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読 書 会 案 内 ・ 講 演 会

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   
   
    読 書 会 会 場 案 内 かつしか青砥(詳細案内)
 
           
   2011年 10月ホームページ公開  
 
   2012年  1月 読書会開始                  

                  2018年   読 書 会 日 程 表             

 PM1:30 ~16:00           8/12    9/9     10/14    11/4      12/2
                                       
   
  場所 : 東京都葛飾区立石6-33-1 
                     最寄り駅 : 京成線 青砥駅 
                                              徒歩 : 5分   初参加の方はご一報ください
               かつしか青砥会場    シンフォニーヒルズ   別館 2F チェリー          


                                         
  
 
 
         
       
          
     

   読書会はタブレットでお読みになる方のため、底本のページ数を入れました


                    十月十四日      資料 : シルバーバーチの霊訓(5)潮文社
 

  七章 動物は死後どうなるか
p88
 動物は死後どうなるのか───これは誰しも一度は考えてみたことのあるテーマであろう。ある日の交霊会で、そのテーマを本格的に扱った本を執筆中のシルビア・バーパネル女史がシルバーバーチに集中的に質問した。

(訳者注───のちにそれが、When Your Animal Dies と題されて出版され、スピリチュアリストに限らず動物問題に関心のある人たちの間でも大反響を呼んだ。それを読んで人間の死後の存在に確信を持つに至った人も少なくないという。オースティンの原典にはその日の交霊会の記録の十分の一程度しか紹介されていないので、本章にはバーバネル女史の原典からそっくり引用させていただいた)


問 「動物は死後もずっと飼い主と一緒に暮らすのでしょうか。それともいずれは動物だけの界へ行くのでしょうか」


 「どっちとも一概には言えません。なぜなら、これには人間の愛が関っているからです。死後も生前のままの形態を維持するか否かはその動物に対する飼い主の愛一つにかかっているのです。もしも動物とその飼い主───この飼主(Owner)という言葉は好きではありません。

他の生命を我がものとして所有する(own)などということは許されないのですから───その
℘89
両者が時を同じくして霊界へ来た場合、その飼い主のところで暮らします。愛のある場所が住拠となるわけです。愛が両者を強く結びつけるのです。その場合は住処がありますから動物界へ行く必要はありません。


 動物界に住むのは飼主より先に霊の世界へ来た動物にかぎられます。誰かに世話をしてもらわなくてはならないからです。さもないと、心を温めてくれただけでなく一時的にせよ〝不滅性〟の要素を吹き込んでくれた〝愛〟から切り離されて、動物といえども心を取り乱すことがあるのです。

地上で人間的な愛と理性と判断力と情愛を一身に受けた飼主より先に他界した場合は、その主人が来るまで、動物界へ行ってそこで面倒をみてもらいます。それはちょうどあなた方が遠出をする時にペットを専門家に預けるのと同じで、霊界の動物の専門家に世話をしてもらうわけです」


問 「人間との接触によって動物はどんなものを摂取するのでしょうか」

 「長い進化の道程のどこかの時点で、神が、というよりは、法則の働きによって動物の魂に自我意識が芽生え、やがて理性が芽生え、知性が発達してきました。その段階で人間は判断力というものを身に付けたわけです。
℘90
すなわち物事を意識的に考え、決断する能力です。しかし実はそうした能力は全部はじめから潜在していたのです。どんなに遠く遡っても、魂の奥に何らかの形で潜在していたのです。それが目覚めるには神の息吹きが必要でした。

 さて、そうして神が動物に霊性の息吹きを吹き込んだように、あなた方人間も動物に対して同じことが出来るのです。人間は神の一部です。従って進化の順序の中で人間の次に位置する動物に対して、その霊性の息吹きを吹き込む能力を具えています。

つまり動物との接触の中で、愛という霊的な力によって、動物の魂に自我意識を芽生えさせることが出来るのです。それがその後の長い進化の道程を経て、やがて人間という頂点にまで達するわけです。愛が生命のすべてのカギです。動物であろうと人間であろうと、愛は死によって何の影響も受けません。

愛こそは宇宙の原動力です。全宇宙を動かし、全てを制御し、全てを統治しています。また愛は人間を通じて他の生命へ働きかけようとします。人間同志でもそうですし、動物、植物といった人間より下等な生命でもそうです。人間が可愛がる動物───犬、猫、その他のペット類───へ向けられる愛は死と共に終わるのではありません。愛があればこそ生命は進化するのです」

 
℘91
問 「霊界で動物と再会したとして、その一緒の生活はいつまで続くのでしょうか。いつまでも人間と一緒ですか」

 「いえ、その点が人間と違います。人間と動物はどこかの時点でどうしても別れなければならなくなります。地上の年数にして何十年何百年かかるか分かりませんが、動物の進化と人間の進化とではその速度が違います。より大きな光明へ向けて絶え間なく向上していく人間のペースについて行けなくなる時が来ます。

人間は死の関門を通過して霊界の生活に慣れてくると、言いかえれば自分を地上と結びつけていた絆が切れたことを自覚すると、向上進化を求める欲求、内部の神性を発揮しようとする欲求が次第に加速されていきます。そして魂に潜む能力を他の生命の進化を援助する方向へと発揮しようとします。

そうやって人間が霊的に向上すればするほど、動物はそのスピードについて行けなくなり、やがて死後も燃え続けた愛の炎も次第に小さくなり、ついには動物はその所属する種の類魂の中に融合していきます。



問 「すると動物の場合は個性を失ってしまうということですか」
℘92     
 「その通りです。そこに人間と動物の大きな違いがあるわけです。動物は類魂全体として未だ一個の個性を有する段階まで進化していないのです。その段階まで進化すれば、もはや動物ではなくなり、人間の段階に到達したことになります。ペットとして可愛がられた動物は、人間の愛の力によって言わば進化の段階を飛び越えて人間と一緒に暮らすわけですから、その愛の糸が切れてしまえば、もとの類魂の中に戻るほかはありません」


問 「せっかく人間との接触で得たものが消えてしまうのでは愛がムダに終わったことになりませんか」

 「そんなことはありません。魂全体に対して貢献をしたことになります。類魂全体としてその分だけ進化が促進されたことになるのです。共通の蓄えに対する貢献です。今までその類魂に無かったものが加えられたわけです。全体のために個が犠牲になったということです。

そうしたことが多ければ多いほど類魂の進化が促進され、やがて動物の段階を終えて、人間の形体での個体としての存在が可能な段階へと進化していきます」

℘93
問 「その時点で人間界へと誕生するわけですか」

 「人間界への誕生には二種類あります。古い霊が再び地上へ戻ってくる場合と〝新しい霊〟が物質界で個体としての最初の段階を迎える場合です」


問 「一人の人間としてですか」

 「そうです。双方とも霊魂(スピリット)です。双方とも自我意識を持った霊であり個性を持った霊的存在です。ただ、一方がベテランの霊で、進化の完成のためにどうしても物質界で体験しなければならないことが生じて、再び地上へやってくるのに対し、他方は、やっと人間の段階にまで達した新入生です。

直前まで動物だった類魂が人間界への仲間入りをしたのです。アメーバの状態から始まって爬虫類、魚類、鳥類、そして動物と、ありとあらゆる進化の段階をへて、今ようやく人間へと達したのです」


