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読 書 会 案 内 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   
   
       読 書 会 会 場  かつしか青砥(詳細案内)
 
   2011年 10月ホームページ公開  
 
   2012年  1月 読書会開始                  

                  2019年   読 書 会 日 程 表             

    13:30 ~16:00      3/10    4/14    5/12     6/9     7/14     8/11
                                       
   
  場所 : 東京都葛飾区立石6-33-1 
                     最寄り駅 : 京成線 青砥駅 
                                              徒歩 : 5分   初参加の方はご一報ください
               かつしか青砥会場    シンフォニーヒルズ   別館 2F チェリー          


                                         
  
 
 
         
       
          
     
    ☆ 使用図書は各自ご用意ください

   読書会はタブレットでお読みになる方のため、底本のページ数を入れました


                2019年 6月9日      資料 : シルバーバーチの霊訓(6)潮文社

 <二章℘30以降は6月読書会用>ページが多いので二回に分けます。
 
 

バートン夫人 「では肉体上の苦痛が大きすぎて見るに見かねる時、もしも他に救う手がないとみたら、魂への悪影響を防ぐために故意に死に至らしめるということもなさるのでしょうか」

℘30 以下は6月読書会輪読分
  

 「それは患者によります。実際は人間の気まぐれから自然法則の順序を踏まずに無理やりに肉体から分離させられていることが多いのですが、それさえなければ、霊は摂理に従って死ぬべき時が来て自然に離れるものです」

バートン夫人 「でも、明らかに霊界の医師が故意に死なせたと思われる例がありますけど・・・・・・」

 「あります。しかしそれはバランス(埋め合わせ)の法則にのっとって周到な配慮の上で行っていることです。それでもなお魂にショックを与えます。そう大きくはありませんが」

バートン夫人 「肉体を離れるのが早すぎたために生じるショックですか」

 「そうです。物事にはかならず償いと報いとがあります。不自然な死を遂げるとかならずその不自然さに対する報いがあり、同時にそれを償う必要性が生じます。それがどういうものになるかは個人によって異なります。

あなた方治療家の役目は患者の魂に、それだけの資格ができている場合に、
℘31
苦痛を和らげてあげることです。その間に調整がなされ、言わば衝撃が緩和されて、魂がしかるべき状態に導かれます」



エドワーズ 「絶対に生き永らえる望みなしと判断したとき、少しでも早く死に至らしめるための手段を講じることは許されることでしょうか許されないことでしょうか」

 「私はあくまで〝人間は死すべき時が来て死ぬべきもの〟と考えています」
 

エドワーズ 「肉体の持久力を弱めれば死期を早めることになります。痛みと苦しみが見るに見かね、治る可能性もないとき、死期を早めてあげることは正しいでしょうか」

 「あなた方の辛い立場はよく分かります。また私としても好んで冷たい態度をとるわけではありませんが、法則はあくまでも法則です。肉体の死はあくまで魂にその準備ができた時に来るべきです。それはちょうど柿が熟した時に落ちるのと同じです。熟さないうちにもぎ取ってはいけません。私はあくまでも自然法則の範囲内で講ずべき手段を指摘しております。
℘32
たとえば薬や毒物ですっかり身体をこわし、全身が病的状態になっていることがありますが、身体はもともとそんな状態になるようには意図されておりません。そんな状態になってはいけないのです。身体の健康の法則が無視されているわけです。

そういう観点から考えていけば、どうすれば良いかはおのずと決まってくると思います。何ごとも自然の摂理の範囲内で処置すべきです。本人も医者も、あるいは他の誰によってもその摂理に干渉すべきではありません。もちろん、良いにせよ悪いにせよ、何らかの手を打てばそれなりの結果が生じます。

ですが、それが本当に良いことか悪いことかは霊的法則にどの程度まで適っているかによって決まることです。つまり肉体にとって良いか悪いかではなくて、魂にとって良いか悪いかという観点に立って判断すべきです。魂にとって最善であれば肉体にとっても最善であるに違いありません」


