/  / 

  死後の世界  J・S・M・ワード著                      浅野和三郎訳

  浅野和三郎著作集の刊行にあたって

 西欧の心霊研究を日本に付植し、その研究と普及に不滅の業績を残した浅野和三郎の著作が、半世紀ぶりに陽の目を見ることになった。これらの多くは永年絶版のままであり、心霊研究家や同好者の間から、その再刊が待望されていたものばかりである。
 世界の霊界通信の至宝と言われる『霊訓』『永遠の大道』『死後の世界』をはじめ、日本の霊界通信の白眉『小桜姫物語』、また心霊研究の不朽の名著とされる『心霊講座』等々、次々と刊行されるわけで、これはまさに、文字通り、心霊の秘庫が開かれることになったわけである。
 一三四余年前に欧米で発生した近代心霊研究は、唯物主義化して、崩壊に向かうであろう現代を予測して発生した。いわば天啓であって、近代の知性と科学的な方法によって、現代人に、分かりやすく納得ゆく形で、霊的真理を示そうとするものであった。

 浅野和三郎は、早くから英文学者として令名たかく、本邦最初のシェイクスピアの完訳者の一人、『スケッチブック』の名訳などによって知られていた。しかし、心霊研究の持つはかり知れない意義に気付くと、それらの名声も海軍教官の要職もなげうって、この道に入った。大正十二年、東京に心霊科学研究会を設立、機関紙「心霊と人生」を発行、研究と心霊思想の普及に献身した。昭和十二年の死に至る僅か十五年間に、四十余冊の著作を成し遂げている。これらの活動で、心霊研究は、日本に確実に定着され、その人生指導原理であるスピリチュアリズム(神霊主義)が展開され、その偉業ははかり知れないものがある。
 その後の仕事は、弟子である脇長生の手に受け継がれ、昭和五十三年の死まで、心霊科学研究会と月刊誌「心霊と人生」は健在で、心霊研究、なかんずくスピリチュアリズムの新展開の面で、日本における指導的役割を果たしてきた。
 このたび、『浅野和三郎著作集』が刊行されることは、すでに古典の地位を獲得した、これら名著を世に残すだけでなく、さらに重大な意味があるように思える。人類のかつてない物質的繁栄と共に、核戦争、飢餓、人心荒廃などの危機が迫っている。物質の力の他に霊的な存在を見失った人類の病気であって、これを治す処方箋は、もはや心霊研究の外にないのである。しかし反面では、超能力や霊的現象に対する関心が異常に高まってきている。これは人類の危機に救いを見出せない人心の不安の表れである。これに便乗して雑多な心霊書の類がはんらんしている。古い霊術や、宗教的秘法や、興味本位の心霊談などで、現代の危機はとうてい救えるものではない。逆に、これらが誤った心霊的迷信をまき散らすという、新しい危機さえ生まれつつあるのである。
 今回の出版は、まさに時宜を得た、いわば天の時の感が深いのである。浅野和三郎が付植した心霊研究が、もう一度ここで確認され、一三〇余年前からその開花の時を待っている、科学的心霊研究とその帰結であるスピリチュアリズムが、逆に日本から世界に向かって広がっていくかもしれない予感さえ帯びているのである。
 この出版の裏には、永年にわたり、資料蒐集と保管に心をくだいてきた、浅野和三郎のご長女・秋山美智子様・令孫・浅野修一氏らの悲願が込められていることを記しておきたい。また、刊行に深い理解と協力を惜しまれなかった、潮文社社長、小島正氏の識見に敬意を表する次第である。
    昭和六十年四月
                                  心霊研究家 桑 原 啓 善

                    目   次

     上編   死後の世界  J・S・M・ワード著          潮文社          浅野和三郎訳
死後の世界(解説)                           
    一 ワアド氏の人物とその霊能                 
  二 死後の世界   アムブロースという僧
  三 著者が接したる靈界の人物
  四 著者の態度
  五 著者からの来信
 本書は、本文復刻版『浅野和三郎著作集』の一
冊として四六上製版で昭和60年7月に発行された
ものの新装版である。
復刻の原本は、嵩山房より大正14年12月に出版
されている。
上編 叔父さんの住む靈界
   一 誕生日と命日
   三 自動書記の開始     
   四 信仰の意義 
     五 無名の陸軍士官
   六 霊界の分野     
      十 霊界の圖表
    十一  聖者の臨終
    十二  霊界の学校
    十四  霊界の大学
    十五  犬の霊魂  恐ろしい地上時代の呵責
    十六  星と花
    十七  問題の陸軍士官
    十八  守護の天使
    十九  実務と信仰
  二十  インスピレーション
 二十二  音楽と戯曲  
 二十三  霊界からの伝言
 二十四  大学の組織
 二十五  霊界の病院
 二十六  無理な注文  
 二十七  公園の道草
 二十八  霊界の動物
 二十九  幽界と霊界 
  三十  幽界見物  他人の夢の中(キョンシー)
 三十一  欧州の戦雲 
 三十二  戦端開始 
 三十三  通信部の解散
  下編 陸軍士官の地獄めぐり
    一  死の前後  

    二  酒      亭
    三  幽界の居住者
    四  交霊会の裏面
    五  憑霊と犯罪
    六  地獄の大都市
    七  地獄の芝居
    八  皇帝に謁見
    九  ダントン征伐
      十  地獄の戦
   十一  皇帝の誘惑
   十二  魔術者と堤携
   十三  自ら作る罪
   十四  眞の悪魔
   十五  眷属募集
   十六  地獄のどん底
   十七  底なし地獄
   十八  向上の第一歩
   十九  地獄の第二境
   二十  地獄の図書館
二十一  地獄の病院
二十二  救いの曙光
二十三  愛慾の市
二十四  新たなる救いの綱
二十五  出 直 し
二十六  地獄の新聞紙
二十七  守護の天使との邂逅
二十八  第五部の唯物主義者
二十九  睡  眠  者
   三十  第  六  境
三十一  死後の生活の有無
三十二  第七境まで
三十三  地 獄 脱 出
 


 
   死後の世界(解説)
  □ 剣橋(ケンブリッチ)大学ワアド學士の驚くべき靈能□
  □ 死 後 の 世 界 の 徹 底 的 大 探 検□

     一 ワアド氏の人物とその靈能

 近年の欧米諸国には其々特殊な方法を以て霊界の消息を探る者が雲霞の如く続出し、ある程度まで其の裏面(りめん)の状況を知ることができるようになりましたが、しかしその中で嶄然(ざんぜん)として群を抜くの観あるものは確かにジエ・エス・エム・ワアド氏であろうと私は考えます。同氏はケンブリッチ大学のトリニティ・ホールのスカラアであり、バチエラア・オブ・アーツの学位を有しております。世界に霊媒は沢山ありますが、学識頭脳品格等が兼ね備わり一個のただの人間としても、押しも押されもせぬというものは殆ど見当たりません。
 
この点のみでもワアド氏は大いに注目に値します。果たせるかな同氏の霊界探検は微に入り細に入りて條理整然、加うるにその文藝的手腕が侮るべからざるものがあり、幽界の状況は躍如として紙面に浮かび出るの感があります。同氏の著作は目下二部ほど出版されております。即ち『ゴーン・ウェスト』とその続編の『サバルタアーン・イン・スピリット・ランド』がそれであります。私が初めてこれに接したのは一昨大正十二年の夏で、その価値の甚大なるに驚嘆し早速これを本邦の読者に紹介したいと思ったのですが、たまたま例の大震火災が勃発して何もかも一切焼失しました。その後同書の再注文を発し、漸く大正十三年の秋にこれを入手したような次第であります。既に私からは直接ワアド氏と何回も交渉を重ね、前記二名著の翻訳紹介に関してはその快諾を受けてあります。
 霊媒的素質は元来天稟(てんびん)で、一の宿命であり、約束であるようです。ワアド氏の場合に於いても、別に同氏がこれを修得すべく努力したからその能力を得たという訳ではなく、むしろ同氏の叔父にあたる L 氏の霊魂がワアド氏に霊媒的能力のあることを察知し、霊界の方から面倒を見て同氏をしてこの貴重なる通信を行はしめたのであります。但しワアド氏が多年心霊上の諸問題に没頭していたことはもちろんであります。
 
 同氏の霊界探検方法はこれを三種に分かち得るようです。即ち霊視能力、自動書記、並びに霊魂遊離の三つであります。
 一、霊視能力──これは彷彿としてワアド氏の心眼に霊界の一部が映ずるのでありまして、最初は氏自身も普通の夢かと考えたのですが、それが自分の叔父の死亡せる毎月曜に繰り返され、しかも全然明瞭正確、且つ連続的で、前回の夢の続きが次第に現れてくるのです。夢の中に見るものは主として霊界の状況で、前人未發の原野を縦横に探窮し、そしてそれが悉く正確であったのです。
  二、自動書記──ワアド氏のは全然無意識の恍惚状態に入りてこれを行うので、従って当人の意識は全然混入しておりませぬ。一部の心理学者などはすぐにこれを潜在意識説などに帰着せしめんとしますが、それは無理であります。ワアド氏自身も潜在意識説には大反対説を抱いております。氏は『ゴーン・ウェスト』の序文の中にこう述べております。──『私も潜在意識なるものの存在は認めますが、しかし多くの場合に於いてこの言葉は科学者たちが普通の物理的法則をもって説明し得ざる現象を説明するに使用する一つのカラクリです。科学者たちはそれらの現象が霊魂の所為であると認めることを嫌っているのです。よし潜在意識説を最高価値に見積もってみたとろこで、私が得たる霊界の消息──各方面で研究の結果全然正確なりと認められたる消息の出所を説明することはできません。私はここに多くの実例中から一例をあげます。それは P という人の霊魂から私に与えられた通信の一節ですが、それには斯うあります──。

「私(P の霊魂)は当地に於いて会合せる一友人の姓名を貴下にお知らせしますが彼は浸禮教徒(しんれいきょうと)であって、その名をリチャルド・グレシャム・バアカーと言い一八〇七年十月二十日の生まれであります。曾てノッテンガムの執行官であり、又バビングトンで或る炭鉱の支配人を務めたことがあります。彼は一八九二年六月二十一日を以て死し、その兄弟のジョンという人は二度ノッテンガムの市長を務めました。」
 右の霊界通信は百方調査の結果寸分事実に相違ないことが証明されました。この一事だけでも潜在意識説を打破するに充分です。
』云々。

 三、霊魂遊離──これがワアド氏の最後に発揮した能力で、ゴーン・ウエスト』の一部にもそれがありますが殊にその続編たる『サバルターン・イン・スピリット・ランド』の全部は主としてこの方法で出来上がっております。これは恍惚状態において同氏の霊魂が肉体から離脱し、霊界の実地体験を行うのであります。ワアド氏の実弟のレックスという人は陸軍中尉で一九一六年四月欧州戦場で戦死を遂げましたが、ワアド氏は恍惚状態においてしばしばこの実弟と霊界で会合し、常に相携えて種々雑多の実験調査に当たりました。ワアド氏の霊能はここに至りて最高潮に達しているようで、記事の精確、観察の鋭利、またその描写の巧みなることは到底空漠たる普通の神懸かりの産物と同日に談ずべくもありませぬ。全編何處を通読しても仇やおろそかな文字は見当たりませぬが、私はその中で特に本邦の心霊研究家にとりて多大の参考なる部分を、順次に紹介していきたいと存じます。

       
        二 死後の世界


 ワアド氏が試みたる死後の世界の探検を紹介する前に、これにつきての概念をまずここに紹介して置くことが適当かと存じます。死後の世界と申しましてもそれは極めて概括的な名称で、その内容は千差万別、とても人智の究極し得る限りではないようです。
人間が自分の居住する地球表面の物質世界をどうやら探究し得たのも最近のことに属します。況(いわん)や現肉体をもってしては到底接触すべくもあらぬ無限に広くかつ深い死後の世界──それがどうして奥の奥まで探求することができましょう。従来試みられる霊界談なるものは、一番優秀なところで、ホンの霊界の入口に立ってその内部の匂いを嗅いだだけです。ワアド氏のは中々そんなものではなく、まっしぐらにその内部に突入して縦横無尽に駆けまわって歩いているであります。

 ワアド氏の探検し得たのは死後の世界の中(うち)で第七界と第六界とだけです。氏は第七界をアストラル・ブレエン(幽界)と呼び、第六界をスピリット・ブレエン(霊界)と呼んでおります。第六界の奥(もしくは上)には更に第五界第四界・・・・・・第一界まで存在するものと信じられておりますが、第五界以上にはワアド氏の探検の手は殆ど届いておりません。

 さてワアド氏の研究に従えば第七界第六界ともその内部は幾階段にも分かれます。第七界すなわち幽界というのはあるいは地界と言ってもよく、つまり地上の人間界までも含める物質並びに半物質の世界の総称で、そこの居住するものの特色は悉く一つの幽体(アストラル・ボディ)をもっていることであります。人間にも勿論幽体がある。右の幽体は死の瞬間に於いて肉体と分離しますが、地上を距(さ)ること遠ければ遠きに従いて、ますます精錬され、浄化されて行き、最後に物質的には消え去るのであります。幽界全体はすべて時空の司配を受け、一定の場所もあるようですが、しかし地上の物質界の規則通りのみにも行かないようであります。