問 「セオソフィー(神智学)の教えと同じですね」
℘94
 「何の教えでもよろしい。私に対して、学派だの宗派だのを口にするのはやめて下さい。私はそういうものに一切関心がありません。世の評論家というのはアレコレとよく知っていることをひけらかすだけで、その実、素朴な真理を何一つ知りません。

それはさて措いて、あなた方はまさか蜘蛛を家の中に持ち込んでペットして飼ったりはしないでしょう。カブト虫に温かい人間愛を捧げるようなことはしないでしょう。それはあなたと、そういう昆虫との間の隔たりを意識するからです。進化の道程においてはるかに遅れていることを本能的に直感するからです。

一方、犬とか猫、時に猿などをペットとして可愛がるのは、一種の親近感を意識するからです。もうすぐ人間として生まれ代わってくる段階まで近づいて来ているために、動物の方でも人間の愛を受け入れようとするのです」


問「では下等動物が人間に飼われるということは、その動物はもうすぐ人間に生まれ代わるということを意味するのでしょうか」

 「進化にも、突然変異的な枝分かれ、いわゆる前衛と、後戻りする後衛とがあります。つまり前に行ったり後ろに下がったりしながら全体として進化していきます。中には例外的なものも生じます。
℘95
動物で知的な面でずいぶん遅れているものもいれば、小鳥でも犬より知的に進化しているものがいたりします。しかしそうした例外と、全体の原理とを混同してはいけません」



問 「動物の類魂は同じ種類の動物に何回も生まれ代わるのですか、それとも一回きりですか」

 「一回きりです。無数の類魂が次々と生まれ代わっては類魂全体のために体験を持ち帰ります。動物の場合それぞれ一度ずつです。全体として再生する必要はありません。それでは進化になりません」


問 「われわれ人間としては、犬や猫などのペットと同じように、生物のすべてに対して愛情を向けることが望ましいのでしょうか」

 「それはそうです。しかし同じ反応を期待してはいけません。愛情は愛情を呼び、憎しみは憎しみを呼ぶというのが原則ですが、進化の程度が低いほど反応も少なくなります。
℘96
あなたの心に怒りの念があるということは、それはあなたの人間的程度の一つの指標であり、進歩が足りないこと、まだまだ未熟だということを意味しているわけです。あなたの心から怒りや悪意、憎しみ、激怒、ねたみ、そねみ等の念が消えた時、あなたは霊的進化の大道を歩んでいることになります」


問 「動物がようやく人間として誕生しても、その人生がみじめな失敗に終わった場合は、再び動物界へ戻るのでしょうか」

 「そういうことはありません。一たん人間として自我意識を具えたら、二度と消えることはありません。それが絶対に切れることのない神との絆なのです」


問 「屠殺とか動物実験等の犠牲になった場合の代償───いわゆる埋め合わせの法則はどうなっていますか」

 「もちろんそれにもそれなりの埋め合わせがありますが、一匹とか一頭とかについてではなく、その動物の属する類魂全体を単位として法則が働きます。
℘97
進化の程度が異なる動物と人間とでは因果律の働き方が違うのです。特に動物の場合は原則として死後は類魂の中に個性を埋没してしまうので、個的存在とは条件が異ります。類魂全体としての因果律があるのですが、残念ながら人間の言語では説明のしようがありません。譬えるものが見当たりません」


問 「シラミとかダニの寄生虫は人間の邪心の産物だという人がいますが、本当でしょうか。あれはホコリとか病気などの自然の産物ではないかと思うのですが・・・」

 「そのホコリや病気は一体何が原因で生じるのでしょうか。原因を辿れば人間の利己心に行きつくのではありませんか。その利己心はすなわち邪心と言えます。たしかに直接の原因は衛生の悪さ、不潔な育児環境、ホコリとか病気、直射日光や新鮮な空気の不足とかにありますが、さらのその原因を辿れば、そういう環境を改めようとしない、恵まれた環境にある人たちの同胞への利己心、同胞への非人間性に行きつきます。

これは一種の邪心であり、私に言わせれば人間の未熟性を示しています。そういう利己心を棄て、弱者を食いものにするようなマネをやめ、我欲や野心を生む制度を改めれば、害虫や寄生虫は発生しなくなります」
℘98
問 「それは、たとえばハエのようなものには当てはまらないでしょう」

 「いいですか。大自然全体は今なお進化の過程にあるのです。自然界のバランスは人類の行為如何によって左右されており、人類が進化すればするほど、自然界の暗黒が減っていくのです。人間の霊性の発達と自然界の現象との間には密接な関係があるのです。

人間の存在を抜きにした自然界は考えられないし、自然界を抜きにして人間の進化はあり得ません。双方の進化は大体において平行線を辿っています。人間は神によって創造されたものであると同時に、神の一部として、宇宙の進化の推進者でもあり、自分自身のみならず、自分の属する国家をも司配する自然法則に影響を及ぼします。

 私は今、人間と自然界の進化は大体において平行線を辿ると言いました。両者にはどうしても少しずつズレが出てくるのです。なぜなら、過去の世代が残した業(ゴウ)は必ず処理していかねばならないからです」

問 「今おっしゃったことは恐ろしい野獣についてもあてはまるのでしょうか」
℘99
 「一応当てはまります。ただ忘れないでいただきたいのは、進化というのは一定の型にはまったものではないことです。いろいろと変化をしながら永遠に続くのです。原始的なものからスタートして低い段階から高い階段へと進むのですが、かつては低いところにいたものが次第に追い抜いて今では高いところにいたり、今高い所に位置しているものが、将来は低い方になることもあります」


問 「では進化にも後戻りということがあるわけですか」

 「それを後戻りと呼ぶのであればイエスという答えになりましょう。というのは、進化というのは一種の円運動(サイクル)、現代の思想家の言葉を借りれば螺旋(スパイラル)を画きながら進むものだからです。どちらの言い方でも構いません。要は進化というものが常に一直線に進むものではないことを理解していただけばよろしい。一歩進んでは後退し、二歩進んでは後退し、ということを繰り返しながら延々と続くのです」

問 「動物同士は殺し合っているのに、なぜ人間は動物実験をやってはいけないのでしょう」
℘100
 「それが人間の進化の指標だからです。人間が進化すればするほど地上から残忍性と野蛮性が消えていきます。愛と慈しみと寛容の精神が地上にみなぎった時、動物の残忍性も消えて、それこそライオンと羊が仲良く寄りそうようになります」

問 「しかし動物の残忍性も動物としての発達の表れではないでしょうか」

 「あなたもかつては動物だったのですよ。それがここまで進化してきた。だからこそ太古に較べれば動物界でも随分残忍性が減ってきているのです。トカゲ類で絶滅したのもいます。なぜ絶滅したと思いますか。人間が進化したからです」

問 「おとなしい動物の中にも絶滅したものもがいますが・・・」

 「進化の一番の指標が残忍性に出るといっているのです。太古でも進化上の枝分かれが幾つもありました。それらは進化の先進者とでも言うべきものです。進化というのはどの段階においても一定の型にはまったものではありません。優等生もおれば劣等性もおり、模範生もおれば反逆児もおります。
℘101
おとなしい動物はさしずめ〝火を吐く怪獣〟を追い抜いた優等生だったわけです」