 同じくエドワーズ氏とバートン夫妻が出席した別の日の交霊会で、シルバーバーチはこう強調した。

 「霊力の真の目的は(病気が縁となって)あなた方のもとを訪れる人の魂を目覚めさせることです。自分が本来霊的な存在であり、物的身体は自分ではないことに気づかないかぎり、その人は実在に対してまったく関心を向けないまま地上生活を送っていることになります。言わば影の中で幻を追いかけながら生きていることになります。
℘33
実在に直面するのは真の自我、すなわち霊的本性に目覚めた時です。地上生活の目的は、帰するところ自我を見出すことです。なぜなら、いったん自我を見出せば、それからというものは(分別のある人であれば)内部に宿る神性をすすんで開発しようとするからです。

残念ながら地上の人間の大半は真の自分というものを知らず、したがって不幸や悲劇に遭うまで自分の霊的本性に気づかないのが実情です。光明の存在に気づくのは人生の闇の中でしかないのです。

 あなた方がお会いになるのは大半が心身に異常のある方たちです。治療を通じてもしその人たちに自分が霊的存在であるとの自覚を植えつけることができたら、もしその人たちの霊的本性を目覚めさせることができたら、もし内部の神の火花を点火させることができたら、やがてそれが炎となってその明かりが生活全体に輝きをもたらします。

もとより、それは容易なことではありません。でも、たとえ外れた関節を元どおりにするだけのことであっても、あるいは何となく不調を訴えた人がすっきりしたというだけのことであっても、そうした治療を通じてその人に自分が肉体を具えた霊的存在であり霊を具えた肉体的存在ではないことを理解させることに成功すれば、あなた方はこの世で最大の仕事をしていることになるのです。

 私どもが肉体そのものよりもその奥の霊により大きな関心を向けていることを理解していただかねばなりません。
℘34
霊が正常であれば肉体は健康です。霊が異常であれば、つまり精神と肉体との関係が一直線で結ばれていなければ、肉体も正常ではありえません。この点をよく理解していただきたいのです。なぜなら、それはあなた方がご苦労なさっているお仕事において、あなた方自身にも測り知ることのできない側面だからです。

完治した人、痛みが和らいだ人、あるいは回復の手応えを感じた人があなた方へ向ける感謝の気持も礼も、魂そのものが目覚め、内部の巨大なエネルギー源が始動しはじめた事実にくらべれば、物の数ではありません。

 あなた方は容易ならざるお仕事にたずさわっておられます。犠牲と献身を要求される仕事です。困難のさなかにおいて為される仕事であり、その道は容易ではありません。

しかし先駆者のたどる道はつねに容易ではありません。奉仕的な仕事には障害はつきものです。かりそめにもラクな道、障害のない道を期待してはなりません。障害の一つ一つ、困難の一つ一つが、それを乗り越えることによって霊の純金を磨き上げるための試練であると心得て下さい」
 

エドワーズ 「魂の治療の点では私たち治療家の役割よりも霊界の治療家の役割の方が大きいのですか」
℘35
 「当然そうなりましょう」
 

エドワーズ 「そうすると私たちが果たす役目は小さいということでしょうか」

 「小さいとも言えますし大きいとも言えます。問題は波長の調整にあります。大きく分けて治療には二通りの方法があります。一つは治癒エネルギーの波長を下げて、それを潜在エネルギーの形で治療家自身に送ります。それを再度治癒エネルギーに還元してあなた方が使用します。

もう一つは、特殊な霊波を直接患者の意識の中枢に送り、魂に先天的に具わっている治癒力を刺激して、魂の不調和すなわち病気を払いのける方法です。こう述べてもお分かりにならないでしょう」
 

エドワーズ 「いえ、理屈はよく分ります。ただ現実に適応するとなると・・・・・・」

 「では説明を変えてみましょう。まず、そもそも生命とは何かという問題ですが、これは地上の人間にはまず理解できないと思います。なぜかというと、生命とは本質において物質とは異なるものであり、
℘36
いわゆる理化学的研究の対象とはなり得ないものだからです。


で、私はよく生命とは宇宙の大霊のことであり、神とはすなわち大生命のことだと言うのですが、その意味は、人間が意識を持ち、呼吸し、歩き、考えるその力、また樹木が若葉をまとい、鳥がさえずり、花が咲き、岸辺に波が打ち寄せる、そうした大自然の脈々たる働きの背後に潜む力こそ、宇宙の大霊すなわち神なのだというのです。同じ霊力の一部であり一つの表現なのです。

 あなた方が今そこに生きておられる事実そのものが、あなた方も霊であることを意味します。ですから同じく霊である患者の霊的進化の程度に応じたさまざまな段階で、その霊力を注入するというのが心霊治療の本質です。

