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読 書 会 案 内 

 
 
 
 
   
       読 書 会 会 場  シンフォニーヒルズ   別館 2階 会議室
 
    2011年 10月ホームページ公開  
    2012年  1月 読書会開始                  
 
                2022年度 読書会日程   時間13:30~16:00
 
    読書会日程
 
  ☆☆ 使用図書 
  シルバーバーチの霊訓(8) 
  
               6/19  4F  会議室  パンジー
 
 2022年度 シルバーバーチの霊訓(8)
  
  3月20日 三章 質問に答える
  
4月17日 〝    
      5月22日   四章   〝  
  6月19日    〝     
  7月24日
  8月21日
   
  場所 : 東京都葛飾区立石6-33-1 
                  最寄り駅 : 京成線 青砥駅  徒歩 : 5分  
               初参加の方はご一報ください
        



         
       
                      別館 入口
 
       
          
     
    使用図書は各自ご用意ください

 タブレット等でお読みになる方が質問し易いように底本のぺージ数を入れました。

   ☆ SBの霊訓()は先着二名様にお貸しできます。



 四章 質問に答える (二) ──死後の生活──

℘96  人類浄化の大計画
──霊界において計画が作製されてそれが地上界で実施されている例をたくさん見ておりますが、それはどういう機構によって行われているのでしょうか。計画の中心的立案者が一人いて全体をまとめているのでしょうか。


 「連帯関係にある霊団がいくつもあり、各霊団に一人のリーダーがいます。その全体の総指揮に当たっているのが、かのナザレのイエスで、今なお地上世界の発展のための事業に関わっております。そのイエスのもとで地上ならさしずめ〝首脳会議〟にあたるものが開かれます。ご存知のように時おり私もその会議に出席するために一時的に上層界へ引き返し、それまでの計画の進展具合を点検し、連帯関係を確認いたします。審議会のようなものです。

 マスタープラン(総合的基本計画)というものがあり、私たちに役割分担が当てがわれております。霊格の高さゆえに地上の事業に関与できる〝光り輝く存在〟を一目ご覧に入れたいと思うのですが、残念ながらそれができません。そうした霊団のほかにも、他の形態の生命に関与している霊団もありますが、私が関与しているのは地上人類のための事業です。
℘97
 計画は完璧です。なぜなら、その立案にあたって完璧な叡智が働いているからです。しかし、それを実現させるにはさまざまな要素を考慮しなければなりませんから、当然の成り行きとして、その進展は遅々としたものにならざるを得ません。自由意志、カルマ、運勢、好み──こうしたものが全て考慮されるのです。進歩を確実なものにするためには全体への配慮を必要とするのです。その進歩は必ずしも直線的なものではありません。それは有り得ないことなのです。いずれにせよ、こうした中であなた方も神意の成就へ向けての無限の創造過程にいくばくかの貢献をなさっていることを自覚なさるべきです。

 雄大な構想のもとにそのマスタープランを推し進めていく事業に参加できることは、この上なく光栄なことです。だからこそ私は皆さんに、明日のことを思い煩うことはおやめなさいと申し上げるのです。いかなる困難、いかなる障害、いかなるハンディキャップ、いかなる反抗に遭遇しても、又、いかなる愚かさ、いかなる無知、いかなる迷信が立ちはだかっても、霊の力によって、万事、かならずうまくいきます。真理はつねに行進しており、その目的成就を妨げることの出来る者は一人もいません。ですから皆さんは堂々と胸を張り、背後に控える霊力は地上で遭遇するいかなる勢力よりも強大であることを、しっかりと認識なさることです」
℘98
 このことに関連してサークルのメンバーから幾つかの質問が出された。その回答の中でシルバーバーチは、その大霊団を構成しているのは必ずしも地上生活を体験した者ばかりではないこと、その中での自分の位置についてはこれまでに述べたこと以上のことは述べるわけにはいかないこと、その大事業の計画は遠い昔に立案されたものであることを述べ、こうしたことが地上の人に容易に把握できないのも無理はないという理解を示した。

(『ベールの彼方の生活』第四巻にはその大事業の立案から実施に至る経緯が雄大な筆致で叙述されている──訳者)そしてこう述べた。

 「真理に霊的価値が多ければ多いほど、地上の言語による説明が困難となります。私たちはいま霊的な内容のものを扱っているのです。いたってお粗末な表現手段である言語では、地上的要素からはみ出たものは包含できないのですから、用語の意味に限界が生じます」