問 「寄生虫の類も動物と同じ類魂の中に入って行くのですか」

  「違います」

問 「動物の類魂は一つだけではないということですか」

  「各種属にそれぞれの類魂がいます」

問 「それが更に細分化しているわけですか」

  「そうです。細分化したものにもそれぞれの類魂がおります。新しい霊───初めて人間の身体に宿る霊は、動物の類魂の中の最も進化した類魂です」

℘102
問 「やはりサイクルを画きながら進化していくのでしょうか」

  「そうです。すべてサイクル状に進化します」

問 「動物で一番進化しているのは何ですか」

  「犬です」

問 「寄生虫の類魂の存在は害を及ぼしますか」

  「別に害はありません。全体のバランスから見て、殆ど取るに足らぬ勢力ですから。でもこれは普段あまり触れることのない深入りした質問ですよ」

問 「動物の類魂の住処はやはり動物界にあるのですか」
℘103   
 「私にはあなたより有利な点が一つあります。それは地理を学ばなくてもいいということです。場所とか位置が要らないのです。霊的なものは空間を占領しないのです。地上的な位置の感覚で考えるからそういう質問が出てくるのです。

魂には居住地はいりません。最も、形体の中に宿れば別です。類魂そのものには形体はありません。もしも形体をもつとなれば、何らかの表現形態に宿り、その形態で自己表現できる場が必要になります」


問 「動物の類魂は地球上に対して何か物質的なエネルギーを供給しているのでしょうか。地球にとってそれなりの存在価値があるのでしょうか」

 「進化の過程においての存在価値はあります。ただ気をつけていただきたいのは、どうもあなた方は物的なものと霊的なものとを余りに区別しすぎるきらいがあります。地上に存在していても立派に類魂の一部でありうるわけで、死ななければ類魂の仲間入りが出来ないわけではありません」


問 「ペットも睡眠中に霊界を訪れますか」
℘104
  「訪れません」


問 「では死んでからいく世界にまるで馴染みがないわけですか」

  「ありません。人間の場合は指導霊が手を引いて案内してくれますが、動物の場合はそれが出来るのは飼主だけです。飼主が地上にいれば案内できません」


問 「飼主が先に死んだ場合はどうなりますか」

  「その場合は事情が違ってきます。いま述べたのは一般的な話です」


問 「人間より動物の方が心霊能力がすぐれている場合があるのはどうしてですか」

 「〝進化〟の観点からいえば、まだ人間となる段階には到達していませんが、人間がいま送っているような〝文化生活〟を体験していないからです。人間がもしも文化生活の〝恩恵〟に浴さなかったら、
℘105
もっと早い段階で心霊能力が普段の生活の一部となっていたはずです。つまり人間は文明と引き替えに心霊能力を犠牲にしたわけです。動物には人間のような金銭問題もなく、社会問題もないので、本来なら人間が到達すべきであった段階へ人間より先に到達したのです。

人間の場合は物的生活の必要性から本来の心霊能力が押さえ込まれてしまったわけです。いわゆる霊能者というのは進化のコースの先駆者です。いずれは人間の総てが発揮するはずの能力をいま発揮しているわけです」


問 「動物にはいわゆる第六感というのがあって災害を予知したり、知らないところからでもちゃんと帰って来たりしますが、これも心霊能力ですか」

 「そうです。霊能者にも同じことが出来ます。ただ動物の場合はその種属特有の先天的能力である場合があります。これも一種の進化の先駆けで、その能力だけがとくに発達したわけです。ハトのようにどんな遠くからでも帰って来る能力もそれです。本能と呼ばれていますが、一種の〝先見の明〟です」

℘106
問 「死んだばかりの犬が別の犬と連れだって出て来ている様子を霊能者が告げてくることがありますが、犬同士でも助け合うことがあるのですか」

 「ありません。ただし地上でその二匹が一緒に暮らした経験があれば連れだって出ることはあります」


問 「その手助けをする人間の霊がかならずいるのでしょうか」

 「そうです。高い者が低い者を援助することになっているのです。それが摂理です」


問 「動物界にはどんな種類の動物がいるのでしょうか」

 「地上で可愛がられている動物、親しまれている動物、大切にされている動物、人間とほとんど同等に扱われて知性や思考力を刺戟された動物のすべてがおります。そうした動物は飼い主の手から離れたことでさびしがったり迷ったりするといけないので、動物界に連れてこられて、
℘107
他の動物と一緒に暮らしながら、動物の専門家の特別の看護を受けます。その専門家は永いあいだ動物の研究をしてきていますので、その正しい対処の仕方を心得ており、自然な情愛の発露を動物へ向けることが出来るのです。

そこには動物をよろこばせるものが何でも揃っており、やりたいことが何でも出来るので、イライラすることがありません。そして時には地上にいる飼主の家の雰囲気内まで連れてこられ、しばしその懐かしい雰囲気を味わいます。

心霊知識のない人でも自分の飼っていた犬を見たとか猫が出たとか言ってさわぐのはそんな時のことです。なんとなくあの辺にいたような気がするといった程度に過ぎないのですが、地上の動物の目にはちゃんと見えています。霊視能力が発達しているからです」


問 「動物界で世話をしている人間が連れてくるわけですか」

  「動物界でその管理に当たっている人たちで、それ以外の人について戻ってくることはありません。ところで、その世話をしている人はどんな人たちだと思いますか。動物が大好きなのに飼うチャンスがなかった人たちです。

それはちょうど子供が出来なくて母性本能が満たされなかった女性が、両親に先立って霊界へ来た子供の世話をするのといっしょです。犬とか猫、
℘108
その他、人間が可愛がっている動物が飼主に先立ってこちらへ来ると、動物が大好きでありながら存分に動物との触れ合いが持てなかった人間によって世話をされるのです。もちろん獣医のような動物の専門家がちゃんと控えております。それもやはり地上で勉強したことがそのまま霊界で役に立っているわけです。知識は何一つ無駄にはされません」


問 「病気で死亡した動物の場合も人間と同じように看護されるのですか」

  「そうです。そうしたチャンスを喜んで引き受けてくれる人が大勢います」


問 「動物界は種類別に分けられているのですか、それとも全部が混り合っているのですか」

  「種族の別ははっきりしています」


問 「動物界は一つでも、それぞれの境界があるということですか」
℘109
  「そうです。とにかく自然に出来あがっております。一つの大きなオリの中に飼われているのではありません」


問 「猫は猫、犬は犬に分けられているわけですか」

  「その通りです」


問 「特に仲の良かったものは別でしょう。その場合は互いに境界の近くに来るわけですか」

  「そういうことです。すべてが至って自然に出来あがっていると考えて下さい」


問 「犬の次に進化している動物は何ですか。猫ですか猿ですか」

  「猫です」

℘110
問 「なぜ猿ではないのでしょう。人間と非常によく似ていると思うのですが」

  「前にも述べましたが、進化というのは一本道ではありません。かならず優等生と劣等性とがいます。人間は確かに猿から進化しましたが、その猿を犬が抜き去ったのです。その大きな理由は人間が犬を可愛がったからです」


問 「犬が人間の次に進化しているから可愛がるのだと思っていましたが・・・」


  「それもそうですが、同時に人間の側の好き嫌いもあります。それからこの問題にはもう一つの側面があるのですが、ちょっと説明できません。長い長い進化の道程において、猿はいわば足をすべらせて後退し、残忍にはならなかったのですが、ケンカっぽく、そして怠けっぽくなって歩みを止めてしまい、結局類魂全体の進化が遅れたのです。

