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霊界での瞑想!   2017/11/23 (木) 04:35  
 死後の魂は霊界でも心境向上のため、瞑想も大切な一つのようです。死後の魂を呼び出すことは、魂にとって心境向上の邪魔となることもあるようです。これは、2015年講演会の中から抜粋した治療例です。

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 ヒーラー養成講座で学んでいる方が、なかなか進歩しません。一つの問題が解決できないのです。彼女の身体の周りには靄が掛っていました。私は毎晩治癒エネルギーを流していましたが、靄に邪魔されて届きません。そのとき(霊界の)健太君が〝ふっ〟と一吹き靄を吹き飛ばしてくれました。

 実は、この方(養成講座で学んでいる女性)は息子(24歳)だったと思いますが、夭折から5年以上経過しても一人になると、一人息子への思い出で溢れ、虚しさと悲しみでどん底に落ちるのです。嘆いてしまうのです。余りの悲哀さを知った私は、お母さんの気持ちを霊界でどのように健君は受け止めているのか? 霊界へお願いしました。

 (健君と言います)霊視したところ、目の前にうっすらと迷惑そうに道が開け〝僕は地上には未練がありません。魂の進化向上の為の瞑想三昧です。お母さんの醜い独占欲の悲しみは、僕には迷惑です。今後一切〝念〟は送らないでください〟必ず母に言って下さいね。と念をおされました。

 私はその旨をお母さんに告げましたら、醜い独占欲の悲しみの念は送りません。今度は、明るい念を送ります。と返ってきました。醜い心のままでは明るい念を送れるはずはありません。実は霊界では瞑想が魂の進化の為にとても大切な手段の一つなのです。この健君も霊界では進化向上への道を邁進しているようです。

霊界へ帰った霊たちは地上での出来事を一刻も早く忘れたいのです。それほど地上というところは暗く陰湿で息も詰まるようなところのようです。地上で生活している私たちも、物欲・色欲・金銭欲・名誉欲など地上的価値観に囚われることは、いかに馬鹿げたことであるかを肝に銘じて生きたいものです。

        Re:霊界での瞑想!  まる2017/11/23 (木) 06:06  
提案。
いつもありがとうございます。

読書会の始まりの時と閉会時に『シルバーバーチの祈り(開会と閉会)』をするのはいかがでしょうか?

そして瞑想(慣れるまで短時間)もしてみてはいかがでしょうか?

        祈りは魂の奥底から湧き出る叫び   2017/11/23 (木) 14:25  
 祈りについてのご提案ですが、私が今まで魂の奥底から発した叫びは何度かありましたが、本物の祈りと言えるものはたった一度でした。あとは自己愛に発したものばかりです。シルバーバーチのように毎回交霊会開催時、閉会時に捧げる祈りは私のような凡人には不可能です。言葉の羅列でしかないからです。

ある読書会で開始と閉会に祈りを捧げているところもあるようですが、魂の奥底から湧き出る心境でないと、言葉そのものが邪心に支配されてしまいます。それではやらない方がいいと思います。

 その私のたった一度の祈りとは、
 仕事仲間がカゼ菌が脳に入り、医師から最後通告を受けました。彼は仲間が主催するボランティア活動に誘ったところ(私が誘った)快く応じてくれました。その後分かったことですが彼は率先して善行なるものは初めてのようです。当時、倫理運動(社団法人倫理研究所)で積極的に活動していた私は、祈りは天に通じる、ということも学んでおりました。

善行の見返りはこのような時に必ず報われるはずだ。妙に確信があった私は、当時は神の存在もはっきり知りませんでした。その知らない神に三日三晩祈ったのです。

 「神よ、どうか仲間の命をお助け下さい」・・・
 すると、やがて〝ダメ〟です。とお答えがありました。私はどうしてダメなのか??と問いました。

 彼は〝箸にも棒にもかからないような生き方をしている〟(善でも悪でも)人の役に立っているが、彼の存在は居てもいなくとも価値はない。というようなことだったようです。私は食い下がりました。たった一度私の誘いに善行しました。この善行は無駄だったのですか??。そんなことはあり得ないはずだ。今までの学びの中から必ず報われると学んだ・・・・・・。

 と、それはそれは真剣でした。二度、ダメ、の声でした。

 私はもう夢中になりました。もし彼のこの善行がムダに終わるなら私は神を信じない。善行は絶対無駄に終わってはいけないはずだ。と訴え続けました。

 やがて彼は気がつき徐々に回復し、右半身に多少の麻痺は残りましたが普段の生活が出来るようになりました。

 二度目は、足立読書会会場主(当時、足立会場は読書会かつしかの足立会場だった)の女性の方の末期がん患者でした。癌は完治したのに肺に水がたまり苦しんでおりました。私は、彼女が亡くなれば足立会場は閉鎖になる。神との約束を果たせなくなる。

「神よ、あなたなら、出来るでしょう。彼女の病を私に半分ください」と祈りました。すると彼女の幽体と私の幽体が合体するんです。合体によって濃密になった彼女の幽体から肺の水が押し出されました。ほんの少し残っていましたが、やがて苦しみから解かれました。この祈りは「私に半分ください」ですから・・・・・・魂の奥底からの祈りだったのかよく分かりませんが、

 読書会でも養成講座でも言葉の羅列だけの祈りは私にはできません。というお応えをしておきます。また、瞑想は各自静かな場所で神と向き合う時間を一日五分でも十分でももってください。

        Re:霊界での瞑想!  まる2017/11/23 (木) 19:14  
お世話になっております。

虎さんの貴重な体験から読書会で祈りを取り入れても『言葉の羅列でしかない祈りになってしまう』危惧とてもよくわかります。

「神よ、あなたなら、出来るでしょう。彼女の病を私に半分ください」と魂の奥底から祈った虎さんの人柄を知る事が出来たので、今回の提案は決して無駄では無く私の収穫です。

私の持っている高橋信次氏の『心行・祈願文』に「祈りとは神仏の心と己の心の対話である。同時に感謝の心が祈りである。

神理にかなう祈り心で実践に移るとき神仏の光はわが心身に燦然と輝き安らぎと調和を与えずにはおかない」

前文「私たちは神との約束により、天上界より両親を縁として、この地上界に生まれてきました。慈悲と愛の心を持って、調和を目的とし、人びとと互いに手を取り合って生きて行くことを誓い合いました。

しかるに地上界に生まれ出た私たちは、天上界での神との約束を忘れ、周囲の環境、教育、思想、習慣そして五官に翻弄され慈悲と愛の心を見失い今日まで過ごしてまいりました。

いまこうして正法にふれ過ち多き過去をふりかえると自己保存、足ることを知らぬ欲望の愚かさに胸がつまる思いです。

神との約束を思い出し自分を正す反省を毎日行い、心行を心の糧として己の使命を果たして行きます。

願わくば私たちの心に神の光をお与えください。

仏国土、ユートピアの実現にお力をおかしください。」とあります。

私は毎日これを唱え反省し、精進していきます。

私の提案に対する長文でのお答えありがとうございました。
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