを弟子たちは知らなかった。ユダは、ひそかに武器を買ってエルサレムの近くに隠していた。このことは、ユダが死んでから分かったことであるが、彼はこのために一人の若者を雇い、必死になって新しきイスラエル実現のために軍団を用意していたのである。

 ある日の夕方、例によって大勢の人々が山の上でイエスの話を聞いていた。みんなは空腹であったが、食べ物が手に入るようなところではなかったので、イエスはそのことを心配していたピリポに尋ねた。

 「この人々に食べさせるパンはどこで手に
入れようか?」

 ピリポは頭を抱えこんでしまった。彼はかぼそい声を出しながら、二百デナリの大金をつんでだとしても焼け石に水であると答えた。

 ある者が五つのパンと二匹の魚を持ってきたので、イエスはそれを分配するように弟子たちに命ずると、何と、五千人の人々にゆきわたり、みんな満腹した。弟子たちがパンくずを拾い集めると十二の籠に一杯になった。ユダはこの光景を見て、度肝を抜かれてしまった。

自分の目で実際に見たことを疑うことはできなかった。世俗の力しか信じられなかったユダの心は激しく揺れた。

 次の日イエスは弟子たちを集め、イエスが抱いている抱負について語った。それは、新しきイスラエルの民を新天地に導いていくという話であった。そこでは、ローマに税金を納める必要もなく、金、武器、宮殿、ぜいたくな着物などは必要でなく、みんなで働いて得たものは、みんなで分け合う王国であると言った。

これはユダの心を試すために語られたのである。イエスはユダの顔をじっと見つめながら言った。

 「私は、おまえの魂のことを思うと今でも心が痛むのだ。いつになったらおまえは目が覚めるのか?」

 ユダは心の中をすべて読み取られていることを恐れた。彼はイエスの顔をまともに見られなかった。彼は一人で寂しいところに行き、はげしく泣いた。

 シモンが心配になり、ユダの後を追い、彼を慰めようとした。ユダはシモンに言った。

 「おれはもうお手上げだ。おれは一体どうしたらいいのだ」

 シモンはこのことをイエスに報告した。イエスは言った。

 「そうなんだ。剣を鞘におさめるしかないのだ。きっとそのうち聖霊によって悪夢から目を覚ます時がくるだろうよ」

 シモンは、イエスの言った言葉を理解することができなかった。

 イエスはひそかにユダを呼んで話をした。金も武器もいらない新天地のことを詳しく
説明して聞かせた。そしてユダが光の道を歩むことによって、決して悲惨な結末を招かないようにと説得するのであった。

神の子としてイエスの霊眼には、始めからユダは裏切る者と映っていたのである。しかし同じ人間としてユダの魂のために天の御父に祈り、もし神の御心であるならば、イエスの説得によってユダの心が変わるように願い続けるのであった。




  
39 聖都エルサレムへ向かう

 数箇月が流れた。イエスの霊力は日ごとに増していった。イエスは神よりの真理を語ったので、多くの人は彼を憎んだ。多くの信奉者も次第にイエスから離れていった。それでイエスを殺害しようとする動きが大きくなってきた。

十二人の弟子たちは早速このことついて協議した。彼らは即刻ユダヤから離れないとみんな殺されてしまうとイエスに言った。彼らはまるで狼の前で震えている羊のようであった。ユダは武器をとって立ちあがるときはまだきていないけれど、とりあえずガリラヤのどこかに身を隠すことが必要であると説得した。

弟子たちの恐怖心が絶頂に達すると、彼らはみんな逃げ腰になり、イエス一人をその場に残してもどこかに行こうと主張した。長い沈黙が続き、恐怖心があたり一面をおおっていた。ついにイエスは口を開いて言った。

 「おまえたちも行ってしまうのか!」

 そのときからイエスは全く孤独であることを感じた。彼はすでに喜びを失い、人間の深い悲しみを味わっていた。イエスは言った。

 「世は決してあなた方を憎みはしない。私を憎んでいるのだ。私が悪の正体をあばいているからだ」

 弟子たちはまだ聖霊の力を受けていなかったので、根は善良であっても恐怖心から抜け出すことはできなかった。

 ユダがひそかに進めていた反乱計画は、エルサレムで思う通りに若者が集まらず、おまけにイエスに手のうちを読まれてしまったので、ただ悶々としていた。

 さて、イエスはいよいよガリラヤを出発し、サマリヤを通ってエルサレムに行く決心をしていた。彼はエルサレムで教えを説くためであった。イエスは七十人の弟子団を構成して、神の国についての概要を広めさせた。

 ユダはまた、ひそかに武器の番をさせていたヨエルという男に、いつでも反乱をおこせるように準備するように伝えた。ユダは性懲りもなく、もしかしたら自分の反乱計画が成功するかもしれないと思っていた。イエスが、きっと、奇跡を起こすに違いないと考えていたからである。
 


 

   40 初日のエルサレム
 
 生涯の最後の一週間は、エルサレムの神殿を中心に、いたるところで教えを説き、神の子の栄光を余すことなくあらわすことができた。その時イエスが語った教えについては、多くの記録があるので、ここでは実際に起った出来事だけを伝えることにする。

 イエスの教えを聞いて大勢の信奉者が押しかけてきた。彼らは地の果てにまでイエスの後について行きたいと言った。この動きを見てユダは面白くなかった。彼は、早速待機させていた若者たちに武器を配り、彼の戦闘計画を話して聞かせた。

 にわか仕立ての反乱分子は相談して、ユダを隠れた指導者とし、バラバという男を表向きの指導者に仕立てた。

言ってみればバラバはユダの操り人形であった。彼らは、まずアントニアの砦と、シロアムの塔を占拠しようということになった。ちょうどローマの総督ピラトは不在で、ローマ軍は手薄になっていた。ユダにしてみれば、これぞ神の与えたもうた絶好のチャンスと思い込み、これで自分の計画は成功すると考えた。


 イエスは、その夜、天の御父との交わりを持ち、明け方までぐっすりと眠った。夜が明けて陽が登ると、あたり一面には一本の木もなく、はるか後方まで見通せる場所であった。イエスは子ロバにまたがり、オリーブ山からエルサレムに向かって出発した。イエスが通る沿道には、多くの人々が群がり、盛んに歓迎した。

ある者は上着を脱いで子ロバの前に敷き、ある者は木の枝を切ってきて道端にばらまいた。群衆は声をからして叫んだ。

 「ダビデの子よ! 万歳! 万歳! 主の御名によりてくる者に祝福あれ! いと高きところにホザナ!」(訳者註・〝ホザナ〟とは神またはキリストを賛美する言葉)

 ユダはこの光景を見て、反乱分子の若者に鼻高々と宣言した。彼こそローマに打ち勝つ勝利者であると。

 イエスがいよいよエルサレムに入ってくると、町中の人々が言った。

 「この方はいったいどなたなのですか?」

 ある者が言った。
 「ナザレの預言者だそうだ」

 イエスが神殿の広場につくと、イナゴのようにイエスのまわりに群がってきた。イエスが両手を挙げて彼らを祝福した。彼が口を開くと、水をうったように静かになった。

 「私は、穏やかな心とへりくだった気持ちを表すために、子ろばに乗って参りました」

 イエスはみんなが待ち望んでいた神の国について話し出した。この国に入るためには、地上のエルサレムなどに憧れていないで、即刻、霊的に目覚めるように忠告した。そこで、先頃ユダに話したのと全く同じ王国のことを話した。

即ち、神の国には税金の心配もなく、戦う武器も要らず、お金も宮殿も必要ではない。そしてみんなで働いて得たものを、みんなで分け合う生活をすると話した。現在のローマもパリサイ人による行政も全く想像もできないような社会であることを強調した。

指導者は選挙によって決められ、男も女もすべて平等であること、協議会を構成して、衣食住に関する指示を行わせ、子供の必要を優先させる。人間を襲う最大の誘惑はお金であるから金銭の使用をやめ、愛を以てすべてのものが運営されるようにする、などを語った。そして最後にこうつけ加えた。

 「真理があなたがたを自由にしてくれるでしょう」


 初日のエルサレムでは、神殿の前でこのような話をした後で、門前で商売をしていた商人に向かって激しい怒りを発した。

 「私の家は祈りの家と言われていたのに、おまえたちは、よくもまあ、盗人の住み家にしてくれたもんだ!」

 民衆は固唾をのんでイエスの顔を見まもっていた。イエスは武装した守衛にはおかまいなく、長い鞭を振り回し,両替屋の台を片っ端からひっくり返していった。

その日の後半は、神の家から、神殿をだしにして金儲けをしている商人を追い払い、神殿清めをするのに終始した。ユダと若者もここぞとばかりに飛び込んできて、商人をなぎたおし、武装したローマ兵までもやっつけてしまった。

 神殿の前がきれいになってから、大勢の障害者たちがイエスのもとに集まってきた。視力を失っ
た人、手足の不自由な人、老人たちであった。イエスは心から同情し、これらの人々をすべて癒してやった。彼らは口々に神を褒めたたえ、
 『ダビデの子に万歳』
 と叫んだ。

  この様子を見ていた祭司長や律法学者はイエスに怒りを覚えたが、民衆の力を恐れ、全く手も足も出すことができなかった。ただ次のようにぼやくだけであった。

 「馬鹿どものあの声はどうだ。うんざりだ


 イエスは彼らに浴びせるように言った。

 「あなたがたは、聖書に書いてあることを読まなかったのか! 幼な子と乳飲み子の口に、神を賛美させると」

 それからイエスは弟子と一緒にベタニヤの町へ行き、そこで宿泊した。
 



  
  41 アンナスのわるだくみ
 
 神殿から商人やローマ兵を追い出した後、バラバとヨナの二人は神殿を占拠し、若者に武器を渡し、戦闘態勢に入った。

 ヨナは別名、バルヨナと言い、ペテロの従兄弟で、顔かたちもペテロによく似ていた。ヨナはペテロにひとふりの剣を渡し、彼にも一緒に剣で戦うように勧めたが、ペテロはこれを断った。でも、いつかイエスの身辺が危うくなったときに使えるようにと、ある場所に剣を隠しておいた。ペテロは、大司祭に買収された連中が、きっとイエスを殺しにやってくると思っていた。

 バラバとヨナは、武装した若者を大勢引き連れて町中を歩き、一緒に戦いたい者たちはおれたちについてこいと叫んだ。多くの
人々は、自分の大きな重荷となっているローマの支配や、パリサイ派、律法学者を撃退できればよいとは思うものの、おいそれとは反乱分子の仲間に加わろうとはしなかった。

