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  切抜2  〈No 52以降〉 掲載                     

 
                   No52 以降 目次



68 人間は常に霊に指導されている
67  真の霊交 (真実の祈り)
66 死の瞬間を霊視  A・J・デービス
64 魂をむしばむ罪悪 (コナン・ドイルの心霊学)
60娘のいないテーブル〟 「最後のパレード」 ディズニーランドで本当にあった心温まる話 
59  挫折の法則     梅原伸太郎
55  霊界の結婚        世界心霊法典ⅲ 死後の生活から
54  人間の霊的構成 世界心霊法典 ⅲ   (三位一体の関係) 
53  死後の世界の現実味!  世界心霊法典 ⅲ
52  肉食がいけない理由 「ペットが死ぬとき」 シルビア・バーバネル著 

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                      世界心霊宝典ⅰ霊訓 二十四節  ℘247
  68  人間は霊に常に指導されている


 真理普及の仕事において人間が頻りに己の存在価値を求めんとすることに、われらは奇異の念を覚える。一体人間はどうありたいと望むのであろうか。背後から密かに操作することをせずに、直接五感に訴える手段にて精神に働きかけ、思想を形成すれば良いとでも言うのであろうか。奇術師が見事な手さばきで観客を喜ばせる如くに、目に見える不可思議な手段に訴える方がより気高く有効であるとでも言うのであろうか。

われらが厳然たる独立性を持つ存在であることを示すに足るだけのものは既に十分に提供したつもりである。われらの働きを小さく見くびることはいい加減にして、われらが汝の精神に働きかける影響を素直に受け入れてほしい。

われらはその精神の中の素材を利用するからこそ、印象が強くなる。われらの仕事にとって不必要なものも取り除かれるのではないかとの心配は無用である。


───そんな懸念はもっておりませんが、ただ私も自分の個性だけは確信しておきたいという気持ちはあります。また偉大な思想家の中にはもっと広い観点から神の啓示を完全に否定している者が大勢おります。彼らが言うには、人間は自分に理解し得ないものを受け取るわけがないし、自分から考え出した筈もない内容の啓示を外部から受けて、それが精神の中に住み込むことは有り得ないというのですが・・・・・・ 


 そのことに関しては既に述べてある。それが如何に誤った結論であるかは、いずれ時が経てば汝にも判るであろう。汝はわれらの仕事を何やら個性を持たぬ自発性なき機械の如く考えたがるようであるが、それに対してわれらは断固として異議を唱えるものである。

第一、自分の行為をすべて自分の判断のもとに行っていると思うこと自体が誤りである。汝には単独的行為などというものは何一つない。常にわれらによって導かれ影響を受けていると思うがよい。





 

     67  真の霊交 (真実の祈り)   世界心霊宝典ⅰ霊訓 十三節℘137

 緊密なる関係にある者に注がれるこの磁気性の芳香は、神を探し求める魂の切実なる叫びがもたらす恩恵の一つなのである。真の霊交はそれ以外の条件下では実現せぬ。天使の住める〝神秘の間〟に入る者はよほどの霊性を開いたものにかぎられる。

同時に、われらの側より最も近づき易き魂は普段より霊的交わりを重ねている者である。友よ、これには例外はない。それが汝らの世界とのつながりを支配する不変なる法則の一つである。すなわち霊性に目覚めた魂が豊かな霊的恵みを受けるのである。

 願いごとへの真の回答は必ずしも人間がその無知ゆえに勝手に期待するとおりのものとはかぎらぬ。往々にして、その願いごとを叶えてやることが当人に害を及ぼすことにもなりかねないのである。当人は真相を知らぬまま、せっかちに、愚かなる願いごとをする。

当然その祈りは無視される。が、切実に祈れるその心の姿勢が、待機せる背後霊との連絡路を開き、その必要性に鑑みて力と慰めとを授けてくれる。

 人間がもっと祈りの生活をしてくれば、と思う。もっともその祈りとは、為すべき義務を怠り貴重なる試練の生活を病的ともいうべき自己分析、不健全きわまる自己詮索、怠惰なる瞑想、あるいは無理強い的、かつ非現実的哀願のみに費やす礼拝一途の生活ではない。それは真の礼拝とは言えぬ。真の祈りの生活はそれとは全く別のものである。

 真実の祈りは、守護せんとして待機する背後霊への魂の奥底からの叫びの、直情的発露であらねばならぬ。気まぐれな要求に応えて、変え得るべからざる筈の法則を喜んで変えてくれるが如き神への他愛なき幻想が、祈りの観念を大きく傷つけてしまっている。

そのようなことを信じてはならぬ! 祈り───魂の無言の希求を読み取り、それを叶えさせんとして遥か上界との連絡の労を取らんとして待機せる背後霊を通じての直情的叫び───これは形式の問題ではない。一語一語述べる必要もない。ましてや宗教的慣習、紋切り型の用語等によって拘束する必要などさらさらない。

真の祈りとは魂と魂と直接の交わりであり、日頃より交信せる見えざる仲間への魂の叫びであり、磁気的連絡網を通じてその要求が電光石火の速さで送り届けられ、かつその回答が思念の如き速さで送り返される。その一連の営みをいうのである。





 
  66  死の現場を霊視    
                                  A・J・デービス 世界心霊法典 スピリチュアリズムの真髄から 

「患者は60歳くらいの女性で、亡くなられる八か月前に私のところへ診察のために来られた。

 症状としてはただ元気がない。十二指腸が弱っている、そして何を食べてもおいしくない。というくらいで、別に痛いとか苦しいといった自覚症状はなかったのであるが、私は直感的に、この人は遠からずガン性の病気で死ぬと確信した。八か月前のことである。

 最もそのときは八カ月後ということは分からなかった。(霊感によって地上時間と空間を測ることは私にはできないのである)しかし、急速に死期が近づきつつあることを確信した私は、内心ひそかに、その「死」という、恐ろしくはあるが、興味津々たる現象を是非観察しようと決心した。そして、そのための適当な時期を見計らって、主治医として彼女の家に泊まり込ませてもらった。

いよいよ死期が近づいた時、私は幸いにして心身ともに入神しやすい状態にあった。が入神して霊的観察をするには、入神中の私の身体が他人に見つからないようにしなければならない。私はそういう場所を探し始めた。そして適当な場所を見つけると、いよいよ神秘的な死の過程とその直後に訪れる変化の観察と調査に入った。その結果は次のようなものであった。

 もはや肉体器官は統一原理であるスピリットの要求に応じきれなくなってきた。が同時に各器官はスピリットが去り行こうとするのを阻止しようとしているかにみえる。

すなわち筋肉組織は運動(モーション)の原素を保持しようとし、導管系統(血管・リンパ管等)は生命素(ライフ)を保持しようとし、神経系統は感覚(センセーション)を保持しようとし、脳組織は知性(インテリジェンス)を保持しようと懸命になる。

つまり肉体と霊体とが、友人同士のように互いに協力し合って、両者を永遠に引き裂こうとする力に必死の抵抗を試みるのである。

その必死の葛藤が肉体上に例の痛ましい死のあがきとなって現れる。が私はそれが実際には決して苦痛でもなく不幸でもなく、ただ単にスピリットが肉体との共同作業を一つ一つ解消していく反応にすぎないことを知って、喜びと感謝の念の湧き出るのを感じた。

 やがて頭部が急に何やらきめ細かな、柔らかい、ふんわりとした発光性のものに包まれた。

 するとたちまち大脳と小脳の一番奥の内部組織が広がり始めた。大脳も小脳も不断の流電気性の機能を次第に停止しつつある。ところが見ていると全身に行き渡っている生体電気と生体磁気が大脳と小脳にどんどん送り込まれている。言い換えれば脳全体がふだんの十倍も陽性を帯びてきた。これは肉体の崩壊に先立って必ず見られる現象である。

 今や死の過程、つまり霊魂と肉体の分離の現象が完全に始まったわけである。脳は全身の電気と磁気、運動と生気と感覚の原素を、その無数の組織の中へと吸収し始めた。その結果、頭部が輝かんばかりに明るくなってきた。

 その明るさは他の身体部分が暗く、そして冷たくなっていくのに比例しているのを見てとった。

続いて驚くべき現象を見た。頭部を包む柔らかくてきめの細かい発光性の霊気の中に、もう一つの頭がくっきりとその形体を表し始めたのである。念のために言っておくが、こうした超常現象は霊能がなくては見ることはできない。

 肉眼には物質だけが映じ、霊的現象が見えるのは霊眼だけなのである。それが大自然の法則なのである。さて、その新しい頭の格好が一段とはっきりしてきた。形は小さいが、いかにも中身がギッシリ詰まった感じで、しかもまばゆいほど輝いているために、私はその中身まで透視することもできないし、じっと見つめていることすらできなくなった。

この霊的な頭部が肉体の頭部から姿を現して形体を整え始めると同時に、それら全体を包んでいる霊気が大きく変化し始め、いよいよその格好が出来上がって完全になるにつれて霊気は徐々に消えていった。このことから私は次のことを知った。

 すなわち肉体の頭部を包んだ柔らかでキメの細かい霊気というのは肉体から抽出されたエキスであってこれが頭部に集められ、それが宇宙の親和力の作用によって、霊的な頭をこしらえ上げるのだと。表現しようのない驚きと、天上的というでもいうべき畏敬の念をもって、私は眼前に展開するその調和のとれた神聖なる現象をじっと見つめていた。頭部に続いてやがて首、肩、胸、そして全身が、頭部の出現のときとまったく同じ要領で次々と出現し、きれいな形を整えていった。

 こうした現象を見ていると、人間の霊的原理を構成しているところの「未分化の粒子」とでもいうべき無数の粒子は「不滅の友情」にも似たある種の親和力を本質的に整えているように思える。霊的要素が霊的器官を構成し完成していくのは、その霊的要素の内部に潜む親和力の所以である。

と言うのは、肉体にあった欠陥や奇形が、新しくできた霊的器官では完全に消えているのである。言い換えれば、肉体の完全なる発達を阻害していた霊的因縁が取り除かれ、束縛から解放された霊的器官がすべての創造物に共通した性向にしたがってその在るべき本来の姿に立ち返るのだ。

こうした霊的現象が私の霊眼に映っている一方において、患者である老婦人の最期を見守っている人々の肉眼に映っているのは、苦痛と苦悶の表情であった。しかしそれは苦痛でも苦悶でもない。霊的要素が手足や内臓から脳へ、そして霊体へと抜けていくときの”反応”にすぎないのであった。