 ワアド氏は幽界を七つの境に分けております。即ち、
 一、暗黒境(地殻の極内部で、地獄に落ちる霊魂の控所)。
 二、薄明境(地殻のすぐ内部で凶悪なる霊魂の落ち行く所)。
 三、地上境(現物質世界)。
 四、夢幻境(極微なる物質の存在する空想世界)。
 五、執着境(地上の習慣が抜けきれざる霊魂のとどまる世界)。
 六、超執着境(食物、睡眠等の地上の習慣を放棄せる霊魂の居住地)
 七、大成境(第六界、すなわち霊界に進むべき霊魂の居住地にしてその幽体は甚だ希薄となる)。
 幽界の第五界、第六界境等の状況はワアド氏が後から発表した『サバルタアン・イン・スピリット・ランド』の中に極めて巧妙精細に描かれていて、真に実地体験の名に背かぬものがあると信ぜられます。
 次に第六界すなわち霊界というのは幽界を通過したるもの、いわば幽界の過程を卒業したる霊魂が入りゆく世界で、善霊にしろ悪霊にしろみなその幽体を失っております。その特質をあげれば

 一、物質が全然消失していること。
 二、空間が全く存在せぬこと。
 三、時間も殆ど存在せぬこと。(但し年代的順序だけは存在す)
 等であります。即ち霊界は場所の名称ではなくして寧ろ状態の名称であります。ですから霊界に入るということは場所からいえば同一場所にいるかもしれないのです。霊界に在りては思想がすべてであります。思想それ自身が形態を成して各自の眼に映ずるのであります。物質世界に在りては思想と形態との間に相当の距離があります。例えば甲の作った思想が乙という彫刻家によって一つの肖像と化するまでには、相当の時間労力を要し、加之(しかのみならず)思想と実物との間に多少の相違が生ぜぬとも限りますまい。霊界に在りては思想即ち形態であり、実物であるのです。ワアド氏の探究によれば霊界は左の四つの境に分たれております。即ち
 一、信仰と実務とを合一せる境。
 二、信仰有りて実務の伴わざる境。
 三、半信仰の境。
 四、無信仰の境──地獄。

 すでに述べた通り、この四つの区別はむろん状態の区別であって場所の区別ではありません。ゆえに趣味性行が異なれば同一地上にありても霊的には別世界の居住者であるかも知れず、これに反して趣味性行を同じくすれば地上の人間と死後の世界に住む者との間にも交通感應が可能である筈であります。
 右の四境のうち、下の二境、即ち『半信仰の境』と『地獄』とは、其々これを代表する所の二つの霊魂──叔父さんの L と無明士官とによって詳しく本文に紹介されておりますからここに繰り返す必要を認めません。ただ上の二境、即ち『信仰と実務を合一せる境』『信仰有りて実務の伴わざる境』とにつきましては詳しいことがまだ著者によりて発表されておりませんから、しばらくその概念だけをここに紹介しておきたいと存じます。
信仰有りて実務の伴わざる境』──これは『半信仰の境』よりはずっと明るく、夏の日の午前八時頃の英国の明るさに似ていると言います。この境に入る者は信仰心は強いが、ただいくらか偏狭で頑固で、そして信仰はありても実行はそれに伴い得ない連中であります。この境の最下部にいる霊魂は自分の属する宗派観念に固く捕らえられ、ややもすれば狭隘なる団体をつくりてそれに引籠る傾向があります。その顕著なる弱点は自分免許と退嬰保守とで、眼界が自分の置かれている環境以外に殆ど延びません。
℘11
 ただ下の『半信仰の境』を経てこの境に登ってきたものはこの種の弊害から脱却し、多くは公平綿密にこの境に見出さるる種々の信教を研究し、各教の裡につつまれた肝要な真理のみを抽き出そうと努めます。
 ワアド氏の肉体を借りてこの境の状況を通信した霊魂中に P というのがあっていろいろ有益な啓示をしております。中で面白いのは神々は沢山存在していてこれを崇拝するものの祈願に応ずると述べてあることであります。そして P はエジプトの某神殿でオシリス神が出現したこと、インドの某神殿では軍神カルティケーヤが司宰していること等を報告しています。
 P はまた信仰の境域にある図書館の模様を述べています。これらの図書館はいずれもその規模が宏大で、殆ど都市をあざむくばかり、そしてその内部は三部に別れているそうであります。第一部には地上で消滅した書籍ばかり集めてあるが、
勿論一部分は地獄の方へ行っているから、それは地上に現れた全部の書籍ではないのだと言います。第二部には霊界で出来た書籍ばかり集めてあるが、地上の書籍とは大いに趣を異にしている。一言にして 盡(つく)せば皆絵本なのであります。即ち思想が絵畫の形を以て示されて居るのです。第三部は殆ど書籍として取扱い得ざる性質のもので、活動写真のような一の心霊畫なのです。即ち大きな室に舞台のようなものを設けてあるとそこへ事件やら人物やらが歴々と現れて活動する。これらの書籍・・・・・・寧ろ活動畫の作者は特にそれに任命された学者たちの仕事だということです。日本の青年霊媒後藤道明氏出入往来を重ねる瑞景閣の模様などを聞いてみてもそれと大変類似の点が認められます。
 次に『信仰と実務と合一せる境』── これは殆ど何人も死後直ちに入るという訳には行かぬようです。ここに入るものは単に強き信念を持っているだけでは不十分で、よく偏狭な精神から超脱し、なおその上に人類愛を事実の上に発揮し得たものでなければなりません。要するにその信仰が実際の行為の上にあらわれ、生きている時から聖者と呼ばれた人でなければとてもその資格がないようであります。

 従って大ていの霊魂は死後の修行を積んでから初めてこの境に入ってくるが、その歩みは頗る遅い。そして入ってからも随分長年月の間ここに留まらねばならぬようです。この境の光線は熱帯地方の真昼位で、あまり進歩していない霊魂はとても明るさに耐えぬと言います。
 いろいろの宗教はだんだん上の霊界に進むにつれて統一されて行きますが、但しその統一という意義は全ての教義をゴチャゴチャニして混沌不鮮明なる信仰に導くという意義ではなく、各宗教の有する真理の部分だけを抽き出し、虚偽の部分を棄てて、一大組織体を構成することのようです。
 この境に居住する霊魂は主として其同胞、就中地獄に落ちているものを救済することに従事し、間断なく其処へ降りて行くようです。十四世紀に死んだアムブロースという僧はその一身を殆ど全くこの仕事に捧げましたが、最後にその望みが叶って『火の壁』を通過して上の界へと消え去りました。その際彼の忠実なる愛犬は、主人の後を追い、敢然として『火の壁』を突き抜けて行き、同時に一人の婦人──それは彼の愛人であったが、僧であるが為に地上で結婚し得なかったのです──も共に之に続いたといいます。
 さて右の第六階と第五界とを限る『火の壁』ですが、それは一体何であるか?
℘14 
 ワアド氏もこれに明答を与えていません。ある霊魂はそれを『第二の死』と呼びます。そして人間が死を畏れる如く、霊魂のあるものはこれを畏れますが、ただ人間の死が不可抗力で来るのに反し、第二の死は霊魂の自発的覚悟で求められるのであります。
 第二の死は霊魂の形態に影響はするが、しかしこれが為に霊魂の実在が破壊される訳ではないようであります。火の壁を通過して上の境に居住する一人の天使が P に向かってそのように述べております。
  『第六界に下りている間は、自分は天使の姿をしているが、それは自分の元の姿ではなく、又地上に居た姿でもない。ただそうしようと思ってその姿を創造るまでである。姿は自分の思う通りになる。動物の姿になろうと思えば直ちに動物になり、火焔(ほのお)の形になろうと思えば直ちに火焔になる・・・・・・。いわゆる悪魔(デイブル)と称するものにも、その力は備わっているが、その秘密はこれより以上に漏らすことはできない。兎に角火の壁の彼方のことは説ききかす限りでないが、個性の失はれぬことだけは保証する・・・・・・。』

 第五界以上のことは第六界の居住者にとりて殆ど全然不明であるらしく、又其処から降りてくる守護の天使たちも断じて秘密を漏らさぬようであります。一部の人たちは火の壁を通過すると同時に霊魂はもう一度物質界に戻りて復活するのだと信じているようですが、それは必ずしも全部ではないようであります。宇宙間は全てで七つの界に分かれていると言われていますから、上の方の界へズンズン向上する霊魂も必ず存在するに相違ないと思われます。火の壁の所から地上へ復活を命ぜられるのはおそらく下根の霊魂で、もう一度地上に降りて改造を要するものでありましょう。   


              三 著者が接したる靈界の人物

 ワアド氏が霊界並びに幽界において接触した人物は余程多数に上りますが、多くの場合に於いてその人の名誉を重んずる為に生前の実名を素破抜かず、単に略字のみが使用されております。
 第一に紹介せねばならぬ人物は同士の叔父にして同時に妻君の父たりし L 氏で、この人は一九一四年一月五日に死亡したのであります。ワアド氏が霊界探検を行うに至りましたのは主としてこの叔父の斡旋にかかり、常にこの人の霊魂が霊界でワアド氏を引き回しております。余程世故にも長け、又頗る事理を解せる好老紳士らしい人ですが、生前は余り信仰問題を歯牙にかけず、死後余程マゴついた様子が見えます。当人もこれではいけないと気がついたので、生前の罪滅ぼしの為に、自分の甥が霊媒的天分を豊富にもっているところに着眼し、これを媒介として現幽交通の途を講ずることになったのであります。ワアド氏は霊界に置いていろいろの人物に面会しますが大抵この叔父さんが脇に付いて居て顧問役兼案内役を務めて居て呉れます。この人は主として霊界(スピリットブレーン)の第一段目──半信仰の境地に就きて説明役を受け持っております。
 次に重要なる霊界の人物はワアド氏の実弟なるレックス中尉であります。この人は前にも述べた通り一九一六年オランダの塹壕内で戦死し、その霊魂は他の多くの戦友の霊魂と同じく幽界(アストラル・ブレーン)の第五段の執着境から進んで第六段の超執着境に居住しております。従って其等の境地の状況は尤も詳しく此の人によりて調査探究せられ、それが兄のワアド氏に報告せられ、ここに霊界文学として前後に匹儔を絶てる大文字を作成しております。

 ワアド氏の母──この人が又レックス中尉が戦死したと同年の秋に帰幽し、幽界の第六段目に於いてレックスと邂逅し、非常に有意義なる幾多の経験を重ねております。ワアド氏は叔父の霊魂と相携えて屡々(しばしば)母や弟と面会し、飛んだ処で不可思議なる一家団欒の楽しみを味わっているのです。小説に似てしかも小説でなく、空想に見えて決して空想ではなく、人間界に出現せる文字の中で凡そこれ位奇抜で意味深長で、そして興味津々たるものはめったに見当たりません。
 地獄並びに幽界は罪悪方面の体験者としては匿名の某陸軍士官が居ります。この人は生前に於いて大変な悪漢(わるもの)で、殺人、誘拐、詐欺其の他いろいろの悪行を重ね、監獄にも入れられたことがあり、又曾て印度、日本等にも来ているそうです。死後は地獄に落ち、非常に辛い目に逢っていますが、後悔悟して罪滅ぼしの為に霊界で目覚ましい大活動を開始したのであります。叔父の霊魂の紹介によりワアド氏は此の人の霊魂と交通往来し、幾多の豊富なる珍材料を手に入れております。
 尚他に霊界の第二段目にいる P だの、霊界の最上境にいる某僧侶だの、又幽界の平凡な所に居る A だのと言うのがあり、其外チョイチョイ顔を出すものが沢山ありますが、それは記事を読む中に次第にわかって参りましょう。

              四 著者の態度

  ワアド氏は霊界探検の続編『サバルターン・イン・スピリット・ランド』に長い序文を書いております。そして自分の立場から心霊問題につきて中々詳しく意見を書いておりますから其の一部を紹介して置くことに致します。──
『私の弟の死はわれわれの取り巻く所の「未知の世界」とさらに新しい一つの連鎖を作ることになりました。弟の行ったのは霊界ではなく、幽界の方ですから、自然私の注意は後者に集注されました。幽界は当時戦没者の霊魂で充満し、全然変調を呈していましたが、それが却って後に生き残っているわれわれに取り一層興味深く感ぜられるのであります。』

『私は自身で一年の中に近親(みうち)のものを三人まで亡(うしな)っているのですから、過ぐる五ケ年の戦役中、いかに多くの人たちが悲しい思いをなされているかはよくお察しすることができます。私には読者の多くの方々に恵まれていない一つの長所があります。私は幽界へ出掛けて行って、目の当たり死者の霊魂とお話ができるのです。それであり乍ら私は人の死を世にも辛いものと感じます。然らば私のような真似のできない方々の悲痛は更にいかばかり深いでありましょう!
『私が本書を発表するに至った動機は、私と同様の不幸な境涯にある方々にいささかでも慰安を与えたいとと感じたからであります。私は弟の死ぬるずっと以前から死者は決して死ぬものでないことをよく存じていました。しかし死者が幽界でどんな風の生活を送っているかは当時の私には良く判りませんでした。幽界の事情は A 氏の霊魂並びに陸軍将校の霊魂からの消息によりて少しばかり判っているだけで、私の知識は主として霊界の方に限られていました。戦闘状態の幽界につきては何らの知識もありませんでした。
 
『私の著した「ゴーン・ウェスト」の売れ行きが莫大であったと同時に、多数の読者から奨励の手紙を恵まれた所から察すれば余程同書が世間の注意を引いたことは判ります。一体われわれが死後の世界の真相を世間に発表するについては、一般の普通人並びに各既成宗教の牧師たちからの非難攻撃を覚悟してかからねばなりませぬ。時には愚物として嘲られ、時には又妖術者として排斥されます。甚だしいのになると少々キ印ではないかと疑われます。が、これは新しい真理が最初是非とも遭遇せねばならない道程であります。とは言え、私はまるきり普通平凡な人間であります。即ち身を実業界に置き、複雑なる現世的事務を処理して行くことによりて生計を立てている所のただの人間であります。為替相場の変動、原料の仕入れ先、ドイツ人の貿易発展策、貿易上の統計表──これ等が平生私の関与している問題で、私がこんな事柄につきて論文なり、報告なりを書きますと、方々の貿易雑誌商業雑誌は喜んで採用掲載してくれます。