今は手薄でも、ローマ軍は大挙してエルサレムにやってくることは、火を見るよりも明らかであった。アンナスと大司祭がローマ総督ピラトのもとへ飛脚を飛ばし、ならず者によって占拠された神殿をとりもどすよう要請した。という噂が町中に流れていた。それだけではなかった。ならず者を操っている者は、バラバとイエスであるとも噂されていた。

 バラバとヨナによって率いられていた反乱分子は、アントニア砦とシロアムの塔を難なく占拠することができた。その中には、イスカリオテのユダはいなかった。彼はいつも背後に隠れ、イエスの近くにいるほうが良いと考えていた。

ユダの計画を成功させるためには、どうしてもイエスを中心にすえておく必要があったからである。彼の計算では、ローマ軍がやって来る前に、反乱軍に加わる仲間を増やせると考えていた。イエスは鼻持ちならないパリサイ人や律法学者の堕落と偽善を責めて、民衆の心を引きつけてくれたので、大勢の仲間が加担してくれるものと期待していた。


 アンナスは、パリサイ人や律法学者を緊急に招集して相談を始めた。彼は、ナザレのイエスという人物が、反乱分子の中心であると宣言した。一人の議員が立ち上がり、この反乱と暴動を引き起こしたイエスが、どんなことを言ったのか、その証拠を示せと言った。

アンナスは、その日に、神殿務めをしていた一人の律法学者に合図をした。彼は直接イエスから聞いたことを話した。

彼は、エルサレムを離れ、荒野へ行き、税金や現金の心配のない平和の国のことを話した。それを聞いた議員たちは、馬鹿か気違いのたわごとだとあざ笑った。アンナスは言った。

 「これではイエスがローマに反逆している証拠にはならんわい。全く不十分じゃ。それよりもイエスに直接会って質問攻めにし、何とか反乱の首謀者である証拠をつかまねばならんのじゃ。そうすればピラトが裁判にかけ、彼を死刑にするだろうて」

 パリサイ人はこの案に満足し、早速次の日に、どんなワナをしかけたらよいかと相談を始めた。
  




     42 痛烈な体制批判

 アンナスは、口のたつ七人の代表を選んだ。そのうちの一人は弁護士であった。三人はもっぱら質問にまわり、四人は証人の役割をつとめた。彼らはイエスに言った。

 「先生! 私たちの心は卑しくて、とても高まいなことを実践する力はありません。そこへいくと、先生はすべてことを見通すことの出来る偉大な預言者でいらっしゃいます」

 イエスは何も言わず、彼らをじっと見据えていた。イエスの威厳に圧倒され、彼らは尻込みしながら言った。

 「あなたは、真実なお方で、だれをもはばからず神の道を教えれおられることを承知しております。つきましては税金をシーザに納めるべきかどうか、是非お伺いしたいのですが」

 イエスは答えて言った。

 「偽善者よ! どうして私を試そうとするのか。あなたがもっているお金を見せてごらんなさい。彼らはそれをイエスに見せると、イエスは彼らに尋ねた」

 「ここに刻まれている肖像は誰なのか?」

  「シーザの肖像です」

 「では、シーザのものはシーザに、神のものは神へわたしたらどうですか」

 彼らはひとことも返す言葉がなかった。イエスは税金や金などが要らない神の王国のことを語っていたというので、このようなワナをかけたのであるが、全く歯が立たなかった。しかもイエスの顔からは、霊の光が放ち始め、その神秘的な姿に圧倒されてしまった。

 続いて若手のパリサイ人も思い切って質問を始めたのであるが、どんなことを聞いても、彼らが期待していた答えを得ることができなかった。彼らはなんとかしてシーザや神に反逆する言葉を引き出そうと躍起になっていた。

イエスの実に賢い答えを熱心に聞いていた群衆はイエスに心から喝采をおくった。彼らは、ますますイエスを慕うようになっていった。 

 七人の代表はアンナスのところへ戻り、ありのままを報告して言った。

 「この預言者には近寄らない方がよい、神が味方しているようだ」

 アンナスは怒って言った。

 「そんな馬鹿な! 我々を寓話でこきおろすような者に、どうして神が味方するのじゃ。神ご自身が選ばれたわしらに逆らいおって!」

 彼らの一人が言った。

 「群衆は彼をキリストと呼んでいます。今イエスを捕らえるのは決して得策ではありません。群衆に逆らっては混乱を大きくするばかりですからね」

 この意見にはアンナスも賛成した。

 「このナザレ人は、なかなかの悪知恵がはたらく奴じゃ。だがのう、奴に逆らう弟子を一人でもいいから買収するのじゃ」

 さっそくこの案が採択され、実行に移された。イスカリオテのユダに標的がしぼられた。
ユダが一人歩きをしているところを捕まえて、アンナスの家に連れていった。ユダは丁寧に扱われた。長老たちはユダを見て、世俗的な臭いをかぎとっていたので、彼をおだてれば、きっとイエスに逆らうようになるだろうと判断した。

しかしユダは、そんな手に乗らず、イエスの意義をはっきり伝えようとした。イエスは常に平和を愛する人間であると言い切った。剣を取る者は剣に滅びるという原理に徹していると明言した。

 アンナスはみんなを帰し、ユダと二人きりになったところで、ユダに話し始めた。いつまでも律法学者やパリサイ人に逆らうようなことは止めて、エルサレムから離れるように勧めた。

話を聞いているうちに、ユダも、イエスが今のようなことをして国を分裂させてしまうことは、よくないと考えるようになった。そこでユダは、アンナスの考えをイエスに伝えることを約束した。

 他方、サドカイ派の人々(当時の金権派の議員)もイエスを相手に難問を吹っ掛けていた。

サドカイ人は、死後の復活を信じない俗人たちであった。イエスはユダヤ人の父と崇められていたアブラハムやイサクの神は、今でも生きておられることを論証したので、サドカイ人もたじたじとなり、パリサイ人と同じように大敗してしまった。

 イスカリオテのユダはイエスのところへ来て言った。

 「先生、お願いですから、もうパリサイ人や律法学者に逆らうことを止めてください」

 「エルサレムに住んでいる多くの貧乏人が、飢えて苦しんでいるのです。パリサイ人のやり方をあなたもよく知っているはずです。彼らは背負いきれない苛酷な重税に食料不足がかさなって死んでいくのです


 「今だけでよいのです。先生が当局者のやり方を糾弾すれば、この国は真っ二つに割れてしまいます。先生ご自身もおっしゃっていたではありませんか。 〔家の中で対立が起こると、その家は滅びる〕 と。ローマさえ追い出すことができれば、パリサイ人や律法学者ガラリと態度が変わってしまいますよ」

 「私に、しばらくの間、不正を大目に見て、黙っていろと言うのか?」

 「彼らだって神から選ばれた聖職者ではありませんか」

 イエスはユダを頭から怒鳴りつけた。

 「人々が目の前で死んでいくのに、長たらしい祈りをして何になるというのか! ユダよ! おまえの魂胆は私にはみえみえなんだよ!」

 ユダは、バラバと反乱のことだと勘違いをして言った。

 「私は剣など持っておりません」

 「おまえは、今までパリサイ人と話し合っていただろう? おまえにはまだ分からないのか! ワナが仕掛けられているんだ。賢い鳥撃ちは、間抜けな鳥をワナにかけて、つかまえてしまうのだ」

 ユダには馬の耳に念仏であった。

 ユダはそそくさとイエスの前を立ち去り、仲間 (反乱分子) のところへ行った。

 ユダと別れてから、イエスは悲しみながらケデロン川に沿ってゲッセマネの園にやってきた。彼は夜を徹して祈り続けた。弟子たちもイエスのそばに居て、彼を見守っていた。パリサイ人や律法学者に金で雇われた刺客がイエスを殺しにくるかもしれないという噂を耳にしていたからである。

その夜のエルサレムは、荒れ狂う海のように、恐怖に満ちた噂がとびかっていた。ピラトの率いる大軍がエルサレムに近づいていたからである。

 翌朝もイエスは、神殿の中で大勢の民衆を前に教えを説いていた。その朝は、今まで見られなかったくらいの大勢の群集がひしめきあっていた。ユダは神殿の隅から、遥か向こうに立っているイエスを眺めながら、祈るような気持ちでイエスの第一声を待ち焦がれていた。

ユダが望んでいたのは、ユダヤの指導者たちに向けられた激しい糾弾を、ローマに対してやってほしいことであった。ひとこと
でもよいから、シーザをこきおろしてくれさえすれば、反乱分子が勢いづくと考えていた。

 いよいよイエスが大声で話し始めると、ざわめいていた群衆の声がぴたりと止まった。

 『大預言者モーセの座に居座っているパリサイ人、律法学者は、ただ口先だけの人間である。いうだけで、何ひとつ行おうとしないやからである。彼らは自分たちでさえ背負いきれない重荷を民衆に負わせ、指一本でさえ軽くするために動かそうとはしないのだ。

その上、大きな聖句箱 (註1) を広げ、豪華な衣装を身に着け、大きな飾り縁のついた衣装を見せびらかしているのだ。彼らはどこに行っても上座に座りたがり、おおげさな振る舞いをして、目立つことを好んでいる。彼らの態度は横柄で、鼻持ちならず、近寄る人々に頭を下げさせ、ラビ(先生)
と言うように強制するのだ』

 『人の上に立つ者は、人のしもべとならねばならないのだ。神ならぬ人間に対して絶対に主と呼んではならない。未亡人を食いものにしているパリサイ人、律法学者こそ呪われるべき人間である。彼らは地獄こそふさわしい所である。

 彼らの心は石のように硬く、偽善に満ちており、民衆の目をふさいでしまう呪わるべき者である。彼らは、いつも重箱の隅ばかりをつついているのだ』

 イエスの語調の烈しさに、弟子たちでさえ圧倒されてしまった。イエスはなおも続けた。

 『パリサイ人、律法学者よ! おまえたちには、白く塗られた墓石のようだ。外側は立派に見えているが、内側はくさりきっており、死人の骨が一杯つまっているのだ』

 イエスは、なおも指導者たちのあらゆる悪行を白日のもとにさらし、攻撃の手をゆるめなかった。群衆の一部の者は、イエスの烈しさを嫌い、神殿から立ち去っていった。しかし大半の群集は神殿に残っていた。その中には、偵察のため数人のパリサイ人や律法学者がまぎれこんでいた。それを察知したイエスは、彼らの方をにらみつけながら叫んだ。

 『歴代の預言者たちを殺していたやからよ! なおも、この町で預言者を迫害しようとするのか!』

 イエスはエルサレムの町のことを深く悲しんだ。神はこの町を暗い世界を照らし出す光と
してお建てになったのに、パリサイ人や律法学者の悪行によって、すっかり駄目にしてしまった。この町は早晩崩れ去ってしまうであろう、とイエスは預言した。