 霊体を整え終えた霊は自分の亡骸の頭部のあたりに垂直に立った。これで六十有余年の長きに亙って続いた二つの身体の繋がりがいよいよ途切れるかと思われた次の瞬間、私の霊眼に霊体の足先と肉体の頭部とが一本の電機性のコードによって結ばれているのが映った。

 明るく輝き、生気に満ちている。これを見て私は思った。いわゆる「死」とは霊の誕生に他ならないのだと。次元の低い身体と生活様式から、一段と次元の高い身体と、それに似あった才能と幸福の可能性を秘めた世界への誕生なのだ、と。又思った。

母親の身体から赤ん坊が誕生する現象と、肉体から霊体が誕生する現象と全く同じなのだ。へその緒の関係まで同じなのだ、と。今私が見た電気性のコードがへその緒に相当するのである。

 コードはなおも二つの身体をしっかりとつないでいた。そして切れた。その切れる直前、私は思ってもみなかった興味深い現象を見た。コードの一部が肉体へ吸い込まれていったのである。吸い込まれた霊素は分解されて全身へ行き渡った。これは急激な腐敗を防ぐためであった。その意味で死体は、完全に腐敗が始まるまでは埋葬すべきではない。

たとえ見かけ上は(医学上の)死が確認されても、実際にはまだ電気性のコードによって霊体とつながっているからである。事実完全に死んだと思われていた人が数時間、あるいは数日後に生き返って、その間の霊界旅行の話をした例があるのである。

 原理的に言えば、これはいわゆる失神状態、硬直症、夢遊病、あるいは恍惚状態と同一である。が、こうした状態にも程度と段階があって、もしも肉体からの離脱が中途半端な時は、その数分間、あるいは数時間の間の記憶はめったに思い出せない。

ために浅はかな人はこれを単なる意識の途絶と解釈し、その説でもって霊魂の存在を否定する根拠としようとするが、霊界旅行の記憶を持ち帰ることができるのは、肉体から完全に離脱し、霊的へその緒すなわち電気性コード(電線と呼んでもよい)によってつながった状態で自由に動きまわった時であって、その時は明るい楽しい記憶に満ちている。

 かくして、しつこく霊との別れを拒んでいた肉体からついに分離した霊体の方へ眼をやると、さっそく霊界の外気から新しい霊的養分を吸収しようとする様子が見えた。

はじめは何やら難しそうにしていたが、間もなく楽に、そして気持ちよさそうに吸収するようになった。よく見ると霊体も肉体と同じ体形と内臓を具えている。いわば肉体をより健康に、そしてより美しくしたようなものだ。心臓も、胃も、肝臓も、肺も、そのほか、肉体に備わっていたもの全てが揃っている。

 何と素晴らしいことか、決して姿格好が地上時代とすっかり変わってしまったわけではない。

特徴が消えうせたわけでもない。もし地上の友人知人が私と同じように霊眼でもってその姿を見たならば、ちょうど病気で長らく入院していた人がすっかり良くなって退院してきたときの姿を見て驚くように、

”まあ、奥さん、お元気そうですわ。すっかり良くなられましたね。”・・・そう叫ぶに違いない。

その程度の意味において霊界の彼女は変わったのである。彼女は引き続き霊界の新しい要求と高度な感覚に自分を適応させ馴染ませようと努力していた。

最も私は彼女の霊的感覚の反応具合を一つ一つ見たわけではない。ただ私がここで特記したいのは、彼女が自分の死の全過程を終始冷静に対処したこと、そしてまた、自分の死に際しての家族の者たちのとめどない嘆きと悲しみに巻き込まれずにいたことである。

一目見て彼女は家族の者には冷たい亡骸しか見えないことを知った。自分の死を悲しむのは、自分がこうして今生きている霊的事実を知らないからだ、と理解した。人間が身内や知人友人の死に際して嘆き悲しむのは、主として目の前に展開する表面上の死の現象から受ける感覚的な反応に起因しているのである。

少数の例外は別として、霊覚の未発達の人間、すなわち全てを見通せる能力を持たない現段階の人類、目で見、手で触れること以外に存在を確認できない人類、従って『死』というものを肉体の現象によってしか理解できない人類は、体をよじらせるのを見て痛みに苦しんでいるのだと思い、また別の症状を見ては悶えているのだと感じるのが一般的である。つまり人類の大部分は肉体の死がすべての終わりであると思い込んでいる。

が私はそう思い込んでいる人、あるいは死の真相を知りたいと思っておられる方に確信をもって申し上げよう。死に際して本人は何一つ苦痛を感じていない。仮に病でぼろぼろになって死んでも、あるいは雪や土砂に埋もれて圧死を遂げても、本人の霊魂は少しも病に侵されず、また決して行方不明にもならない。

 もしあなたが生命の灯の消えた、何の反応もしなくなった肉体から目を離し、霊眼でもって辺りを見ることができれば、あなたのすぐ目の前に同じその人がすっかり元気で、しかも一段と美しくなった姿で立っているのを見るであろう。だから本来「死」は霊界への第二の誕生として喜ぶものなのだ。然り。もしも霊が鈍重な肉体から抜け出て一段と高い幸せな境涯へ生まれ変わったことを嘆き悲しむのならば、地上の結婚を嘆き悲しんでも少しもおかしくないことになる。

 祭壇を前にして生身のまま墓地へ入る思いをしているとき、あるいは魂が重苦しき雰囲気の中で息苦しい思いを強いられている時、あなたの心は悲しみの衣服をまとうことになろう。が、本当は明るい心で死者の霊界への誕生を祝福してやるべきところなのだ。

 以上、私が霊視した死の現象が完了するのに要した時間はほぼ二時間半であった。

 もっともこれがすべての死、すなわち霊の誕生に要する時間ということではない。私は霊視の状態を変えずに、引き続き霊魂のその後の動きを追った。彼女は周りの霊的要素になれてくると、意志の力でその高い位置(亡骸の頭上)に直立した状態から床へ降りたって、病める肉体と共に数週間過ごしたその寝室のドアから出ていった。夏のことなので、すべてのドアが開け放ってあり、彼女は何の抵抗もなく出ていくことができた。

 寝室を出ると、隣の部屋を通って戸外へ出た。そして、その時初めて私は霊魂が我々人間が呼吸しているこの大気の中を歩くことができるのを見て、喜びと驚きに圧倒される思いであった。それほど霊体は精妙化されているのだ。彼女はまるで我々が地上を歩くように、いともたやすく大気中を歩き、そして小高い丘を登って行った。
 
家を出てから程なくして二人の霊が彼女を迎えた。そしてやさしくお互いを確かめ話を交わした後、三人は揃って地球のエーテル層を斜めに歩き出した。その様子があまりに自然で気さくなので、私にはそれが大気中の出来事であることが実感できなかった。

 あたかもいつも上る山腹でも歩いているみたいなのだ。私は三人の姿をずっと追い続けたが、ついに視界から消えた。次の瞬間私は普段の自分に戻っていた。戻ってみて驚いた。こちらは又なんという違いであろう。美しく若い霊姿とは打って変わって、生命の灯の消えた、冷え切った亡骸が家族の者に囲まれて横たわっている。まさしく蝶が置き去りにした毛虫の抜け殻であった。」                                                    (The Physician)

 続いて紹介するのは、実際に死を体験して霊界入りした者が、その体験を霊媒を通じて報告してきた、いわゆる霊界通信である。霊媒はロングリー夫人で、通信霊はジョン・ピアポンド・ロングリー夫人の指導霊である。

「自ら死を体験し、また何十人もの人間の死の現場に臨んで実地に観察したものとして、さらに又その「死」の問題について数えきれないほど先輩霊の証言を聞いてきた者として、通信者である私は、『肉体から離れていくときの感じはどんなものか』という重大な質問に答える十分な資格があると信じる。いよいよ死期が近づいた人間が断末魔の発作に見舞われるのを目のあたりにして、

さぞ痛かろう、さぞ苦しかろうと思われるかもしれないが、霊そのものはむしろ平静で落ち着き、身体は楽な感じを覚えているものである。もちろん例外はあるが、永年病床にあって他界する場合、あるいは老衰によって他界する場合、そのほか大抵の場合は、その死に至るまでに肉体的な機能を使い果たしているために、大した苦痛を感じることもなく、同時に霊そのものも恐怖心や苦痛をある程度超越するまでに進化を遂げているものである。

 苦悩に打ちひしがれ、精神的暗黒の中で死を迎えた人でも、その死の過程の間だけは苦悩も、そして自分も死につつある事実も意識しないものである。断末魔の苦しみの中で、未知の世界へ落ち行く恐怖におののきながら『助けてくれ…』と叫びつつ息を引き取っていくシーン。あれはドラマとフィクションの世界だけの話である。(中略)

 中には自分が死につつあることを意識する人もいるかもしれない。が、たとえ意識しても、一般的に言ってそのことに無関心であって、恐れたり慌てたりすることはない。と言うのは、死の過程の中ではそうした感情が薄ぼんやりしているからである。

(中略)意識の中枢である霊的本性はむしろ喜びに満ち溢れ、苦痛も恐怖心も超越してしまっている。いずれにしても霊がすっかり肉体から離脱し、おかれた状態や環境を正常に意識するようになる頃には、早くも新しい世界での旅立ちを始めている。

その旅が明るいものであるか暗いものであるかは人によって異なるが、いずれにしても物質界から霊界への単なる移行としての死は、本人の中には既に無い。

 かつては地上の人間の一人であり、今は霊となった私、ジョン・ピアポンド。かつては学生であり、教師であり、ユニテリアン派の牧師であり、そして自他ともに認めたスピリチュアリストであった私が、霊界側から見た人生体験の価値ある証言の一環として、いま「死」について地上の人々にお伝えしているのである。

 八十余年にわたってピアポンドという名のもとに肉体に宿っていた私は、その七十年余りを深い思索に費やした(中略)以前私は、自分が老いた身体から抜け出るときの感じを同じこの霊媒を通して述べたが、その時の感じは喜びと無限の静けさであることをここで付け加えたい。家族の者は私があたかも深い眠りに落ちたような表情で冷たくなっているのを発見した。事実私は睡眠中に他界したのである。

肉体と霊体とを結ぶ磁気性のコードがすでにやせ細っていたために霊体を肉体へ引き戻すことができなかったのである。が、その時私は無感覚だったわけでもなく、その場にいなかったわけでもない。

私はすぐ側にいて美しい死の過程を観察しながら、その感じを味わった。(中略)自分が住み慣れたアパートにいること、お気に入りの安楽椅子に静かに横たわっていること、そしていよいよ死期が到来したということ、こうしたことがみな判った。(中略)