 『私は爰に自白しますが、単に金銭上の見地から言えば心霊上の書物を書くよりも南米に於ける英国貿易の進展策とか何とかいうものを二つ三つ書いた方が遥かに有利なのであります。私は謝礼を目的とする職業霊媒ではないのであります。読者諸君が、私と会食でもなさる場合に、もし私が何も申し上げなかったならば、他の多くの多忙なる事務的の人間と何ら相違点のないことを発見されるでありましょう。果たして然らば、世の所謂評論家達が私の頭脳の健全を疑わるるのは言われなきことではありますまいが? 普通の明晰健実なる実業的能力が、心霊現象を研究するときに限りて混乱をきたしたり、詐欺的方面に馳せたりするという理屈があるのでしょうか? もしこの霊魂消息が真実でなく、又悲しみに充ちたる現世界の人達に何の役にも立たぬものと感じたなら、私は断じて自分自身に取りて絶対に神聖なるこれらの文書を公表しなかったでありましょう。
『それはそうと私の筆に成れる死後の生活の描写──これが果たして不自然なものでありましょうか? 私の見る所ではこれは絶対の合理的であり、われわれが幼時頭脳の中に注入された天堂地獄等の空漠にして嘘らしき物語よりも比較にならぬほど有力なものであると感ぜられます。在来の既成宗教は死後の生活に就きて何等合理的な物語をわれわれに教えない。その点に関してはローマ舊教が一番結構だと存じますが、その教える所も多くは私が入手しつつある通信によりて初めて証明を与えられます。これを要するに、公平に言えばローマ舊教は一時曾て門戸を開いたが後再び之を閉ざし、往時の予言者たちがもらした所は後の人達によりて曲解されたり、誤解されたりして見る影もないものになってしまったというべきでありましょう。

 大体に於いて既成宗教は人類の口から発せられるる最も痛切な質疑──死後われわれは何処に行くか?という問いに対して何等の解答を与えていない。われわれは暗黒より出でて暗黒に帰る。何所より来るり、何所に行くか殆ど分からないというのが実際の事実であります。既成宗教にして人間のこの痛切なるこの質疑に応えることができない以上宗教家以外のものがこの要望に当たるより外致方がありますまい。われわれは既に科学的眼光を以て『自然』の秘密を發
きました。これと同一筆法で「死」の最大秘密を發こうではありませんか。この仕事は既に巳(すで)に 着手されております。日毎に真面目なる研究者の数は加わり、日毎に新しい発見が現れつつあります。もし宗教者流がこの大事業に参加協力することを拒むならば、遺憾ながら真理に目覚めたるわれわれのみで勇往邁進しようではありませんか。
『今や新しい黎明が開けつつあります。至重至貴の知識が吾人の掌裡に帰しつつあります。外でもないそれは死後の生命の連続ということの信仰にあらずして実証であります。

『霊界通信に対してしばしば耳にする所の非難の一つは、各自の描く所に相違点があるということです。しかしながら評論家たちが広くそれらの諸書を通読するならば、重要なる諸点に於いて悉く一致しており、ただ部分的の相違があるにい過ぎないことを発見するでありましょう。この「未知の世界」は広大無辺であります。不一致の点が存在することは寧ろ当然でありましょう。もし火星の住民がわが地球に数人の特派員を送り、地球の住民の状況を無電で報道せしめたと仮定するならば、火星の新聞紙は恐らく霊界通信に対すると同様の酷評を下すでありましょう。

『試みに火星の新聞記事の模様を忖度するならば恐らくこんなあん梅ではありますまいか。──近頃地球探検に出かけたと称する迷信家連の手に成れる通信なるものは実に荒唐無稽、辻褄の合わぬこと甚だしきものである。数人の通信は殆どその各部分に於いて矛盾している。甲の通信には一の砂漠で水がないとある。乙の通信には地球は草木の鬱生した、じめじめした林野だとある。丙の通信には地球は一の氷原で、その住民は毛皮を被(き)ているとある。そうかと思えば丁は地球の住民は黒ん坊で陋屋(ろうおく)に住んでいると言い、戊は機械類や運輸交通機関の完備している大都市の模様などを面白く述べている。人間が空中を飛ぶなどと言う報告があるかと思えば、地上の人間は黄色で、殆ど機械類を所有せず、下らない村落生活を営んでいるなどと報告する。てっきりこれは詐欺にあらずんば狂人の戯言に過ぎない・・・・・・。
『所が、事実は火星の特派通信員が、それぞれサハラ砂漠、ロンドン、コンゴ―、支那、グリーンランド等の各地に着陸して見聞したままを報告したまでのことで、記事の相違していることが却って極めて合理的なのであります。』
 私はワアド氏の言説に余程尤もな所があると感ずるものであります。ワアド氏も職業宗教家達や新聞記者達の態度には余程手古摺っている様子が見えますが、この点においては英国でも日本でも餘り相違はないようです。

        五 著者からの来信                                                                                           序(ついで)に一八二五年二月十八日の日付でワアド氏から訳者に送られた長文の書簡の一節を左に抄訳して読者諸氏にご紹介いたします。──
『・・・・・・日本国にも貴方のような心霊研究の熱心なる鼓吹者があって、その人から懇篤なる手紙を頂くことは私に取りて真に光栄至極であります。私の直感では、地上にある国土のうちで、何か卓抜優秀な心霊事実を世界に供給するものの一つは必ず貴国であらねばならぬと存じます。私は貴国の心霊研究者たちが営利売名の横道に入らず、世界の人類の先頭に立ちて貴重なるこの信仰の学問の大成に貢献せられんことを切望して止まぬものであります。
『ここに取り出でて私からご注意するまでもありますまいが、貴国に於いて心霊研究を遂行するにはできるだけ帰幽せる貴国の先輩者たちのお気に召す宗教的儀式を尊重することが肝要と存じます。例えば日本の死者たちの多くは生前必ず神道もしくは仏教の信者であったでしょう。従って神道ならば祝詞、仏教ならばその経文又は題目などを唱えるのが、きっと彼我の間に共鳴的通路を作ることになりましょう。もしも日本の心霊研究者たちが西洋流に讃美歌でも唱えたなら却ってあべこべの結果を孕むに相違ないと存じます。顕幽両界の交通は大部分精神の感應の結果です。故に何はともあれ、先方との意気投合が必要条件です。世間の心霊研究者のある者は全然この点を無視してかかるようですが、実験実修からお進みになられた貴方としては必ず私の意見にご賛成くださることと確信して疑いませぬ。
 
『私の二著書が老練なるあなたの手によりて日本語に翻訳紹介せられ、日頃私が敬愛する貴国民の間に流布するということは真にこの上なき喜びであります。お望みならば序文でも書いて送りましょう。同じく心霊上の研究と申しましても、われわれ欧米人のやり方と東洋流のやり方とはその趣がよほど相違しているでしょう。この際私の著書がどちらのやり方にも堪能なるあなたの手によりて紹介されるというのは返す返すも幸福と言わねばなりません。
『残念なことには私は東洋方面はラングーン迄しか行ったことがありません。が、いつか美しい貴国の地を踏む機会があることと信じます。貴国の蒙りたるかの大災厄に対しては同情に耐えませんが、貴国民が鋭意その回復に努められいるとの事故、日ならず元の通りの反映を見ることと信じます。尚復興工事はできるだけ日本建築の特色を保存し、西洋諸国の山河を傷けつつあるような、あんな醜悪な造営物を避けられることを切望して止みませぬ。・・・・・・』       


                             (上編)叔父さんの住む霊界                                              
        一 誕生日と命日                                                                                                                                    、
 ワアド氏の叔父にあたり、且つ同夫人の父である L 氏(H・J・L)は一九一四年一月五日午前九時、その八十回誕辰を以てみまかりました。しかるにワアド氏はこれに先立つこと約一か月、一九一三年十二月初旬に叔父の死ぬる夢をありありと見たのであります。これがそもそもワアド氏の身に、世にも不思議なる幽明交通の途の開けたる発端であります。夢の知らせは叔父が急病で死んだことから始まり、それからだんだんその葬式の模様に移り、自分自身が式に参列している光景さえ見えるのです。その時の悲しい感じ、又悔やみに来た人達の原語動作の一切がありありと同氏の胸に深く刻まれて、覚めてからも消えないのであります。で、氏は此の事を夫人のカアリイに打ち明けますとも、それなら一緒にロンドンへお見舞いに行こうということになったのですが、生憎夫人が病気になって、決めた当日に出発することができないでしまいました。すると一月五日午前十時十五分頃、叔父が死んだという急電に接したのであります。その時の悲しい感じ、また続いて経験した葬式中の出来事は一ヶ月以前の夢と寸分の相違がないばかりか、棺の中に永眠している叔父の顔までが夢で見たのとそっくりで、生きておる時の顔とは余程異なっているのでした。叔父の葬式は一九一四年一月八日に執行されました。

 ところが、叔父さんが亡くなって丁度七日目、一月十二日の月曜の晩にワアド氏は又もや叔父の夢を見たのであります。叔父の顔は生時の顔と似ていて、しかし何処やら異なっている。いわば生き顔と死顔とをちゃんぽんにつきまぜて半分にしたような顔でした。
 叔父さんは斯う言い出しました。──
 叔父『私は最初にカアリイに通信してみようと試みたのじゃが、いくらやってみてもうまく行かんので困った。最後にお前を見つけてやっと成功した。カアリイにはお前からよく言い聞かせてもらいたい──霊界(こちら)へ来てから私は以前よりもずっと元気が良くなり、頭脳(あたま)の具合なども大変よくなってきたと・・・・・・。しかし近頃私は勉強することが沢山で、まるで小学校の生徒のようなものじゃ。生きて居る時分にさっぱり信仰上の準備をせずに居った罰で ナ・・・・・・。私のいる所はいずれも信仰心の薄い、初心の連中のみの集まっている境地じゃ。カアリイにもこのことはよく言い聞かせてもらいたい ナ。

『しかし、いくらかましなことには、私(わし)はこれでも多少信仰心は持っていた。さもないことには、あぶなくモー一段下の組、つまり未信仰者の部類に編入されるところであった。私(わし)は生きている時分に、人間は何を信仰したところで同じことだ、などとよく呑気なことを言ったものじゃ。しかし霊界(こちら)へ来て見て、それが間違いであることがよく判った。そんな気でいると、少なくとも霊界に来た時に大まごつきをやる』
 ワアド『只今あなたは組と仰いましたが、一体それは何のことでございますか?』
 叔父『私(わし)は死んでから初めて知ったのじゃが、人間というものは、信仰の程度に応じて死後それぞれの組に編入されるのじゃ。どの組にも先生が一人づつ附いているが、その先生というものは、つまり昔話に聞かされた天使(エンゼル)見たいなものじゃ。しかし絵に描いてある、あの莫迦(ばか)げたものとはよほど見當が違う。この先生が私達に不足しているところを教育して行って下さるのじゃ。いよいよ出来上がると、私達は上の組に進級し、従って従来と全く違った人達と一緒にされる。一体自分と毛色のまるきり同一なものと始終顔を突き合わせているほど退屈なことはない。上の組へ行くと、種類がずっと増えるからありがたい・・・・・・』

                                                         
 叔父さんの方では判り切ったことであっても、聴く方の身になると疑問百出で、話はそれからそれへと続きました。
 ワアド『あなたは只今上の組と仰いましたが、それはどんなところでございます?』
 叔父『それは信仰心はあっても、行状(おこない)
がそれに伴わぬ連中のいる境涯(ところ)じゃ
 ワアド『すると、天国、地獄、煉獄などというものは、あれは実際存在するのでございますか?』
 叔父『さア地獄の有無はまだ今の私には判らない。現在の私に判っているのは自分の居る組と、自分より上下の組だけじゃ。実は霊界へ来た時に、昔の友達に会えるだろうと予期していたのじゃが、まだ逢われないものが沢山ある。が、勿論霊界に居ないのではなく、ただ他の組に入っているだけのことらしい。純然たる未信者は皆下の組にいる。そして暫く経てばその連中が私達の境涯へ上って来る。
『それからあの煉獄じゃが、あれは大体自分たちの居る境地を指して言っているものらしい。しかし煉獄は寧ろ勉強の場所であって、刑罰の場所ではないようじゃ。最もいくらか刑罰の気味もないではない。
 
生前くだらなく時間を費やしたことが霊界へ来てから悔やまれる。──それが刑罰といえば刑罰に相違ない。それから不思議なことには、私達の仲間が大勢居るくせに、何やら心寂しく感ぜられてしょうがない。どうも余りお互い同士が似寄り過ぎていると、相手にして面白みがないものらしい。で、私は一時も早く他の組に入って、昔の友達に会いたさに、今せっせと勉強している所じゃが、中々思うように進歩せぬには弱っとる。現在の私はまるっきり小学校の生徒さんじゃ。──それはそうと私の誕生日は月曜日で、死んだのも月曜日であった。死ぬることはつまり霊界に生まれることじゃ。してみると月曜日は何処まで行っても私の誕生日に相違ない・・・・・・。』
ワアド『叔父さん、あなたは御自分の葬式のことを御存じでございますか?』
叔父『そりゃ知っています。私は自分の軀が寝台の上に横たわっているのを見ました。あの時はお前も私の死骸を覗きに来てくれたね……。
『時に、これだけは決して忘れずにカアリイに言傳(ことづけ)してもらいたい。──生きている時に信仰心を持っていると、死んでから進歩が速いので大変助かると・・・・・・。慾には私などもモ些し信仰心があればよかった。』