 槍のような鋭いイエスの言葉は、居合わせたパリサイ人の心に深く突き刺さり、彼らはただ黙っているだけであった。イエスの話が終わり、民衆が去ってから、パリサイ人たちは頭をたれたまま身動きしないで残っていた。彼らは、まるで最愛の友を亡くしたときに、遺骸の前でたたずんでいるかのようであった。

 一番あとでイエスと弟子たちは、神殿を離れた。そのとき弟子の一人であったヤコブが、もう一度この美しい荘厳な神殿の中で神の真実について訴えるならば、きっと悔い改めるのではないかと言った。しかしイエスはきっぱりと答えて言った。

 「よく聞いておくがよい! この神殿は必ず崩壊するであろう。、しかも、粉々に崩れさってしまうだろう」
 
 町の中は群衆の叫び声で騒然としていた。イエスと弟子たちは町から出ていき、真っ直ぐにオリーブ山へやってきた。そこからはエルサレムの町を一望のもとに見下ろすことができた。弟子たちはイエスを囲むように座った。ユダはイエスの足元に座り、一言一句漏らさず聞き取ってアンナスに報告するつもりであった。

 弟子たちは、イエスが神殿で語ったことはいつ起こるのかと尋ねた。イエスは重苦しい口調で答えた。最初に戦争の噂が伝わり、国々は互いに争って多くの人々が死んでいく、それから疫病が流行し、地震と飢きんなどにみまわれることなどを預言した。

イエスの声は次第に穏やかになり、イエスの名において弟子たちがどんな働きをするかを話した。福音を全世界に伝える働きのことである。それには、苦しみ、迫害、あらゆる困難がともなうけれども、決して悲しむべきことではないと言明した。聖霊がつねに彼らを慰め、見守り、神の平和のうちに過ごせるように導いて下さることを説いた。

 ペテロは喜びの声をあげ、イエスのためなら死ぬまで忠実に仕えると言い切った。イエスはペテロを叱り、彼は数日以内にイエスを裏切るだろうと言った。イエスはなおも未来にやってくる苦しみについて
預言した。

 『苦難の時代には、子をはらんでいる女や乳飲み子をかかえている女は大変である。二人の者が畑で働いていれば、そのうちの一人は取り去られ、他の一人は取り残されてしまう。神が苦難の時代を少しでもちぢめてくださらなければ、この世で救いにあずかれる者は一人もいないであろう』 (マタイ伝・24・19)

 イエスの言葉を聞いていた弟子たちは、余りの恐ろしさに震え上がってしまった。

 『日は暗くなり、月はその光を失い、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。その後に人の子が神の栄光と霊力を以て現れるであろう』 (マタイ伝・24・29)

 最後にイエスは、弟子たちが味わわねばならない苦しみについて話した。この苦しみは、すべての弟子たちが、終生受けねばならないことを示唆した。しかしこの時は、この預言を誰一人理解する者はいなかった。イエスの復活直後に、エマオに向かって一緒に歩いていたクレヲパス(クレオパとも言う)にだけイエスが打ち明けたのである。(註2)

 各々の時代には、本当にキリストに仕える神の子の数は、極めて少なくても、長い歴史の流れに沿って次第に増え続け、いつの日にか、浜の真砂のようになるであろうと、イエスはつけ加えた。

終生受けねばならない苦しみと言ったのは、なにもイエスと一緒にガリラヤで過ごした弟子たちばかりではなく、どの時代でも、キリストに仕える真の弟子にあてはまる言葉であった。

 イエスがオリーブ山で弟子たちに話していた頃、ローマの総督ピラトが強力な軍隊をひきつれてエルサレムに到着した。彼らは最新式の武器を持っていて、あらゆる戦いに対応できるように訓練されていた。ローマ軍は即座に反乱分子が占拠したアントニアの砦とシロアムの塔に攻め入って、あっという間に反乱分子を滅ぼしてしまった。

捕虜になったユダヤの若者たちは、助けを求めたけれども、数人のリーダーと、バラバ、ヨナの二人を除いてみんな殺してしまった。大虐殺が行われたのである。城壁には、殺された若者の鮮血がとびちり、悲鳴が町中に響き渡った。

 バラバとヨナが殺されなかった理由は、この二人を拷問にかけ、他に反乱分子がいるかどうかを吐かせるためであった。更にローマの支配によって保たれている平和を搔き乱すようなことをすれば、このようにするとみせしめにするためであった。


 ※註1
 ギリシャ語で 〔フィラクテリ〕 といって、聖書の言葉を書きいれた羊皮紙をいっぱい詰め込んだ小箱のことである。当時のユダヤ人は、祈る時にその札を、一つは額に、他の一つは腕につけていたという。一種のお守りである。

 ※註2 
 クレオパスは、ルカ伝(42・13)にただ一回だけ登場する人物であるが、非常に霊格が高かったらしく、
イエスの死後、弟子たちが伝道した活動内容を本書の著者カミンズ女史に克明に知らせてきた。詳しい内容は 『イエスの弟子達』 (潮文社刊)を参照のこと。



   

  43 ゲッセマネの園

 数人のパリサイ人が大祭司カヤパのところへやってきて、イエスがやってのけた素晴らしい奇跡のことを報告した。

イエスは、死んでから四日もたったラザロという若い男の墓の前に立ち、イエスのひと声で死人が生き返り、あごのところまで巻かれていた布を付けたまま、墓の中から歩いて出てきたことを伝えた。

この奇跡の噂が伝わるや否や、イエスの名声と信頼はますます増大していった。


 大祭司カヤパは早速長老たちを招集した。あるパリサイ人が発言した。

 「このイエスと言う男は、他にも多くの奇跡を行っています。このまま彼を放置しておきますと、民衆は全部イエスについてしまうでしょう。そうなれば、ローマは我が国を全滅させてしまいます。ローマ人は、シーザを神として拝んでいるからです。シーザ以外のものはご法度でですからね」

 集まったパリサイ人は、みんなで大祭司に言った。

 「神は死人を生き返らせた、あのナザレ人と共におられます!」

 カヤバは答えて言った。

 「一人の男が民衆のために死ねば、国は滅びることはないということを知らんのかね」

 カヤバの言ったことが、全員の意にかなったので、彼らは早速、密使を送り、イエスを殺害することになった。刺客の一人がペテロに情報を漏らしたので、ペテロはイエスに伝え、とりあえずエルサレムから脱出し、近くの村に身を隠すことになった。そして、なるべく一ヶ所に長く留まらないようにした。


 その頃一人の婦人がイエスのところへやって来て、家から持参した高価な油をイエスの頭にふりそそぎ、婦人の髪の毛でそれを拭っていた。この様子を見ていたユダは、すぐさま婦人をとがめ、やめさせようとした。

それは、日ごろから、イエスが貧乏人に重税を課しているパリサイ人たちを散々責めていたことを思い浮かべていたからである。ユダは言った。


「先生、この油を売ればかなりの大金になります。貧乏人のために使えるではありませんか!」

「貧乏な人々はいつでもあなた方の周囲にいるではないか。しかし、今の私はそうではない。このご婦人は、私のために葬りの支度をしてくれたのだ。彼女のしていることは、永久に記憶に残るであろう。福音が伝えられるところには、どこでも、このことが語られるであろう」

ユダは面目を失った。彼はその時からイエスが愛している弟子ヨハネをますます妬むようになった。このことが、最終の土壇場になって、師なるイエスを裏切る引き金になったのである。

 ユダはついに弟子から離れていった。彼は事実上、反乱の首謀者であったので、同僚の顔をまともに見ることはできなかった。ユダはバラバが繋がれている牢獄の周りをうろついていた。それからアンナスの家に向かった、世故にたけた大司祭のことだから、きっと良い知恵でもかしてくれるのではないか期待して行った。

ユダはすぐにアンナスの前に通された。しかしアンナスは期待に反してとても不機嫌であった。

ユダがイエスに敵対してくれればという思惑がはずれたからである。何度聞いてもユダの返事は変わらなかった。イエスのことについては、流血を嫌う平和主義者と言い張った。ユダは日ごろから、反乱計画が成功した時には、イエスを王に向かえると話していた。

アンナスはしばらく黙ったまま部屋の中を歩き回っていた。それからおもむろにユダに向かって言った。

 「わしはお前の秘密を知っておるぞ。お前が反乱計画を練っておったのであろう。分かっておるのじゃ。だがのう、若者が殺されちまったからには、どうしてそれがやれるというのかね。

わしには、もう一つしか方法が残っとらんように思えるのじゃ。すぐにイエスを探し出し、ローマ軍に引き渡すのじゃ。イエスはきっと反乱の責任を問われ、牢獄にぶち込まれ、総督ピラトに裁かれるだろうて」

 ユダは言った。
 「私は恩師を裏切るような真似はできません。そんなことをするぐらいなら、死んだ方がましです」

 「心配することはない。イエスは決して死にやせん。それよりもイエスの信奉者たちが騒ぎだし、イエスを牢から出せとわめくだろうよ。民衆がイエスのことを神からつかわされた預言者だと信じている限り、彼は無事なのじゃ」

 ユダは次第に興奮し、おそるおそる言った。
 「私はイエスの刺客を手引きするようなことをしたくありません」

 「とんでもない! 勘違いをせんでくれ! わしはあくまでもローマの兵隊を連れてって、イエスを投獄させようというのだ。約束してもよい。あくまでもユダヤ人の反感と怒りを誘うためなのじゃ」

 「そんなら賛成です」
 それでユダは、このような重大なことを進めるにあたって、銀三十枚を要求した。しかし、狡賢いアンナスは言った。

 「どんな商人でも、欲しいものを手にするまでは、金を渡さないもんじゃ。おまえが、ちゃんとローマの兵隊にイエスを引き渡してくれさえすれば、いつでも銀三十枚をくれてやるわい


 そこでユダはアンナスの署名入りの契約書を受け取った。

 ユダは、以前から親しくしていた役人のところへ行って相談を持ち掛けた。この役人バルークは、中々のしたたかものであった。ユダはアンナスの密約のことを話してから、何とか獄吏を買収して、反乱のリーダーを逃してもらえないかと頼んだ。バルークは言った。