 私の注意は、いまだに私を肉体につないでいるコードに、しばし、引き付けられた。私自身は既に霊体の中にいた。抜けでた肉体にどこか似ている。が、肉体よりも強そうだし、軽くて若々しくて居心地が良い。が細いコードはもはや霊体を肉体へ引き戻す力を失ってしまっていた。私の目には光の紐のように見えた。

私は、これはもはや霊体の一部となるべきエーテル的要素だけになってしまったのだと直感した。そう見ているうちに、そのコードが急に活気を帯びてきたように見えた。

と言うのは、それがキラメキを増し始め、奮い立つように私の方へ向けて脈打ち始めたのである。その勢いでついに肉体から分離し、一つの光の玉のように丸く縮まって、やがて既に私が宿っている霊体の中に吸い込まれてしまった。

これで私の全過程が終了した。私は肉体と言う名の身体から永遠に解放されたのである」    The Spirit Would  by M.E. Longley

ピアポントは同じ書物の中で一女性の死の過程を記述しているが、霊体の離脱と形体がデービスの記述と酷似している。「いま霊体から抜け出るところである。銀色のコードが緩み始めた。物質的エネルギーが衰え始めたのである。そして霊体が新しい生活環境に備えて形成されていく。真珠色をした蒸気のようなものが肉体から出て薄い霧のように肉体を包み、上昇していく。その出方が濃く激しくなってきた。

頭部から出ている、肉体のすぐ上あたりに集まったその霧のようなものは徐々に人間の形体をとり始めた。すっかり形を整え、下に横たわっている夫人とそっくりとなってきた。

今や肉体と霊体とは糸のように細く弱くなったコードでつながっているだけである。肉体は見た目にはすでに呼吸が止まっているかに見える。が、コードがつながっている限りまだ死の作業は終わっていない。やがてコードがぷっつりと切れた。そしてエーテル的要素となって霊体の中に吸収されていく。」  

 ピーブルスの霊界通信の中に出てくる一霊魂は、自分の死の過程がすっかり終了するまでにおよそ一時間半かかったという。また、霊体が肉体(の頭部)から出るときは決して霊体が分解されるのではないという。彼は言う・・・

「他界後私は何十もの死の場面を観察してきたが、霊体は決して分解されて出ていくのではなく、全体が一つとなって頭部に集まり、徐々に出ていくことが分かった。出てしまうと自由になるが、肉体から完全に独立するのは、両者をつないでいる生命の糸が切れた時である。事故などによる急激な死の場合は、かなりの間その糸が切れない」      (”Immortality and Employments Hereafter” by J.M.Peebles)

 ハドソン・タトルはその著「大自然の秘密」の中で、自分が入神状態で観察した死の過程を次の様に述べている。

「霊体が徐々に手足から引っ込んで頭部に集結してきた。そう見ているうちに頭のてっぺんから後光が現れ、それが次第に鮮明に、そして形がくっきりとしてきた。今抜け出たそっくりの形をしている。そしてその位置が少しずつ上昇して、ついに横たわっている肉体のそばに美しい霊姿を直立させた。一本の細いコードが両者の間に繋がっている。それも次第に萎縮していき、二、三分後には霊体の中に吸収されていった。これで霊魂は永延に肉体を去ったのである」("Arcana of Nature"  by Hudson Tuttle)

  以上が霊能者並びに実際に死を体験した霊魂の観察した死の真相である。読んでお分かりの通り、きわめて合理的であり、なるほどと思わせるものがある。どの観察記録も完全に一致しており、我々が見る臨終における様子とも一致している。

スピリチュアリズムの説く「死」はあくまでも自然で、科学的事実とも合致しており、我々はそれが真実であってほしいと願いたい。と言うのはスピリチュアリズムの説く「死」はいたって安らかであり、かつて言われてきた死にまつわる恐怖というものを完全に拭い去ってくれるからである。

しかもスピリチュアリズムによれば死はより幸せな、より高い世界への門出である。従って死の結果の観点からすれば、あるいは、また、死への準備の出来あがっている者にとっては、死は恐ろしいものではないどころか、むしろ望ましいものでさえある。デービスは「死の哲学」の章のところで最後にこう述べている。

「私が読者に訴えたいのは、老化による純粋な自然現象による死は何一つ恐れるものはなく、むしろ素晴らしいことばかりだということである。言ってみれば、死は、地上よりはるかに素敵な景色と調和のとれた社会へ案内してくれる素敵な案内者である。地上から一個の人間が去ったからと言って、ただそれだけで嘆き悲しむのはやめよう。

見た目(肉眼)には冷たく陰気でも、霊眼で見れば、肉体を離れた霊はバラ色の輝きに包まれながら旅立つのである。悟れる者、常に永遠の真理と共に生きる者には、死もなく、悲しみもなく、泣くこともない、のである。

死期を迎えたものが横たわる部屋を静寂が支配するのは致し方あるまい。が、ついに霊魂が去り肉体が屍となったならば、その時こそ静かに喜び、やさしく歌い、心から祝福しよう。何となれば、地上で肉体が滅びるときは、天国に霊魂が誕生するときだからである」  (The Physician)







   65  天使の物質化  世界心霊宝典ⅰ 霊訓  八節  ℘81 

 次に神とその創造物との関係について述べるが、ここにおいてもまたわれらは、長き年月に亙って真理のまわりに付着せる人間的発想による不純物の多くをまず取り除かねばならぬ。神によって特に選ばれし数少なき寵愛者───そのようなものはわれらは知らぬ。選ばれし者の名に真に値するのは、己の存在を律する神の摂理に従いて自らを自らの努力によりて救う者のことである。

 盲目的信仰ないしは軽信仰がいささかでも効力を示した例をわれらは知らぬ。ケチ臭き猜疑心に捉われぬ霊の理解力に基づける信頼心ならば、われらはその効力を大いに認める。それは神の御心に副うものだからであり、したがって天使の援助を引き寄せよう。

が、かの実に破壊的なる教義、すなわち神学的ドグマを信じ同意すれば過ちが跡形もなく消される───わずか一つの信仰、一つの考え、一つの思いつき、一つの教義を盲目的に受け入れることで魂が清められるなどという信仰を、われらは断固として否定し且つ告発するものである。これほど多くの魂を堕落せしめた教えは他に類を見ぬ。

 またわれらは一つの信仰を絶対唯一と決め込み他の全てを否定せんとする態度にも、一顧の価値だに認めぬ。真理を一教派の専有物とする態度にも賛同しかねる。いかなる宗教にも真理の芽が包含されているものであり、同時に誤れる夾雑物も蓄積している。

汝らは気付くまいが、一個の人間を特殊なる信仰へ傾倒させていく地上的環境がわれらには手に取るように判る。それはそれなりに価値があることをわれらは認める。優れたる天使の中にさえ、かつては誤れる教義のもとに地上生活を送る者が数多くいることを知っている。

われらが敬意を払う人間とは、たとえ信じる教義が真理より大きく外れていても、真理の探求において真摯なる人間である。





  64

コナン・ドイルの心霊学 第四章 〝魂をむしばむ罪悪〟から

 霊界通信によれば、死後の向上を妨げる罪悪の中でいちばん厄介なのが、上流階級の生活が生み出す罪悪──因襲に縛られ、意識的向上心に欠け、霊性は鈍り、自己満足と安堵にどっぷりと浸った退廃的生活が生み出すものだという。自己に満足しきって反省の意識をツユほども持たず、魂の救済はどこかの教会か権力にまかせて、自らの努力を嫌う──こうした人間が最も危機的状態にあるというのである。

 教会の存在そのものが悪いというのではない。キリスト教であろうと非キリスト教であろうと、霊性の向上を促進する機能をはたしているかぎりは、その存在価値はあるであろう。が、そこへ通う信徒に、一個の儀式、あるいは一個の教義を信じる者が信じない者よりも少しでも有利であるように思わせたり、魂の向上にとって何よりも大切である〝刻苦〟が免除になるかの如く思わせる方向へ誘った時、その存在は有害なものとなる。

 同じ事がスピリチュアリズムについても言える。実生活での活動を伴わない信仰は何の役にも立たない。尊敬に値する指導者のもとで何の苦もなく人生を生き抜くことは可能かも知れない。しかし、死ぬときは一人なのである。そのリーダーがいっしょについてきてくれるわけではない。そして霊界入りしたその瞬間から、地上生活から割り出される水準の境遇に甘んじなくてはならない。霊界通信はそう説くのである。




 

63 真理への道は孤独です。
 
 孤独とは
(各自の霊的進化のレベルが異なるという、その単純な事実に由来する衝突がたくさんあります。霊的覚醒というのは霊性の進化とともに深まるものです。となると、あなたが高級霊との一体関係を確立しても、あなたと同じ発達段階に到達していない者がそれに参加することができないのは明白なこと)

※では治療能力はどうやって発達させるか。その答えはサークル活動に参加することだけではありません。それもプラスにはなります。心に宿す動機も発達を促します。日常生活の生き方によっても発達します。

可能なかぎりの純粋性と完全性を目標とした心がけによっても発達します。


 自我を発達させる唯一の方法は自我を忘れることです。他人のことを思えば思うほど、それだけ自分が立派になります。よい治療家になる方法を教えてくれる書物はありません。

ひたすら他人のために役立ちたいと願い、こう反省なさることです。〝神は自分に治病能力を与えてくださったが、果たしてそれに相応しい生き方をしているだろうか〟 と。これを原理として生きていれば、治病能力は自然に力を増し質を高めていきます。  (霊訓⑨ P180)





62 近藤千雄氏の両親と、師(間部詮敦氏) 

この道の恩師である間部詮敦(以下先生と言わせていただく)との出会いは私が十八歳の高校生の時で、そのとき先生はすでに六十の坂を超えておられた。

その先生がしみじみと私に語られたのが〝この年になってやっと自分の使命が何であるかが分かってきました〟という言葉であった。私は〝先生ほどの霊格をおもちの方でもそうなのか〟といった意外な気持ちでそれを受け止めていたように思う。

その私が五十の坂を超えて同じ自覚をもつに至った。この心境に至るのに実に三十年の歳月を要したことになる。

 ここで改めて打ち明けておきたいことがある。実はその出会いから間もないころ先生が私の母に、私が将来どういう方面に進む考えであるかを非常に改まった態度でお聞きになられた。(そのとき先生は私の将来についての啓示を得ていたらしい)

 母が「なんでも英語の方に進みたいと言っておりますけど・・・・・・」と答えたところ、ふだん物静な先生が飛び上がらんばかりに喜ばれ、びっくりするような大きな声で、

 「それはいい! ぜひその道に進ませてあげてください」とおっしゃって、私に課せられた使命を暗示することを母に語られた。何とおっしゃたったかは控えさせていただく。ともかくそれが三十余年余りのちに今たしかに実現しつつあるとだけ述べるに留めたい。