 ワアド『叔父さん、あなたはモ一度現世に戻る思召しはございませんか、もし戻れるものなら・・・・・・。』
 叔父『それは無い! 霊界の方が余程面白い。毎日毎日進歩しているもの・・・・・・。イヤ私はもう帰らなければならぬ。私はもう一度学校をやり直すので、大変多忙じゃ。うかうか遊んでばかりは居られない・・・・・・。』
 言うまでもありませんが、この時分の叔父さんの霊界知識は頗る幼稚なものであり、同時にワアド氏の質問ぶりも素人身がたっぷりで、覚えず失笑させられるところがあります。地獄の有無の問題などは後に於いて充分修正されてあります。

            
                              二 規則に異った世界
                               
                  
 前の夢を見てからちょうど一週間目、一月十九日の晩にワアド氏は又も恍惚状態において叔父の姿を見ました。二人の間には早速例の問答です。──

 ワアド『いかがでございます、相変わらず御勉強ですか?』
 叔父『さア、余り捗々(はかばか)しくもないがネ・・・・・・。』
 ワアド『私は──というよりも私達はあなたにお訊きしたいことが沢山ございますが……。』
 叔父『何でも訊くがよい。ただうまく私に返事ができればよいが……。』
 ワアド『一体叔父さん、あなたは今何処にいらっしゃるのです? 何処か遠方からお出ましになるのですか?』
 叔父『そうでもない。私は始終爰にいる。私達の世界とお前たちの世界とは離れたものではない。ただ異なった規則に司配されている。私達の世界には時間と空間とが存在しない。こんなことは甚だ陳腐(ふるくさく)く聞こえるじゃろうが、真理というものは大抵皆そうしたものじゃ。真理であるから、いずれの時代にも當てはまる』
 ワアド『しかし叔父さん、あなたは今爰にお出でなさるでしょう。それなら空間が存在しているではありませんか?』
 叔父『さアわれわれ霊界の者は、一の思想のかたまり、もしくは思想のつながりと思ってもらえばよかろう。大概それで見當がつくじゃろう。今お前達が地上でロンドンのことを考える。するとお前たちの眼にロンドンの光景が浮かんで来る。その点まではわれわれとお前たちとがよく似て居る。しかしお前達の持っている霊妙な機能(はたらき)は肉体で抑えつけられているので、ロンドンに起こりつつある時時刻刻の変化までは判らない。──お前はあの精神感應(テレパシー)というものを知っていると思うが……。』

 ワアド『知っております。』
 叔父『あれじゃ、あの精神感應(テレパシー)ですべてが判る。あれはわれわれ霊界の者が持っている能力の発露したもので、霊界と物質界との連絡はあれで取れるのじゃ。お前も知っている通り、霊媒的素質を持つ者には遠方の事柄が鑑識される。ところが霊界に居る者には誰にでもそれができる私達はその方法で意志を通じ合うので、言葉というものは全然使わない。バイブルにもそんなことが書いてあろうがナ。それで霊界では嘘を吐(つ)いたり、吐かれたりすることがまるきり出来ない。──が、これだけの説明ではまだ不充分である。霊界では個々の思想が悉く独立して存在し、そして思想の形が悉く眼に見えるのじゃ。霊界の刑罰は主としてこれで行われる。自分の犯した罪や悪い考えがありありと形で現れる。しかもその附帯物件までが目に映る……。』
 ワアド『附帯物件と申しますと……。』

 叔父『さア、私自身の恥をさらすのもきまりがわるいから、仮に架空の一例を引いて説明すると、例えば爰に一人の男が生前殺人罪を犯したと仮定する。すると単にその犯行ばかりではなく、その犯行の起こった周囲の状況──例えば室(へや)だの、什器だのに至るまですっかり形態で現れるのじゃ。』
 ワアド『実際罪を犯したのと、ただ犯意だけに止まるものとの間には、何等の相違がございますか?』
 叔父『さアそれは一概にも言われまいナ。例えばお前の劣情が打勝って何かの罪を犯しかけても、お前の良心が最後にそれを抑えつけたとすれば、そんな場合には自分の悪い思想の形が目に映った後で、やがて叉
自分の善い思想の形が目に映ってくるから、心が余程慰められる訳じゃ。ところが何かの故障のために犯行はなかったとしても、犯意の存在する場合には、それを打ち消すものがないから中々苦しいに相違ない。──とにかく霊界の者は、自分自身で造り上げた一つの世界に住むのじゃ。従って自分の造った世界が周囲の人達の造った世界に近ければ近いだけ道連れが多くて寂しくない・・・・・・。孤独が霊界では一番の刑罰じゃ。缺点(きづ)のある者でも人を愛して友達をこしらえておけば、霊界でそれだけの報酬が来る。』

               
 叔父さんの霊界の説明がワアド氏に判ったようでなかなか判らない。で、氏は更に念を押しました。──
 ワアド『してみると霊界の状態は永久不変なのですか? それともだんだん友達が増え、それにつれて過去のイヤな記憶・・・・・・思想の形が遠ざかってゆくのですか?』
 叔父『この前にも説明した通り、むろん霊界の状態は不変なものではない。われわれの信仰心が加わるにつれて、周囲の状態はズンズン改善されてゆくのじゃ。なぜ過去のイヤな記憶が次第に遠ざかって行くのかは私にもまだ良く判らない。が、兎に角われわれがこちらへ来てから次第に高尚な思想を創造(つく)っていくと、それがわれわれの心を引き立て、不思議に悪(きゅうあく)の苦痛を緩和して行くことになる。人間には自分をあざむくことはできるが、霊界の居住者にはそれができない。
『イヤ最初霊界へ来た時には、まるきり悪夢を見ているようで、一生涯に積み上げた自分の悉く形を成して雲霞の如く身辺を取り巻いたものじゃった。が、しばらく過ぎるとそれらのものにキチンと整理ができてきた。私にはその理屈は少しも判らないが、兎に角以前よりも凌ぎよくなってきた。──イヤこちらへ来てから私には判らぬことばかり、先日来お前に説明して聞かせたものだって、皆私の教師(せんせい)から最近教わったことばかりじゃ・・・・・・。

 ワアド『時に叔父さん、あなたはどんな方法を用いて私の所へお出でなさいます?』
 叔父『方法と言ってべつにありァしない。ただお前のことを思えば想えばよいのじゃ。もっと詳しく説明すると、私の精神をお前一人に集め、他の考えを一切棄ててしまうのじゃ。最初は中々やり難(にく)い仕事であったが、近頃はもうお手のものじゃ。こちらはそれでよいが難しいのはお前の精神を私の精神に調子を合わさせることで、それができないと結局通信はできない。私は最初他の人達にもいろいろやってみた。カアリイにも、Hにも、それからFにも試したのだが、どいつもこいつも皆うまく行かない。最後にお前ならばと目星をつけたのだ。』
 ワアド『そうすると、あなたはこの世界にお出でになって、私達のように何かをご覧なさるのですね。』
 叔父『この世界に居ることは居るが、しかし何にもこの世界にのみは限られない。又お前達とは物の見方が異(ちが)う。われわれには過去が見える。修行の積んだ者には未来までも見える。もっとも私にはまだそれはできないがね。──現にお前だとて、私の死ぬる一カ月前に私の死ぬる実況を夢に見たではないか。──イヤしかし今日はお前も大分くたびれたろう。それともまだ質問が残っているかナ?』

 ワアド『はア御座います。あなたは人間に劣情のあることを仰いましたが何かその劣情を挑発する悪魔でもあるものでしょうか』
 叔父『それはまだ私にも判らん。現世に生きている時分に私はもちろん悪魔などがあるとは思はなかった。しかし死んでから初めて信じるようになったことも沢山あるから、事によると悪魔が存在せぬとも限るまいが、それは後日の問題にしよう・・・・・・。』
 ワアド『なぜあなたの教師(せんせい)にそれをお尋ねしないのです?』
 叔父『そう何もかも一度には行かない。お前じゃとて、一人の子供にユークリッド (ユークリッド Euclid 紀元前 300年頃のギリシアの数学者) ─を教えている最中に、突然歴史の質問をされたらどうします? 霊界でもそれにかわりはない。教わることが沢山なので一遍に聞かれはせぬ。』    
 ワアド『私に取りては、叔父さんがこうしてお出で下さるのは大変ありがたいのですが、叔父さんの方では何故私の所へお出でなさるのです?』
 叔父『一つはお前が好きなせいじゃ。──が、何よりも私は少しなりとも他人の利益になることをしたいのじゃ。霊界で他人を助けるのは決して容易なことではない。私は生きている時にもう少しよいことをしておけばよかった。カアリイには格別お前から詳しく伝えてくれ。一番カアリイが私を理解して居てくれる。慾には彼女(あれ)と対話(はなし)をしてみたいができないから致し方ない。──お前はだいぶ疲れてきたネ・・・・・・。何れ又逢おう。何れまた……。』
 ワアド氏はそれっきりぐっすり寝込んで、翌朝迄何も知らずに居ったのでした。

         
                              三 自動書記の開始

 一週間と決まっている規則を破り、叔父さんの L 氏は突然そのあくる二十日の晩にも亦現れました。
 叔父『またやってきたがネ、今晩はほんのちょっとの間じゃ。実はお前に自動書記を頼みに来たのじゃ。私(わし)は霊界で P という人物に出会ったが、その男が自動書記をしてはどうかと私に勧めるのじゃ。P 
は生前シェツフイールドに住んでいたそうで、その頃自動書記の経験があるそうな。何でも生きている人間と通信をやるには、夢よりもこの式で行く方がずっと具合が良いというので、それを私に伝授する約束になっている。中々人柄な男で、私は交際(つきあ)ってもよいと思っとる。』

 ワアド『実は私も自動書記なら一二度試したことがあります。しかし成績は悪かったです。』
 叔父『何時そんなことをやったのかい? 私が死んでからかいナ?』
 ワアド『イヤその少し前です。』
 叔父『騙されたと思ってモ一度行(や)って見てお呉れ。私はかなり多忙じゃが、きっと忘れないでその時は出てきます。カアリイには宜しく言っておくれ・・・・・・』
 これっきりで夢は消えてしまいましたが、その晩ワアド氏は突然自動的に次の文句を書きました。──
『約束通り私は出てきた。Pさんが私を助けてくれている。行ってみると自動書記も余り容易(やさし)くはない。うまく読めればよいが……。今晩はこれだけにしておく。左様なら……。』
 自動書記は二月二十二日の晩にも行われました。最初一二回は半ば恍惚状態でありましたが、まもなくワアド氏はすっかり意識を失うようになりました。
 ワアド氏はそれを始める前に、先ず二三の質問を書いて置きます。するとこれに対する返事が何時の間にか自動的に書かれて居り、自分も覚醒後にそれを読んで大いにびっくりするという始末であります。

 ワアド氏が最初叔父さんに提出した質問は左の三箇条でした。──
 一、あなたは生前好物の将棋(チェス)その他の娯楽がやれなくなって御不自由ではありませんか?
 二、あなたの世界には階級的差別がありますか?
 三、あなたは祖先、親戚、又は歴史上知名の人物にお逢いでしたか?
 いかにも初心の者が提出しそうな、罪のない質問ばかりであります。これに対して次の返事が現れました。──
『私は霊界へ来てからも将棋(チェス)をやっているからちっとも不自由はしない。肉体の熟練を要する遊戯ならこちらではできない。軀が無いから……。しかし精神的なものはいくらでもできる将棋(チェス)は全然精神的の娯楽であるから、心でそれをやるのに何の差支えもない。現に私は今の今までラスカアと将棋をやってきた。勝負は先方に勝たれたが、しかしなかなか面白い取り組みじゃった。
 『一体霊界に居るものは皆肉体の娯楽を必要としない。必要を感じた所で許されもしない。肉の快楽は若いものには必要じゃが、われわれ老人には死ぬるずっと以前から、大抵そんなことには倦(あ)いておる。あまりにそんな真似をしたがると制裁を免れない。幸い私は死んだ時はもう老い込んでいたし、それに元来その種の楽しみには割合蛋白な資質(たち)であった。』

 次に第二の質問であるが、もちろん階級というような制度は霊界にはない。が、教育の有無が階級らしい差別を自然に作る。教育の行き届いた上流の人達は、兎角無教育な貧乏人達とは一緒にならうとしない。
『それから第三の質問・・・・・・。これは当分預かりじゃ。何れこの次に・・・・・・』
 爰に一言註釈して置かねばならんのは、叔父さんの言葉の中に出てきたラスカアという人物です。後で調べて見ると、この人物はまだ生きていることが判明しました。で、後日ワアド氏がその旨を叔父に訊すと、生きている人の霊魂は睡眠中いくらでも霊界に入るもので、ただ覚めてからそれを記憶せぬだけのことだという返事でした。心霊問題に心を寄せるものの見逃し難き点でありましょう。
 

          四 信仰の意義
 ワアド氏の自動書記は最初の一二回を除けば全然無意識状態でやったのですが、これは一人自動書記に限らず、あらゆる神懸かり現象に於いてそうなることが望ましいようであります。人間の軀は使い道が二通りあります。大ばっぱに言うと甲は頭脳(あたま)を使用するやり方、乙は頭脳(あたま)を使用せぬやり方であります。頭脳を使用するのは平生われわれがやりつけの方法で、学問の研究だの、事務の処理だのは皆これで行くのが本当であります。頭脳を使用せぬのは変態中の変態で、その時は人間の軀が一つの機械の代わりを為し、これを動かすところの原動力は他から入ってまいります。それが即ち神懸かり現象であります。そんな際にはできるだけ本人の意識が陰に隠れ懸かってくるところのものをして自由手腕を揮(ふる)はしむることが望ましいことは申すまでもありません。
 自動書記にも深いのと浅いのといろいろあります。浅いのになると、本人自身の意識が混入して不純性を帯びることを免れません。どうしても
純の純なる自動書記の産物を得ようとするには当人が全然無意識の恍惚状態に入り、軀全体を憑依霊に貸切にする必要があります。但しこんな場合には心霊問題に対して充分の理解と同情とを有する立会人が傍に附き切りにして監視を怠らぬことが何より肝腎であります。さもないことには無抵抗な本人の軀が憑依霊のためにどんなイタズラをされるか知れたものではありません。ワアド氏の場合には幸い K 氏夫妻が立会人としてあらゆる警戒保護の任に当たりつつありましたので大変好都合であったのであります。