 「そりゃわけないよ。それだけの大金があれば、獄吏を口説いてみせるよ。絶対に大丈夫だ。イエスのことも任せてくれ。ローマの手から救い出してやるからな」

 この役人バルークこそ、数日後に発生する悲惨な大事件を引き起こす引き金となった人物である。彼は熱心党の中でも最も腹黒い悪人であった。


 ユダは再びバルークのところへやってきて言った。
 「食事もろくに喉を通らず、夜は一睡もできないんだ。もう何が何だかわけがわからなくなってきた!」

 「銀三十枚さえあれば、バラバを解放できるんだぜ」

 「でも心配なんだよ。一歩誤ればイエスが殺されちゃうんだ。バラバの総決起も、イエスの救出も皆ダメになっちまうんだ」

 「おまえは信じないのか?イエスは神の子じゃなかったのかい?」

 「勿論そうだとも」

 「考えてもご覧よ。神は天使の大軍団を送りこんで、必ずイエスを守ってくれるさ。シーザの誇る軍隊でも全然歯が立つもんか」
 このバルークの言葉を聞いてユダは安心し自分の計画に確信が持てるようになった。


 イエスの弟子たちは、このような裏工作がユダによって進められていることを知らなかった。しかしパリサイ人の憎悪が増すにつれて、イエスの身辺に危機が迫っていることをみんな感じていた。彼ら一同は、互いに励まし合いながら言った。

 「我らの先生を見捨ててはならない! 先生の為なら、生命を捨てようぢゃないか!」

 ペテロはついに隠しておいた剣を持ってきた。もしどこからか刺客が飛び出して来たらこれでやっつけてしまうんだ、と意気込んでいた。キラリと光る刃は、ペテロの勇気をさそった。


 その夜、夕食の席についていた時、イエスは弟子たちに言った。
 「あなたがたのうち一人が私を裏切ろうとしている」

 みんなは深い悲しみに包まれ、一人づつイエスに尋ねた。
 「先生それは誰でしょうか?」

 イエスは答えて言った。
 「私と一緒に皿の中に指を浸している者がそうです。人の子は預言された通りに死んで行くのです。私を裏切る者は、生まれて来なければよかったのに」

 ユダは十一人の顔をじっと見据えていた。彼の指は、なんと皿の中に浸され、反対側の手は、イエスの手を握っていたのである。ユダはゆっくりと手をひっこめてから言った。

 「それは私でしょうか」
 「そうです」

 弟子たちは騒然となり、ユダを責めたてた。しかしイエスは皆を鎮め、全く別なことについて語り始めた。あまりの雄弁さに、暫くの間ユダのことを忘れていた。突然ユダは立ち上がり、外に飛び出して行った。


弟子たちは彼の後を追いかけようとしたが、イエスはそれを止めた。ペテロは剣を握り締めながら大声をあげたので、イエスはペテロに言った。

 「ペテロよ! あなたは夜明け頃、鶏が三度鳴く前に、三回も私を知らないというでしょう」 しかしペテロは、ただ剣を振り回して英雄気分になっていた。


 あたりがすっかり暗く
なってから、一同は歩き始めた。しばらくの間、一人の男が後ろからついてきたことを知らなかった。彼らは、ケデロン川のほとりまでやってきて、再び決意のほどを表明し合っていた。イエスにもしものことがあれば、自分たちも一緒に死のうではないかと誓い合っていた。

イエスは八人の弟子にたいして、ゲッセマネの園の入り口あたりで待機するように命じた。あとからついてきた男が、園の中に入ってきたので、イエスは声をかけた。

 「さあ! 急いでおまえの仕事を始めるがよい」

 その男はユダであった。ユダはさすがに恥じて、園からでようとはしなかった。
 イエスは、ペテロ、ヨハネ、ヤコブの三人を連れて、ゲッセマネの園の中へ入って行った。

 イエスは低い声で語った。
 「私の魂はとっても苦しんでいます。ここで待っていてください。どうかわたしを見守って、祈っていてください」

 その時ペテロの親戚に当たるマルコと言う若者が弟子たちのところへ偵察にやって来た。彼は小柄な男であった。彼は心からイエスを救世主と信じていた。それで一度でもよいからイエスと一緒に歩きながら話したいと望んでいた。イエスが危ないと知ると、彼は帯の中にナイフを隠し、麻布の上着を羽織って、家からかけつけてきた。

彼は園の木陰に隠れ、一晩じゅう眠らず監視を続けていた。彼は、後に著述家になって、この時の模様を詳しく書き残している。(訳者注・〔マルコの福音書〕 と言う書名で、新約聖書に収録されている)

 三人の弟子たちからすこし離れた木の下で、イエスは地上にひれ伏し、神に祈った。

 『御父よ、あなたはおできにならないことは、一つもありません。どうかこの苦しい盃を取り除いてください。・・・・・・しかし何よりも、あなたの御心が行われますようにお願いします』

 イエスは立ち上がり、三人の弟子のところへ来てみると、彼らはぐっすりと眠っていた。イエスはペテロを起こして言った。

 「おまえも寝ていたのか。ちょっとの間でも見張っておれなかったのか。霊は熟していても肉体は何と弱いのだろう」

 イエスは再び木の下にもどって同じ言葉で祈り続けた。二度目に来てみると、三人とも眠っていた。彼らは、ユダが悔い改めて自分の計画を断念したのではないかと考えているうちに、心がゆるんでしまったのである。しかも深い悲しみと心労が重なってヘトヘトに疲れてしまったのである。

 イエスは三度目に木の下にひざまずいていた。苦しみが絶頂に達した時、全身から血のような汗がしたたり落ちた。この様子を木陰から見ていたマルコは、もう我慢ができなくなり、イエスの方へ飛び出そうとした。しかし、イエスは急に立ち上がり、再び三人の弟子のところへ来て言った。

 「もうゆっくり眠るがよい。時が来たようだ。ごらんなさい! 人の子が罪人の手によって裏切られるであろう! 私を裏切る者が、そこまで来ているのだ」


 この言葉で眠っていた弟子たちはとびおきた。慌てたペテロは剣をにぎりしめ、イエスの横に立ち、護衛しようと意気ごんだ。

 ユダは夕食後アンナスの家に行った。屋敷の庭には大勢の人が集まっていた。イエスを憎んでいるパリサイ人もいた。でも大部分の人々は、町のひとたちであった。アンナスの前に通されるや否やユダは抗議した。

 「約束が違うじゃありませんか! どこにローマの兵隊がいるんですか?」
 「おまえの計画をもう少し活かすために、もっと大量の人間を増やしたのじゃ。イエスを大司祭のところへ安全に送り届けるには、ローマ兵だけでは心もとないのじゃ。反乱と言うことを聞いただけで奴らは頭に血がのぼり、イエスをたたきのめしてしまうかも知れんのじゃ。

それにだ、この連中を使ってな、総督ピラトの面前でワイワイ大声を上げさせ、祭りの習慣に従って、バラバを釈放してもらうのじゃ(注)。そうなれば、奴は反乱分子を結集してイエスを救出できるのじゃ。大祭司カヤパも文句なくイエスの為にユダヤの王座を用意することになるだろうて」

 このずる賢いアンナスの甘言にユダは満足した。それで彼は群れの先頭に立ち、ゲッセマネの園へと誘導していった。

 (訳者註・国民的一大行事であった[過越祭・(スキコシノマツリ) の時に、罪人の恩赦があった)




44 ユダの接吻

 その夜は真っ暗であった。寒い北風が吹いていた。町には人影が全く見られなかった。民衆はローマの軍隊を恐れ、ユダヤの指導者をも恐れていた。アンナスの密使は、いたるところで人々の耳にささやいた。

 「イエスは大悪人だ。しかも悪魔のまわし者で、三日以内にエルサレムの神殿をぶち壊してしまうそうだ」

 とまことしやかに吹き込んでいた。イエスのことを慕っていた人々も次第に不安になり、自分たちもイエスの弟子だと思われやしないかと恐れた。

 ユダを先頭に大きな群れが町から出ていった。彼らはケデロン川へ通じる道を通って行った。手にかざしているタイマツの炎が無気味に揺れ動き、園の入り口あたりを明るく照らしだしていた。

 ユダが先頭に立って臆面もなくイエスに近づいていたとき、イエスは三人の弟子と話していた。暗闇の中で逮捕すべき人物(イエス)を間違いないように、あらかじめ手筈がととのえられていた。手筈とは、ユダが接吻することであった。イエスに接吻することは、弟子の中で最高の地位を占めることを意味していた。

イエスが愛していたヨハネ、ヤコブ、ペテロよりも上位にたてると思っていた。だからこそ三人の弟子が見ている目の前で、イエスに接吻できたときは、勝利の喜びにひたり、天にも登る心地であった。

 あとになってからユダが告白したところによれば、あのときの接吻は、決して裏切りの行為ではなく、彼にとっては救いの行為であったという。神はたとえそれが一瞬であったとしても、ユダのために救いのひとときをとっておかれたのであろう。

 接吻が終わってからイエスはユダに 「友よ!」 と言った。それから同行の者に言った。

 「あなたがたは、泥棒でもつかまえるつもりで剣や棒をもってきたのですか? 私は毎日神殿の前に立って、隣人への愛と平和を説いていたではありませんか」

 イエスの体から放たれている神秘の光に人々はたじろいだ。一人の男が棒でおどしながらイエスの肩に手を触れた。ペテロは怒ってその男を地上にねじ伏せ、持っていた剣を抜いて男の耳を切り落としてしまった。イエスはペテロに向かって言った。

 「剣を鞘におさめなさい! 剣をとる者は剣で滅びると言ってきたではないか!」

 ペテロの刃傷沙汰が起こっている間に、イエスは逮捕され、縄でしばられた。その様子を陰から見ていた若者マルコはイエスに近寄ろうとしたとき、一人の男が目ざとくマルコを捕え、二人はもみ合っていた。マルコは着ていた麻布の上着をはぎとられ、素っ裸のまま暗闇の中へ消えていった。

普段は勇気あるマルコであったが、そのときだけは恐怖におそわれ山々を歩き回った。彼はイエスを助けることができなかったことを悔やみ、泣き伏してしまった。彼も十一人の弟子たちと同じようにイエスを見捨ててしまったのである。

 逮捕されたイエスの一行の遥かうしろの方からペテロはついて行った。一行が大司祭の官邸にはいるとき、どさくさにまぎれてペテロも官邸に潜入した。大祭司の下僕が火をおこしながら話し合っているのが聞こえてきた。

彼らはイエスのことについてささやいていた。イエスは大罪人であり、不敬罪にとわれ、拷問にかけられたあとで死刑になるのではないかと話し合っていた。時間がたつにつれて、そこにじっと座っているのが怖くなってきた。疲れ切った肉体と極度の恐怖心は、ペテロの体からねこそぎ力を奪っていた。

彼は近くにいる者に呼び止められ、イエスの弟子ではないかと疑われると、そうではないと三度も否定した。彼もまた、マルコと同じように、離れた場所に行って、男泣きに泣いた。