 母はそのことをすぐには私に聞かせなかった。教育的配慮の実によく行き届いた母で、その時の段階でそんなことを私の耳に入れるのは毒にこそなれ薬にはならないと判断したのであろう。私が大学を終えて先生の助手として本格的に翻訳の仕事を始めるようになってから「実は・・・・・・」といって打ち明けてくれた。

 母は生来霊感の鋭い人間であると同時に求道心の旺盛な人間でもあった。当市(福山)に先生が月一回(二日ないし三日間)訪れるようになって母が初めてお訪ねしたとき、座敷で先生のお姿を一目見た瞬間〝ああ、自分が求めてきた人はこの方だ〟と感じ、〝やっと川の向こう岸にたどり着いた〟という心境になったと語ったことがある。

 それにひきかえ父は人間的には何もかも母と正反対だった。〝この世的人間〟という言葉がそのまま当てはまるタイプで、当然のことながら心霊的なことは大きらいであった。

それを承知の母はこっそり父の目を盗んで私たち子供五人(私は二男)を毎月先生のところへ連れていき、少しでも近藤家を霊的に浄化したいと一生懸命だった。

やがてそのことが父に知れた時の父の不機嫌な態度と、口をついて出た悪口雑言は並大抵のものではなかったが、それでも母は自分の考えの正しいことを信じて連れて行くことを止めなかった。

 そのころ運よく当市で催された津田山霊媒による物理実験会に、それが如何なる意義があるかも知れないはずの母が兄と私の二人を当時としては安くない料金を払って出席させたのも、今にして思えば私の今日の使命を洞察した母の直感が働いたものと思う。

当時は津田山霊媒も脂の乗り切った時期で、『ジャック・ウェーバーの霊現象』に優るとも劣らぬ現象を見せつけられ、その衝撃は今も消えていない。

 当時のエピソートは数多いが、その中から心霊的にも興味あるものを一つだけ紹介しておきたい。

 当時の母は一方では近藤家のためだと自分に言い聞かせつつも、他方、そのために必要な費用はそのことを一ばん嫌っている主人が稼いでくれているものであり、しかもそれを内しょで使っているということに心の痛みを覚えていた。

そこである夜、さきに寝入って横向きになっていびきをかいている父に向って手を合わせ〝いつも内しょで間部先生のところへ行って済みません。

きっと近藤家のためになると思ってしていることですから、どうかお父さん許して下さいね〟と心の中で言った。すると不思議なことに、熟睡しているはずの父が寝返りをうちながら〝ああ、いいよ〟と言った。それを見て母は〝ああ、今のは守護霊さんだ。

守護霊さんは分かってくださってるんだ〟と思って、それまでの胸のつかえがきれいに消えたという。けだし母の判断は正解であった。私はこの話を母から二度聞かされたが、この話には母の人間性のすべてが凝縮されているように思う。

〝苦〟と〝忍〟の中にあってなお思いやりの心を忘れないというのは、宗教的な〝行〟の中よりもむしろこうした平凡な日常生活での実践の方がはるかに難しいものである。

シルバーバーチが〝何を信じるかよりも日常生活において何を為すか───それが一ばん大切です〟と述べているのはそこを言っているのである。

 母はこうした心霊的なエピソートがいろいろとあるが、今そのすべてを語っている余裕はない。ともかくそれらのすべてが今私がたずさわっている英国の三大霊訓およびこれから発掘されていくであろう人類の霊的遺産の日本への紹介という仕事に繋がっていることを、今になってやっと痛感させられているところである。

 私は最近その母のことを生身の背後霊だったとさえ思うようになった。母にも母なりの人生があったことであろうが、その中での最大の使命は私を間部先生と縁づけ、そして以後ずっと勇気づけ父から庇ってくれたことにあったように思う。

あるとき母が少しはにかみながら私に一通の封書を見せてくれた。間部先生からの達筆の手紙だった。読んでいくうちに次の一文があった───〝あなたのような方を真の意味でのの勝利者というのです・・・・・・〟母にとってこれ以上の慰めとなる言葉はなかったであろう。

 では父はどうかと言えば、最近になって私は、そういう父なかりせば果して今日の私にこれだけの仕事ができたかどうか疑問に思うことがある。

もしも父が俗に言う人格者(これは大幅に修正を必要とする言葉となってきたが)で聞き分けのいい人間だったら、こうまでこの道に私が情熱を燃やすことにはならなかったのではないかと思われるのである。


 母は真の人生の指導者を求め続けてそれを間部先生に見出した。そしてそれを千載一遇の好機とみて、父から何と言われようと、何とかして子供を先生に近づけようとした。

そして私が大学を終えたのち父の期待を裏切って何の定職にもつかずに先生のもとへ走ったことで父が激高し、その責任を母になすりつけても、母は口応えすることなくじっと我慢して耐えてくれた。

こうしたことの一つ一つが節目となって私はこの道にますます深入りしていった。そうした観点から見るとき、その父の存在もまた神の計画の中に組み込まれていたと考えることができる。今ではそう信じている。

 その父がこの〝あとがき〟を書いている日からちょうど一か月前に八三歳で他界した。

母がいかにも母らしくあっさりと十年前に他界したのとは対照的に、父は二年間の辛い療養生活ののちに息を引き取った。二年前、私の『古代霊は語る』が出て間もないころに脳こそくで倒れたのであるが、その時はすでに私のその本をひと通り読み通していて、〝すらすらと読めるからつい最後まで読んじゃった。

もう一度読み直そうと思っているよ〟と語っていた。それから一週間もしないうちに倒れて長男の家で療養を続けていたのであった。

 その父が一週間前にやっと私の夢に姿を見せてくれた。白装束に身を包み、元気だったころとは見違えるほどアクの抜けた顔で立っていたが、私が顔を向けるとうつむき終始無言のままだった。

これから修行の旅にでも出かけるような出で立ちで、ひとこと私に言いたいことがあるような感じがした。それは口にこそ出さなかったが、かつての父に似合わず小さくなっている態度が私に言葉以上のものを物語っていた。

私が他界した時はぜひ母とともに笑顔で迎えてくれることを祈っている。

 父と母と私、それに間部先生の四人によるドラマはすでの終わり、私は曲りなりにも与えられた使命を果たしつつある。その間の数えきれないほどの不愉快な出来ごとも、終わってしまえばすべてが懐かしく、そして何一つムダではなかったことを知らされる。




  61   ベールの彼方の生活(二)P101

 地上的財産と霊的財産(死後どのように変わるか)



     こちらへ来れば地上という学校での成績も宝も知人もその時点で縁が切れ、永遠に過去のものとなることを知るであろう。

その時は悲しみと後悔の念に襲われるであろうが、一方においては言葉に尽くせぬ光と美と愛に包まれ、その全てが自分の思うがままとなり、先に他界した縁故者がようこそとばかりに歓迎し、霊界の観光へ案内をしてくれることであろう。

 では、窓一つない狭き牢獄のような人生観を持って生涯を送った者には死後いかなる運命が待ち受けていると思われるか。そういう者の面倒を私は数多くみてきたが、彼らは地上で形づくられた通りの心を持って行動する。

すなわちその大半が自分の誤りを認めようとしないものである。そういう者ほど地上で形成し地上生活には都合の良かった人生観がそう大きく誤っているはずはないと固く信じ切っている。

この類の者はその委縮した霊的視野に光が射すに至るまでには数多くの苦難を体験しなければならない。

 これに対し、この世的な財産に目もくれず、自重自戒の人生を送った者は、こちらへ来て抱えきれぬほどの霊的財産を授かり、更には歓迎とよろこびの笑顔を持って入れ替わり立ち替わり訪れてくれる縁故者などの霊は、一人一人確かめる暇(イトマ)もないほどであろう。

そしてそこから真の実在の生活が始まり、地上より遥かに祝福多き世界であることを悟るのである。
 


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 60 娘のいないテーブル   「最後のパレード」

                 ディズニーランドで本当にあった心温まる話
 
   株式会社オリエンタルランド 元スーパーバイザー  中村克著

 
 私は娘を病気で失いました。
 当時5歳、もしも幼稚園へ入れていたら年中さんです。ひらがなとカタカナが読めるようになり、いろんなことに興味を持ちはじめたころ、突然病気にかかり、原因がわからず、治す手だてもみつからないまま他界してしまいました。

 娘の死は、私たち夫婦を大変苦しめました。
 とくに妻は精神が不安定になり、私と少しでも意見がかみ合わないといきなり大声で泣き叫んだり、食器を投げつけたりするようになりました。

 私ももちろん娘を失って深く傷ついていました。でも、妻の苦しみを理解していたつもりなので、彼女のヒステリーはいつも黙って見過ごしていました。妻は私が仕事で家を空けている間もずっと娘と一緒でしたし、娘が病気になり入院してからもずっとそばに付き添っていたのです。私は残業を理由に、病院へ行かないこともしょっちゅうでした。

 ずっと妻に対しては悪いなとは思っていました。でもいずれ娘が退院できた時、どこかへ遊びに連れていけば埋め合わせができるだろう、と気楽に考えていました。

 そして仕事先で娘の訃報を聞いた瞬間、私は自分の大きなあやまちに気がつきました。なんというかけがえのない時間を見過ごしてしまったのだろう。もっと長く、1分でも長く、娘と一緒に過ごしていればよかった。たとえ死を避けられなかったとしても、最期を看取るまでずっとそばにいてあげたかった。本当に後悔しました。

 子供に先立たれた夫婦のこころには、先行きの見えない真っ黒な穴が、どこまでも大きく広がっていくと言います。

実際、そのとおりだと思いました。ときどき、うちの子はやかましい、いうことを聞かなくて憎らしい、と感じることがあったとしても、その子が最初から 「いない」 という日常を仮定してみると、その先のことはもうなんにも考えられません。我が子を失うという事態は親にとって、自分たちのこととして全く理解出来ないのです。

 喪失感に耐えきれなかった私たち夫婦は、ただ毎日けんかを繰り返すしかありませんでした。私もいけないと思いつつ、ときどき言い返してしまうことがありました。状況はどんどん悪くなっていきました。そんなふうにして私たちは精神的にも、肉体的にも疲れ果てていきました。

 ある日、妻と近所を歩いていたときのことです。彼女は言いました。
 「ただあの子が元気なだけで幸せだったのに。突然いなくなっちゃうなんてつらすぎるよね。私たち、これから一体なにをすればいいんだろう。今まで何のために一緒に暮らしてきたんだろう。よくわからなくなった」