それと同時に、というより、ほぼその時期に相前後して、犬の種族が進化してきました。猿よりも類魂全体の団結心が強く、無欲性に富んでいたからです。しかしどうも話が複雑になりすぎたようです」

℘111
問 「猿の種族が法則を犯したのでしょうか」

  「法則を犯したというのではなく、当然しなければならないことをしなっかったということです」


問 「では猿と同じように、将来、犬が進化の段階を滑り落ちるということもあり得るのでしょうか」

 「それはもう有り得ないでしょう。というのは、すでに何百万年もの進化の過程を辿って来て、地上の種がすっかり固定してしまったからです。種の型が殆ど定型化して、これ以上の変化の生じる可能性はなくなりつつあります。物質的進化には限度があります。

形体上の細かい変化はあるかも知れませんが、本質的な機能上の変化は考えられません。細かい変化は生じても、すっかり形体が変わることはありません。

 たとえば人間の場合を考えてごらんなさい。現在の型、すなわち二本の腕と脚、二つの目と一つの鼻が大きく変化することは考えらません。これが人間の標準の型となったわけです。
℘112
もちろん民族により地方によって鼻とか目の形が少しずつ違いますが、型は同じです。動物の場合はこの傾向がもっと強くて、霊界の類魂に突然変異が発生することはあっても、それが地上の動物の型を大きく変化させることはまずないでしょう」


問 「猿の転落もやはり自由意志に関連した問題ですか」

 「それは違います。自由意志は個的存在の問題ですが、動物の場合は類魂全体としての問題だからです」


問 「動物に個体としての意識がないのに、なぜ類魂全体としての判断が出来るのですか」

 「本能による行動と本能の欠如による行動の違いがあります。個々には理性的判断力のない動物でも、働くか怠けるかを選ぶ力はあります。必要性に対して然るべく対処するかしないかの選択です。そこで種としての本能が伸びたり衰えたりします。個々には判断力は無くても、長い進化の過程において、種全体として然るべき対処を怠るという時期があるわけです」

℘113   
問 「それは植物の場合にも言えるわけですか」

  「言えます」


問 「それは外的要因によっても生じるのではないですか」

  「それはそうですが、あなたのおっしゃる外的というのは実は内的でもあるのです。それに加えて更に、霊界からコントロールする霊団の存在も考慮しなくてはいけません。その霊団もまた法則、進取性、進歩といった要素に支配されます」


問 「たとえば猿の好物であるナッツが豊富にあれば、それが猿を怠惰にさせるということが考えられませんか」

  「そういうことも考えられますが、ではナッツがなぜ豊富にあったのかという点を考えると、そこには宇宙の法則の働きを考慮しなくてはいけません。つまり人間の目には外的な要因のように見えても、
℘114
霊界から見れば内的な要因が働いているのです。私の言わんとしているのはその点なのです。

人間はとかく宇宙の法則を何か生命の無い機械的な、融通性のないもののように想像しがちですが、実際は法則と法則との絡まり合いがあり、ある次元の法則が別の次元の法則の支配を受けることもありますし、その根源において完全にして無限なる叡知によって支配監督されているのです。

法則にもまず基本の型というものがあって、それにいろいろとバリエーション(変化)が生じます。といっても、その基本の型の外に出ることは絶対に出来ません。どんなに反抗してみたところで、その法のワクはどうしようもなく、結局は順応していくほかはありません。

しかし同じ型の中にあって、努力次第でそれを豊かで意義あるものにしていくことも出来るし、窮屈で味気ないものにしてしまうことも出来ます。別の言い方をすれば、その法則に調和した色彩を施すのも、あるいはみっともない色彩を塗りつけてしまうのもあなた次第ということです。いずれにせよ、最後は型に収まります」


 別の日の交霊会で動物実験が道徳的側面から取り上げられた。

問「動物実験がますます増えておりますが、どう思われますか。これを中止させようと運動している団体もありますが、霊界からの援助もあるのでしょうか」
℘115
 「ためになる仕事をしようと努力している人はかならず霊界から鼓舞し支援し霊力をもたらそうとしている人たちの援助を受けます。神の創造物に対して苦痛を与えることは、いかなる動機からにせよ許されません。ただ、動物実験をしている人の中には、人類のためという一途な気持ちでいっしょうけんめいなあまり、それが動物に苦痛を与えていることに全く無神経な人がいることも忘れてはなりません。しかし摂理を犯していることに変りありません」


問 「でもあなたは動機が一番大切であると何度もおっしゃっています。人類のためと思ってやっても罰を受けるのでしょうか」

 「動機はなるほど結構なことかもしれませんが、法の原理を曲げるわけにはいきません。実験で動物が何らかの苦痛を受けていることが分っていながらなお意図的に苦しみを与えるということは、それなりの責務を自覚しているものと看做(ミナ)されます。

動機は人のためということで結構ですが、しかしそれが動物に苦痛を与えているわけです。そうした点を総合的に考慮した上で判断が下されます。いずれにせよ私としては苦痛を与えるということは賛成できません」

℘116
問 「動物は人類のために地上に送られてきているのでしょうか」

  「そうです。同時に人類も動物を助けるために来ているのです」


問 「動物創造の唯一の目的が人類のためということではないと思いますが」

  「それはそうです。人類のためということも含まれているということです」


問 「動物の生体解剖は動機が正しければ許されますか」

 「許されません。残虐な行為がどうして正当化されますか。苦痛を与え、悶え苦しませて、何が正義ですか。それは私どもの教えとまったく相容れません。無抵抗の動物を実験台にすることは間違いです」

℘117
問 「動物を実験材料とした研究からは、たとえばガンの治療法は発見できないという考えには賛成ですか」

 「神の摂理に反した方法からは正しい治療法は生まれません。人間の病気にはそれぞれにちゃんとした治療法が用意されています。しかしそれは動物実験では発見できません」


問 「そうしたむごい実験を見ていながら、なぜ霊界から阻止していただけないのでしょうか」

 「宇宙が自然法則によって支配されているからです」


 さらに別の交霊会で、キツネ狩りに参加した人が自分は間違ったことをしたのでしょうかと尋ねた。すると───

 「すべての生命のあるものは神のものです。いかなる形にせよ、生命を奪うことは許されません」
℘118
問 「でもウチのにわとりを二十羽も食い殺したんですが・・・・・・」

 「では、かりに私がそのキツネに銃を与えて、二十羽もにわとりを食べたあなたを撃ち殺せと命令したらどうなります。すべての地上の生命にとって必要なものは神がちゃんと用意してくださっています。

人間が飢えに苦しむのはキツネが悪いのではなく、人間自身が勝手な考えを持つからです。地上の人間が向上進化すれば、そうしたあくどい欲望はなくなります。キツネやにわとりをあなたがこしらえたのなら、これをあなたが食べても誰も文句は言いません。

人間がにわとりやキツネを殺していいというのが道理であるとしたら、あなたの同胞を殺してもいいという理屈になります。生命は人間のものではありません。神のものです。生命を奪うものは何時かはその責任を取らなくていけません」


問 「オーストラリアではウサギの異常繁殖が驚異となっておりますが、これについてどうでしょうか」

 「人間は本来そこにあるべきでないところに勝手に持ってきて、それがもたらす不都合について文句を言います。
℘119
私の地上の故郷である北米インデアンについても同じです。インデアンはもともと戦争とか、俗に言う火酒(ウイスキー、ジン等の強い酒)、そのほか不幸をもたらすようなものは知らなかったのです。