 

45 大司祭カヤパの裁判

 イエスが逮捕された夜、パリサイ人は緊急会議を招集し大祭司の官邸に集まった。大祭司カヤパがまず口火をきった。

 「我々は、このナザレ人を正しく取り調べなくてはならない。無実なものを罰するわけにはいかないのである」

 たてまえはじつに立派であった。長老たちはみんな大祭司のことを誉めたたえた。

 イエスが真ん中に立たされると、縄がとかれた。それでイエスはやっと真っすぐに立てるようになった。長老たちは豪華な衣服を身に着け、仰々しい太い帯をしめていた。。イエスが立ち上がると、彼の
魅力に圧倒された。大祭司は、ごく低姿勢にイエスの吟味を始めた。イエスは堂々と答えて言った。

 「私は、毎日神殿で丁寧に教えてきました。そのときは誰も私を捕えませんでした。どうして同じことを何度も聞くのですか?」

 そのとき一人の獄吏(ゴクリ)がイエスの顔をたたいて言った。
  「大祭司にちゃんと答えられないのか、なんだ、その態度は!」

 カヤパは手荒な行為をたしなめ、証人を喚問した。イエスに恨みを抱いているパリサイ人で、金で買収された証人が立ち、うその証言を並べたてた。

これらの証言によれば、イエスは若者たちを煽動して武器を与え、シーザに逆らうために、アントニア砦とシロアムの塔を占拠させ、自らをユダヤの
王と称えているとのことであった。更にイエスは、革命の指導者として、殺人や虐殺を容認している冷酷な人間であるとのことであった。

 一人の正直なパリサイ人で、ヨセフという者が発言した。

 「獄中ですべてを告白したバラバの言葉によれば、反乱の真犯人は、バラバとヨナの二人であるとのことです。イエスは平和を愛する者であるとも証言しています。私もその証言は本当であると思います。

仲間のパリサイ人たちが、先日イエスに直接会って質問したことがあります。そのときイエスは 〔シーザのものはシーザに、神のものは神にかえしなさい〕 ときっぱり答えているのです。どちらかといえば、イエスは我々パリサイ人の言動について批判をしているのであって、なんら死にあたるようなことは言っておりません!」

 この発言を聞いていた他の議員たちは、顔をしかめながら、ぶつぶつ言っていた。大祭司カヤパは、手を挙げて静かにするように制した。偽りの証言は、次第につじつまがあわなくなり、カヤパをいらだたせた。イエスは冷静に構えていた。

 いよいよカヤパの義父にあたるアンナスの出番がやってきた。彼はうその証言が出つくしたところで、用意しておいた二人の証人を手招きして、大祭司の前に立たせた。

 一人の証人は、イエスが神殿の門前で商人たちを蹴散らしたときの模様について語った。その証言によれば、イエスは門前で乱暴を働いた直後、若者たちをそそのかして二つの要塞を占拠させ、表面では平和愛好家のようなことを言ってしばらくれている、何と言っても許せないのは、「この神殿を滅ぼしても、三日以内に再建して見せる」と豪語している、とのことであった。

 二人目の証人は、ごく手短にイエスが語ったことについて紹介するだけであった。このことについて大祭司が責めたてても、イエスはひとことも答えなかった。室内の空気は騒然となり、怒りの声が渦巻いていた。次第にひそひそ話がかわされるようになり、いつしか、イエスを死刑に処する要求へと変わっていった。

 アンナスはカヤパと何やらひそひそ話をしていたが、急に大祭司カヤパは立ち上がり、イエスをにらみつけながら叫んだ。

 「生ける神の御名においてわしに答えてみよ おまえは、神の子、キリストなのか?」

 「そのとおりです。人の子は神の右に座し、天の雲にのってやってくるのを見るでしょう」

 イエスのこの言葉にみんなは絶句した。大祭司は自分の着ていた衣を裂きながら叫んだ。

 「こやつは神を冒瀆しおった! これ以上何の証言も要らんわい! どうだみんな聞いたか?」

 一同は立ち上がり、口々に彼をののしって叫んだ。

 「奴は死刑だ!」

 ずる賢いアンナスはカヤパの耳元でささやいた。カヤパは立ち上がり、厳粛な法律の定めについて説明した。それは国の最大の祭り、過越祭のときに人を殺してはいけないことになっていると言った。カヤパの言うとおり大きな祭りが目の前に迫っていた。

 一人のパリサイ人が野獣のようにイエスに襲い掛かり、イエスを殴りつけ、顔につばきをかけた。こぶしで体を叩きながら叫んだ。

 「おい イエス おまえが預言者なら、おれが何という名かあててみろ!」

 イエスは相手のなすがままにしていた。大多数の者は、毅然としているイエスの気高さに圧倒されてシーンと静まった。イエスの顔から血が床下にしたたっていた。カヤパは不作法な長老の仕草に顔をしかめていた。カヤパは再びイエスを縄にして議場から出した。

 イエスは 『我が父、我が神よ』 と祈っていた。朝方になって、一人の護衛がつぶやいて言った。

 「この方の寝顔は、とても冒瀆者には見えない。汚れのない方だ」



  
46 総督ピラトの対応

 アリタマヤのヨセフという金持ちがいた。彼もユダヤの議員の一人で、ひそかにイエスの弟子となっていた。彼は、緊急会議で再三にわたり、イエスの弁護をした。議会が閉会になってから、彼はその足で総督ピラトのところへかけつけた。ピラトは彼の親しい友人であった。ときはすでに夜が明けていて、ピラトは目覚めていた。

ピラトはユダヤ人の不穏な動きに頭を悩ませていた。そこへヨセフがやってきたので、渡りに舟と部屋に案内した。もしかしたらヨセフから解決の糸口を引き出せるかもしれないと考えた。

 ヨセフはうちとけて何もかも話した。これはパリサイ人と祭司たちの策謀によるものであることを説明した。それはイエスが彼らの偽善にみちた悪業ぶりを直言したからであると言った。

 更にヨセフは、イエスが民衆に語りかけた新天地に関する説教のことを説明した。金も税金も要らない王国、即ち神の
愛によって運営される王国をつくる話のことである。ピラトは笑いながら言った。

 「詩人の夢だね。それは、この世では不可能だよ」
 ピラトは溜め息をつきながら言った。

 「この世で大事なことは、厳正な正義が実際に行われることだ。ローマはそれに重点をおいているのだ。詩人がその役目に手を
つければ、たちどころにその国は崩れてしまうだろうよ。でも、わしはその預言者に少なからず興味をもってるのだ。ローマの裁判は、夢を描く人物を守り保護する義務を持っている。

我々のやり方は、偽善や利己主義によって真実を曲げるようなことはしないからね」

 ピラトの言葉によってヨセフは勇気づけられた。ヨセフは、同胞の権力者が真実を曲げているだけではなく、大ぴらにふみつぶしていることを深く悲しんでいたからである。


 イエスが眠っている間に、パリサイ人と律法学者は協議を重ね、相談がまとまった。

 彼らは総督ピラトにイエスを渡し、十字架にかけさせようという内容であった。そこで大勢の人間がピラトの所におしかけ、カヤパの前で言った嘘の証言を何度も繰り返して訴えた。

 「総督ピラト閣下! このままに放置されますすと、奴は国中を堕落させてしまいます。シーザへの税金も払うなと言ってます。イエスは反乱の張本人なのです。奴は自らメシヤと称し、王であると豪語しているのです」

 総督はイエスに尋ねた。
 「あなたはユダヤの王ですか?」

 「おっしゃるとおりです。でも私の王国は、この世のものではありません。霊界にある王国なのです」
 「霊界に在る王国とは、詩人の夢よりもすばらしいものでしょうね」

 ピラトは、ひどく疲れていたけれども、イエスに好感を持つようになった。イエスの方が、体制の賢者よりもずっと頼もしく感じられた。

 長老たちはじっとピラトの返答を待っていた。ピラトは彼らに言った。
 「この人には何の過ちもないではないか!」

 彼らはますます興奮して絶叫した。
 「奴はみんなを引っ搔きまわしているんです。ガリラヤで引っ掻きまわし、ユダヤ中を攪乱しているいるんです。奴は至るところでシーザの権威をふみつぶしているんですよ!」

 ピラトは顔をしかめながら尋ねた。
 「この人はガリラヤ出身なのか?」

 そうです。ナザレ人です。

 ピラトは思わぬ言葉を耳にしてギクリとした。皇帝シーザのことに触れたからである。それで彼は早速、法的管理の責任者であるガリラ
ヤの王ヘデロのもとに送り込むように命じた。ヘデロはとても喜んだ。

ヘデロは、かねてからイエスに会いたいと思っていたからである。イエスの名は、ガリラヤでも奇跡と名演説家として知れ渡っていた。しかし、どんなことを質問してもイエスは何ひとつ答えようとしなかった。

 大祭司や律法学者たちは、イエスが自らをユダヤの王と称していることで、いきりたっていた。彼らの権威が踏みにじられたという訳である。しかしヘロデ王は、ピラトと同じようにイエスの霊的側面にひかれていた。ヘロデ王は、ピラトよりもイエスのことに関しては多くを知っていた。

イエスがどんなに素晴らしい奇跡を起こしたか、真理についていかに多くのことを語ったかを知っていた。それでヘロデ王は、何とかイエスの命を救おうとして、わざとイエスのことを気狂い扱いにし、十字架刑に処する値打もないと言い張った。そこでヘロデ王は、イエスに紫色の衣を着せ(王の制服)、神の子イエスに深々と会釈をして、偽りの敬意を払うように命じた。

 ヘロデ王は、ひそかにピラトのもとへ使者をつかわし、このナザレ人は祭司たちの妬みをかって、不当な扱いを受けていると伝えた。この二人はすっかり仲良くなり、なんとかイエスを救ってやりたいと願っていた。一方は預言者と称し、他方は夢見る詩人と称しながら。



     

47 ユダの遺書

 イエスが逮捕された直後に、ユダは大祭司の会計係から約束の銀三十枚を受け取った。これで夢が実現するものと狂喜したユダは、早速バラバを解放するために獄吏のところへ走った。獄吏はすでに町へでかけていなかった。町へ行ってみると、とんでもない噂が流れていた。彼らの一人がユダに耳打ちした。

 「もう金なんか要らないよ。祭司たちが直接バラバの解放をピラトに願い出ているそうだ。こないだまでは、バラバは英雄だともてはやしていたんだが、ある筋の話によると、ローマの兵隊がバラバの手足をもぎ取ってダルマにしちまったそうじゃないか! そんな役立たずをピラトがくれたって何にもなりゃしねぇぜ! ひでえもんだよ! 今じゃ、みんなぶるっちゃってね、イエスどころじゃないんだよ。

それにさ、パリサイ人が金をばらまきやがって、イエスの悪口を言わせるんだから、たまったもんじゃねぇよ。

あんなキリストなんかいるもんかって言ってるぜ! イエスがつかまったときなんか、奇跡のきの字も起こらず、天使にまで見放されてしまったんだから、しょうがねえさね」

 ユダは気狂いになってエルサレムじゅうを歩き回り、あらゆる情報を集めた。

 ついにユダはバルークのところへ行った。彼は大祭司の下僕と一緒に待ち受けていた。バルークは悲しげにバラバの不首尾を嘆いてみせた。ユダはもどかしそうに尋ねた。

 「うちの先生はどうなったんですか?」

 「大祭司カヤパが彼を死刑にするためにピラトのところへ送り込んだのだ。平和を
強調していた奴のことは、もういいかげんに忘れたらどうなんだね」

 これを聞いたユダは、頭に血がのぼり、わめきだした。バルークが彼に言った。

 「イエスって奴は、ずいぶん臆病なんだってね。ペテロが剣を抜いて戦おうとしたのに、それを止めさせたそうだ」

 ユダはうなるように言った。

 「だけど、彼は神の子じゃないか! なんだって神の天使すら現れなかったんだ! どうして神の子が見捨てられちまったんだよ?