  神々の世界
──いまおっしゃった上層界よりさらに高級な世界があるのでしょうか。
℘99
  「あります」
──全部つながっているのでしょうか。
  「そうです。無限につながっています」

──階段(ステップ)状に上へ上へと伸びているのでしょうか。
  「ステップと呼びたければそう呼ばれて結構です」

──〝光り輝く存在〟とおっしゃった存在も自我を表現する能力を有しているのでしょうか。
  「みな個性的存在です。意識をもった存在です。自動人形ではありません。光り輝いております。指導的霊格を具えた高級霊です。大天使団、神の使節です」

℘100
──かつてはみな人間だったのでしょうか。
  「いえ。バイブルをお読みになれば、天使、大天使のことが述べられています」

──ということは常に霊的存在がいたということでしょうか。
  「宇宙のどこを探しても霊でない存在はいません」

──私はどの霊も一度はこの地球という惑星での生活をしなければならないものと思っていました。
 「そういうものではありません。あなた方の地球は無数に存在する生活の場の一つにすぎません。一度はかならず地球上で生活しなければならないというものではありません。すべてを抱括したマスタープランがあり、その中から何一つ、誰一人として除外されることも忘れ去られることもありません。
℘101
 あなた方に見えている星の彼方にも無数の星があります。惑星の彼方にもあなた方がまだご存知ない別の惑星、別の生活の場があります。宇宙は無限に広がっているのです」
(『ベールの彼方の生活』第四巻の274~276頁にこのことが具体的に述べられている──訳者)


──始まりも終わりもないですか。

 「霊には始まりも終わりもありません。霊は無窮の過去から存在し無窮の未来まで存在し続けます。バイブルを繙いてごらんなさい。イエスもこう言っております──〝アブラハムが生まれる前から私は存在している〟」(ヨハネ伝8・58。イエスがユダヤ教のリーダーたちと論争した時の最後のセリフで、アブラハムはユダヤ人の祖とされている人物なので、それより前から存在してたと聞かされてその本当の意味が分からず、生意気なことを言う奴だと石を投げつけるが、イエスは身を隠して逃れた──訳者)
       
  死後の再会
℘102
──私たちはいつかはかつての地上での仲間や親族のいる境涯へと向上して行き、ずっといっしょに暮らせるようになるのでしょうか。


 「その人たちと同じ発達レベルまで到達すればもちろんいっしょになれます。こうしたことは収まるべくして自然に収まる問題です。あなたは今これまで霊的に到達した境涯、段階、存在の場を占めているのです。それと同じレベルにある者はみな似たような発達状態にあるのです。ですから、ご質問に対する答えは、あなたがその人たちと同じ霊的発達段階に至ればいっしょになれます、ということになります。向上の道はつねに開かれております。完全へ向けての、永遠に続く奮闘です」

──ここに愛し合う二人の人間がいて、一方が他方より霊格がはるかに高いとします。死後二人がいっしょになるには発達のおくれている方が待たねばならないのでしょうか。

 「その逆がふつうです。霊格の高い方が待つことになります。そこには愛の要素があるからです」

℘103
──死んで霊界へ至る過程はどんなものでしょうか。

 「死とは物的身体から脱出して霊的身体をまとう過程のことです。少しも苦痛を伴いません。ただ、病気または何らかの異状による死にはいろいろと反応が伴うことがあります。それがもし簡単にいかない場合には霊界の医師が付き添います。そして、先に他界している縁者たちがその人の〝玉の緒〟が自然に切れて肉体との分離がスムーズに行われるように世話をしているのを、すぐそばに付き添って援助します。

 次に考慮しなければならないのは意識の回復の問題ですが、これは新参者各自の真理の理解度に掛かっています。死後にも生活があるという事実をまったく知らない場合、あるいは間違った来世観が染み込んでいて理解力の芽生えに時間を要する場合は、睡眠に似た休息の過程を経ることになります。

 その状態は自覚が自然に芽生えるまで続きます。長くかかる場合もあれば短い場合もあります。人によって異なります。知識をたずさえた人には問題はありません。物質の世界から霊の世界へすんなりと入り、環境への順応もスピーディです。意識が回復した一瞬は歓喜の一瞬となります。なぜなら、先に他界している縁のある人たちが迎えに来てくれているからです」
℘104       
      