白人が教えてくれるまでは人を殺すための兵器は何も知らなかったのです。そのうち人間も宇宙のあらゆる生命───動物も小鳥も魚も花も、その一つ一つが神の計画の一部を担っていることを知る日が来るでしょう。神の創造物としてそこに存在していることを知るようになるでしょう」


 さらに別の日の交霊会で───

問 「イエスの教えの中には動物に関するものが非常に少ないようですが何故でしょうか」

 「その当時はまだ動物の幸不幸を考えるほど人類が進化していなかったからです」


問 「ほかの国の霊覚者の訓えにはよく説かれているようですが・・・・・・」
℘120
 「それは全部とは言いませんが大部分はイエスよりずっと後の時代のことです。それはともかくとして、あなた方はイエスを人類全体の模範のように考えたがりますが、それは間違いです。イエスはあくまで西欧世界のための使命を担って地上へ降りてきたのであって、人類全体のためではありません。

イエスにはイエスの特殊な使命があり、イエス個人としては動物を始めとする全ての生命に愛情をもっていても、使命達成のために、その教えを出来るだけ制限したのです。その使命というのは、当時の西欧世界を蝕んでいた時代遅れの腐敗した宗教界にくさびを打ち込んで、人生の照明灯(サーチライト)として難解なドグマに代わる単純明快な人の道を説くことでした」


問 「下等動物への愛を説かない教えは完全とは言えないではないでしょうか」

 「もちろんそうです。ただイエスの場合はその教えをよく読めば動物への愛も含まれています。イエスは例の黄金律を説きました。すなわち〝汝の欲するところを人に施せ〟ということですが、この真意を理解した人なら、他のいかなる生命にもむごい仕打ちは出来ないはずです」




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  読書会の経過

           




 



 2018年度 9/9  SB霊訓(5)6章「イエスは今何をしているか」

 9月2日に閉幕したジャカルタアジア大会で日本の選手(バスケット)の買春問題がありましたが、同じ頃新聞記事で、カトリック教の神父が少年虐待パワハラ問題が出て、しかも驚くなかれ関与した神父1000人~1500人が、表沙汰にならないように教会ぐるみで隠蔽工作までしていたというから驚きです。神のお使いを自負している教会にあきれ返るばかりです。

 キリスト教が出来た過程を少し述べさせて頂けば『近藤千雄著 霊的人類史は夜明けを迎えるから抜粋』当時の皇帝コンスタンチヌスが迫害に次ぐ迫害にもかかわらず根強くユダヤ人の中で受け継がれてきているイエスなる人物を神の座に祭り上げてこれをローマの国教とし民意を収攪しようと、その下心をもって三二五年ローマ全土の司教を小アジアのニケアに招集した。

 出席者は二千人前後であったが、コンスタンチヌス派が三百名、従って採決は否定され、激怒したコンスタンチヌスは議場へローマ兵を呼び入れて反対派千七百名を議場から連れ出し全員の聖職権をはく奪し国外追放処分とした。かくしてイエスを救い主とするキリスト教が誕生した。

 その論拠とすべきバイブルも、世界各地に神話・伝悦から都合の良いものを借用して、それらしく書き改めていった。そしてその上に次々と人口の教義をこしらえていった。贖罪説、最後の審判説、等々。ある聖書学者はこうしたニケア会議での一連の出来事を〝歴史上の最大の陰謀〟とまで呼んでいる。 


・魔女裁判(魔女狩り)
 十一、二世紀のキリスト教会にはもはや〝霊性〟といえるものはカケラも無くなっていた。

 心霊能力を持つ者は片っぱしから火あぶりの刑に処せられたり拷問を受けたりした。かくして遺伝的要素の大きい心霊能力が事実上根絶やしにされてしまった。思想上でも、キリスト教の正式の教義以外はすべて禁じられた。

 科学は魔術と同類に扱われて、何でもかでも容赦なく否定された。西洋文明は完全にキリスト教会の鉄のごとき掌中に収められ、そして息の根を止められてしまった。

 その目的は何だったのか。それはほかでもない、その絶対的な締めつけの体制を脅かすことになりかねない教育、知識、権威、あるいは能力を持たせないようにすることにあったのである。


───このような過程を経てバイブルもキリスト教も誕生したのです。人間の夾雑物で汚染されております───
          
 
             
 2017年度
   7月9日 SB霊訓(4-1章)絶対不変の摂理




   6月4日  S・B・霊訓(3-13章・14章)質問に答える/シルバーバーチの祈り

 7月度より 霊訓(4)になります。
 今月より青砥会場の進行は Hiromi さんに代りました。





 

    2016年度 

        6/12          Kasai
 本日より霊訓(三) 一章 戦時下の交霊会から

 いつものように輪読した箇所からの質問は少なく、今回もありませんでした。輪読に入る前にメンバーの女性から五月の養成講座以降手がビリビリしびれる、医者へ行ったが検査正常、悪いとこなし、との判定。脳でも悪いのかと心配です。と開口一番質問が出た。

最初は彼女にヒーリングのマネをして頂いて私の肩に後方から手を置いていただいた。次に、私が彼女の肩に両手をあて、ヒーリング体制に入る。

 そして・・・・・・ 「おめでとうヒーリングエネルギーが流れています」 と告げた。さらに読書会出席メンバーが前に 「気」 を学んでいたが 「マグネッチクエネルギーが流れるときに手がしびれるようだ。また、手のひらがまだら色になる」 などといい、彼女の手のビリビリしびれはヒーリングエネルギーであるようです。と告げた。

 思えば一月から彼女は読書会・養成講座と月二回休みなく出席している。ここが一番居心地いい (読書会かつしか) と彼女は言うが私がいつも言うことに、出席することは決意の現れ(霊界の道具となる)だと信じて疑わない。身体から治癒エネルギーが流れるようになったと言っても、霊界で認めた(スピリットヒーラー)治療家ではない。

 今後どのような形で心境向上させていくのか楽しみです。



 Sugisaka
 シルバーバーチの霊訓 第3巻 第1章「戦時下の交霊会から」の朗読をしました。

その後は葛西さんとの質疑応答です。

 5月の青砥読書会に出席して以降、左右手の平がビリビリしている方がおりその理由は何かとの質問がありました。
 葛西さんが確認したところ、手の平からヒーリングエネルギーが出ているとのこと、それで手の平がビリビリしているとのことでした。
 そして、手の平が赤色・白色のまだら模様になっているとのことです。ネットでヒーリングエネルギーが発言した方の手の平はそのようになっているとの情報を得ていたので、それを伝えました。
 葛西さんも昔を辿ると、ヒーリング能力を授かった頃に両手の平がビリビリ痺れる感覚があったとのことです。

 その次は私の話になりますが、地元でのボランティア活動を優先してヒーラー養成講座に2回出席できなかった話をしました。葛西さんが仰るには、ボランティア団体に一時貢献するよりは、ヒーラーになって永続的により多くの方々に貢献する方がよりいっそう大きな貢献になると言われ、目が覚める思いでした。今後はヒーラー養成講座の出席を優先することを心に誓いました。

 上記のヒーラーになることと関連して、自分の一番の趣味・嗜好(例:酒、女、等々)のを止めて『神よ私は○○を絶ちます、一番の嗜好を絶つことを神に捧げるので、ヒーラーにさせて下さい』的な祈りがとても有効だとのお話しでした。
 6月読書会(足立)の箇所で書いた通り、私はついついスマホゲームに夢中になることがありましたので、帰りの電車でそのゲームアプリを消しました…