 「奴は、ただの人の子だったのさ」

 「ただの人だって!」

 ユダは、大声をはりあげながらバルークのもとから飛び出していった。そのときから、ユダはイエスがキリストであることを信じなくなった。

 ユダはわめきちらした。

 「おお! なんてこった! そういえばイエスが言ってたっけ、 〔この者は生れてこなければよかったのに〕 と」

 ユダはその足でアンナスの家へ急いだ。アンナスは数人のパリサイ人と楽しそうに話をしていた。民衆がどうやらイエスの死を望んでいることを耳にしていたからで
ある。ユダは彼らの間に割り込むようにしてアンナスの前に立った。頭を下げず、怒りをこめて銀三十枚をアンナスの足元へたたきつけた。
 
 「私は汚れ無き人を裏切ってしまった。おまえはその代償を返せ!


 アンナスは言った。

 「わしたちには何の関係もないこった!」

 アンナスは下僕に命じて、ユダをその場からほうり出してしまった。ユダは大声で祭司たちを呪い続けた。ユダはバルークのところへ行き、一通の手紙を手渡してから、どこかへ消えていった。その中には次のように書いてあった。

<僕は、師イエスを心から愛していた。他のどの弟子よりも深く愛していた。ペテロやヨハネよりも愛していた。僕の命をイエスに捧げよう。イエスのいないこの町は僕にとって砂漠と同じだ。彼がただの人であっても、僕は愛している>

 彼の
遺書であった。

 その夜、群衆がバラバの救済とイエスの死を求めて叫んでる頃、イスカリオテのユダは、エルサレムから離れ、寂しい所で首を吊り、自殺した。

 バルークが彼の死体を見つけ、銀三十枚で陶工の土地を買い、埋葬した。
 銀三十枚は、まさに彼の血の値となった。
 


    

48 ピラトの妻の夢

 ヘロデ王は再びイエスをピラトに送り返した。ピラトは部下に茨の冠を作らせ、イエスの頭にかぶせた。祭司たちが見ている目の前で、ローマの兵隊はかわるがわる頭を下げ、

 『ユダヤの王イエス』

 と叫びながら手にしている棕梠の葉でイエスの顔を叩いた。

 ピラトは言った。

 「もうこれで充分であろう。わしもヘロデ王も、この人には何の過ちも見いだせない。従って祭りの習慣に従ってイエスを釈放する」

 祭司たちは譲らず、バラバの釈放を強く迫った。法廷の外にむらがっていた群衆も、口々にバラバの釈放を叫び続けていた。ピラトは段の上に立って尋ねた。

 「イエスはいったい何をしたというのか?」

 群衆はただ、

 「十字架にかけろ!」

 とわめくだけであった。彼らは又次のようにも言った。

 「この責任は我々と子孫が負うのだ!  このナザレ人を十字架にかけろ!」

 ピラトが法廷にいる頃、ピラトの妻が使いの者をよこして彼に伝えた。

 「このイエスという方にはかかわらないでください。昨夜はこの方のことでひと晩じゅう夢でうなされましたので」

 ピラトが妻の真意をただすために席を離れようとした時、アンナスと二人のユダヤ人がピラトに言った。

 「我々の法律によれば、彼は死なねばならないのです。彼は自分のことを神の子と言ったからです」

 まわりが余りにも騒々しいので、ピラトは再び法廷に戻りイエスに質問した。

 「あなたはどこから来たのですか?」

 イエスは何も答えなかった。彼の態度にいら立ったピラトはきびしい口調でイエスに言った。

 「生かすも殺すも私の権限にかかっているのですぞ!」

 イエスは言った。

 「天から与えられた指示がなければ、私を左右することはできません。私をあなたの手に渡した者は大きな過ちを犯しているのです」

 ピラトの頭は混乱した。彼は真っ直ぐ妻のところへ行った。

 ピラトの妻は、大変賢い中年夫人で、愛する子供たちに最善の知恵を授けたいと願っていた。アリマタヤのヨセフは彼女のよき友で、彼からイエスについて多くのことを聞いていた。イエスには、まだ一度も会ったことはなくても、イエスのことを信頼し、彼女の信仰のよき糧となっていた。そこで夢の中で示されたことを夫に語った。

 『私は多くの国を訪ね、多くの人々が苦しみ、飢え、拷問にかけられている様子をみておりました。彼らが受けた苦しみを自分のことのように感じ、もう耐えられなくな
りました。彼らが死んだあとに、彼らの子供たちが大きくなり、親と同じような目に遭って死んでいくのです。

私はもう耐えられなくなり、慈悲を与えて下さいと絶叫したのです。すると、一人の若者が現れ、修羅場にいた私のそばに立ったのです。私はその方に聞きました。どうしてこの人たちは、何代も何代も苦しめられるのですかと。すると彼は
次のように答えたのです』

 「彼らは、イエス・キリストの名において苦しめられているのです」

 私は言いました。

 「でも彼は愛の人ではありませんか?」

 「そうです。でも彼らの先祖がイエスを殺した罰を受けているのです」

 「子供には罪はないのではありませんか?」

 「権力者の心が、代々伝わり、人間の心をむしばむのです。彼らは迫害を喜び、弁解を好みます。この心を引き継いだ無数の男女や子孫が苦しむのです。かつては神の子を十字架の上で殺したというかどで」

 「この流れを変えることはできないのでしょうか?」

 「それは絶対にできません。人間の心に悪が巣くっている限りはね」』

 ピラトの妻は彼の手を取って、二人の子供が遊んでいる庭の方へ連れていった。ピラトはこの光景を眺め、なおも妻が語ることに耳を傾けていた。

 「もしもあなたがイエスを糾弾し、十字架にかけるようなことをなさったら、この呪いは、私たちの子供にまでふりかかってくるのよ」

 ピラトは言った。

 「それよりももっと弱ることがあるんだよ。私がこのナザレ人を生かしておくと、シーザのおとがめを受けることになるんだ。彼は自分のことをユダヤ人の王であると言って、ローマ皇帝の上位に立つことをほのめかしているんだ。アンナスも、そんなことをすれば、おまえはシーザの部下じゃない、などとおどすんだよ」

 妻は、夫の前にひれ伏し、どうかこの方を責めないように、と涙ながら訴えた。ピラトは、それには何も答えないでそこを立ち去った。

 再び法廷の席に戻ってから、彼は水と洗面器を用意させた。

 法廷の内も外も 「殺せ! 殺せ!」、「イエスを十字架にかけろ!」 という怒号が飛び交って騒然としていた。総督が立ち上がり、両手をあげると、場内は静かになった。彼は水で手を洗いながら言った。

 「私は、この正しい人、イエスの血に関しては潔白である。私はこの人に何の罪も見いだせない。従って死刑の宣告は下さないことにする」

 ピラトの指示に従い、兵隊たちはイエスに
鞭をあて、葦の棒で叩いた。ピラトは、この程度ではイエスの命は助からないと直感していた。妻が信奉している預言者を何とか助けてやれないものかと全力を尽くしたのであるが、すでに場外では暴動が起こっていることを知り、ピラトはついにイエスをユダヤ人の手に渡すように命令した。

このようにピラトは死刑の宣告を下さなかったことにより、彼の子供たちが呪われずにすんだのである。呪いは結局ユダヤ人の上に及んだのである。妻は悪によって善が滅ぼされようとしていることを嘆いた。


    

49 奇跡は起こらなかった

 イエスが十字架を背負って歩いていると、数人の信奉者と女たちがイエスのそばに近づいていた。イエスが倒れそうになっていることを察知して、シモンという名の男が十字架をかついだ。近づこうとした女たちは、役人の手で押し止められてしまった。イエスの親族であることがばれてしまったからである。

そんなことではびくともしないマリヤ・クローパスであったが、彼女は今にきっと奇跡が起こると信じていた。同行の母マリヤも、弟子のヨハネも、そのうちに天使が助けにやってくるとささやいていた。

そうすれば、イエスは十字架から降りてきて、みんなの前で神の栄光を現わすであろうと信じていた。彼らは、イエスの声が聞こえるくらいのところを歩いていたので、イエスの悲痛な嘆きを聞くことができた。

 「私のために嘆くんじゃない、それよりも、これから大きな災害が降りかかろうとしているエルサレムのために嘆きなさい!」

 イエスが死刑執行人の手によって十字架にかけられると、真っ先に愛する弟子ヨハネを呼び、自分の母の面倒を依頼した。女たちは十字架のそばに近寄ると、そこにはイエスの血と汗がしたたり落ちているのを目撃した。

 陽の光は消えうせ、あたりが暗くなってきても、奇跡は起こらなかった。おしかけてきた祭司や律法学者のあざける声だけが響いていた。彼らはイエスに向かって言った。

 「おまえが神の子なら、今すぐこの十字架から降りてみろ! 他人を救っても自分を救えないとはね!」

 また他の者のがやってきてののしった。

 「あの罪状を見てみろよ! 〔ユダヤの王、イエス〕 なんてむかしやがる」

 彼らは口々にピラトのことをののしった。ピラトは、イエスのような人間を殺そうとしたユダヤ人を軽蔑していたので、わざわざ、このような罪状を十字架の上部にはりつけさせたのである。