 妻は目にいっぱい涙をためて、公園で遊ぶ子供たちを眺めていました。後で聞いた話ですが、妻はこの時いつでも娘の後を追えるよう、家に練炭を隠していたそうです。

 「ディズニーランドへ行ってみようか」

 ある日、私はふとそんなことを思いつきました。そして少し迷ったあと、その考えを妻に提案しました。
 「なんで、突然」
 「いちおう約束だったし」

 生きていれば、その日は娘の誕生日だったのです。本来ならばお祝いをしてあげたはずだし、もしそのとき娘が元気で歩き回れるようだったら、大好きなディズニーランドへ遊びに行っていたはずだからです。そう約束していました。娘がベッドの上で息を引き取るまで、ずっとミッキーのぬいぐるみを手離そうとしなかったことも強く印象に残っていました。

 「いやよ。いい年した夫婦だけで行ってどうするの」
 いいじゃないか。私は勇気を振り絞って言いました。
 「我が家の最後のイベントなんだから」

 私たちは夫婦でディズニーランドにいきました。

 そしてすぐに後悔しました。幸せそうな親子連れとすれ違うたびに、胸が締め付けられる思いをしたからです。ミッキーの帽子をかぶって楽しそうにじゃれ合っている親子。カメラを構えているお父さん、子供の手を引くお母さん、大声ではしゃぎまわる子ども。特に同じくらいの年であろう子供を見るたびに、熱いものがこみあげてきました。

 私たちも本当は同じことをしているはずだった。小さな手のあったかさを思い出しました。「お父さん、お母さん」と私たちを呼ぶ声がよみがえりました。もし娘と一緒だったらどのアトラクションに乗っていただろう。どんなお菓子を食べながら、どんな話をしながら歩いていたんだろう。園内のどこに目をやっても、娘の笑顔ばかりが頭に浮かびました。

 「来なければよかったのかな」
 妻も同じことを考えていたのか、厳しい表情で私を見ました。

 「帰りましょうよ。しょうがないのよ。あなたといても悲しくなるだけなのよ」

 私はその言葉を宣告として受けとめました。
 一緒にいるから娘のことを思い出してしまう。それは私も同じ気持ちでした。この救いようのない泥沼から這い上がるためには? お互い、新しい幸せを見つけるためには? 導きださせる結論は一つしかありませんでした。

 子供を亡くした夫婦は、必ず離婚を意識するそうです。お互いに今以上、傷つきたくないと思うからです。またそうすることが亡くした子供に対する、一番の償いだと考える夫婦もいるようです。

 それぞれに思いを巡らせながらも、私は予約してあったレストランに妻を誘いました。これが夫婦にとって最後の食事になるだろうと意識していました。

 娘が生きていたらさぞ喜ぶだろう、ミッキーマウスのショーをすぐ近くで見られるレストランです。心の中は亡くなった娘のことでいっぱいでした。なにを食べてもきっと味なんてわからないでしょう。娘を思い出したくない、でも忘れたいとも決して思いません。

一緒に過ごした楽しい思い出は、夫婦だけで共有している。楽しかった分だけ悲しい記憶が、これから残酷なまでに長くつづいていく。そんな絶望の波が押し寄せるたびに、夫婦の間に重いため息がこぼれました。

 「お待ちしておりました。こちらに席をご用意しております」
 キャストのあとについて行くと、店内全体がよく見わたせる広いテーブルに案内されました。空いている椅子は娘の分です。それは私と妻の間にぽつんとありました。

 あいにくその日は非常に混んでいました。それなのに私たちは余分に席をとっています。どう考えてもほかの家族連れに席を譲るべき状況です。一人のキャストが近づいてきて言いました。

 「お客様。大変申し訳ございませんが、ご夫婦様でしたら、二人掛けのテーブルに移ってはいただけないでしょうか。ご家族連れでお待ちになっているお客様が大勢いらっしゃいますもので・・・・・・」

 まったくいうとおりでした。ディズニーランドに限らず、レストランを利用する人にとって当然のマナーでしょう。しかし私は申し訳ないと思いながら言いました。

 「混んでいるのはわかっているんです。出来ることなら僕も席を譲って差し上げたい。でも実は昨年、娘を病気で亡くしていて、今日はその子の6回目の誕生日なんです。本当はこの真ん中の席は、娘が座る予定だった。約束していたんです。だからわがままを言って申し訳ないんですが、もう少しだけこのテーブルにいさせていただけないでしょうか」

 真剣な表情で耳を傾けていたキャストは、少しうつむいたあと 「お客様、それは大変失礼なことを申し上げてしまいました。どうそそのままゆっくりおくつろぎくださいませ」 と言い残し、テーブルから離れていきました。

 しばらくすると食事が運ばれてきました。注文したフレンチのコースは2人分だったのに、なぜかもう一人分の料理が真ん中の席に置かれます。オレンジジュースも頼んだ覚えがありません。私はあわててキャストを呼び戻しました。

 「娘の分は注文していませんよ」
 キャストは笑顔で答えました。

 「お子様の分は私たちのサービスです。どうぞお気になさらないでください」

 しばらくすると天井の照明が少し落ちて、〝みなさま、食事をお楽しみのところ申し訳ありません〟というアナウンスが流れました。

 何だろうと思い、声がする方を見ると、ろうそくの火がついたケーキを片手に持って、行儀よく立つキャストの姿がありました。
〝本日は特別な日です。ここにいらっしゃるお子様の誕生日なのです。どうかみなさま、よろしければご一緒にバースディソングを歌って下さい〟

 店内のBGMが流れだすと、ケーキを持ったキャストがこちらに歩いてきました。するとおおぜいのお客さんが一斉にこちらを向いて、手拍子をしながらバースディソングを歌ってくれました。

 テーブルに置かれたケーキの、ろうそくの火が消えました。どういうわけか自然に消えたのです。
 〝もう一度盛大な拍手をおねがいします〟

 私と妻が立ち上がっておじぎをすると、おめでとう、おめでとうという声があがり、大きな拍手に包まれました。
 そのままショーがはじまりました。そして私たちは奇跡と出会ったのです。

 真ん中の席に娘がいる。誰もいないはずの席で、娘がミッキーのダンスを見ながら笑っているのです。


 ああ。そうだ。そうだ。きみと一緒に見たかったんだよ。私は涙があふれるのもかまわなかった。ただ、娘が手を叩いて喜ぶ姿を見つめました。前より少し大きくなった気がしました。うん、大きくなった。はなをさする音が聞こえました。妻も唇を震わせながら娘を見つめていました。

 「僕らは間違っていたのかもしれない」
 妻は私の言葉には答えず、ハンカチで目をおさえました。

 「別れても、この子が喜ぶはずないじゃないか。僕らがこんな状態じゃ、安心して天国にもいけないんだ・・・・・・。たしかにこの子がいなくなってすごくつらい。それでもきっと、僕らは今よりももっと前に進まなければいけない」

 「ねえ、お父さん、お母さん」娘は左右にいる私たちを交互に見て、ニコッとほほえみました。
 「今日はありがとうね」

 盛大なショーが終わって、ふたたび店内に明かりがともされます。ゆっくりと静寂がもどってくると、今まさに起こった出来事が、急に夢のように思われました。

 テーブルの上には、手がつけられていない料理とオレンジジュースだけが残されています。しかし妻は誰もいない席を、まだ愛おしそうな目で見守っていました。

 これは夫婦二人だけが体験した出来事です。証拠はなにもありません。ただ私たちには、この奇跡を疑う理由はありませんでした。

 私たちは寄り添い、まだにぎわいの残るディズニーランドを後にしました。
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 59 挫折の法則「世界心霊宝典Ⅴ人間個性を超えて P334」2016・9/6

                            スピリチュアリストとしての展望

分かりました。そろそろ時間もなくなってきましたので、最後に今おっしゃったこと、スピリチュアリズムの本来の目的といいますか、その目標とするところをふまえた上で、今後スピリチュアリズムの運動を展開していく場合、具体的にどのようなことを考えておられるのか、精神世界の展望をまじえながら今日のお話を締めくくって頂きたいと思います。
                                                                                                               
梅原
=ちょっと矛盾したことを言うことになるかもしれませんが、心霊研究の歴史に、 「挫折の法則」といわれているものがあるんです。「霊魂存在」 の証明は、意図的にしようとすると、ここ一番と言う時になって必ず失敗するんですね。


=ほう。それはまたどんなことなんですか。

梅原=非常に名のある研究者の集まった大事な実験会で、いつもは起こっている現象が全く起こらなくなったり、低調になったり、極端な場合には、それまでトリックをやらなかった霊能者が突然トリックめいたことをやってしまうこともあります。

また後になって反対論者につけ入る隙を与えるような実験のやりかたの不備が発見される場合もあります。同じことが 「超能力の証明」 の時にも起きていますね。

福来友吉博士が東京帝大の学長の協力まで仰いで行った念写の実験は、日本のアカデミズムの世界に超常現象の研究が入り込めるか入り込めないかの瀬戸際の出来事でしたが、未だに釈然としない奇怪ないきさつで、逆に福来さんが帝大から追われる原因となってしまった。

これらのことがいつも心霊研究全体を疑わせるものとして宣伝されるんですね。百の現象が一つの失敗例で否定されてしまう。

 西洋の研究者の間で言われる 「挫折の法則」 の一番いい例は、心霊研究史上最大の証拠物件と言われる、木で作った独立した二つのリングの交差の問題です。これはアメリカ心霊研究協会の会長だったウイリアム・バットンという人の提案でやった実験例なんですけど、異なった木の材料で作られた、

何組かのリングについての交差の実験が何回か行われすべて成功したのですが、不思議なことに、科学的証拠物件となるべきこれらのリングは、後日、厳重な保護下にあったにもかかわらず、全部破壊されてしまっていたのです。人為的な原因は全く考えられませんでした。

 物理的心霊現象はスピリチュアリズムの勃興期から戦後のある時期まで、優秀な物理霊媒が輩出してさかんに生起したのですが、これの客観的記録ということになると、いろいろな問題があり、写真なんかでもエクトプラズムが白色光を嫌うので赤橙下でとらなければならないという制約があったのです。

心霊写真は決め手にならないと言うので、そこで暗闇でも自由に連続して写せるテレビのようなものが要求されたのですが技術の方が進んでこの条件を満たせるノクトヴィジョンのようなものが出てくると、

今度はその時期になって、どういうものか物理霊媒の方が世界的に払底してきてしまって、現在では世界中のどこでも物理的心霊現象が起こらなくなってしまったんです。

さらに、いったいどういう実験が行われれば科学的に霊魂の存在が証明できたとなるのかという問題に対しても、次々と妙なセオリーが現れてきました。その代表的なものは現在では超ESP仮説でして、結局どういう実験をしてみてもだめなんだというところまで行っちゃっているわけなんですね。