 最後に、朝の祈りの例を説明受けました。朝起きて、顔を洗って、水を頂きます。その際に、
『神の英知が私に籠もります (水を一口飲む)
 神の愛が私の中に籠もります (水を一口飲む)
 神の力が私に籠もります (水を一口飲む)
 肉体を維持するエネルギーを頂きました。』
の祈りをされているようです。


今月も葛西さんの指導の下、たくさんの勉強をさせていただきました。ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。





     3/6 読書会                            Kasai
集う方々の真剣さが私の話の中身に反映されます。自然と身が入り考えられないほど頭が冴えます。当読書会は病んだ方が多いのは当たり前ですが、痛風で両手の不自由な方が参られました。長年の病ですので魔法のようにはまいりません。暫く読書会へ来続けることを伝えました。

 4月度は霊訓(二)最後の十二章〝病気とカルマ〟です。心霊治療をメーンとしてる私ですから楽しみです。
 


                nori      3/6
今回も、青砥の読書会に参加させて頂きました。
今日も良い雰囲気でした。
今回wakaさんにお会いできなくて残念でしたが足立の読書会に貢献していらっしゃるようですね。
私も土曜日お休みできたら、足立の読書会にも行ってみたいと思います。

養成講座にも行ってみたかったのですが、3月20日はお彼岸として父のお墓参りに旦那と2人で行ってくるので(私は土曜も祝日もお休みじゃないのでその日しかないのです)3月は残念ですが参加できません…。
今回は色々な人の過去世のお話を聞きました。刺客など、人を殺す過ちを2回やってしまったり、再生の時、割り込み(飛び越し)することもあるんですね。

今回も初めての方が何人かいらっしゃいました。そういう私も2回目でしたが、またお会いしたいと思います。毎回、葛西さんのお話を聞くのも楽しみです。







  2/7  読書会風景                     nori                       2016・2/7

日、初めて読書会に参加させて頂きました。
読み上げした時、いかに私が漢字が読めないか痛感しました(笑)
シルバーバーチについても、色々勉強になりましたが皆さんと色々な話ができて勉強にもなりました。雰囲気が、私には良かったです。

色々な人に会えて楽しかったです。
葛西さんには3回もヒーリングして頂いて感謝しています。初めの1回はポロポロ泣いてしまってすみませんでした。かなり弱っていたと思います。でも、何だかエネルギーが満タンになりました。頑張れます。これからは悪いインスピレーションは跳ね返します。強い心を持ちます。

また、ぜひ読書会に参加したいと思っています。ある程度勉強できたら、今度はヒーリングの講座も受けてみたいです。私にもヒーリングで人を助けてあげることができる日が来るのでしょうか。
では、本当に今日、お会いできた皆様にもありがとうございました。










    2012年度        

  2012/06/04 (月)      
かつしかに読書会を開き6回目が過ぎた。これから先が大変になりそうな気がしている。 そこで読書会に参加した方がそれぞれにどんな感じを受けたのか、参加者自身の率直な気持ちを伝え またこの掲示板をご覧になり読書会に参加したいと思ってくれればありがたいのです。


  
     ピーターパン                 2012/06/07 (木)                               
昔からスピリチュアルには、興味がありましたが、シルバーバーチと出逢い、これが本物と確信しました。 一人で勉強していても、もやもやしてしまいますが、読書会に出席すると、とても、気持ちが晴れやかになり、前に進みたくなります。 

  kasai
 毎日20名以上のHP閲覧者がおられますのでその人たちに対して読書会に参加している人たちの感想みたいなものが知りたいと思っておられるはずです。 昨年の10月6日に開設したHPも2000名を超える閲覧者数になりました。  霊界の道具として働くと言う決意は、まだまだ世間一般には理解していただけない心境のようです。最近霊界からこのようなお知らせがありました。 「近々奇跡的な治癒が行われるであろう」と言う事です。私自身非常に楽しみにしております。  

ティンカーベル         
人生の紆余曲折、曲がりくねったぬかるみをやっと抜け出し、たどり着いたのがシルバーバーチでした。 子供の頃から求めていた答えが、シルバーバーチには、全てありました。 この答えが、子供の頃から私のまわりにあったら、曲がりくねったぬかるみは通らなかったと思いますが、これには、意味があったのでしょう。 そして更に、こちらの読書会に参加することが出来ました。 カルマが大きすぎて、まだまだ摂理(真理)を体得できませんが、読書会に出席させていただくと、とても気分が明るくなり、励みになります。 これからも、がんばろうと思います。

kasai
ティンカーベルさんご協力有難うございました。実は私も通った病みの道なのです。 したがってアドバイスもし易かったのですが時としてそれが鞭のように冷たく拒絶されたように思われたかもしれません。 時々思い出したようにヒーリングもさせて頂いておりますし、月一回ではありますが直接ヒーリングもさせて頂きますので、確実にエネルギーは注入されております、期間の短縮にはなるはずです。

 momo                       2012/06/06 (水)
読書会に参加して良かったことは、自分だけでは気付けなかった新しい視点に気付かせてもらえたことです。 私の場合、自分をモヤモヤさせていた物の考え方・発想に、気付くことができました。そして、真理に基づいた物事のとらえ方のヒントをもらいました。 これは一人でシルバーバーチを読んでいるだけでは、なかなか出来なかったことです。読書会に参加したことで、より深い気付きと理解が得られたと思います。

 kasai            2012/06/07 (木)
 6月の読書会で”伯爵夫人ポーラ”の事をお話しをしました。人間は何度か再生し、いろいろな人生を体験します。 今生では貧しい生き方をしている人でも、過去世では豊かだったかも知れません。今豊かな生き方をしている人でも来世では人から嫌われるような人生になるかもしれません。

 そう思うと病んでいる人、とても貧しい人、ホームレスの人等それぞれの霊的進化向上の為の道を選んで歩んでいるかもしれません。 今の自分が豊かでも貧しい人を見る目が差別的にならないようにしたいものです。

  シルバーバーチの霊訓8-p39~40 魂は再生するに当たって予め地上で成就すべき目的を自覚しております。その自覚が地上で芽生えるまでには長い長い時間を要します。 魂の内部には刻み込まれているのです。それが芽生えないままで終わった時は、また再生してこなければなりません。首尾よく自覚が芽生えれば、ようやくその時点から、物質をまとった生活の目的を成就し始めることになります。(中略)

最高のものを志向する事も出来れば、哀れにもどん底まで落ち込むこともできます。そこに地上へ再生してくる大きな目的があるのです・・・。



   
  ヒーリング養成講座         kasai         2012/09/03 (月)

霊界からの指示で始まった、シルバーバーチ読書会がやっと九回目が終了し、当初の目的であった”ヒーラー養成講座”やっと開講しました。まだ試行錯誤の状態ですが、人は意外と治病能力を持っているのだと言う事です。ただそれが自覚出来ていないからヒーリングを施しても感覚的に治療していると言う実感が無いのです。霊界へお願いして、三人の方をヒーラー養成したい。と申しこみました。