ご承知のとおり病気には魂に起因するものと純粋に肉体的なものとがあります。肉体的なものは治療家が直接触れる必要がありますが、霊的な場合は今のべた生命力を活用します。が、この方法にも限界があります。

あなた(エドワーズ)の進化の程度、協力者のお二人(バートン夫妻)の進化の程度、それに治療を受ける患者自身の進化の程度が絡み合って自然にできあがる限界です。また、いわゆる因縁(カルマ)というものも考慮しなくてはなりません。因果律です。これは時と場所とにおかまいなく働きます」


エドワーズ 「魂の病にもいろいろあってそれなりの影響を肉体に及ぼしていると思いますが、そうなると病気の一つ一つについて質の異なる治癒エネルギーが要るのではないかと想像されますが・・・・・・」
℘37  
 「まったくその通りです。人間は三位一体の存在です。一つは今述べた霊(スピリット)で、これが第一原理です。存在の基盤であり、種子であり、すべてがそこから出ます。次にその霊が精神(マインド)を通じて自我を表現します。これが意識的生活の中心となって肉体(ボデイ)を支配します。この三者が融合し、互いに影響し合い、どれ一つ欠けてもあなたの存在は無くなります」
 

エドワーズ 「一方通行ではないわけですね」

 「そうです。霊的ならびに精神的発達の程度に従って肉体におのずから限界が生じますが、それを意識的鍛錬によって信じられないほど自由に肉体機能を操ることが出来るものです。インドの行者などは西洋の文明人には想像も出来ないようなことをやってのけますが、精神が肉体を完全に支配し思いどおりに操るように鍛錬したまでのことです」
 
℘38
エドワーズ 「心霊治療が魂を目覚めさせるためのものであり、霊が第一原理であれば、霊界側からの方がよほどやり易いのではないでしょうか」

 「そうも言えますが、逆の場合の方が多いようです。と言うのは、死んでこちらへ来た人間でさえ霊的波長よりは物的波長の中で暮らしている(地縛の)霊が多いという事実からもお分かりの通り、肉体をまとった人間は、よほど発達した人でないかぎり、たいていは物的な波長にしか反応を示さず、私たちが送る波長にはまったく感応をしないものです。

そこであなた方地上の治療家の存在が必要となってくるわけです。霊的波長にも物的波長にも感応する連結器というわけです。治療家に限らず霊能者と言われている人が常に心の修養を怠ってはならない理由はそこにあります。霊的に向上すればそれだけ仕事の範囲が広がって、より多くの価値ある仕事ができます。

そのように法則ができあがっているのです。ですが、そういう献身的な奉仕の道を歩む人は必然的に孤独な旅を強いられます。ただ一人、前人未踏の地を歩みながら、後の者のための道しるべを立てていくことになります。あなたにはこの意味がお分かりでしょう。すぐれた特別の才能にはそれ相当の義務が生じます。両手に花とはまいりません」
 
℘39
エドワーズ 「さきほど治癒エネルギーのことを説明されたとき、霊的なものが物的なものに転換されると言われましたが、その転換はどこで行われるのでしょうか。どこかで行われるはずですが・・・・・・」

 「使用するエネルギーによって異なります。信じられない方がいらっしゃるかも知れませんが、いにしえの賢人が指摘している〝第三の目〟とか太陽神経叢などを使用することもあります。そこが霊と精神と肉体の三者が合一する〝場〟なのです。これ以外にも患者の潜在意識を利用して健康な時と同じ生理反応を起こさせることによって失われた機能を回復させる方法があります」
 

エドワーズ 「説明されたところまでは分かるのですが、その〝中間地帯〟がどこにあるかがよく分りません。どこで物的状態と霊的治癒エネルギーとがつながるのか、もっと具体的に示していただきたいのです。どこかで何らかの形で転換が行われているに違いないのですが・・・・・・」

℘40
 「そんなふうに聞かれると、どうも困ってしまいます。弱りました。分かっていただけそうな説明がどうしてもできないのです。強いて譬えるならば、さっきも言ったコンデンサーのようなことをするのです。コンデンサーというのは電流の周波を変える装置ですが、大体あんなものが用意されていると想像してください。