つまりこの超ESP説はESP能力の限度を外してしまったようなもので、霊魂仮説まではどこまでいってもこれを凌駕することは出来そうもありません。しかも科学的な視点に立つ人から見ると同じように超常的な理論であっても、この超ESP説の方がなぜか科学的に見えるらしいのです。このような認識を改めなければどうにもならないのです。

=科学者は、どうしても霊とか心霊と言う言葉を使いたがりませんからね。

梅原=要するに、これらの事情などをひっくるめてみていろいろ考えてみますと、現在までのところ霊魂存在の問題を科学的な立場で完全に証明するというのは不可能かもしれない。それはなぜかというと、霊界自体にその証明を拒んでいるフシがあるということで、私はそれに意味があると思っているんです。

つまり科学的に完全に証明されるということは、霊魂の存在についてそれを認めないことが不可能になるわけですね。つまりそれを認めることを強制されることになるわけですよ、科学的に。

信じたく無い人も、あるいは魂がまだその段階に来ていない人も科学的にはそれを信じなくてはならない。ところで、霊的な知識というものは、それを獲得する人間の魂の成長の度合いに応じてというのが鉄則なのですね。このことをマスターとか導師とかいう段階の人々はよく知っています。

また誰でもいざ教える立場になれば分かることです。未熟な人間が霊魂及び霊界の存在を教えられるとどういうことが起こるかというと、たとえば、中学生がビルの屋上から飛び降りるようなことが起こります。

霊界があるならそれもいいじゃないかというような理屈がつけられます。それから裁判のようなものはどうなるでしょうか。この世で起こることにすべて霊界が関与しているとなった場合には、裁判官が決定を下すことが出来るでしょうか。交通事故の際、事故の補償をするのは果たして加害者の側であるべきなのか被害者の側であるべきなのかも問題となります。

真の霊的原因など裁判官に判断できるわけはないからです。そうした場合には霊能者を呼んで来ることになるでしょうか。しかしどの霊能者が一番正しいなどと言う基準が示せますか。

この世の論理が根底から覆されて、収拾がつかなくなる可能性があるわけです。しかし科学が霊媒の存在を確証してしまった以上、裁判官もこれを顧慮せざるを得ませんしね。


=つまり、最高裁判所は霊界の側ということになるわけですよね。

梅原=それから、霊能力の悪用の問題も出てきます。これも大変な弊害をよぶでしょう。つまり知識は常に両刃の剣で、霊的な知識についてもそれが言えます。人間のモラルや魂の成長がこれに伴わない限り、悲惨なことになります。

ある意味では中世や古代の暗黒面が復活することになりかねません。しかも科学の保証付で疑うことは許されないんですから、いったいどういうことになるでしょうか。個人の問題もそうですが人類全体の問題としても、霊の問題を解禁した場合の対処法を人間はまだ知らないのですね。

先程の裁判のことをとってみてもそうですが、社会制度その他の面でも十分に対応できる段階まで人間はまだ全体として進化していない。このような段階ではまだ証明は個人的なレベルにとどめた方がいい。霊界ではそう判断していると私は思いますね。


=数年前に比べると確かに「精神世界」の台頭は目覚ましいものがありますが、全体としてみるとまだ圧倒的にマイノリティーですからね、とりわけ日本では。

梅原=しかし、一方で逆の強制も勿論よくないのです。つまり霊魂が絶対にあり得ないという強制ですね。唯物論と科学が結びつくとこの型になります。現代の学校教育は暗黙の中にこのルールに則ってなされていますよ。これは魂に対する逆の強制で、それが如何に個人の魂の成長を抑え、傷つけているか計り知れません。

魂が霊の認識を必要とする段階が来ても、科学や唯物論の軛あるいは伝統的パラダイムがあるためにそれから抜け出せないのでいる人が無数にいます。魂にその時が来ても科学がそれを絶対的権威で抑えつける。

ある国々では政治的にさえそれを強制される。これは魂の自由の問題としても見過ごすわけにはいきません。(後略)

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 58      霊能者の役割について       訳者あとがき   2016・9/5
 
  世界心霊宝典Ⅴ人間個性を超えて G・カミンズ 梅原伸太郎訳 

     

 スピリチュアリズムと霊媒───霊能者と言っても同じであるが───その存在は切っても切り離せない関係にある。そにためスピリチュアリズムはしばしば非難される。科学者からも宗教家からも、良識あるという市民からも、神秘家からさえもである。要するに霊媒などといういかがわしい連中にうつつを抜かしているからだというのである。

  しかし本書を読まれた方々はそのような偏見はお持ちになるまい。純正な霊媒とは人類のためにいかに貴重な知識をもたらしてくれるものかを納得されるのではないかと思う。しかしここに示し得たのは限られた例証だけである。

第三巻でお分かりのように未だスピリチュアリズムの資料と文献は山積みなのである。それらの資料文献がことごとく人間は霊的存在だということを教えているのである。このことは幻想ではあるまい。

 スピリチュアリズムにおける霊媒の働きは二つに大別されると考える。
一つはステイント・モーゼスや本集には収録しなかったがモーリス・バーバネルのように、霊的世界についてや人間存在についての高次の知見をもたらしてくれる種類の霊媒である。

もう一つは、とにかく人間が霊的存在であり、肉体と離れた霊魂の存在は事実だということを人々に実感させてくれる霊媒である。ジャック・ウェーバーなどはそれに当たるであろう。ジュラルディーンカミンズ女史の場合にはその両者の中間にあたるかもしれない。

 スピリチュアリズムにおける霊媒の働きが二大別されるとして、私は大部分の霊媒の役割は後者に限る方が良いと感じている。そして事実一世紀半にわたるスピリチュアリズム運動の目的の大半はそこにあったのである。そうである理由は

第一に、モーゼスやカミンズやモーリス・バーバネルによってもたらされた高次の霊的知識や教訓は (私はそれらを何ものにも替え難く貴重なものと思うが)、一つの新しい啓示のようなものであって、一世紀のあいだに幾つも期待できるものではないこと。

第二に、そうした高次の霊的知識や教訓は諸宗教と競合し、スピリチュアリズム自体が一つの新興宗教とみなされる恐れがあること。

第三に、高度な霊的知識や教訓などの正しさは結局それ自体が証明の対象にならないので真とも言えず偽ともいえず、また高次の霊的知識と言ってもセオソフィなどの教える霊的知識などと競合する。

競合しても一向に構わないとも言えるが、そうした教えがあることをもってスピリチュアリズムの特色とはいかなくなるからである。

 それよりも何よりも私は、一般の霊能者が安易に人類の教師者たらんと目差すことによって生じる弊害をひそかに予感し、憂うるのである。「霊的教師症候群(グル・シンドローム)」とM・H・テスター (有名な英国の霊的治療家) はいう。霊能力者は自己の特殊な能力と任務について、謙虚に自己限定を課した方が良い場合が多いように思う。

私は霊的教師や救済者の出現を決して妨げる者ではない。しかし次のことを心に銘記しておいてもらいたい。霊能力者は人の教師たらんとすれば、人格において教師となれ。救済者たらんとすれば真に己を滅した奉公者たれ

 スピリチュアリズムの特色と使命は、何と言っても死後の個性の存続 (つまりは肉体を離れた霊魂の存在) に強い証拠を与えることだと思われる。心霊研究と境を接しているところからみてもその辺に力点がおかれてることが分かるのである。

如何に高次な霊的知識が述べられようとも、霊魂の存在が納得できなければそれらのすべては砂上の楼閣となる。すべての高度な霊的真理を生かすも殺すもこの点にあるのである。単に霊的真理と言うだけでは到底科学的真理や唯物論に対抗することはできない。

 霊魂の存在については、自分自身の直覚や行や瞑想による体験体察でそれを知りうればそれはそれでさぞ良いことであると思う。しかしそうはいかない人々が殆どである。

科学であろうとする心霊研究、超心理学そしてサイ科学はこの点では当分助けにはならないであろう。

私はスピリチュアリズムの意義と使命を体した霊媒が日本中に何十人かいればよいと思う。そうした人達はその人の許へいけば霊魂の存在について必ず納得のいく証拠を見せてくれる人達である。

そのような人々の集まった場所が各国に一ヶ所あれば、いつか世界は変るであろう。何故なら何人たりともそこへ行けば確証が持てるというのであれば、疑問を持つ人があればそこへ行けばよいからである。

霊魂存在の一点が納得できないために高度な霊的世界の認識に足を踏み入れることが出来ないでいる人が多くいる。そのような人々にとってはそのような場所は福音である。

のみならず、懐疑家であろうと、厳正な科学者であろうと、政府機関の者であろうと、またマスコミ関係者であろうとそこにゆけばすべて納得するというのであれば、やがて霊魂存在については社会の常識化し、唯物論には壊滅的な打撃を与えよう。

 そのためにはスピリチュアリズムの意義と使命を体した、真に奉仕的な、純正な霊媒が出なくては駄目である。そうした霊媒が世に出るためにはまずスピリチュアリズムの崇高な目的と理念が世に広まなければならない。そのためには基本となる文典がなければならない。

編者が困難を押して本集の刊行を推し進めた理由である。随分迂遠で狂的な情操のなせる業と思う人もいるかも知れない。しかしスピリチュアリズムに挺身した先人たちの数代にわたる無垢の情念を思えば何ほどのこともないのである。

現に天は近藤千雄氏が今日の時点では奇跡的ともいった本集の刊行を助けたではないか。スピリチュアリズムの持つ理想が達成されるのは数代の後でも良かろう。しかし私たちに出来るのは現在におけるささやかな一歩である。


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 57 モーリス・バーバネルの死 シルバーバーチの霊訓(一)  2016・5/2
  
 まえがき……

 明日から週末となる寛いだ金曜日の夜のことだった。家の電話がけたたましく鳴った。テスター氏からだった。

 「彼が行っちゃったよ」テスター氏があっさりとそう言った。

 「行った?病院ですか」

 「違う!連れて行かれたんだよ」

 「連れて行かれた?どこへですか?」

 そう聞き返しているうちにテスター氏の言葉の衝撃がやっと伝わってきた。動転したのか気が付いたら私は数週間前から止めていた煙草に火をつけていた。そしてもうタイプライターに向かっていた。パチパチという音と、時折通り過ぎる車の音以外は何も聞こえない、静かな永い永い夜がこうして始まった。