霊界では厳しい顔をしていましたが、その一人、Sさん、そしてmomo さん、もう一人は神の国の姫=彼女は心を害されたと言うので拒絶されていますが!。  

 9月読書会にその、momo さんが久しぶりに出席されましたので、その事実をお話し、ヒーリングの実習に入りました。  幸いにも当日御夫婦で遠方から直接ヒーリングにおいでになっていた方がいらっしゃいましたので、momo さんに初めてヒーリングの実習に参加して頂きましたら、momo さんの手からビリビリするくらいのエネルギーが病者さんの体内に流れるのが分りました(しろくろねこさん談)。

最初からそう言う能力がmomo さんにあったのか、霊界側の援助なのかは分りませんが、とにかく人間は神の分身なんだ…素晴らしい…

 当日おいでになった御主人(しろくろねこさん)の方もかなりの霊的資質の持ち主で、仲間ができて嬉しい限りです。

読書会・直接ヒーリング                    しろくろねこ          2012/09/03 (月)
 今日は読書会に参加出来、またお話や疑問などとても価値ある日でした。ヒーリングも出来て葛西さんや参加してる人に会えた事に感謝してます。

 A夫妻(夫) ヒーリングありがとうございました。 ヒーリングをしてもらった体験をちゃんと伝えた方が良いと思ったので長くなりますが伝えますね。

夫が初めてメールをした日の夜中に小学校の時の同級生の名前が体の中で響きました。その後に体がぞくぞくしてすぐ納まりました。すっかり忘れてた人でしたので驚きました。次の日の昼間におへそが痒くなりなんだと思って見たら汚れていたので綺麗にしました。それが遠隔ヒーリングで自分が感じた事でした。

 今日の直接ヒーリングで本当に骨が少しズレていたのが戻ったのがわかりました。 ギックリ腰になる前に銭湯のジェット風呂で痛くしたのを今日思いだしました。 葛西さんが見た骨の空洞は1ミリ四方も無いと思うので悪い患部だけを拡大して見てるのかなと思いました。 心霊治療をして貰える事はものすごく幸運な事だと思いました。A夫妻(妻)


    
2012・10/14日、    読書会へ参加しました。        オルハ
初めて読書会へ参加させていただきました。 このような貴重な会を開いてくださる事に心から感謝いたします。 霊的真理を学ぶにあたって、同じような志であったり、また、理解の乏しい部分について共に話し合える人がいるというのは、私にとって喜ばしい体験でした。
そして今まで一人で続けてきた実践も、葛西さんや他の方々のお姿に触れることで大きな励みになりました。
仕事で行く事ができない月もあるかと思いますが、読書会と共にまた色々なお話お聞かせください。
どうもありがとうございました。


     
読書会及びヒーリング実習           しろくろねこ         2012/11/05 (月)
お世話になります。 読書会及びヒーリング実習の感想を書き込みます。 今回の読書会は本当に素晴らしいものを感じました。 まず参加者の方たちが更に霊的心理向上を目指して参加している事。そんな霊的な人たちが自然と感応しあっている事が嬉しく思いました。 ヒーリング実習時や瞑想時間では皆の優しいエネルギーが感じられた事に感動を覚えました。 私のヒーリングはまだまだですが練習をしてみようと思います。 また読書会は参加したいと思っております。皆と会えるのが楽しみです。(しろくろねこ夫) 葛西さんとM夫妻にCDを渡して喜んでもらえるか心配でしたが喜んでもらえて嬉しいです。 1回目の読書会参加後にどうしてもM夫妻と葛西さんにCDを渡したくなり今回も参加したいと思い、脚を運べた事に感謝してます。 尚、葛西さんが聞きながら掲示板の書き込みをしていた事がとても嬉しいです。(しろくろねこ妻)


   
初めての読書会               虹花            2012/12/03 (月)
 昨日はこのような会に参加させて頂き、ありがとうございました。 しろくろねこ夫さん、詳細な感想をありがとうございました。 私自身は直接、遠隔どちらの場合もヒーリング中はただ喜びに満たされ、涙が出そうでした。 この機会を下さった葛西さん、ヒーリングさせて下さったしろくろねこ奥様、Nさんに感謝致します。

私はエネルギーの質も終わりも分からない未熟者ですが、一生精進していきたいと思います。 それと差し出がましいとは思いますが、ご興味のある方に *H.エドワーズ「霊的治療の解明」 *山村幸夫「神からのギフト~スピリチュアルヒーラーへの道」「与え尽くしの愛」 をお貸ししますのでお声掛け下さい。既にボロボロになってますが、共有できたら幸いです。 聞き忘れていたのですが、始まりの瞑想の時に、私の左肩に誰かが手を置いた感覚がありました。葛西さんでしたか?別の方でしょうか。気のせいならそれでいいので忘れて下さい。 次の読書会を楽しみにしています。


    2013年                
ありがとうございました         不死鳥            2013/02/05 (火)
読書会とはどういうものなのか、第二部ではなにをなさるのか知りたくて参加させていただきました。 私の場合、目標はハッキリしており、ヒーラー願望は元々無く、また理解者や随伴者を求めている訳でもないので、頂いたアドバイスを胸に、あたりまえのことですが自分の道は自分で切り拓いて行こうと思います。 参加させていただき、ありがとうございました。


読書会の感想           Iida         2013/11/06 (水)  
 こんにちは。 昨日の読書会と、昨晩のメールを、どうもありがとうございました。 連絡が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。 とても心地良いお時間をいただいて感謝しています。 はい。一番心に響いた事は、 「葛西さまのあたたかさ」です。 ずっと安心した気持ちで時を過ごせました。

安心しすぎて、ついポロリと出たレベルの低いような私の言葉にも、批判する事なく責める事もなく対応してくださった事、たぶんレベルを合わせてくださったのだと思います。

お疲れになったでしょうが、葛西様のお心から学ぶ事がありました。本当にありがとうございました。 ヒーリング依頼された方のお話し(メールに返信がなくそのままになった方のお話しです)も為になりました。 ヒーリングの事、もっとお聞きできる機会があれば大変嬉しく思います。

同席していたTさんのお話しも為になりました。 奥さまの事は、私自身の我儘や利己心を振り返らされているようでした。 ああ、私に聞かせてくれているんだなあと思いました。 Tさんにも感謝します。 現実は大変なのですが、実生活を霊的な視点と合わせながら生きていけるようになれたらいいなあと思っています。 と言いますか、これが私の課題でもあるんです。

せっかくシルバーバーチに出会えましたので、くじけそうなのだけれど挫けないで…頑張りたいです。 「少しでも前進のみ。立ち止まりは後退。」このお言葉がドキリです。本当にありがとうございます。 次回12/8もどうぞ宜しくお願いします。 楽しみにしております。 どうもありがとうございました。






2015年度     

     2015年 7月1日
【山】 その方の治療の為に、同時に、直接、2人(葛西、山本)がかりで治療に携われる。という状況がなかなか有りませんでした。今回、大田区会場では、愛子さんに治療させて頂く事で、葛西さんの単独治療よりも2人で関わる事で、ハッキリ結果が良くなる事を体験することが出来ました。医療の現場でも、医師と看護婦がいる様にです。

 その手応えを更に、訪問治療で確認する事にもなりました。その方の病気においては、治療と心のケア両方が必要だったからです。得難い経験をさせて頂き、更なる心霊治療の奥深さを教えられました。更なる経験を重ねて行きたいものです。        





           嘘の中の真実                    kasai.k                   2015・ 7/6 (月)
 昨日の読書会で〝嘘の中の真実〟と話しかけた時、〝エッ嘘の中の真実〟という疑問を呈する方がおられました。私はその言葉に適当な解答を見出させないままその話は頓挫しました。