エクトプラズムを使用することもあります。ただし実験会での物質化現象や直接談話などに使用するものとは形態が異なります。もっと微妙な、目に見えない・・・」


エドワーズ 「一種の〝中間物質〟ですか」

 「そうです。霊の念波を感じやすく、しかも物質界でも使用できる程度の物質性を具えたもの、とでも言っておきましょうか。それと治療家のもつエネルギーが結合してコンデンサーの役をするのです。そこから患者の松果体ないしは太陽神経叢を通って体内に流れ込みます。その活エネルギーは全身に行きわたります。電気的な温みを感じるのはその時です。

知っておいていただきたいことは、とにかく私たちのやる治療法には決まった型というものが無いということです。患者によってみな治療法が異なります。また霊界から次々と新しい医学者が協力に参ります。
℘41
そして新しい患者は新しい実験台として臨み、どの放射線を使用したらどういう反応が得られたかを細かく検討します。なかなか渉(ハカド)らなかった患者が急に快方へ向かいはじめることがあるのは、そうした霊医の研究結果の表れです。

また治療家のところへ行く途中で治ってしまったりすることがあるのも同じ理由によります。実質的な治療というのは、あなた方が直接患者と接触する以前にすでに霊界側において大部分が済んでいると思って差支えありません」
 

エドワーズ 「そうするともう一つの疑問が生じます。いま霊界にも大ぜいの霊医がいると申されましたが、一方で遠隔治療を受けながら別の治療家のところへ行くという態度は、治療にたずさわる霊医にとって困ったことではないでしょうか」

 「結果をみて判断なさることです。治ればそれでよろしい」
 

エドワーズ 「なぜそれでいいのか、理屈が分からないとわれわれ人間は納得できないのですが」
℘42
 「場合によってはそんなことをされると困ることもありますが、まったく支障にならないこともあります。患者によってそれぞれ事情が違うわけですから、一概に言い切るわけにはまいりません。あなただって患者を一目見て、これは自分に治せる、とは判断できますまい。

治せるか否かは患者と治療家の霊格によって決まることですから、あなたには八分通りしか治せない患者も、他の治療家のところへ行けば全治するかもしれません。

条件が異なるからです。その背後つまり霊界側の複雑な事情を知れば知るほど、こうだ、ああだと、断定的な言葉は使えなくなるはずです。神の法則には無限の奥行があります。あなたがた人間としては正当な動機と奉仕の精神にもとづいて、精一杯、人事を尽くせばよいのです。こうすれば治る、これでは治らないとかを予断できる者はいません」
 

エドワーズ 「細かい点は別として、私たちが知りたいのは、霊界の医師は必要とあらばどこのどの治療家にも援助の手を差しのべてくれるかということです」

 「霊格が高いことを示す一ばんの証明は人を選り好みしないということです。私たちは必要とあらばどこへでも出かけます。これが高級神霊界の鉄則なのです。あなた方も患者を断わるようなことは決してなさってはいけません。
℘43
あなたがたはすでに精神的にも霊的にも本質において永遠の価値を持った成果をあげておられます。人間的な目で判断してはいけません。あなたがたには物事のウラ側を見る目がないのです。したがって自分のしたことがどんな影響を及ぼしているかもお分かりになりません。

しかし実際にはご自分で考えておられるよりはるかに多くの貢献をしておられます。あなたがたの貢献は地上で為しうる最大のものの一つであることに自信をもってください。

一生けんめい治療なさって何の反応も生じなくても、それはあなたの責任でもありませんし、あなたの協力者(バートン夫妻───たとえばエドワーズ氏が患者の頭部に手を当てバートン夫妻が左右の手を握って祈念するという形での協同治療のことで、エドワーズ氏に代って夫妻が治療するという意味ではない───訳者)の責任でもありません。

すべては自然の摂理の問題です。ご承知のように奇跡というものは存在しません。すべては無限なる愛と無限なる叡知によって支配されているのです。

 あなたと、協力者のお二人に申し上げます。つねに霊の光に照準をあてるように心がけて下さい。この世的な問題に煩わされてはなりません。(エドワーズ氏は治療費を取らず自発的な献金でまかなっていたために慢性的な資金不足の問題をかかえ、借り入れ金の返済も滞りがちで、
℘44
運営の危機に直面したことが何度かある───訳者)これまで幾つもの困難に遭遇し、これからも行く手に数々の困難が立ちはだかることでしょうが、奉仕の精神に徹している限り、克服できない障害はありません。すべてが克服され、奉仕の道はますます広がっていくことでしょう。あなたがたのお仕事は人々に苦痛の除去、軽減、解放をもたらすだけではありません。