  霊的身体について
──幽体の寿命はどうなっているのでしょうか。死後は幽体で生活するわけですが、どのくらいの期間もつのでしょうか。


 「それは地上の年数でかぞえるわけにはいきません。肉体が老いていくのとは違って、霊的向上に伴って生じる変化だからです。あなたには沢山の身体が具わっています。それらを幽体だのエーテル体だの霊体だのと呼んでおられるのですが、あなたはそのうちのいずれか、つまりそれまでに到達した霊的進化のレベルの自我を表現するのに似合ったものを使用します。そしてさらに進化すると、昆虫が脱皮するようにそれを脱ぎ棄てます。つまりあなたは常にその時点での霊格にふさわしい身体で自我を表現しているわけです。死後の身体はそういう過程をたどります。それが無限に続くのです」

──真の自我は肉体でもなく幽体でもなくて、いったい何なのでしょう?
℘105
 「どう呼んでみたところで所詮は用語にすぎません。言葉は三次元世界のものですから、言葉を超えたものを完全に表現することはできません。したがって霊とは何かということを正しく表現できる用語がないのです。

 霊は物質的なものではありません。三次元的なものではありません。どこそこという存在場所をもつものではありません。身体のように空間を占めているのではないのです。あなた方の物的な感覚によっては、見ることも聞くことも触ってみることもできません。その霊こそ実在なのです。霊とは生命力です。霊とは動力です。霊とは宇宙の大霊の一部なのです。
 
 ですから、あなたがた人間は三位一体の存在ということになります。物的身体があり、霊的身体があり、そして魂(霊)があります。それらをぜんぶ別の用語に置きかえたければそうなさるがよろしい。が、何の意味もありません。用語をいじくり回すにすぎません。魂とは神性の火花です。内部に宿る大霊の一部です。

 あなたはその身体ではありません。その身体はあなたではありません。霊的身体はその物的身体が崩壊して大地に戻ったあと、引き続き自我を表現するために使用する媒体です。本当の自我は外側、表面、殻などには存在しません。内部の核、仁、中枢、魂、生命、つまりはあなたに潜在する〝神〟です。霊は無限の存在であるがゆえに無限の顕現と段階的変化をたどります。
℘106
一連の身体があり、それをアストラルだのエーテルだのと呼んでおられますが、それも一個の霊が顕現したものなのです。用語に惑わされてはいけません。言葉はただの道具にすぎません」

──肉体と幽体はどこまで似ているのでしょうか。胃液とか聴覚器官とか筋肉とかがもしあるとすれば何かの役に立つのでしょうか。

 「何の役にも立ちません。あなた方がその肉体器官を機能させる時それぞれの器官とそっくりの幽質の身体を使用しています(これを複体「ダブル」と呼ぶことがある──訳者) が、それには筋肉も胃液も聴覚もありません。霊が肉体を通して顕現し機能するための外皮のようなもので、死が訪れると地上での役目が終わったことになりますから、その時点で脱ぎ棄てられて別の身体が用意されます。こうして霊が浄化していくに伴って、その段階にふさわしい表現機関として次々と新しい身体を必要とします。霊的身体はたくさんあるのです」

──たくさんあるとすると、死ぬ時はどうなるのでしょうか。一つひとつ脱け落ちていくのでしょうか。
℘107
 「進化するごとに身体を脱ぎ替えていきます」

──ということは、われわれは何度も死をくり返すわけですか。
 「そうです。ただし霊が死ぬのではありません。表現の媒体が変わるということです」


──いずれは幽体を脱ぎ棄てる時期がくるわけですが、それも〝死〟ですか。

 「そうです。肉体が役目を終えて棄て去られるのと同じです」


──われわれは何度も死ぬわけですね。

 「そうなります。が、それは有難いことなのですよ。進歩していることを意味するからです」

℘108
──いずれ最後は何の身体もまとわない純粋な霊のみの存在となるのでしょうか。

 「私は、その段階には永遠に至らないのではないかと思っています。それに近づく過程の連続だと考えています」


──そこに霊的進化の核心があるのですね?

 「人生そのものの根本の目標が進化であり発展であり成長であり学習なのです。進化するごとに、それまでの役目を果たしてきた身体が自動的に脱け落ちて、その進化した段階にふさわしい身体をまとうのです」

──ある意味ではわれわれの皮膚が次々とはげ落ちていくのと同じですね。

℘109
 「しかも、全身が7年ごとに(細胞が入れ替わって)新しい身体となっております。が、あなたという霊は決して無くなりません」



  霊界の仕事
──霊界にも自分を役立てる機会があるのでしょうか。

 「ありますとも! 地上よりはるかに多くの機会があります。こちらには、あなた方の理解を超えた問題がいろいろとあります。霊的宇宙のいたるところに存在する無数の霊──病める霊、幼い霊、忘れ去られた霊、孤独な霊、いびつな霊、無知な霊、こうした不幸な霊の面倒を見なければならないのです。なぜこんな厄介なことになるのか──それはあなた方の世界がそういう霊を送り込んでくるからです」