 イエスはついに静けさを破るように大声で叫んだ。

 『父よ! 汝らを許して下さい。訳もわからないで、こんなことをしてるのですから

 
 二人の盗賊も同じように十字架にかけられていた。一人の盗賊は、イエスにつけられた 〔神の子〕 という称号をあざけ笑った。他の盗賊はそれをたしなめてから、イエスに向かって懇願した。こんな寂しい夜に死んでいく自分を救って下さいと。イエスは彼に言った。

 『今日あなたは私と一緒にパラダイスに行くでしょう』

 暗闇が一層こくなってきた。夕暮れが近づいていた。十字架のまわりに集まっていた群衆は、異様な暗黒に恐怖を感じ、災害が下りるのではないかと恐れ、我さきにと散って行った。そこにはローマの兵隊だけが居残っていた。イエスを愛する女たちが十字架に近づいた。今こそ奇跡が起こって欲しいと祈り続けた。

兵隊はランプに火を灯しあたりを明るくした。兵隊たちは、イエスの着ている衣を分けるためにくじをひいていた。あたりはシーンと静まり、ときどき十字架上から盗賊の唸り声が、聞こえていた。

 女たちは、なおも天使がきてくれることを祈り続けていたが、何の変化も起こらなかった。イエスは依然として、苦しみ悶えながら十字架に吊るされていた。

 ついに暗闇が去って青白い光があたりをおおい始めた。イエスは突然叫んだ。

 『天の御父よ! どうして私をお見捨てになったのですか?』 

 マリヤ・クローパスは地上に身を伏せ、とめどもなく涙を流しながら泣いていた。彼女にはもう天使が来ないこと、そして死んだラザロが生き返ったような奇跡は起こらないことがわかったのである。

イエスはもう帰らぬ人となり、敵を粉砕するために戻っては来なかった。十字架から少し離れたところにたたずんでいる女たちの耳に、さっきの叫び声が聞こえた。彼らはイエスの魂が安らかに去れるように祈った。

 隊長の命令で、一人の兵隊が葦の棒の先に酢をつけて、イエスの口にふくませた。それを口の中にふくんでからイエスは言った。

 『すべては終わりました。私の霊を御手にゆだねます』

 突然大きな地震が起こった。ローマの兵隊は恐れを感じながら十字架を見上げつぶやいた。

 「本当にこの方は神の子であった!」

 マダダラのマリヤは、他の女に対してもう死者のために祈ることは止めようと言った。イエスは死んでいるのではなく、眠っているからだと言った。彼女たちは、そんなことは信じられないと言って、嘆き悲しんだ。

彼女たちはアリマタヤのヨセフが自分のために用意してあった墓をイエスのために提供し、遺体を引き取ることについて、ピラトの許しを得ていた。墓の入り口に大きな石が封印されてから、女たちは家に帰った。二人の女だけが夜を徹してイエスのために祈っていた。一人はマリヤ・クローパスで、もう一人はマグダラのマリヤであった。

しかしイエスに復活の栄光に輝く日がやってくることを信じていたのは、マグダラのマリヤだけであった。彼女はまえには売春婦であったが、イエスによって救われた女であった。


 一週の初めの日(日曜日)の朝、まだ暗いうちに、マリヤ・クローパスは、イエスの遺骸に油を塗るために、香料と一緒に墓へ向かった。マグダラのマリヤも同行した。その朝は、まさに聖なる夜明けであった。十字架にかけられてから三日目の朝、全人類を清め、祝福する最初の光がさしこんできた。

 二人の女は、パリサイ人たちの手で墓の入り口にしっかりと封印された大きな石が、わきに転がっているのを見て驚いた。昨夜から徹夜で墓の番をしていた護衛は、地上でぐっすり眠っていた。それで二人の女は、難なく墓の中に入ることが出来た。

 薄暗い墓の中に、白衣を着た一人の男がいる気配を感じたのであるが、間もなく消えうせてしまった。そこに天使が現れて彼らに言った。

 『どうして生きている方を死人の中に見いだそうとしているのですか?  ナザレのイエスはよみがえったのです。ここにはおりません。中をよく見てごらんなさい』

 天使は女たちに、この良い知らせを弟子たちに伝えてあげなさいと言った。女たちはイエスに会えると思っただけで、恐怖心が喜びに変わっていった。

 墓から出たとたん、彼らの頭に不安が走った。マリヤはつぶやいた。

 「ひっとすると、死体が盗まれたんじゃないかしら。ぐずぐずしちゃいられないわね」

 しかし、マグダラのマリヤは違っていた。もしかしたら霊園の広い庭でイエスに会えるかもしれないと思った。彼女は一人で庭の中に入り、一人の白髪の老人が木々の間を歩いているのが見えた。彼女は失望のあまり、そこにたたずんで泣いていた。しかし、なおもそこでイエスに会えるという希望を捨てなかった。

ついに報いられる瞬間がやってきた。その白髪の老人こそ、復活したイエスであった。

 『マリヤよ! 私だ。でも今は近寄らないでください。天の御父のもとに昇っていないので』

 彼女は庭の出口でマリヤ・クローパスと合流し、弟子たちのところへ知らせに行った。弟子たちは彼女たちのいうことを信じようとしなかった。ペテロだけが恐怖心を吹き飛ばし、墓へ行き、イエスの体がないことを確認した。ガリラヤからやってきた信奉者たちも墓へ行ってみると、輝くような衣を着た二人の男(天使)が、一人は頭の部分に、他は足の部分に立っていた。もちろん体はどこにも見当たらなかった。

 女たちはイエスがよみがえったことを証言しても、
十一人の弟子たちは信じようとしなかった。殊にマグダラが墓の庭園でイエスと話し合ったことを信じなかった。彼らは、まだ聖霊によって信仰が与えられていなかったからである。


 イエスはクレオパスという弟子と、もう一人の弟子と一緒に、エルサレムを離れ、エマオという田舎に向かって歩いていた。この二人の弟子は、一緒に歩いている老人がイエスであることを知らなかった。

 この老人の語る知恵の豊かなこと、ただただ驚くばかりであった。しばらくすると、一軒の宿屋にさしかかったので、二人の弟子はここで一緒に食事をしたいとさそった。彼らは昨日から何も食べていなかった。彼らが食事の席につき、この老人の穏やかな話を聞いていると、落ち込んでいた二人の心が慰められるのであった。

 ユダヤの習慣に従って、食前の祈りをこの老人にしてもらうことになった。老人がパンを取りあげて、神の祝福を求める祈りをささげ、パンを二つにさいたとき、二人の目が開け、この老人がイエスであることを知った。すべての仕草や祈りの声で、彼らは同時にイエスであることを察知した。その瞬間、彼らの目からイエスの姿は消えていた。

 このようにして、復活したイエスは、さまざまな形で弟子たちの前に姿を現した。クレオパスに姿を現した翌日、イエスはついに十人の弟子がそろって夕食をしてるときに現れた。

イエスは彼らの不信と頑固な心を責めた。それで十人の弟子は、始めてイエスが復活したことを信じ、イエスの心からあやまった。それでイエスは彼らの不信を許してから言った。

 「聖霊を受けなさい!」

 イエスは更に彼らに対して、この 「良き知らせ」 を文字に記し、全世界の人々に伝えるようにと言った。それからイエスは姿を消した。
 
 このときに居なかった弟子トマスだけはイエスが復活したことを頑強に受け入れなかった。

 「あなたがたは単にイエスの幽霊を見ただけで、本当に復活したんじゃありませんよ


 別名デドモといわれていたトマスが、このことを口にしたときに、イエスは弟子のど真ん中に姿を現した。そしてトマスの腕を取り、十字架にくくりつけられた時の釘の跡(手と足)に彼の指を入れさせ、胸を突き刺した槍の跡に手を入れさせた。それから又イエスは、魚を食べ蜜をなめながら言った。

 「幽霊には肉や骨はないが、おまえの見ている私はどうなのか?」

 
 さすがのトマスも返す言葉がなかった。トマスはゆかの上にくずれおち、イエスの足元にひれ伏し、大声で泣きながら許しを求めた。トマスは、ついに自ら掘った墓穴からはい出すことができたのである。もちろん彼は許された。

 イエスは到るところで、多くの人の前に姿を現した。姿を現すたびごとに、イエスの容姿から天使の放つような光を増していった。

 多くの信奉者たちは、もう一度イエスに会いたいと願っていた。そこでペテロは、町から離れた寂しい所に連れていった。約五百人程であった。ヤコブはみんなに静かにして待つように促した。そこへイエスが現れた。彼は両手を挙げて彼らを祝福した。イエスはこの人々から、必ずユダヤ、サマリヤ地方だけでなく、地の果てまで私の証人として出かけて行く人がいると語った。

 更に人間の肉体は、死ねばチリになるが、自分の復活のときと同じように、霊は生きるのであると強調した。

 イエスは十一人の弟子をそばに呼び、大切なことを伝えてから、両手を高く挙げ、最後の祝福を与えた。雲が彼の姿をつつみこみ、視野から消えて行った。

 二人の天使が現れ、イエスが天の御父のところに挙げられたことを伝えた。弟子たちはイエスが約束した平和な心が与えられるのを待っていた。




    
50 復活という現象

 後になって確認されたことであるが、イエスの体は次元の高い物質に変化したため、肉眼には感じられない存在となり、墓より消えて他の場所に現れたのである。

 死刑執行人の兵隊が、槍でイエスの胸を突き刺したときに、『銀の糸』〈シルバーコード〉(肉体と霊体を結んでいる紐)が切れてしまったけれども、神の霊力と天使の助けによって、イエスの肉体は依然として霊の支配下に置かれていたので、死後四十日も腐敗せず、新鮮に保たれていたのである。

 霊的修行に精通した隠者の証言によれば、その時のイエスの体は、顕幽両界(二つの世界)にまたがって生きていたそうである。従って、復活してから四十日のあいだ、イエスは超常的な速さでどこにでも出現することができた。

勿論、弟子たちの前に現れるときには、鈍重な地上の速さに戻さねばならなかった。更に、上層界の速さにきりかえたときには、クレオパスと歩き、パンをさいて祝福の祈りをしたイエスの姿は、人間の視野から消えてしまうのである。


 たった一度だけ、イエスは復活ができないようなことを言ったことがある。それは、十字架にかけられる直前に、ゲッセマネの園で語った言葉である。

 『天の御父よ、どうして私をお見捨てになったのですか?』

 クレオパスにしても、マグダラのマリヤにしても、復活直後のイエスと出会っていながら、最初はまったく識別できなかったのである。それは十字架に吊るされたときの大きな苦しみと、銀の糸の切断という大変な経験が、彼の顔付をすっかり老け込ませてしまったのである。