あなたがたの尊い献身ぶりを見てそれを見習おうとする心を人々に植えつけています。そしてそれがあなたがたをさらに向上の道へと鼓舞することになります。私たちはまだまだ霊的進化の頂上を極めたわけではありません。まだまだ、先ははるかです。なぜなら、霊の力は神と同じく無限の可能性を秘めているのです」


サークルの一人「患者としてはあくまで一人の治療家のお世話になるのが好ましいのでしょうか」

 「それは一般論としてはお答えしにくい問題です。なぜかと言いますと、大切なのはその患者の霊的状態と治療家の霊的状態との関連だからです。心霊治療にもいろいろと種類があることを忘れてはなりません。霊的な力をまったく使用しないで治している人もいます。自分の身体のもつ豊富な生体エネルギーを注入することで治すのです。
℘45
霊の世界はまったく係わっておりません。それは決していけないことではありません。それも治療法の一つというにすぎません。ですから、患者のとるべき態度について戒律をもうけるわけにはまいりません。ただし、一つだけ好ましくない態度を申せば、次から次へと治療家をかえていくことです。それでは治療家にちゃんとした治療を施すチャンスを与えていないことになるからです。

私たち霊界の者は何とか力になってあげたいと臨んでいても、そういう態度で訪れる人の周りには一種のうろたえ、感情的なうろたえの雰囲気が漂い、それが霊力の働きかけを妨げます。ご承知のように、霊力が一番働きやすいのは受身的な穏やかな雰囲気の時です。その中ではじめて魂が本来の自分になりきれるからです」
 

エドワーズ 「一人の治療家から直接の治療を受けながら別の治療家から遠隔治療を受けるというのはどうでしょうか」

 「別に問題はありません。現にあなたはそれを証明しておられます。他の治療家に治療してもらっている人をあなたが治されたケースが幾つもあります」
    
℘46
バートン氏 「私は祈りの念が霊界へ届けられる経路について考えさせられることがよくあります。祈り方にもいろいろあり、特に病気平癒の祈願が盛んに行われています。その一つとして患者へ向けて祈念する時間が長いほど効果があると考えている人がいます。いったい祈りは霊界でどういう経路で届いているのか知りたいのですが」

 「この問題も祈りの動機と祈る人の霊格によります。ご承知の通り宇宙はすみからすみまで法則によって支配されており、偶然とか奇跡とかは絶対に起こりません。もしもその祈りが利己心から発したものであれば、それはそのままその人の霊格を示すもので、そんな人の祈りで病気が治るものでないことは言うまでもありません。ですが、

自分を忘れ、ひたすら救ってあげたいという真情から出たものであれば、それはその人の霊格が高いことを意味し、それほどの人の祈りは高級神霊界にも届きますし、自動的に治療効果を生む条件を作り出す力も具わっています。要するに祈る人の霊格によって決まることです」


バートン氏「祈りはその人そのものということでしょうか」
℘47
 「そういうことです」

バートン氏「大主教による仰々しい祈りよりも素朴な人間の素朴な祈りの方が効果があるということでしょうか」

 「地位には関係がありません。肝心なのは祈る人の霊格です。大主教が霊格の高い人であればその祈りには霊力が具わっていますが、どんなに立派な僧衣をまとっていても、筋の通らない教義に凝り固まった人間でしたら何の効果もないでしょう。

もう一ついけないのは集団で行う紋切り型の祈りです。案外効果は少ないものです。要するに神は肩書や数ではごまかされないということです。祈りの効果を決定づけるのは祈る人の霊格です。

 祈りとは本来、自分の波長を普段以上に高めるための霊的な行為です。波長を高め、人のために役立ちたいと祈る行為はそれなりの効果を生み出します。あなたが抱える問題について神は先刻ご承知です。

神は宇宙の大霊であるが故に宇宙間の出来ごとのすべてに通じておられます。神とは大自然の摂理の背後の叡知です。したがってその摂理をごまかすことは出来ません。神をごまかすことは出来ないのです。あなた自身さえごまかすことは出来ません」