──霊界の人たちも行動範囲に限界があるのでしょうか。それとも自由に宇宙を駆けめぐることができるのでしょうか。旅行もできるのでしょうか。探検もできるのでしょうか。
℘110
 「もちろん出来ます。ただし、それが出来るだけの資格を手にすればのことです。霊格の問題です。そこに目的意志というものが無くてはなりません」(遊び半分、面白半分の宇宙旅行や探検は許されないということ───訳者)

 さらに関連質問を受けてから冒頭に引用した言葉を述べた。すなわち───
 「私たち霊の世界の生活がどうなっているか、その本当の様子をお伝えすることはとても困難です。霊の世界の無限の豊かさについて、あなた方は何もご存知ありません。その壮大さ、その無限の様相(バラエテイ)は、地上のどの景色を引き合いに出されても、どこの壮大な景観を引き合いに出されても、それに匹敵するものはありません」


──私が思うのに、死後の世界へ行っても、そうした霊界の豊かさを探検する楽しみを捨てて、地上で始めた仕事を続けている者が大勢いるのではないでしょうか。

 「そちらで医者だった者がこちらでさらに勉強し、地上での知識をプラスして病気の治療に当たっている人がたくさんいます。それが霊的開発の証しなのです」
℘111         
  再会時の識別の問題
 ここでサークルの女性メンバーの一人が見解を述べたのに対して───
 「法則というものがあって、それがすべてを規制しているのです。そのうちあなたも何一つ忘れ去られたり見落とされたりすることがないことを理解なさいます。私はいつも大自然の摂理とそれによる経綸の完璧さに感嘆しているのです」

──実は私の妹は出産の際の器具の使い方が悪くて脳に障害を受けました。それはそれは醜い姿になってしまいました。今は他界していますが、私が他界した時にすぐに妹が分かるでしょうか。今も地上にいた時と同じ姿をしているのでしょうか。なぜ妹は四〇年間もそういう醜い状態で地上生活を送らねばならなかったのでしょうか。
 
 「この種の問題はほんとうは個人的感情を抜きにしてその原理を直接扱えば簡単に片づくのですが、それが出来ないのが残念です。地上に生をうけているいかなる人間も、代償の法則、ときには懲罰と言うべきものから逃れることはできません。ある段階において必ず霊的な貸
℘112
借の差引勘定が行われ、貸り借し無しの状態となります。そちらで欠陥のあった人はこちらでそれ相当の埋め合わせがあります。

 不具といってもそれは肉体上の不完全さであって、精神や霊が不具になることは絶対にありません。何らかの脳の障害によって精神や霊が表現の機会を与えられなかったことから生じる未熟な精神、未熟な霊ならあります。そうした霊は他界した時点ではたぶん幼児のような進化の程度でしょう。しかし、精神または霊には何の障害もありません。

 なぜそういうことになったということですが、これはさらに複雑な問題です。因果律、器具の扱い方の間違い、処置の不手際、こうしたものが重なって身体が害され、脳が本来の表現と認識の道具としての機能が果たせなくなったわけです。なぜそうなったのか? もしかしたらカルマが働いていたのかも知れません。が、私は個人的なことにはお答えするわけにはいきません。私はあくまでそれに関わっている原理、原則しか扱えません」
 
 別の人が 「この方はご自分が他界した時にすぐに妹さんだということが識別できるかどうかを知りたがっておられます」と言うと───

 「識別は想像されているほど困難なものではありません。他界してきた人はその人と何らかの縁故のある人たちによって看護されます。
℘113
その人たちは死期が近づいたことを察知することができ、迎えに出ます。霊というものは自分の識別を容易にしてあげるために一時的にどんな形体でもとることができます。子供の時に他界して地上の時間にして何十年もたっている場合、その母親が他界してきた時に一時的に他界時の子供の姿になってみせることができます。ですから、それはご心配なさる必要はありません」 

──そちらから人間をご覧になる時、私たちの霊体が見えるのでしょうか、人体が見えるのでしょうか、それとも両方が見えるのでしょうか。


 「それは一口にはお答えできない問題です。その霊が開発した能力によって違ってくるからです。特殊な能力──地上の霊能者が使用する霊視力と同じものをもっておれば人体も見えますが、一般的に言えば霊は人間の霊体を見ている場合の方が多いです。今の私にはこの部屋の物体は何も見えません。ご出席のみなさんの霊体だけが見えております」