 一月二十四日には K 氏の居宅で自動書記が行われましたが、その際左の三箇条の質問が紙片に書いて提出されました。
 一、P 氏は何処で死にましたか?
 二、あなたが『信仰』と仰るのはどういう意味ですか。何を信仰することです?
 三、あなたは祖先、親戚、史上の人物等にお逢いになりましたか?
 右に対する返事はやがて次の如く現れました。──
『私は出掛けてきましたよ。第一の質問に関しては直に調べてあげる。それから第三の質問じゃが、私はまだ歴史上知名の人物には逢いません。しかしそれはできないのではない。もっと上の組に進めばきっと逢えると思う。──ア、今 P さんからきいたが、同氏は極東(フアーイースト)・・・・・・日本で死んだと言っている。
『近頃私の仕事は大変順調に進んでおる。次の月曜日には又必ずお前の所へ出掛けます。時に私はおまえに聞かせることがあるが、実はホンの昨今下の組から私達の境涯へ上がってきた一人の男がある。それがまた素敵に面白い人物で、生きている時分には極端な悪漢(わるもの)じゃったということで、死後いろいろの恐ろしい目に目に逢っている。
 
その話があまりに面白いものだから、私は目下しきりに根堀り葉掘りほじくって聞いている所じゃ。それから第二の質問じゃが、信仰というのはつまり死後の生活を信じ神を信じることで、別に新しいものではない。すべて人間は真っ先に何でもいいから信仰のてがかりを見つけることじゃ。信仰しさえすれば、その対象はまず何でも構わない。野蛮人のやっている動植物や、無生物の信仰でも無信仰よりはまだましじゃ。しかしお前はだいぶ疲れたネ。三十分間許休んでからモ一度やるとしよう。』
 それで一旦自動書記は中止されました。右の自動書記が正味有りのままのものであることは、立会人の K氏が自筆で証明を与えて居ります。又 P という人物が日本で死んだという事は、当時ワアド氏にも立会人にも判らなかったが、後日調査の結果、正確な事実であることが立証されました。


                                    五 無名の陸軍士官
 三十分間休憩の後、今度は質問抜きで自動書記が開始されました。時に午後六時半。
『先刻私は面白い人物に逢ったとお前に言ったが、その人物は今私のすぐ傍に来ている。元は立派な身分の方で、籍を陸軍に於いていたが、何か背徳の行為があったので、陸軍から除名処分を受けた。手始めに彼は一人の處女(しょじょ)と結婚してその財産をまき上げた。それからインドに行って、爰でも亦一人の婦人を騙して金子(かね)
を絞り上げ、又一人の土人を殺害した。婦人の件は官憲に見つけられたが土人の件は闇から闇へ葬られた。それから英国へ戻って泡沫会社の製造をたくらみ、さんざん貧乏人の金銭(かね)をまき上げた挙句に法網に触れて、五年の懲役を言い渡された。妻の方から離婚の訴訟を起こして、その通りになったのは在監中のことであったそうな。
 『監獄を出ると早速賭博場を開いた。が、それもたちまち世間に漏れて、方々の俱楽部から除名処分を受けた。今度は何やらの発明をした青年を抱き込み、しばらくその提灯持ちをしていたものの、結局これを殺害して発明品を盗み、やがて資本家を口説いて金子(かね)を出させることにした。が、いよいよ契約証書に調印という段取りに進んだ時に、ロンドンのストランド街で自動車に轢き殺されてしまった。何でもそれは当時出来立ての乗合自動車であったそうな。ざっと斯ういった身の上なのじゃが、この人物がお前の軀を借りて自動書記をやりたいというのじゃ。しばらくやらせてみることにしよう・・・・・・。』

 ここまで書いた時に筆跡ががらり一変して、速力が非常に加わり、同時にワアド氏の態度までがまるで別人のようになりましたので、傍に附いている K 夫妻は余程驚いたということであります。
 さてその文句は斯うでした。──
『吾輩がちょっとこの肉体を借りてみたが、なかなかうまく行きません。吾輩は面白半分試しているだけである。吾輩は生前野獣のような生涯を送ったものじゃ。その罪滅ぼしの出来ることがあれば、何か一つやりたいと思う。吾輩には自動書記がまだ旨くできない。吾輩は生前大失敗の歴史を残した。しかし L 氏の助力をを以て、必ずその取りかへしをやる。これで L 氏に軀を譲る……。
 叔父のLが交替して、次の文句を書き続けました。──
『事によると、只今の人物がおまえの軀を疲れさせたかもしれん。私も未熟だが、この人ときては尚更未熟である。霊界で修業を積んでいないので何(ど)うも荒くていけない……。何しろ極度の刑罰から抜け出してきたばかりで、只今の所は精神が少しも落付いて居ないが、これでも霊界の穏やかな空気に浸っていればだんだん立派なものが書けるようになるだろう。当人は早く何か善いことをしたいと言って一生懸命焦っているものだから、私の方でも止むを得ずちょっとやらせてみることになったのじゃ。後日機会を見て、変化に富んだその閲歴を述べさせることにしましょう。私のとはまるっきり種類が違っているから面白い。霊界へ来たのは却って私より先輩じゃ。死んだのは確か一九〇五年(明治三八年)で、乗合自動車が始めて運転を開始した時分じゃと言っておる。イヤこの人の風評ですっかり時間をつぶしてしまった。今日はこれで終わりじゃ。
 それが済んだのは午後七時半でした。因みに右の陸軍士官の死後の体験は本書の後編に纏められてあります。


                               六 霊界の分野
           
 右の自動書記に引き続いて今度は霊夢式の現象が起こり叔父さんから今度送らるべき通信の内容につきて細々説明がありました。それは一九一四年一月二十六日の晩の出来事であります。──

 叔父『今回私たちが自動書記を始めたのは大当たりじゃった。これからは自動書記で続き物の通信を送って、一つ霊界生活につきて纏った記事を作らせることにしよう。段々調べて見ると、今までありふれた霊界通信は兎角当人の直接見聞した体験のみに偏しているようじゃ。私の意見はそれと違って、自分の体験の他に自分の上に居るものや下に居るものの体験談をも加えて発表したらと思うのじゃ。そうすれば少なくとも三つの境涯の事情が判ることになる。尚私の友達で近頃上の境涯に登ったものがあるが、その人がさらに一段上の境涯とも接触を保つつもりじゃというから、多少そこいら迄手が伸びないものでもあるまい。そうすると霊界の地理書・・・・・・もちっと可笑しいが、ざっとそういった種類のものが出来上がることになるであろう。もちろん私自身の死後の経験も詳しく述べる。一体死んだ時には、さっぱり訳の分からぬことだらけであったが、その後私の守護神に導かれて地上に出かけ、他人の死ぬる実況を霊界から見物したので、近頃は大分勝手が判ってきた・・・・・・。

『ところで霊界の配置じゃが、だんだん調べて見ると大分在来の説明とは相違の点がある。但し昔の経典が間違っているというよりも、教師たちの解釈の仕方が間違っているのが多い様じゃ。その中で一番優れたものでも、やっと真理の一面を掴み得たぐらいのものに過ぎない。われわれじゃとで、むろん一切の真理を掴み得たという訳ではない。真理というものは多角多面のダイヤモンドとそっくりで、其々の面が真理の一部分を持っているに過ぎない。又その面には大きいのと小さいのとがある。で、どんな小さい教理でも真理の一面をもって得さえすれば生存に堪えるが、ただ真理の要素がまるで缺けて居る信仰は、とても存在し得ない。成
らうことならその面は大きいに限る。世界の宗派の中で、ローマ舊教などは一番真理の面の大きい方じゃが、あれにも決して一切の真理が含まれては居ない。尚霊界には仏教徒が居る。沢山の異教徒が居る。その他ありとあらゆる宗教の信者が居る。われわれはこんな宗派かぶれの境涯から脱却して一切の真理を肚裏(はら)に収めることができた時に、初めて本当の神の思召しが判ったと言い得るのじゃが、それは前途なかなか遼遠じゃ。』
『が、私の手に集めた新材料を説くにも、在来の学説にあてはめた方が理解し易かろうと思われるから、私も大体に於いて天国、煉獄、地獄の概念を採用することにしよう。しかし多くの人達の説くところと私のとは大分文字の用法が違うから、そのつもりで居てもらいたい。大雑把な説明をするには、在来の分類法に便利な点もないではないが、私の知る限り、地獄が永久的のものだという証拠は少しも見出し得ない。
 
一刻も早くこの考えは棄てるに如(し)くはない。一たんこの考えを棄てるとともに、爾餘(じよ)の問題が判り易くなる。むろん地獄と言う所には大変永く押し込められている霊魂があるにはある。例えばローマのネロなどは現に今でも地獄に居る。そして今後もなかなか出られそうにもない。
『しかし地獄から抜け出した実例としては、現に先般お前に紹介したあの陸軍士官がある。それを見ても地獄が永久呵責の場所でないことは確かである。ただ地上の人間と交通する大概の霊魂は、地獄へ行った経験が無いので、殆ど地獄の状況を説くものがない。多くのものはその存在さえも知らない。陸軍士官の物語がすてきに面白いのは主としてこの点に存する。まだ私も詳しいことは聞かないから良く判らぬが、地獄というものは、無信仰者の入っている所と思えばよい様じゃ。又煉獄というのはつまり我々の境涯を指しておる。何等信仰の閃きがなければ地獄にやられるが、多少なりともお光に接したものはわれわれの境涯に入って来る。キリストはわざわざ地獄に下りて、霊魂達に信仰を教えたというが、成るほどそんなこともあったろう。今でも高級の霊魂は、宣教のためにわざわざ地獄へ降りて行かれる。
『それから天国じゃが、われわれには残念ながらそちらのことはまだ一向判らない。天国は上帝と共に在るところ──そう思って居れば現在のわれわれには充分である。私などは煉獄の最下層に居る身の上であるのだから、そこへ達するまでの道中はまだまだ長い……。』

           
 叔父さんの霊界の説明は中世期時代の西洋思想──例えばダンテの説いたところなどを引き合いに出しておりますが、これは仏教思想に対照してみても大差はないようであります。地獄、浄土、極楽──その概念は右の説明でほぼ明白になるかと存じます。
 叔父さんは尚言葉を続け諄々(じゅんじゅん)として地獄の意義其の他につきて叔父さん一流の説明を試みました。──
『私は先刻地獄という言葉を使ったが、その意義を誤解されると困る。私はただ「未信者の居住所」という意味にそれを用いている。其処は霊魂に取りて一番の難所には相違ないが、一旦それを越してしまえば、それから先は坂道が緩くなる。又煉獄という言葉も誤解せぬようにしてもらいたい。煉獄というのはわれわれ霊魂に附着せる浮世の垢を除き去る場所で、苦痛もあるが、同時にまた進歩するにつれて幸福が伴ってくる。』

『ところで、斯う言うとお前たちがビックりするかも知れぬが、実はわれわれとてやはり堕落する虞(おそれ)は充分あるのじゃ。少なくとも前へ進むかわりに後へ退がる虞(おそれ)がある。煉獄というものは決して安息逸眠の場所ではない。私達は上へ登るべき努力のために常に忙殺される。但しわれわれにはもう色慾の誘惑だけはない。そんなものはすっかり振り落としてしまった。よくよく憐れなる地獄の居住者のみがその誘惑にかかり、依然として煩悩の奴隷となる・・・・・・。何れ詳しい話はあとで述べるが……。
『それからお前に一言注意しておくが、時とするとお前はこの霊界通信の仕事に倦(あ)いて、つまらないと思うことがあるかもしれぬ。が、こればかりはどうか中止せずに続けてもらいたい。この仕事は私に取りても中々一通りの骨折りではない。しかし私は生前の怠慢の罪を償うべく進んでそれをやっている。霊界通信はただお前の利益(ため)になるばかりではない。世間の方々も亦これによりて多少学び得るところがあろうと思う。
『以上述べた所で、大体私の目算(もくろみ)は判ったと思うが、兎に角私の通信を読まれるものは、成るべく最後の結論を後回しにして、是非種々の条項(くだり)を比較対照していただきたい。特に私の通信中に何も書いていないからというので、私がその事実を否定するのであると早合点されては迷惑である。一口に霊界と言っても広大無辺の境域であるから、いかなる霊魂にもその中のその一小部分よりしか判りはせぬのじゃ。──今日はこれでおよそ言い尽くしたつもりじゃが、それとも何かまだ質問があるかしら・・・・・・。』
 ワアド『霊界に光だの闇だのがあるものですか?』
 叔父『お前の思っているような
光だの闇だのは先ずないナ。霊界は物質界ではないのであるから、従って物質的の光の存在するべき筈がない。が、一種の心の闇というような闇はある。地獄は信仰のない境地であるから、従って真っ暗である。私の居る境地(ところ)はお前に今実地を見せるから、眼を開けてみるがよい!』
 そう言われると同時に、ワアド氏の眼には一種穏やかな夕日の色が映ったのでした。
 叔父『これが私の居る世界の光じゃ。われわれは全き信仰に入った者の如く判然と物を見ることはできない。ただ一歩進めば進むにつれて光はだんだん強くなる。光──若しそれを光と謂い得るならば──は全て自身の内部(うち)にある。今日はこれで別れる……。』
 叔父の姿は次第にワド氏の眼底から消えて、やがて氏ただ一人後に取り残されました。