 一九八一年七月十七日のことだった。

 他のスタッフに次々と衝撃のニュースを伝えてから、私はサイキックニューズ社の事務所へ向かった。気が重かった。そして顔は幾分ほてっていた。

 しかし今は瞑想したり思い出に耽っている場合ではなかった。電話をしなければならない。電報を打たねばならない。明日のサイキックニューズ紙を組み換えないといけない。

 そうした用事をひと通り済ませた後、また重い足を引きずりながら家に帰った。もう夜明けも近い。私は孤独感を噛みしめながらモーリス・バーバネルの死亡記事を書いた。本人の承諾も得ずに、また求められもしないのに、若輩の私がその仕事を引き受けて、恐縮の気持ちを禁じえなかった。

 その日が明けて再びサイキックニューズ社へ出向いてから私は、書斎の中からバーバネルが〝最後に出すべき記事〟として用意しておいた原稿(日本語版(十)「シルバーバーチと私」)を取り出して読んだ。

 六十年余りにわたって氏は数え切れないほどの交霊会や心霊的な行事で常に最前列席(リングサイド)に座り続け、〝ミスタースピリチュアリズム〟のニックネームをもらっていた。その彼が今、その存在を自ら必死に擁護し賛美し訴えてきた霊界へと旅立ってしまった。

 その現実を目の前にして私は、ふと、数年前にその原稿を預かった時のことを思い出した。それを一読した時、〝今度これを読む時はもうこのご老体はあの世へ行ってしまっているんだな〟という感激がよぎったものである。それが今まさに現実となってしまった。霊は肉体の束縛から離れ、その肉体は今は静かに横たわっている。

 不思議なことに、数週間前にボス(と我々は情愛をこめて呼んだものである)が私に若かりし頃のことをしみじみと語ってくれた。私には大きな明かりが消えたような想いがした。どうしようもない孤独感と心もとなさが襲ってきた。目の前でドアが閉じられた感じで、これから先、サイキックニューズ社はどうなるのか、誰も知る由もなかった。

 私がはじめてボスと会ったのは私がまだ二十歳の、ジャーナリストとしての駆け出しの時代だった。以来私は彼から多くのことを学んだ。ジャーナリズムのことだけでなく人生そのものについて教えてもらった。

四十歳ほどの差があったので、互いの関係には祖父と孫のようなものがあった。私が見当違いのことを口にすると、度の強いメガネ越しにじっと見つめ、ほんの一言二言注意するだけで、すべてを若気の至りにしてくれていたようである。

 またサイキックニューズ社は五時半が終了時刻で、スタッフは必ずバーバネルの部屋まで来て〝帰っても宜しいでしょうか〟というしきたりになっていたが、私だけはただドアをほんの少し開けて頭を首まで突っ込むだけで、何も言わなくても良かった。ボスの方もちらっと私の方へ目をやってにっこりと笑って頭をコクンとするだけだった。

 バーバネルほど精力的に仕事をした人間を私は知らない。いつも誰よりも早く来て、帰るのはいつも最後だった。そうした中にあっても部下の誕生日をちゃんと覚えていて、上等のたばこをプレゼントする心遣いを忘れない人だった。

 私の人生を運命づけた二十歳の誕生日のことを今も鮮明に思い出すことができる。ボスが昼食をご馳走してくれると言うので一諸に出かけると、珍しくパブ(ビールと軽食のでる社交場)へ行った。

アルコールは滅多に口にせず、こういう場所へは一度も来たことのない人なので驚いたが、さすがに自分はトマトジュースと〝ピクルス抜き〟のサンドイッチを注文した。そして私への誕生日のプレゼントとして、今夜シルバーバーチの交霊会へ招待しよう、と言った。それが私にとって最初のシルバーバーチとの出会いだった。

 シルバーバーチがこの病める、お先真っ暗の、混乱した地上世界にもたらした慰安と高揚の大きさは到底言葉では尽くせるものではない。あらゆる民族、あらゆる時代、あらゆる文化に通用する永遠、不変の真理である。

 しかしそれは同時に霊媒モーリス・バーバネルとその献身的な伴侶だったシルビア・バーバネルの功績でもあった。この二人の〝神の僕〟は真に勇気のある魂だった。今もそうであろう。そしてこれからもずっとそうであろう。二人は任されたブドウ園でコツコツと厳しい仕事に精励して、次の仕事場へ旅立っていった。

 バーバネルにもいろいろと欠点があった。われわれもみな同じである。彼みずからよく言ったものである。

 「ラクダに自分のコブは見えないものだよ」

 が、彼は何ものも恐れず、何ものにも媚びることなく、神の計画の推進のためにシルバーバーチと共に大きな役割を果たした。このコンビは文字通り地球の隅々の無数の人々に声をかけ、人生に疲れ悩める人々に希望を、暗く沈んだ心に一条の光明を、そして混乱と疑念の渦巻くところに平穏と確信をもたらした。

 今二人は霊界にいる、差し当たっての地上での使命を全うしたばかりである。図太い神経と決意と確信を持って説いた霊界の美しさと恵みと叡智をゆっくりと味わっていることであろう。

 引き続いて二人の旅の無事を祈る。そして、ささやかながら、われわれからの愛と敬意と賞賛の気持ちを手向けよう。                                                                                                                                                                                    トニー・オーツセン


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 56 「最近の話題」同性婚について  
     
    世界心霊宝典Ⅴ P104 第六章 二つの性から

 (前略)しかしながら、「性」の問題については、帰幽霊達は経験とともに考えを広げていかざるをえなくなる。というのは、誕生と死の法則によって、ある一生で男性だった魂の大部分は次の一生で女性となることを知るからである。

もし肉体的に際立った男性特質を発達させている場合には、次の一生で性格上から女性の身体に生まれざるを得なくなっていると、これまで積み重ねられた男性性が意識面に持ち越されることがある。こんな時はいわゆる「おとこおんな」と呼ばれる不幸な型の人間となり、女らしくない性質を示す一方で、男と一緒にいることよりも女とすごす方に喜びを感じるようになる。

 他方、前世で余りにも女性的な一生を送った人は、その印象が深く刻み込まれているので、男性との交わりを求めるようになり、バランスのとれた男性としての正常な生活を営むことを拒絶する結果、他からの批判や軽蔑を招くことさえある。

 こうした人々が男性であれ女性であれ、彼らに寛大であれ。私はここで何も不道徳の勧めをするわけではないが、前世での失敗によって極端に女性ぽかった女は女々しい男となり、あまりに男性的であった男は男性的な女になることを覚えておくとよい。

二つのタイプとも彼らの本性の基本的性質を表現しない「性」という制約を押し付けられて大変苦悩する。彼らにとって人生は二つの性の側面のあいだ───女性の肉体を持って自己を表現する男性タイプもしくは男性の肉体で自己を表現する女性タイプ───で永く苛烈な戦いとなるであろう。

絶えざる調整が必要になる。すなわち辛さがこうじて魂を破壊してしまわないように自分をコントロールしたり、監視したりする自己陶冶の道程が。

上記のことは、これまで述べてきたように、今生の性格は反対の性に属していた前生で形成されたということであるから、絶対不変の法則であると言う訳ではない。普通、次の生にまで持ち越すような同じ性の牽引を感ずるのは、男性にしても女性にしても極端な場合である。

そうなった時には、われわれは自分の直面する問題が、今生において突然新しく創造されたものではなく、われわれ自身過去世の来歴をもつことが分かれば完全に納得できるのだと気づかなくてはならない。この過去は一時的に隠されてはいるが、もし科学的な実験が行われるなら、霊魂を支配する法則の恐ろしい侵犯が為されたのではなく、進歩が成されるための不可避な道筋であったことが明らかにされることであろう。(後略)

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 55 霊界における結婚   2016・1/3

           世界心霊宝典ⅲ 第四章 死後の生活 P335                 

 結論から言えば霊界にも結婚というしきたりはある。ただ地上と違うのは、決して再婚ということが無いこと、そして(結婚の)相手は霊的親和体(アフィニテイ)───いわば自分自身の霊的半分という点である。

 これを理論的に説明すると、人間がこの世に生を享ける前は両性を具え、一つの玉の状態で存在していた。つまり男性的性質と女性的性質とが渾然一体となっていた。それが地上に生まれる時期、生物学的に言えば人間の胎児の中に入る時期が訪れると、その両性の玉が陰と陽と二つに分かれ、それぞれに独立した存在となる。そしてそれが胎児の中枢に宿り人間的個性を形成していくことになる、というのである。

 では何の目的で地上に来るかといえば、スピリチュアリズムの説によれば、潜在的に無限の可能性を持つ霊魂が肉体という有限の身体に宿ることによって善と悪、喜びと悲しみを体験し、そうすることによって自己の潜在的霊性に目覚め、その素晴らしさを認識するためである。

そのためには一体であるよりも陰陽二元に分かれた方がより有効である。が元来が一体の関係にある両者であるから、地上生活においても互いに一体になりたいという欲求が働く。地上の結婚も根源的にはその欲求の結果であると言える。

 ただ地上では肉体がその根源的な感覚を鈍らせ、動物界から受け継いだ性的欲求が直接の誘因となる。ために真の相手と結婚できないことの方が多いということになる。それが霊界へ来ると鋭い感覚によって改めて自分の真の相手を求める欲求を自覚し、今度こそ正しい相手と一体になるのである。(この一体化は二つの霊が個物的存在を失って一つになるという意味ではない。

各々はあくまでも別個の個性と性格を留めている。またその一体化は必ずしも霊界へ来てすぐに行われるとは限らない。二元が一元となる準備が整うまでには長い年月、時には何千何万年かかることもある。という。編者)

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 54 人間の霊的構成   20161/1 

  世界心霊宝典ⅲ 二部 歴史的考察 第一章
                                                         
   
 スピリチュアリズムによれば、人間は三つの要素、すなわちスピリットと精神と肉体とによって構成されている。スピリット(霊)とは宇宙最高の、あるいは最奥の「心」の一分子、いわゆる「自我」のことであり、これが第一原理である。

 精神(エーテル体)は第二原理もしくは中間的原理である。そして肉体が最も次元の低い、あるいは最も外部の原理で、前の二つの原理のいわば衣服であり道具である。三者は渾然一体となって一つの有機体を構成し、霊に発したものは精神すなわちエーテル体に流れ込んで相関作用を起こし、エーテル体からさらに肉体に流れ込んで相関作用を起こす。

 このように人間は外部から見れば単一の存在であるが内部から見れば霊とエーテル体と肉体の三つの要素から成る複合体である。
 改めて言うまでもなく、人体は種々の物資から出来上がっている。物質そのものについて、われわれは次のように教わっている。すなわち物質自体には感覚はなく動きもなく、見かけ上は生命もない。それが人体をはじめとして宇宙全体にいろんな状態、いろんな結合体として存在している、と。