──こちらの世界からそちらの世界へ行くとき、そちらの縁ある人たちにそのことを知らせる何かの連絡組織があるのでしょうか。
℘114
 「そういう人たちは常にあなたといっしょですから、そういう組織は必要ありません。あなたご自身が覚悟するずっと以前からあなたの死期を察しております。そしていよいよその時期が到来すると、そばに来て待機します。宇宙で愛ほど強力な引力はありません。愛でつながった人はけっして離ればなれにはなりません」

──ここでその日のゲストの一人で霊媒をしている女性が興味ぶかい質問をした。その霊媒がその日ある婦人の依頼で一カ月前に他界したばかりのご主人を呼び出してメッセージを述べさせたところ、その日の朝はこんなことをした、昼はこんなことをした、夕方はこんなことをした、という内容のものだったという。それで、霊界の生活にもそのように地上と同じ朝・昼・夜の変化があるのかという質問をした。これについてシルバーバーチはこう答えた。


 「こちらへ来て間もない初期の段階ではそういうことがあります。まだ新しい霊的環境に順応していないためです。霊界の低い界層、いわゆる幽界の環境は地上とそっくりです。これは新参者が感覚を馴らしていくための神の配慮です。
℘115
 そうしないと新参者は戸惑うのです。そうしたことから、今おっしゃった人のように、霊界へ来てからも朝と昼と夜の生活があるように思っている霊がいることになります。そう思うからそうなるのです。私たちの世界は思念が実在となる世界です。悟りが芽生えるまではその過渡的な状態がつづきます。それとは別に、あとに残した人の援助がしたくて、あえて霊的向上を望まないというケースもあります。

 霊界にも庭園もあれば家もあり、湖もあれば海もあります。なぜかと言えば、もともとこちらこそが実在の世界だからです。私たちは形のない世界で暮らしているのではありません。私たちもあい変わらず人間的存在です。ただ肉体をもたないというだけです。大自然の美しさを味わうこともできます。言葉では表現できない光輝あふれる生活があります。お伝えしようにも言葉がないのです。

 ごく自然な形で霊界でも家に住みます。ですがその家は地上生活(の善行・徳行)によってこしらえられたものです。庭園も自然な形で存在します。手入れがいると思えば手入れをします。究極的にはそうしたもの一切が不要であるとの悟りに達しますが、それまではそうした (地上とよく似た) 環境の維持に必要な配慮がちゃんとなされております。もしそうした配慮がまるでなされなかったら、地上から霊の世界への移行は大へんショッキングな出来ごととなってしまいます。
 ℘116
 霊界での生活は段階的に向上していくようになっています。各界層、段階、ないし表現の場は、下と上とが地理的にではなく進化的な意味で重なり合い、次第に融合しております。魂が向上し、より高い境涯への適応性が身につくと、自動的にその境涯に置かれるのです。これも完全な叡智の完璧な働きの一例です。何一つ偶然ということがないのです。

(訳者注──オーエンの 『ベールの彼方の生活』 第四巻でアーネル霊が、暗黒界から救出された霊の集団によってつくられたコロニーについて次のように述べている。《その後もそのコロニーは向上しつつあります。そして増加する光輝の強さに比例して少しずつ位置が光明界へと移動しております。これは天界における霊的状態と場所との相互関係の原理に触れる事柄で、貴殿には理解が困難、いや、不可能かも知れません。それでこれ以上は深入りしないことにします》)
 
 





 霊的に病んでいる場合はこちらにある病院へ行って必要な手当てを受けます。両親がまだ地上にいるために霊界での孤児となっている子供には、ちゃんと育ての親が付き添います。血縁関係のある霊である場合もありますが、霊的な近親関係によって引かれてくる霊もいます。
℘117
このように、あらゆる事態に備えてあらゆる配慮がなされます。それは自然の摂理が何一つ、誰一人見捨てないようにできているからです。

 地上生活の究極の目的は人間が霊的成長のある段階において、物的現象の世界のウラ側に存在する実在に気づくように、さまざまな体験を提供することです大自然の摂理は正常な人間には例外なくその機会が与えられるように働いていることを私は確信しております。もしそうでなかったら神によって無視されたり恩恵にあずかれない人間がいることになり、そういうことは絶対に有り得ないことだからです。霊が地上に誕生するというその事実が、潜在的にその子供にもいずれ芽生えるであろう霊的自覚が秘められておりそのための機会がこれから与えられていくということを意味しております

              完