 このような偉業を成し遂げたイエスであったからこそ、 『生と死の主』 及び 『父の独り子なる神の子』 などと言われるようになったのである。その偉業とは、死も彼を滅ぼすことができなかったということである。


    

  
 訳者のメモ
  『主の祈り』について
 
 主の祈りは、教会で最も大切にしている祈りである。本書の冒頭で、隠者ヨハネ(のちの洗礼者ヨハネ)との出会いによって引き出された祈りは、現在教会で使われてる 『主の祈り』 の前半部だけである。これは大いに検討してみる必要がある。

 最初に特記すべきこととして、この祈りが設定された場面は、新約聖書によれば、弟子たちに模範的な祈り方を教示すると言う形で述べられている。しかも弟子に乞われて、このように祈りなさいと記されている。ところが本書では、高潔な義人ヨハネの面前で、しかもヨハネを祝福するような形で、イエス自らが祈りだしたと記されている。

よくよく考えてみると、祈りとは、摂理に叶ったことを心の底から噴水のような勢いで神にぶつけるとしても、あるいは、頭を空っぽにして、神との融合をはかるにしても、基本的には当人のものであるから、他人から教えられて行われるものではないと思われる。

従って、私はイエスが弟子たちの前で、高飛車に教えたという記事は、とても信じられないのである。本
書に於けるイエスを深く知れば知るほど、この場面設定には矛盾と無理があるように思えてならない。

むしろ、山深い静かな洞窟の中で瞑想してる聖者ヨハネの面前で、小さな落ち着いた声で、ゆっくりと口から唱えられる祈りこそ、イエスにふさわしい祈りであると思う。

 第二に特記すべきこととして、聖書に記されている、主の祈り前半部のみが語られていることである。教会では、この祈りの前半部に於いて、神の栄光を求める三つの祈りを教え、後半部に於いて人間に必要なものを三つ乞い求めるように教えている。本書においては、その後半部がないのである。

後半部の第一は、『日々の糧』 である。第二は 『罪の許し』 である。第三は、『試練を減らすこと』 である。

 イエスの徹底した天の父への信仰から見れば、日々の糧などは、わざわざ祈り求める対象ではない。一羽の雀や野の草一本に至るまで目が行き届いている神に、どうしてこんなことが祈れるであろうか。

更に
人間が犯した罪は、許すとか許さないとかという次元のものではない筈で、神の創造原理の大原則の一つは、『自分が蒔いた種は、自分自身で刈り取る』 ことになっているのだ。

第三の祈りに至っては笑止の沙汰である。試練こそ、その人の徳を高め、霊格を高めるための貴重なチャンスであるというのに、それを避けて通れるように願い求めることをイエスは絶対に教える筈がない。

 教会には大変申し訳ないが、『主の祈り』 の後半部に関する限り、俗物の加筆であると思っている。私はこのことに気が付いてから、祈りのときには後半部を除くことにした。ぜい肉がとれたような、すがすがしい気分で祈りを終えるようになった。神の栄光のみを求めることこそイエスの本願であり、私もそのようにありたいと思っている。




 訳者あとがき

 二年がかりでカミンズ女史のイエス伝を完訳できたことを嬉しく思う。

上巻にあたる 『少年時代』 は、涙ぐみながら翻訳にあたり、今回の
『成年時代』 では、納得のできる解答が与えられたときに誰もが味わう理性的満足を得ながら進めてきた。やさしく言えば、 「なるほど」 の連続であった。もうひとつ、つっこんで言わせてもらうならば、本書のイエスほど自然で、すなおに感じられる人物はいないということである。

正統派が大事にしている新約聖書の中でイエスは、実に不自然で不明な事柄が少なくない。土台、数多くの断片をつぎはぎしてつくられたものであるから無理もないとは思うが、鮮明なイエス像が浮かんでこない。


 まず第一に強調したいことは、今更言うまでもないことであるが、イエスの徹底した信仰と実践である。かれが絶対的に信頼していた神の本質は、「愛」 であるから、当然の帰結として人間性を無視する現象や、それを否定する状況を許すことは出来なかった。

権力を笠に着たパリサイ人や律法学者がとった冷酷な態度や、自分さえよければという利己主義と闘い、あるいはまた、全く無防備なか弱い羊を餌食にしようとする狼とは、命がけで戦うイエスであった。

この勇気はどこから生まれてきたのであろうか? 神が愛であるということを心から信じていたからだ思う。彼は凶悪な泥棒の前や、殺傷の場面において、 「肉体を滅ぼす者を恐れていない」 と語り、 「いつでもこの世を去る準備はできている」 とも語っている。

『神を心から信じている』 という極めて単純なキー・ワードに注目してもらいたい。 「信仰」 と 「愛の実践」 とは全くイコール (同等) なのである。このような信仰の原点を見事に伝えてくれた本書のイエスに改めて惚れなおしているところである。この点を欠いている現代の教会については、今ふれる必要もあるまい。死んでいるものを批判しても始まらないからである。


 第二に考えさせられることは、自分に与えられている使命を、長い時間をかけて追及していく真剣な態度である。

「もし私が預言者ならば・・・・・・」 (十六章参照) というセリフが何度か語られている。心から愛していたアサフ(障害者)がローマ軍によって無残にも殺されてからのイエスは、ややニヒル的になり、なにもかも空しくなり、一旦は隠遁修道会として名高いエッセネ派の生活を始める。

それでも彼はそこでも満足が得られず、隠者として一生を終わることに本来の使命を感ずることができなかった。言い換えれば〝召命感〟が得られなかったのである。

ついに彼は故郷ナザレに帰り、叔母のマリヤ・クローパスとの会話から電撃的な閃きを得るのであった。それからのイエスの態度は一変した。神の愛の実践者として、非人間化を行使する権力者(体制)を徹底的に糾弾した。つまり目まぐるしい奇跡と論戦の連続であった。

 人間には誰にでも使命が与えられている。イエスのような霊覚者でさえ、真剣に追及している姿に心打たれるものがある。

 イエスが使命に関して始終考えていたことは、本書によれば、二者択一であった。一つは、洗礼者ヨハネやエッセネ派の指導者からも強力に勧められた道、すなわり隠遁生活である。瞑想によって常に神と交わり、世俗と縁を断つことである。他の一つは、世俗の中に入り、人々のあいだで神の愛を実践することである。

結局は、人間が本来在るべき道を選択したのである。彼の選択は、私たちに言い尽くせない勇気と目標を与えてくれたのである。


 第
三に、大変うれしく思ったことは、実践の原動力を何によって得られるかが明示されていることである。つまり神との合一のことである。イエスはこれなくして前に進まなかった。

全く独りになって、人けのない所に行き、霊的交わりをした。その状態を何と表現しようが問題ではない。とにかく神と交わるのである。それによって莫大な霊力が
与えられ、死人をも生き返らす力となり、体制を論破するエネルギーとなる。その断片をアサフやヨハネがかいま見ている。

このこと一つを取りあげてみただけでも、今の組織的宗教の欠陥が分かるというものである。イエスは手で作った神殿を嫌った。組織宗教は豪華な建物を持ちたがる。イエスは腐敗しきった組織宗教の仰々しい儀式や意味不明の教義、そして豪華な祭服を糾弾した。

 皮肉にも、今の教会はイエスが嫌ったものを全部揃えてしまったのである。本書のイエスがはっきり示していることは、『信仰は個人のもの』、『宗教は実践』 ということである。信仰と組織は全くなじむものではないと思われる。

信仰が集団となって生きる道は、エッセネ派のような隠遁修道会であろうと考えている。イエスが愛に満ちた奇跡を行っているのを見て、当時の宗教的指導者(パリサイ人、律法学者)は、言うことにことかいて、ベルゼブル(悪霊の頭目)の力をかりてやっているのだと言った。

あれから二千年たった今、再びイエスが現れたなら、今の教会の連中もパリサイ派と同じようなことを言ってイエスを非難するであろう。いみじくもシルバーバーチ霊が、この点を明快に指摘していることをご存じの読者もおられることであろう。(『シルバーバーチの霊訓』 近藤千雄訳、潮文社刊を参照)


 ギブス女史の短い序文を呼んで気がつかれたと思うが、このイエス伝は、〝十字架の使者〟と称する方からの霊界通信である。(注───ギブス女史は、カミンズの霊界通信に影の形に寄り添うごとく尽力した補助者である。いわば、カミンズ著作集の生き証人である。〝クレオパスの書〟の序文によれば、ギブス女史は、音楽、園芸、旅行に親しみ、年代は不明であるが、我が国をも旅行している。

 自分や霊団の名前さえ明かさず、実にすがすがしい。十字架の使者というからには、ひょっとすると、イエス自身が直接かかわっている霊団ではなかろうかと想像している。それ以上のことについては詮索する必要を感じていない。

それよりも本書に描かれているイエスほど身近に感じ、感動したことはなかった。有り体(テイ)に言えば、最も敬愛する 「兄」 としてのイメージである。少なくとも私にとって本当の兄貴ができたような幸せを味わっている。私がこれから歩もうとしている道中において、この兄貴ならば、総ての点で良き模範となり、励みとなるに違いないと確信している。

 そのような〝確かな人物〟に
出会えたという実感は、私だけであろうか。本書を通じてイエスがどのように感じられたか多くの読者から聞いてみたいと願っている。余計なことではあるが、本書を読まれた方は、ぜひ上巻にあたる『イエスの少年時代』 (潮文社) に目をとおしてほしい。

 余談になるが、実は本書の原本がなかなか手に入らず困っていたときがあった。絶版になったうえ、英米の主たる古本屋、図書館などに問い合わせを出しても、返事は絶望的であった。少年時代とは切り離すことの出来ないシリーズなので、何とか入手できないかと八方手を尽くした。

私の困っているのを見るに見かねて、近藤千雄先生が助けて下さり、ついに Psychic Press 社(ロンドン)のオーツセン氏が持っておられることをつきとめて下さり、二百五十ページにわたる原本のフォト・コピーを送ってくださった。

もちろん天にも昇る心地であった。昨年の秋のことである。何もかも丸がかえでお世話くださった近藤先生の温かいご配慮とご指導を心から感謝する次第である。次にお礼を言いたい方は、何といっても、心底から納得のいくイエスに出会わせて下さったカミンズ女史と十字架の使者である。

すでに霊界に在って背後から力不足の私を励まし、全巻を完訳させて下さったものと思っている。

 最後に 『イエスの少年時代』 発刊以来(昭和六十二年四月) 全国から寄せられた手紙を転送して下さった潮文社の労を心から感謝する次第である。

       昭和六十三年七月                                                     於 鎌倉
 



 
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