 (中略)

 まず最初に肉体があり、これに物理的エーテルすなわち生体磁気と生体電気が浸透している。その物理的エーテルの内部に心霊的エーテルが存在し、それがいわゆる霊体を構成している。そしてその中に、これらのエーテル体を総括するものとして、自我の本体である〝霊〟が宿っている。これらの要素の調和のとれた相互関係が人間という単一体を構成しているわけである。

 この浸透の原理、つまりあるものが他のものに浸透し、あるいはその内部に潜在するという現象は実に自然界の神秘の一つで、人間という神の一分霊が肉体をはじめとして幾つのも波動を持つ物体を一つにまとめながらその中に存在して生きていけるのも、この浸透の原理のおかげに他ならない。
P246
 同時にまた、物的宇宙がその内奥に幾層もの波動の異なる別の世界を有するのもこの原理に基づいている。いわゆる四次元の存在もこの原理で説明がつく。もともと形態のない最高次元の存在である〝心〟が精度の高いエーテルから徐々に粗いエーテルへと浸透し、最後にこの三次元の物質の世界と接触しているのが今の我々の存在である。

この世界には角度があり、長さがあり、広さがあり、そして厚みがある、が四次元の存在はこうした物質の制限を受けることがない。レントゲン写真に使用されるX線のような高度な波長が物質を貫通し、全く別の新しい視野を構成するのも、このエーテルの浸透の原理による。


  次元の異なるもの同士が互いに融合しあって存在している状態は次のような譬えで、およその理解がいくであろう。仮に、ここに砂があるとしよう。これをコップの中に入れる。人間でいえばこれが肉体だけの存在に相当する。次にこれに水を注ぐと砂に浸み込んでいく。固体と液体が融合したわけで、これが第二の状態である。この状態の中に今度は水素や酸素などのガス体を注入することが可能である。これで三種の物体が一つの器の中で融合したことになる。

 さて今度は、その中に電気を流すこともできる。さらに理論的にはこれに人体と同じ生体磁気や生体電気を注入することも可能である。むろん人間にはこの融合体を一つの有機体に仕上げることはできないが、大自然にはそれができるのである。

 自然界のあらゆる有機体は上に説明したような要領で、幾種類かの次元の異なる物体が融合調和して出来上がっているのである。

 このように説明してくれば、自我の中心である〝霊〟と、その器官であるところの次元の低い物体とのつながり、影響の及ぼし方が、明確になったと思う。要するに宇宙最高のエネルギーであるところの霊が霊体に浸透し、その霊体が肉体の衣服に相当するエーテル体に浸透し、そしてそれが肉体に浸透する。かくして宇宙の最高次元の存在である心が物質と結びつくわけである。A・J デービスは次のように述べている。

 「腕を上げるという動作一つを考えても、実は次のような幾つもの目に見えない連続操作が働いているのである。まず腕を上げようという意識が霊体の生体磁気に働きかける。続いて生体電気に繋がる。これが肉体の神経に伝わり、神経から筋肉に伝わり、その筋肉が腕を持ち上げる」

   
 こうした運動機能はまた感情の抑制についても示唆を与えてくれる。すなわち統一原理であるところの心は当然のことながら、感覚・感情・情緒の媒体であるところエーテル体にも浸透している。したがってその心に発した波動は、当然、エーテル体に流れ、感情をコントロールすることになる。
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  53  死後の世界は現実的!   

    世界心霊宝典 ⅲ 二部 第三章 死後の世界 P298 

  

 オーエン師の『ベールの彼方の生活』の中で最高指導霊のザブテディルはこう述べている。

  「霊界へ来た者がまず困惑し不審に思うことの一つは、そこに見る世界が全て現実的であることである。この点は既に述べたことであるが、人間にとっては霊界の様子が地上時代に期待していたものとは余りにも異なり、不思議でならないようであるから、ここで今少しこの問題を取り上げてみようと思う。

と言うのも、死後の存在が夢幻のようなものではなく、地上より一層現実味を増した世界であり、地上生活はいわば死後の世界への準備であり出発点に過ぎないと認識することは、これは実に重大なことなのである。どうして人間はカシの大木を若木より立派だと思いたがるのか。

なぜ湧水を川より現実的で勢いがあると見たいのか。若木や湧き水は現在の地上生活であり、カシの大木や川が死後の生活なのである」
℘299
   本物だと思い込んでいる身体も山も川も、そのほか全ての物質は霊界のそれに比べれば持続性も現実味も劣る。なぜかと言えば、エネルギーの本源はこちらにあるからである。発電機の電力と、その電気を受けて光るランプの電力と、一体どちらが強力と思われるか。その差が地上と霊界の現実性の差なのである。

 故に、もしわれわれの存在をパイプの煙の如く考え、死後の世界に漂う雲の如く思われる御仁がおれば、一体そう考えるまともな根拠を持ち合わせているかどうか、その御仁にとくと反省してもらいたいものである」                                             ("The Life Beyond the Veil" by the Rev. Owen)

    以上はスピリチュアリズムの豊富な文献の中の一部にすぎないが、これだけでも霊界の環境が客観的であり実感のある世界であること、つまり決して主観が具象化されただけの世界ではないことを語るに十分である。スピリットは地上の環境が客観的であり現実的であるのと同じ意味において霊界の環境も客観的であり現実的であることを、粉(マガ)う方ない言葉で断言するのである。

 彼らは、自分たちのいうことは文字通りに受け取ってほしいという。したがって、われわれ人間のとるべき態度としては、彼らのいうことを額面通りに受け取るか、さもなくば、全面的に否定してしまうかのいずれかでなければならない。人間的先入観で勝手に取捨選択し、納得のいく部分は受け入れて、気に食わない部分は否定するという態度は許されない。

つまり、死後の世界はそこに生活するスピリットにとっては立派に客観的現実の世界であると認めるか、そうでなければ死後の世界の存在を全面的に否定するか、いずれかの一方でなければならない。
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 52  肉食がいけない理由   「ペットが死ぬとき」 シルビア・バーバネル著 

   16章 霊的知識が要求する新しい道徳観             
 

 前章で紹介したオズボーン・レナード女史は、霊能者の大半がそうであるように、ある特殊な土地から発せられるバイブレーションに反応する事があるそうです。

 サイキック・ニューズ紙に載った女史の体験談によると、ロンドン北部の一角に、いつも陰気で憂うつな気分に襲われる場所がありました。女史は読書好きで、よく図書館に通うのですが、その時必ずその地点を通過すると言うのです。その時の気分は強烈で、その気分から解放されるのにかなりの時間がかかったそうです。

 そのうち女史は、その原因を真剣に考えるようになりました。その気分に襲われるのは決って高いレンガ塀のところに差し掛かった時です。とても高い塀で、その門はいつも閉められていて、中が見えません。工場か倉庫だろうと女史は思っていたそうです。

 そんなある日、いつもと違う道を通って図書館へ行った時、異様な気分に襲われる場所があり、見ると門の扉が開いています。中をのぞいてみると、その広い敷地を沢山の子牛が何処かへ連れて行かれる光景が目に入りました。

 そこへたまたま通りかかった人に「ここは何をするところですか」と尋ねると、大規模な屠場だと言う事でした。レナード女史もこれで納得がいきました。不快なバイブレーションはそこから放たれているのでした。

 ではそうした施設で大量に殺されていく動物たちは、死後、どう言う運命を辿るのでしょうか。これから紹介するのは、レナード女史が幽体離脱の状態で霊界を訪れて、そうした動物の群れを観察した時の様子を綴ったものです。

 幽体離脱と言うのは、人体とよく似た形をした ”幽体” と呼ばれる霊的な身体に宿って肉体から離れ、地上界ないし霊界を探訪する現象のことで、その間、肉体と幽体とは ”玉の緒” と呼ばれているもので繋がれています。それが切れた時が ”死” で要するに肉体からの離脱が一時的か永久かの違いに過ぎません。
 では、レナード女史の体験を My Life in two Worlds (二つの世界にまたがる生活) から引用してみましょう。

「ある夜、肉体から出た私は、いつものように上昇していかないで、無理やり水平飛行をさせられているような、重苦しい感じがした。気が付くと、暗くて狭い通りに立っていた───と言うよりは、立っている姿勢を保っているだけで、地面に足をつけていなかった。足元が汚泥で気持ちが悪かったからである。

 辺りを見回すと、家畜小屋のような汚い建物が密集していて、建物と建物との間は人間がやっと通れるほどしか空いていない。が、所々、広く空いているところがあり、そこから囲いの広い敷地へと通じている。

 そこから中を覗いてみると、そこには動物の群れがいる───子牛、豚、羊など───が、みんな死んでいる。いや生きている───地面に横たわったまま身体を動かしているのだ。私にはピンときた。いましがた屠畜されたばかりなのだ。

 私は、ありたけの精神力をふりしぼって、その光景を見つめた。よほどの精神力がないと、とても見られたものではなかった。それほど惨たらしい雰囲気に包まれていたのである。私はこれまで平均的人間が死後直ちに赴く世界を度々訪れて来たが、この場所はそれとは全く異なり、一種異様な恐ろしさが漂っていた。が、それが一時的なものである事は私にも分っていた。が、ともかく私にはこれ以上その状態を叙述する気になれない。

 そのうち誰かが私に語りかけているのを察知した。姿は見えず、遠いところにいるような感じがした。後でその声の主は私の背後霊団の一人である事が分かったが、その霊が教えてくれたところによると、その動物たちが置かれている場所は地球と幽界との中間に位置しているとのことだった。

 あの惨たらしい雰囲気は、人間の食料として毎日おびただしい数の動物が物的身体を奪われていく、その悼むべき行為から生まれるもので、物質界に極めて近接した界層にあり、本格的な幽界に入らない中間地帯であるという。

 その恐怖と苦痛、それに誰をと言う事もない憾みの念が辺りに渦巻いていて、それが建物や壁よりもなお強い存在感を持って迫って来る。先ほどの背後霊は、その念、その感情の波動を何とかしなければならないのだと言っていた。

 それは、動物たちがどれほどの苦痛を味わっているかの指標であるばかりでなく、それが地上界の霊的ならびに精神的大気を汚し、人間生活を毒し、進歩を阻害しているからだという」

 レナード女史は、この体験をしてからは、動物の肉を食べるのは止めたそうです。それまでの女史は、肉を食べながらそれが、かつては人間と同じ大気で呼吸しながら大地を闊歩していたのだとと言うこと、そして、殺される時は人間と同じ苦痛と恐怖を抱いたのだということに思いが至らなかったと述べています。


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