 以下に回答します。 とある霊界通信があります。霊団も組まれている組織ですからそれなりの意図があって霊界側では地上の霊媒にメッセージを届けていたのでしょう。本も何冊もだしておられます。しかし内容的にはかなり???のつく文章ですが伝えんとしている意図は私には判りました。 霊界側から地上の霊媒へ伝えられる時、地上の霊媒と同じ霊格の霊界人が伝えるとおもいます。

 それは、ヒーリングエネルギーとおなじで、人間の霊格の高さによって優れたエネルギーが届きます。従って魂の琴線に触れさせられる治療も施せると思いますし、治癒率も当然高くなることでしょう。 そのように地上の人間(霊媒)が酒好き、女(男)好き、金もまあま好き、肉も好き、真理を広めるため人も批判します。そのような方の受信した通信を疑いもなく真実です。とは言えません。でも、伝えなければならない霊界の意図はその中に隠されています。

 それを譬えて〝嘘の中の真実〟を見分けられるようになるには〝紛い物〟も多く読まないと真実を見きわめることはできません。という意味です。





   」   「神の実在の確信」  2015・7/19

   これは心霊問題に関わる人には避けて通れないテーマです。と言う話になりました。皆さんはどの様にして神様と出会ったのでしょうか。また、確信が持てないとしたらどの様に考えたら良いのでしょう。

「動植物は人が作った物ではありません。例えば、小さなアリ、顕微鏡で観察すれば、とても個性的でありながら、その創造の緻密さ見事さに舌を巻く事でしょう。片や宇宙を眺めて見れば、其の果てなさ、完璧な法則性を持ってなされている星々の存在の在り様、そこに神を発見出来るではありませんか。」とは、k.kさんの話です。

霊訓の実践体験からも、霊界との繋がりを理解し、為に生きる活動をしていくうちに、マザーテレサやフランチェスコの精神に行き着き、イエス様の心情に触れ、神体験された方もおられるようです。

「霊界に行けば、神の波動の中で生きている事は当たり前に感得できるものである。」と言っています。地上生活の間に神様に対する確信を持つことは、自らの内にある、分霊を知ることにもつながります。

皆様からの体験談をこれからも沢山聞かせて頂きたいです。
出会いをお待ちしています。




       【2015・8/2】
 読書会へ出席する人たちが何を求め、何を学びに来るのか、未熟ながら私はその気持ちを満足させるために努力しているつもりです。これが追い求めた読書会の姿だから。時に資料を造り持参するが背後霊は資料を読むことで時間を浪費することはさせてくれない。

実践し体験したことだけを話せばいいのだ。という。きつい守護霊さんです。また、出席者に自由におしゃべりさせても真理からは越脱しない。

読書会の進行は〝山〟さんにお任せして私は背後に控えることにしています。ホームページの文章から私は堅物であるかのような印象を受けるらしく読書会参加希望の中には、決まりや服装はどうか、などと質問があります。きまりはありません。学ぼうとする姿勢が大切です。と応えるようにしています。

人は色々ですからその触れあいが楽しみですね。今までは〝孤独〟でしたが、今は〝孤独感〟はありませんが、でもやはりどこまで行っても霊性の道は〝孤独〟です。しかしその〝孤独〟を今は楽しんでいるかのようです。 


山本
「背後霊さんから今まさに指導を受けている。」と言う方が参加されるようになりまして、「善行は邪念を払うのに如何に効果があるかを実感しています。」と言われるその方のその気迫が、大いに<かつしか>に刺激を与えて下さり、皆の刺激となって、「一気に善行しよう!」と言う気運が高まりました。

善行に伴う効果は人それぞれですが、お互い、想い合う気持ちで集会に参加出来る様になって、ヒーラー能力も伸びて来られている方もおります。素晴らしいことです。
正に神様は必要に応じて人を連れて来て下さる。(祈り)

その方にとりましても、「受けている霊的体験を忌憚なく話が出来る処が欲しかった。」と言って来られておられます。ですが、まだまだ私達は少数派です。哀しい事に。

講演会も近く行われます。色々思案されておられる方は、そちらの方からでも参加されてみませんか。お待ちしております。




       【2015・9/6】

  新規に三人の方が見えられました。一人の方は大阪より態々当読書会を選んでくださいました。本日はシルバーバーチの霊訓(二)3章 〝一教師の悩みに答える〟を輪読させていただきました。その中の

 ℘68に『現代の教育に欠けているものは何でしょうか』との質問に、シルバーバーチは

 『人間それ自身についての真理を教える用意がなされていないことです。人間が霊的な宿命を背負っている霊的存在であるという事実へ指向された教育がないことです。根本的にはどの教育も人間は本来が肉体的存在で、それに精神・・・そして多分魂とおぼしきもの・・・が宿っていると教えています。

本来が霊的存在で、それが肉体に宿って居ること、今この地上においてすでに〝霊〟なのでありそれが自我を発揮し霊性に磨きをかけていること、日々霊性を豊かにする為の教訓を学ぶ好機であり、死後に待ち構えているより大きな生活への準備をしてるという事実を教えておりません』

と書かれております。本日読書会へ出席して頂いた方々もやはり地上の価値観にどっぷりと身を浸しております。霊的真理に感動しても中々心まで地上から離れる意識は持てないようです。ではなぜ教育が霊性を豊かにする事実を教えられないのでしょう?

その理由は〝スピリティズムによる福音〟第三章〝私の父の家には多くの住処があります〟の中に詳しく書かれております。まさに当〝心霊講座〟で使わせていただいている〝アランカルデック著  角智織訳〟は私たちには〝人生の指南書・宝物〟です(ホームページに掲載)。結論は、地球と言う惑星の霊性が低いのです。


】大阪から初めて来られた方のお孫さんのお話しで、兄が4才の時にお母さんが妊娠されました。そして、こう話されたそうです。「弟だってわかるよ。だって僕(兄)が生まれる前に雲の上で弟と、僕が先に行くから後から来てって約束したんだもん。」勿論、生まれたのは男の子でした。正に、池川先生の言われる如くです。 生まれて来る子供たちが、この様な事を当たり前の様に話す。それでもまだ、私達は霊界を認めないでいられるものでしょうか。



羽根】青砥会場に、初めて参加致しました。 ずーと、仏教 大般涅槃経を学んできたのですが、自分の病を知り、何かに導かれるように、参加まで至りました。 葛西様、山様にご挨拶した時に、なんだか初対面じゃないみたいと感じました。 過去生まで霊視、遠隔ヒーリングも施していただいていたことがわかり、私のために祈っていただいたことへ本当に驚きと感謝でありがたいです。

お二人のヒーリングを体験し、皮膚の表面の隆起が少なくなった気がします。 今後は、毎日葛西様に教えていただいた祈りも実践しようと思います。取り組めることがあるのは、ありがたいです。 そして、自分もヒーラになりたいと思いました。 苦難があると思いますが、苦しんでいる方に光があたりますように、どうかよろしくお願いいたします。

追伸です。
  今朝、朝から左手が燃える?ような痺れるような感覚で、痛いヒリヒリしていたのですが、これは、水を飲み朝の祈りが終わったら、不思議です!すーと痛さがなくなりました。不思議です!


【山さんの投稿=事故は回避できるか】は心霊講座へ一連の記事とともに掲載しました。