           
                             七 五歳の女児と無名の士官

 ワアド氏が右の霊夢を見てから五日目の一月三十日午後二時半頃、ブランシ──ワアド氏の愛嬢で当時五歳(詳しくいへば四年三カ月)の女児──に不思議な現象が起こりました。
 その時ブランシは食道の窓に乗り出して庭を見ていたのですが、急に『お祖父(じい)さまが見える!』と騒ぎだしました。お祖父さまは例の黒い頭巾をかぶって、フワフワ空から降りて来て、何やら優しい言葉をかけながら、彼女の手首を握って空中へ引き上げる真似をする。彼女が手首を引っ込めると、お祖父さまはそれを離して彼方此方(あちこち)と庭を歩き回り、やがて家の背後の丘に登り、其処にある大きな岩の上から屋敷中を見下ろしている・・・・・・。
 ざっと斯ういったことばをブランシは一生懸命、指さしながら、折から室(へや)に居合わせた母親に説明するのでした。その態度がいかにも真面目なので、母親もこれには少なからず感動されたそうであります。尚その晩父のワアド氏が、ブランシはくわしくその話を繰り返して聞かせました。彼女は祖父に向かって『おじいさま今日は・・・・・・』と挨拶すると、おじいさまはにっこり微笑みをもらし、じっと彼女を見つめたそうであります。

 その翌日はシエツフイールドに於ける K 氏の住宅で例の自動書記が行われましたが、その際右の一些事が質問の種になりました。当日の質問は左の二ヶ条でした。──
 一、先日御紹介の陸軍士官の姓名は何と申しますか?
 一、あなたは金曜日にあなたのお姿をブランシの眼にお見せになりましたか?
 之に対する自動書記の文句は左の通りに現れました。もちろんワアド氏に憑ってきたのは叔父さんの L氏であります。──
『今日は第二の質問から片付けてしまおう。私はブラントに逢いました。私はお前の住宅を一度も見たことがないのでちょっと行って見る気になったのじゃ。そうするといつの間にやら其処へ引かれて行った・・・・・・。ブランシの言っていることは少しも違っていません。』
『それから第一の質問に移るが、ドーも困ったことには先方では姓名は絶対に名乗ろうとしない。それには相当の理由もあるようじゃ。しばらく私が退いて当人自身に憑って貰って説明させることにしよう。私が脇に控えているから危ないことは少しもない。安心して居るがよい……。』

 K 氏は例の通り立会人としてこの自動書記の状況を監視していたのですが、筆記がここまで進んだ時にワアド氏の容貌態度等ががらり一変して、気味の悪いほど興奮した状態になり、鉛筆の持ち方までも変わってきたのでした。その筆跡の相違してきたことも勿論であります。現れた文字は次のようなものでした。──
『吾輩は只今L氏から紹介に預かった陸軍士官であるが、姓名を名のれとは以ての外である。そんなことは絶対に御免蒙りたい!』
 權もほろろのあいさつで、これがもし人間同志の談判であるなら満面朱をそそぎ、怒髪冠(どはつかんむり)を突く云ったあん梅であったでしょう。文字は尚続いた。──
『しかし吾輩が姓名を隠すについては其処に相当の理由がある。斯う見えても吾輩は人の親である。吾輩に一人の娘がある。娘が吾輩如き悪漢(わるもの)の血潮を受けているだけでそれで充分である。その上殺人犯人の娘であると世間に謳わせるのは余りに残酷じゃ。吾輩が人を殺したことはまだ地上の誰にも知られていない。しかるにもしもこの秘密が自動書記で素破抜かれるが最後、誰がそんなものの娘と結婚するものがあろう? そんな可哀想なことができますか? 娘ばかりか吾輩には妻もある。その身の上も考えてやる義務がある。吾輩の自動書記が無名であるので価値がないというのなら勝手にお止めなさい。しかしそんなことをすれば結局あなた方の損害でしょう。

 ──吾輩は言うだけ言ったからこれで L 氏と交代する・・・・・・。』
 ここでワアド氏の態度が一変して元の叔父さんの態度となり、次の文句が書きつけられました。
『ドーも只今の陸軍将校が姓名を名のってくれないのは残念じゃが、しかしあの人の言うことには尤もな所があるから、いかに学問の為とはいえ無理にという訳にもゆくまい。今回はこの辺で一とくさりつけて置いて、次回には私が憑って、私の死んだ時の詳しい物語を書くことにしましょう。──これで三十分間の休憩……。』

                              八 叔父の臨終
          
 前の通信に於いて約束された通り、この自動書記は同夜午後八時に始まり、叔父さんは、自分自身の臨終の模様並びに帰幽後の第一印象と言ったようなものを極めて率直に、又頗る巧妙に語り出しました。『死とは何ぞや。』『死後人間は何処に行くか。』──これ等の痛切なる質問に対して満足すべき回答を与え、有力な参考になるものは一人帰幽せる霊魂の体験談のみで、そうでないものは、西洋に行ったことのない人達の西洋物語と同様、如何に巧妙でもさしたる価値は認められません。叔父さんの霊界通信はこの辺からそろそろその真価を発揮してまいります。──
『それでは約束どおり、私自身の臨終の体験を物語ることにしましょう。私は最初全く意識を失っていた。それが暫くすぎると少し回復してきた・・・・・・。イヤ回復したような気持がした。頭脳(あたま)が妙にはっきりして近年にない気分なのじゃ。が、どういうものか驅(からだ)が重くてしょうがない。するとその重みが次第次第に失せてきた・・・・・・。イヤただ失せるというのではなく、むしろ私が驅(からだ)の重みの中から抜け出るような気分・・・・・・。丁度濡手袋から手首を引っ張り出すような鹽梅(あんばい)になったのじゃ。やがて驅の一端が急に軽くなり、眼もたいへんきいて来た。
『さっきまでさっぱり判らなかった室内の模様だの、室(へや)に集まっている人たちの様子だのが再び見え出したナあと思った瞬間、俄然として私は自由自在の身になってしまった! 見よ自分の驅は寝台の上に横臥し、そして何やら光線の紐らしいものを口から吐いているではないか! と、その紐は一瞬間ビリビリと振動して、、やがてプツリ!と切れて口から外へと消え去ってしまった。


『いよいよこれが臨終でございます……。』──誰やらが、そんなことを泣きながら言った。私はその時初めて自分の死骸なるものをはっきりと見たが、イヤ平生鏡で見慣れている顔とは何という相違であったろう! あれが果たして自分かしら……。私は実際自分の眼を疑いました。
『が、そうしている中にもひしひしと感ぜらるるものは、なんと名状すべくもあらぬ烈しい烈しい寒さであった。イヤその時の寒さといったら今思い出してもぞっとする!』
 例によりて友人の K 氏並びに他の人達が、ワアド氏の自動書記状況を監視していたのでありますが、この辺に数行を書きつつあった間に、ワアド氏の総身は寒さに戦慄(おののき)き傍で見るのも気の毒でたまらなかったと言います。
 自動書記は尚つづきました。
『全くそれは骨身に沁みる寒さで、とてもその感じを口や筆で伝えることはできない。何が冷たいと言っても人間界にはそれに比較すべきものがない。私は独りぼっちの前裸体(まるはだか)、暖めてくれる人もなければまた暖まるべき材料もない。ブルブルガタガタ!イヤその間の長かったことまるで何代かに亙るように感ぜられた。

『と、俄かにその寒さがいくらか凌ぎよくなってきた。そして気がついて見ると誰やら私の傍に立って居る……。イヤ私にはとてもこの光彩陸離たる御方の姿を描き出す力量はない。その時は一切夢中で、頓と見当も何もつかなかったが、その後絶えずその御方のお伴侶をしているので、今では少しは判って来た・・・・・・。イヤ今でも本当に判って居はしない。その御方の姿は時々刻々に変わる。よっぽどよくつきとめたつもりでも、次の瞬間にはモーそれが変わって了(しま)っていて掴まえ所がない。かすかに閃く。ぱっと輝く。キラリと光る。お召物も、お顔も、お驅もいわば火じゃ、火のかたまりじゃ。イヤ火ではない、光じゃ・・・・・・。イヤ光と云ってもはっきりはしない。しかも一切の色彩がその中に籠っている。──霊界で私を護ってくださるのはこんな立派な御方じゃ!』

       下 
 『が、私が自分の守護神のお姿を認めた瞬間に』と自動書記は書き続けております。私の居った室(へや)も、又室に集まった人達も忽(たちま)ち溶けて消え失せるように思われた。そしてふと気がついた時には自分は何とも言われない、美しい景色の中に置かれているではないか!
『イヤその景色というのは一種特別のものじゃった。自分が生前曾て行ったことのある名所舊蹟(きゅうせき)らしい所もあるが、同時に一度も見物したことのない所もある。見渡す限り草や木の生い茂った延々たる丘陵(おか)の続きで、そこにはいろいろの動物もおれば又胡蝶なども舞っている。あらゆる種類の花も咲いている。それらがただゴチャゴチャと乱雑に並んでいるのではなく、妙に調和が取れて不釣り合いな趣は少しもない。熱帯産の椰子の木と英国産の樫の木──そんなものがもしも地上に並んで生えていたなら余程不調和に感ぜられるであろうが、ここではちっともお可笑しく思はれないのが不思議じゃった。

『で、私(わし)はここは一体何所かしら? と心に訝った。すると、私の守護神は早くも私の意中を察して斯う言われるのであった。──ここは死後の世界である。汝はここに樹木や動物の存在することを不思議に思う
あろうが、霊界というものは決して無形の世界ではない。曾て汝の胸に宿った一切の思想、又曾て地上に出現した一切の事物は悉く形態を以て霊界に現れている。霊界なるものはそうして造られ、そうして殖える。今後汝の学ぶべきものは無数にある……。』
『そう聞いた私は、果たして一切の思想が霊界に現れているかしら? と疑った。するとその瞬間に今まで眼に映っていた全光景がパッと私の眼底から消え失せ、そのかわりに千万無数の幻影が、東西南北から、さながら悪夢そのままに、ひしひしと私の身辺を取り囲んだ。イヤその時の重さ! 苦しさ! 一瞬間以前には胡蝶の如く軽かった自分の驅が、たちまち幾千万貫とも知れぬ大重量の下に圧縮されるかの如くに思われた。
『私は今已むことを得ず幻影と言っておくが、当時の私の実感から言えばそれは立派な実態であった。──私の過去の生涯全部が再び自分の目の前に展開して実地そのままの活動を繰り返しつつある所の活動写真であった。
『最初それ等の光景はまるっきり順序がなかった。さながら夢と同じく、全てが一時に眼前に展開したのであった。ああ今まで忘れて居た、過去のさまざまの行為が再びありありと湧き出でた瞬間の心の苦痛悔恨! しかもどんな些細(こまか)なことでもただの一つとして省かれて居ぬではないか! 見せつけられる私の身に取りては、その間が実に長く長く、さながら幾百千年もそうして置かれるように感ぜられたのであった。
『が、私の未熟な心にも最後に天来の福音が閃(ひらめ)いた。私は生まれて初めて神に祈る心を起こしたのである! この時ばかりは私は真剣に神に祈願を捧げた。すると、不思議なもので、今までの混沌たる光景は次第次第に秩序が立ち、自然と類別ができて行くように見えた。大体に於いてそれは年代順に配列され、例えば一筋の街道が眼もはるかに何所までも延び行くような鹽梅(あんばい)であった。恐らくその街道は私が進むにつれて永久に先へ先へと延長し、最後に神の審判(さばき)の廷(には)に達するのであろう。むろん右の光景の中には私の疲れ切った魂(こころ)に多少の慰安を与えるものも混じっていた。──外でもないそれは、私が曾て人を救った親切の行為、又首尾よく誘惑を斥(しりぞ)けた時の心の歓びなどであった。兎に角私は斯うして、自分の就くべき位置を霊界で割り当てられたのである。』


                九 霊界より見た人間の肉体

 叔父さんの霊界談は何処まで行っても皆理詰めで、ちと学究臭いがそのかわりごまかしがない。ワアド氏の質問ぶりもどちらかといえば地味で、生真面目で、霊界の真相を飽くまで現代人の立場から闡明しようとせいぜい努力して居る様子が明らかに認められます。二月二日夜の恍惚状態に於ける霊夢には、自動書記に関する親切な注意やら、霊界から見た人間の姿に関する面白い観察やらが現れて居て、中々有益な参加資料たるを失いません。これが當夜二人の間に行われた問答の筆記であります。──

 叔父『これから追々例の陸軍士官に憑って貰って地獄の体験談を自動書記で発表して貰うことになるじゃろうが、それをお前がやるについては、Kさんその他の友達に頼んで充分監視を怠らぬようにしてもらいたい。この種の仕事には多少の危険が伴うことはドーしても免れないから、くれぐれも油断はせぬことじゃ。尤も一々私のいいつけを厳守してもらへばめったに間違いの起りっこはないが……。
『陸軍士官の通信が一分一厘事実に相違せぬことだけは私が保証する。あの人のは大部分地獄における体験談であるから、それを書物にして発表する時には、私の物語と混線せぬ様、一まとめにして切り離すがよい。私とは違って波瀾重畳で、なかなか面白い。ある箇所(ところ)などはたしかにジゴマ以上じゃ。尤もあの人の地獄の体験と云ったところで、それで地獄の全部を悉(つく)しているという訳ではないに決まっている。あの人の落ちた場所よりもっと深い所があるかもしれん。又他の霊魂が必ずしもあの人と同一体験を重ねているとも限るまい。しかしあの人の物語を聞いてみると従来疑問とされた大抵の不思議現象、例えば幽霊屋敷とか、憑依物(つきもの)とか、祟りといったような現象の内幕が良く判る。