℘48
バートン夫人「治療の話に戻りますが、患者が信仰心を持つことが不可欠の要素だと言う人がいますし、関係ないと言う人もいます。どうなのでしょうか」

 「心霊治療に限らず霊的なことには奥には奥があって、一概にイエスともノーとも言い切れないことばかりなのです。信仰心があった方が治りやすい場合が確かにあります。霊的知識に基づいた信仰心は魂が自我を見出そうとする一種の憧憬ですから、魂に刺激を与えます。あくまで自然の摂理に関する知識に基づいた信仰でして、何か奇跡でも求めるような盲目の信仰ではだめです。反対に、ひとかけらの信仰心がなくても、魂が治るべき段階まで達しておれば、かならず治ります」


バートン夫人 「神も仏もないと言っている人が治り、立派な心がけの人が治らないことがあって不思議に思うことがあります」

 「その線引きは魂の霊格によって決まります。人間の観察はとかく表面的で内面的でないことを忘れてはなりません。魂そのものが見えないために、その人がそれまでにどんなことをしてきたかが判断できません。
℘49
治療の結果を左右するのはあくまでも魂です。ご承知の通り私も何千年か前に地上で幾ばくかの人間生活を送ったことがあります。そして死後こちらでそれより遥かに永い霊界生活を送ってきましたが、その間、私が何にもまして強く感じていることは、大自然の摂理の正確無比なことです。

知れば知る程その正確さ、その周到さに驚異と感嘆の念を強くするばかりなのです。一分(いちぶ)の狂いも不公平もありません。地上だけではありません。私どもの世界でも同じです。差引勘定をしてみれば、きちんと答えが合います。

 何事も憂えず、ただひたすら心に喜びを抱いて、奉仕の精神に徹して仕事をなさることです。そして、あとのことは神にお任せすることです。それから先のことは人間の及ぶことではないのです。

あなた方は所詮、私たちスピリットの道具に過ぎません。そして私たちも又、さらに高い神霊界のスピリットの道具に過ぎません。自分より偉大なる力がすべてを佳きに計らってくれているのだと信じて、すべてをお任せすることです」


 最後に、別の日の交霊会で再び心霊治療の話題が取り上げられた時の注目すべき霊言を紹介しておこう。パキスタンから招待された人が〝見たところ何でもなさそうな病気がどうしても治らないことがあるのはなぜでしょうか〟と尋ねたのに対して、シルバーバーチはこう答えた。
℘50
 「不治の病というものはありません。すべての病気にそれなりの治療法があります。宇宙は単純にして複雑です。深い奥行きがあるのです。法則の奥に又法則があるのです。知識は新しい知識へ導き、その知識がさらに次の知識へと導きます。理解には際限がありません。叡知は無限です。

こう申し上げるのは、いかなる質問にも簡単な答えは出せないということを知っていただきたいからです。すべては魂の本質、その構造、その進化、その宿命に関わることだからです。

 地上の治療家からよくこういう言い分を聞かされます───〝この人が治ったのになぜあの人は治らないのですか。愛と、治してあげたいという気持ちがこれだけあるのに治らなくて、愛も感じない、見ず知らずの人が簡単に治ってしまうことがあるのはなぜですか〟と。

そうしたことはすべて法則によって支配されているのです。それを決定づける法則は魂の進化と関係しており、魂の進化は現在の地上生活によって定まるだけでなく、しばしば前生での所業が関わっていることがあります。霊的な問題は地上的な尺度では計れません。人生の全てを物質的な尺度で片付けようとすると誤ります。

しかし残念ながら、物質の中に閉じ込められているあなた方は、とかく霊の目を持って判断することができず、そこで、一見したところ不正と不公平ばかりが目につくことになります。
℘51
 神は完全なる公正です。神の叡知は完全です。なぜなら完全なる摂理として作用しているからです。あなた方の理解力が一定の尺度に限られている以上、宇宙の全知識を極めることは不可能です。どうか〝不治の病〟という観念はお持ちにならないでください。

そういうものは存在しません。治らないのは往々にしてその人の魂がまだそうした治療による苦しみの緩和、軽減、安堵、ないしは完治を手にする資格を身につけていないからであり、そこに宿業(カルマ)の法則が働いているということです。

こんなことを申し上げるのは、あきらめる観念を吹聴するためではありません。たとえ目に見えなくても、何ごとにも摂理というものが働いているという原則を指摘しているのです」