『兎に角だれがお前の身体に憑かるにしても、私が始終傍についているから少しも心配に及ばない。但し私の言いつけは固く守ってもらいたい。──何ぞ直に質問することはあるまいかナ?』
 ワアド『叔父さん、あなたが自動書記をしていらっしゃる時に、ここに集まっている人間の姿があなたの眼にお見えになりますか?』
 叔父『そりゃ見えます。──ただ私が見るのと、お前たちが見るのとは、その見方が違います。私達は人間の正味のところを見るが、お前たちは人間の外面(そとづら)を見る。──そこが大いに相違する点じゃ。例えが人間界で美人として通用するものが、しばしば私達に醜婦(しゅうふ)と考えらるるようなのが少なくない。
『要するに私達は肉体よりは寧ろ霊魂(ソール)を見るのじゃ。私達から観れば肉体は灰色の凝塊(かたまり)で、丁度レントゲン光線で照らした時に骨が肉を透かして見えるような鹽梅じゃ。もちろん精神を集中すれば私達にも時として肉体がはっきり見えぬではない。しかし正味の醜い人間を美しいものと観ることはドーしてもできない。彼らの霊魂の醜さが、その肉を突き通してありありと見え透いて、ドーしてもごまかしが利かない……。
『又私達には単に生きている人間に宿る霊魂の姿が見えるばかりではない。肉体を棄てて独立しているいろいろの霊魂の姿も勿論すっかり見える。不思議なのはある種類の人間だの、又ある特殊の場所だのがいろいろの霊魂を引き寄せる力があることじゃ。人間の方ではちっとも気がつかずにいるが、霊界から見るとなかなか賑やかなものじゃ。むろん引き寄せられた霊魂には善いのもあれば悪いものもある。ひどいものになるとまるで百鬼夜行の観がある……。
 その晩の問答はここで打ち切りとなり、叔父さんはワアド氏に分かれて早速自分の勉強に取り掛かったのでした。


                                十 霊界の圖表
              
 一九一四年二月九日の霊夢における叔父さんは頗る研究的な態度で、相当苦心の結果に成ったらしい一の圖表(ずひょう)をワアド氏に示し、霊界の組織をはじめ各境の関係交渉等を熱心に説明しました。研究が念入りである丈(だけ)、それ丈読むのに少々骨が折れますが、一旦これを肚裏(はら)に入れて置くといろいろの点に老いて大変重宝であります。

 叔父さんは学校の教師然たる態度で次の説明を始めました。
『今日は一般研究者の便宜の為に霊界の区割りの説明から始めることにしましょう。さて霊界の分け方は斯うである。
   一、信仰と実務と合一せる境。
 二、信仰ありて実務の伴はざる境。
 三、半信仰の境。
 四、無信仰の境──地獄。
 『すべて霊魂は幽界(アストラル・ブレーン)の最高の境涯──即ち卒業期に達した時に言わば二度目の死ともいうべきものに遭遇する。換言すればそこで幽体を放棄してしまうのである。が、ここまで向上した霊魂はむしろ幽体を失うことを喜んでいる。地上の人間が死を恐れるのとは大分訳が違う。それだけの準備の出来ていない霊魂は決して幽界の境界線を超すことはできない。
『さて死者の霊魂がいったん幽界を出でて霊界(スピリット・ブレーン)に入るとモー後には戻れない。宇宙間は幽界までも入れてすべて七つの世界がある。七つの中の最上階はむろん上帝と共にあるところの理想境である。

『私の居る霊界は第六界で、即ち幽界の次の世界である。私達は時節が来るまで第五界には行かれない。が、一旦行けばモ──二度と戻れない。
『しかし、この規則には多少の例外が設けてあって、各界の間に全然交通が杜絶して居るほどではない。何ぞ正当の理由があれば上界の使者が私達の許に送られる。丁度われわれが何かの理由で時とすれば地上に姿を現すのと同様じゃ。
『が、それよりももっと普通の交通法は霊媒を用いることである。私達がお前の驅を機関として人間界と交通するのと同様に、第五界のものは私達の中から適当な霊魂を選んで、それを媒介として交通を試みる。従って第五界発の通信が人間界に届くまでには途中で二人の霊媒が取次をせねばならぬ。
『第六界に属するそれぞれの境は更に幾つかの部に分かれ、その各部は又幾つかの組に分かれるよく呑み込めるように、私は霊界の圖表を見せてあげる。』   
 叔父さんの話が其処まで進んだ時に大きな一枚の紙がワアド氏の眼前に現れ、それには霊界の圖表が書いてあったが、紙の地質は暗灰色で、それに火の文字が極めて鮮やかに浮き出ていたそうであります。
   
           ──ワアドの死後の世界℘44  霊界の圖表──
     実務と信仰   実務抜きの信仰  半   信   仰     無信仰(地獄)
      白      昼   あさぼらけ  暮    色      暗      黒
 
 
 

           
  叔父さんは右に現れた霊界の圖表を指しながら尚熱心に説明を続けました。──
『もちろんこれは凡その圖面であって、できるだけ簡単にしてあるから、小さい宗派の名などは一つも載せていない。しかしこれでも気を付けて見れば余程てがかりにはなるであろう。
『言うまでもなく圖に示してあるのは状態の区別であって場所の区別ではない。お前もすでに知っている通り、霊界の場所の区別などは全然ないからナ。それから宗派など実際は大変入り組んでいるもので、なかなか簡単に圖で表せはしない。例えば囘々(ふいふい)教神秘派の教理は明らかに萬有神教と類似点を有し、又モルモン教が囘々教と一致点を多量にもっているの類じゃ。そんな箇所は観る者の方で適宣に取捨判断してもらわねばならぬ。
『これと同様に、われわれ霊界の居住者とてただ一か所に噛り付いてばかりはいない。必要に応じて彼方此方移動する。例えば例の陸軍士官などは大抵は半信仰の境の第一部に居るが、時とすればちょいちょい第二部にも顔を出す。
『私などは現在主として第二部の方に居る。私が第一部に居たのは、自分の心持では何年も滞在したように感じられたが、人間界の時間にすればたった四 五日位のものであった。
 『ところで、爰ひとつ是非とも注意してもらわねばならんことは、霊界の仕事と人間界の仕事とがあべこべになって居ることじゃ。霊界の仕事というのはつまり精神(こころ)の修養で、遊びというのが人間界の所謂業務に相当する。われわれ肉体のなくなった者は衣食住其の他一切の物質的問題に関与する必要がなくなっている。しかし道楽でわれわれは、自分と同一趣味、同一職業の地上の人間と交通接触し、頼まれもせぬくせにその手伝いをしたり何かする。もちろん道楽でやるのであるから宗派の異同だの、信仰の有無だのには一向頓着しない。こいつも一つ圖面で見せることにしよう。
 又もやワアド氏の眼には火で描かれた別圖が現れました。叔父さんはそれを見ながらしきりに説明をすすめる。──
『例えば私(わし)が建築に趣味を持っているとする。他に一人の彫刻家があって、その人も亦別の見地から建築に趣味を有するものとすれば、(わし)と右の彫刻家とは、建築という共通点で交通を開くことになる。──ざっとそう言った関係から霊界と人間界との間にも交通が開けて行こうというものじゃ。

                ──℘47 趣味の圖──』

 『お前にはモー私(わし)の言葉の意味が良く判ったようであるから説明はこの辺で切り上げて置くが、兎に角こんな鹽梅式で、霊界に来てたった一つの仕事にしか趣味を持たないものは甚だ知己が少ないことになる。趣味というものは中々有難いもので、たとえ宗教上にはまるきり相違した見解を持っているものでも、趣味のお蔭でいくらでも接触することができる。道楽もきれいな道楽ならば決して悪くはないが、女道楽、酒道楽──そんな欲望を相互の共通点として交通することになると所謂魔道へ落ちて地獄の御厄介にならなければならない。そんな話は陸軍士官のお手のもので、何れ基壇百出するであろう。私(わし)の道楽はせいぜい建築道楽、将棋道楽位なものであるから、あっさりしているかわりに現代式の強烈な刺激はない……。

         
『われわれの趣味の道楽はざっと右に述べた通りじゃが』と叔父さんは言葉をつづけました。『本業は
精神(こころ)の修養となるとなかなか八釜しい。精神(こころ)の修養には宗教問題が必然的に伴ってくる。われわれ半信仰の境涯に居る者には、宗教的色彩が頗(すこぶ)る曖昧である。それを充分見分けるだけの能力が具わっていないからである。が一旦上の境涯に進み入ると宗派的色彩が大変鮮明になってくる。何時かも説明した通り、真理というものは多角多面のダイヤモンドで、それぞれの面にそれぞれの真理がある。その一面の真理を掴んでいるのが一つの宗教であるから、誰しもまず一つの宗教を肚に入れ、それを土台として他の方面の真理の吸収に進んで行くのが順序であるらしい。
『が、宗教宗派の異同対立は要するに途中の一階梯で、決して最終の目的ではないらしい。人間が発達するに連れて真理の見判け方が厳密になる。一つの宗教の生命たる真理の部分だけは保存されるが、誤謬の個所は次第に振り落とされて行く。最後に到達するのが神であるが、神は真理そのものである。

『結局霊界の最高部に達すると再び宗教の異同などは問題でなくなってくる。一遍宗教に入ることが必要であると同時に最後に宗教から超越することが必要なのである。宣教の為に地獄の方に下って行くものは宗教を超越するところまで達した霊魂でなければならない。イヤ霊界の最高部のものでもまだ充分でない。それらはやっと地獄の入り口、学校のところまでしか下ることを許されない。地獄のどん底までも平気で宣教の為に
降りて行くのは光明赫灼(かくやく)たる天使たちで、それは霊界よりずっと上の界から派遣されるのである。霊界の者があまり地獄の深いところまで降りるのは危険である。地獄の学校へ行ってさえも、現世的引力が中々強く、その為に自分の進歩を何年間かフイにしてしまうのである。
『学校は大別して成人組と幼年組との二種類に分かれる。幼年組というものは、夭折して何事も学び得なかった幼児たちを収容する場所で、科目は主として信仰に関する事柄ばかりである。霊界では読書や作文の稽古は全く不必要で、そんなものは人間界とは正反対に、純然たる娯楽に属する。』
 ワアド『幼年組の先生は?』

 叔父『それには霊界の最高部に居る婦人たちの中で、生前育児の経験を持たなかったものが選びだされるのじゃ。こうして彼らは婦人の第一本能たる母性愛の満足を求める。その他生前教師であったもの、牧師であったものもよく出かけて行く。時とすると、行ったきり長い長い歳月の間、まるで戻らずにいる者もある。霊界では他を教えるのは一の道楽であって、決して業務ではないのである。
 『最後に私はくれぐれも断っておくが、私がお前に見せたあの霊界の圖表は決して固定的のものではない。地上にも相当流転はあるが、霊界の方では尚更そうである。鉄の鋳型にはめたようにあれっきり造りつけになっていると思われては大いに困る。──私は大概これで説明するだけのことは説明したと思うが、何ぞお前の方に聞きたいことがあるかナ?』
 ワアド『あなたは先刻成人組と仰いましたが、そこでは何を教えるのです?。』
 叔父『信仰問題に関して大体の観念を養っているところじゃ。其処に居る者はただぼんやりと信仰でもして見ようかしら位に考えて居る連中に過ぎない。彼らの眼には生前犯した罪悪の光景が映っても、なぜそれが罪悪であるかがはっきり腑に落ちない。信仰にかけてはまるで赤ん坊なのじゃ。』
 ワアド『それなら何故幼年組と別々に教えるものです?』

 叔父『それは当たり前ではないか。信仰上又は道徳上の知識に欠けているという点においては双方似たり寄ったりであるが、一方は何ら罪穢れのない赤ん坊。他方は悪いことなら何もかも心得ているすれっからし、その取扱い方も自然違うと云うものじゃ。──今日はこれだけ・・・・・・。いずれ又出掛けて来る・・・・・・。』
 
          
          十一 聖者の臨終 

 これは二月十四日に出た自動書記で、霊界から見た人間の臨終の光景が実によく描かれて居ります。通信者は例の叔父さんの L の霊魂であります。──
『憑ってきたのは私じゃ。最近私(わし)は人間の臨終の実況を霊界から見物したので、今日はそれをお前に通信してあげる。案内してくれたのは私の守護神じゃ。何処をどう通って行ったものか途中はさっぱり判らないが、兎に角現場に臨んだのじゃ。見るとそれが通風のよい大きな室(へや)で、さっぱりはしているが、しかし別段贅沢な装飾などは施してない。部屋の外は庭園(にわ)になっている。ただ何分冬じゃから別に面白いこともない……。

『寝台の上には七十歳ばかりと思われる一人の老人が臥せっている。その人の身分は牧師じゃ。すると私の守護神が説明してくださる。──
「彼は忠実なる道の奉仕者である。彼が死後直ちに導かるるは信仰と実務との合一せる、霊界最高の境涯である。彼はローマ正教の牧師としてこの教区を預かっている身分である・・・・・・。」
『ふと気がつくと室内にはたちまち美しき霊魂達が充ち充ちて来た。それが後から後から殖(ふ)えて行くので、しまいには部屋に入りきれず、庭園へまでも溢れ出た。
『どんな人達でございます?』 私はびっくりして尋ねた。
「何れもこの者に救われた善良なる霊魂(みたま)達である」と私の守護神が答えてくださる。「それなる婦人、彼女は一旦堕落しかけたのであるが、この者の導きによりて真の途に戻ることができた。あれなる愚昧(ぐまい)
の少年、彼は一旦地獄に落ちたのをこの者の為に救い出された。あれなる父親、彼は今一と息で、己の娘を娼婦の群れに追いやるところであったのを、この者が娘を尼寺に連れて行ってくれたばかりに心が和らいだ。今では父子二人とも霊界の最高境に達して楽しい月日を送っている。これらの霊魂達が皆打ち連れて、父であり又友であるこの者を迎えるべく出て参ったのじゃ。」

『そう守護神が説明して下すっている最中に、これらの霊魂達よりも一段優れて美(うる)はしく光輝く何者かが室内に現れた。
  「跪いて!」と守護神が私に教えてくださる。
『私は跪くと同時に部屋に溢れた霊魂達も悉く拝跪(はいき)の禮をとった。
「何方でございます?」と私が小声に尋ねる。
「この御方がこの教区の眞の司配者の天使であらせられる。わざわざお迎えの為にお出ましになられたのじゃ。気をつけて見るがよい。」
『すると、極めて静かに牧師の驅から一条の光線が抜け出た。頭部の辺が一番よく光る。色は金色に近いが、ただ幾分青みを帯びている。そうする中に右の光は次第次第に凝集して、頭となり、肩となり、いつしか一個の光明体が肉の覆いの中から抜け出した。最初はうっすりしていたが、やがて輪郭がくっきりして来た。同時に幾百とも知れぬ満座の霊魂達の口から歓喜の声が溢れた。
 「万歳々々 一同お迎えいたします!」
『すると老牧師は一同に向かってにっこりしたが、イヤその笑顔の晴々しさ! 驅全体が笑み輝くかと疑われた。老牧師の霊魂は寝台の傍に看護の労を執りつつあった地上の人達に向かっても同様に笑顔を見せてその幸福を祈るのであった。

『やがて驅と霊魂(みたま)とをつなぐ焔の紐は次第に延びて、遂にプッツリ! と切れてしまった。同時に看護の人達はワッとばかりに泣き崩れたが、その泣声は霊魂達の群れからドッと破裂する歓びの歌にかき消されてしまった。と、お迎えの天使は老牧師の手を執って言われた。──
 「汝いみじきものよ、汝はよくも地上の憐れなるものの為に尽くした。余は汝に向かって汝が生前救済の手を伸べたるすべてのものの司配を委ねるであろう。
『言えも了(おわ)らず、又も満座の霊魂の群れから起こった歓呼喝采! その響きは未だに私の耳に残っている。
『間もなく室(へや)の付近から全ての姿は消えて、後にはただ私と、守護神と、二三の哀悼者のみが残ったが、イヤ実に何とも言われぬ結構な光景で、其処を立ち去った時の私の胸もうれしさに躍ったのである。
『今日の私の通信はこれで終わりじゃ。今晩仕事の手伝いをしてくれた五人の人達には私から厚くお礼を述べて置く。何れ又・・・・・・。』
 叔父さんの通信に五人とあるのは、K氏夫妻、S氏夫妻、並びにワアド氏夫人のことを指しているのでした。
 
     
            十二 霊界の学校

              
 ワアド氏は二月十六日に例の霊夢式の方法で霊界の叔父さんと会談しましたが、その日の叔父さんは平常よりも一層学究的の態度で、自分が霊界へ来て初めて学校に入った時の、ちと堅くはあるが、しかし極めて意味深長なる実験談を詳細に物語ったのでした。
『叔父さん』とワアド氏から質問しました。『あなたはこの前の通信で、いろいろの幻影がきちんと類別されて行ったことをお述べになりましたが、あれから先は一体どうなったのでございます?』
 叔父『よしよし今日はあの続きを物語ることにしましょう。あの幻影の排列された街道は、前方を見ても後方を顧ても、何所までも際限なく続いて、果ては彼方の風景の中に消え去ったのであるが、やがて突然私の守護神がすぐ私の傍にお現はれになった。

 「ついて来い!」
 そう言われるので私は守護神の後について行くと、数ある景色の一つの中を突き抜けて、いつしかその奥の田舎に出た。その際あの幻影がどんな風に処分されたのかは私にも正確に説明することはできない。現在でもそれはちゃんと私の眼に始終映って居る。──が、一口に言うと、全てが次第次第に背後の方へ引っ込んで行って余り邪魔にならなくなったのじゃ。
『それからいくつかの野を横切り、丘を降りて、やがて行く手に一棟の華麗(りっぱ)な建物の見える所へ出たのである。
 「あれは何でございます?」と私が尋ねた。
 「あれは汝の入る学校じゃ。」
  「学校でございます? 私はモー子供ではございません。」
 「イヤ汝は子供じゃ。信仰の道にかけてはまだよくよくの赤ん坊じゃ。それその通り汝の姿は小さいであろうが・・・・・・。」

『そう言う間にも私の守護神の背丈がズンズン高くなるように思われた。しかし私の驅が別に小さくなるとは認められなかった。
『やがて私達は右の建物の門前に出たのであるが、イヤその門の立派なことと云ったら実に言語に絶するものがあった。
『間もなく私は教室に連れて行かれた。他に適当な言葉がないから教室というより仕方がない。其処には沢山の児童たちが勉強していた。イヤ児童というのもちとおかしい……。皆成人なのである。が、成人にしては妙に発育不充分で、ただ顔だけがませているのである。
『やがて其処の先生というのに紹介されたが、生徒たちが揃いも揃って貧弱きわまるのに反して先生の姿の立派なことはまた別段であった。ただに身体が堂々としているばかりではなく、総身光り輝いている。そしてその光の姓で教室全体が程よく明るい。これに引き換えて、生徒たちの驅ときては何れも灰色で不景気きわまるが、その中でも私の驅が誰よりもすぐれて真暗であった。
『次の瞬間にはモー私の守護神の姿は消え失せていた。先生が親切に私の手を執ってとある座席に就かせてくれた。そしていよいよ授業が開始されたのではあるが、私としてこんな教授法には生まれて初めて接したのである。大体に於いて述べると先生の方で知識を生徒の頭脳に注入するヤリ方でなく、生徒の頭脳から知識を引き出すヤリ方なのである。最初の間は、どの質問も私にはさっぱり判らなかった。そのくせ他の生徒にはすっかりそれが飲み込めているらしく、一人の生徒が先生の質問に対して何とか答えると、それを手がかりに次の質問が又先生から発せられる。何処まで行っても問と答えとのつながりで。味塵も注入的な所がない。その一例として先生が私にかけた質問ぶりを紹介することにしよう。』
 
                    
先生が私に向かって質問されたのは、私が教室へ入ってしばらく過ぎてからのことであった。
 先生「あなたは何ぞ質問がありますか?」
 私「御座います。──一体ここは霊界であるというのに、どうしていろいろの物が実態を具えているように見えるのです? 就中私自身が依然として驅を持っているのが不審でなりません。」
 先生「それなら尋ねるが、人間は何物から成立して居ります?」
 私「肉体と霊魂より成立しております。」

 先生「科学者はそれに何という定義を下します?。」
 私「物質と力だと申します。」
 先生「その通り。──それで人が死ぬるとその物質はどうなります? 滅びますか?」
 私「イヤ物質は滅びません。ただ形を変えるだけであります。私の肉体が腐敗して土壌に化すると、それから植物が発生します。」
 先生「肉体を働かせていた力はどうなります?」
 私「力は霊界へ参ります。それが霊魂でございます。霊魂も亦滅びません。」
 先生「宜しい。物質も力も共に滅びない。が、地上に残して置いた肉体は生前の肉体と何所か違った点はありませんか?」
 私「違った点がございます。」
 先生「どの点が違います? 今あなたが地上へ行って自分の遺骸を見たとすれば、主として何所が相違していると思います?」
 私「肉体は腐敗しますから、だんだん原形を失いつつあるものと存じます。形が違います。」
 先生「事によると形はモー無くなっているかも知れない。ところで物質と力とは滅びないとすれば形はどうなります? 形は滅びますか?」

 私「滅びるでしょう。滅びないという理由はないように思われます。」
 先生「然らばお聞きしますが、あなたが曾て起こした思想の形は少しも滅びずに霊界に存在したではありませんか? 思想の形が滅びない以上、あなたの肉体の形とても滅びずにいないでしょうか?」
 私「そうかも知れません。
──しかし思想を形作った私自身が今霊界(ここ)に存在する以上、私のことを考えたものが私よりも以前に存在している筈だと思います。私が居って考えたからその思想の形が霊界に存在する。誰かが居って考えたからこそ私というものが霊界に存在する! そうではないでしょうか?」
 先生「その通りじゃ。誰かがあなたのことを考えたからあなたが出来上がったのである。その誰かが即ち神じゃ。神は思想を以てあなたを創造(つく)られた。それと同一筆法で、あなたも亦思想を以て物を創造(つく)る。──これであなたは何を悟りましたか?」
 私「形も亦物質及び及び力と同じく滅びないという事であります。それからモー一つは、神が私を考えて創造(つく)られたと同様に、私も亦考えて形を創造り得るという事であります。

 先生「これであなたが最初発した質問に対する答案が出来たではありませんか?」
 私「そうかも知れません・・・・・・。私が現在霊界で見ているものは形である。私自身も亦形に過ぎないから、それで自分と同じく全ての物が皆実体を具えて居るように見える。・・・・・・こんな道理かと存じます。しかし何故私自身実態があるように見えるのでしょう……。」
 先生「そう見えるのが当たり前じゃ。霊界には物質は全くない。」
 私「それなら若しも私がこの形で地上に戻ったなら、自分が非実体的であるような感じが起こるでしょうか?」
 先生「地上に戻ってあなたは物質化しますか?」
 私「しません。するとあなたの仰る意味はこうでございますナ──私が物質化するのでなければ、単なる形であり、力であり、物質との比較はできないと……。」
 先生「判り易いように一つ例を引きましょう。もしもここに光があって、それを煙の真ん中に置いたとする。そうすれば何が見えます?」
 私「もちろん煙を通して光が見えます。恐らくいくらかぼんやりと・・・・・・。」
 先生「焔は何です?」

 私「力です。」
 先生「ただ力だけですか?」
 私「無論焔には形もあります。」
 先生「煙は何です?」
 私「物質と形とです。

 先生「それであなたの質問に対する答案にはなりませんか?」
 私「そう致しますと、先生の仰る意味はこうでございますか──人間の物質的肉体を通して霊魂が光るのは、丁度煙を通して蠟燭の火が光るようなものだと……。」
 先生「その通り。」

                               
『私はその時一つの突っ込んだ質問を先生に発した。──
 「私は今物質を棄てて単なる形となって居りますが、この形も亦いつか棄てることがありましょうか」
 『そういうないなや教室全体は忽森閑と鎮まり返ってしまった。すべての生徒たちは先生の返事いかにと何れも固唾を呑んだのである。
 先生『あなたの質問には遺憾ながら私にも充分の解答を与えることができません。私にはただこれだけしか判って居ない──次の界に進むときには、われわれは現在の姿を持ってはいない。しかし第五界以上に於いてそれがどうなるかは霊界に居るわれわれの何人にも判りません。われわれは霊界を限る所の火の壁を透視する力量は全くない。丁度人間が死の黒いとばりを通しし得ないのと同様なのである。偉大なる天使たちにはもちろんお判りになっているに相違ない。しかしわれわれはあなたがたと同じく、霊界のものであるからドーしてもそこまでは判らないのです。───外にまだ質問はありますか?』
 私「それでは伺います。われわれは神によって造られ、従って神に縋りて救済(すくい)を求め、われわれの安寧幸福に対して一切の責任を神が負うべきではないでしょうか?」
『この質問で、再び沈黙が全教室に漲るべく見えた。
 先生『あなたは若いのに似ず大変実質のある質問をします。──ではこちらから尋ねます。
 
 あなたは最初あなたの守護神としばらく言葉を交えた時にどんな体験を得ました?』
『そう先生から尋ねられたので、私はあの時の恐ろしい悪夢式の光景を物語り、最後に神に祈願したので、全てが次第に順序良く整頓して行ったことを説明した。
 先生『あなたの質問はそれで大てい解決されたでしょう。あなたの造った思想があなたに向かって責任を求めたではありませんか?』
『そう言われた時に私は心から恥じ入って頭を下げ、しばらく二の句がつげなかった。
 先生「それはそれでよいとして、あなたの質問には奥にモ少し意味があると思います。言って御覧なさい。」
 私「私自身は新しい思想を生みますが、思想が思想を生む力があるものでございましょうか?」
 先生「もちろん直接にはない。しかし間接にもないでしょうか?」
 私「間接にもないかと存じますが……」
 先生「でも物質世界に於いて一の邪悪行為が起こった時に、それを真似るものがほかに現れませんか?」
 私「それは勿論現れます。しかし霊界では萬事勝手が違うかと存じますが……。」

 先生「皆さんの中で誰かこの答弁をやって御覧なさい。」
『先生がそう述べると、生徒の一人がやがて次のように答えた。──
 「
地上に存在するもので霊界にその模写のないものは一つもありません。樹木でも、建物でもその他一切がみなその通りです。相違点はただ霊界にあの粗末な物質がないだけです。」
 私「しかし霊界の悪思想が他に感染して他を邪悪行為に導くというようなことがあるでしょうか?」
 先生「それでは又一つ尋ねる。あなたが地上に居た時に全く無関係な二人、若しくは二人以上の人々が、同時同刻に同一の発明をすることがあるのに気がつきませんか?」
 私「それはしばしば気がつきました。が、私どもはそれは偶然の暗合と考えていました。」
 先生「イヤ偶然の暗合などというものは決して存在するものではない。それが人間が自己の無知識──神の根本原則を知らずに居ることを隠ぺいするに使用する遁辞に過ぎない。所謂偶然の暗号と称するものの裏面には必ず霊界の摂理の手が加わって居る。それから又あなたはいつどこから淵源を発したかも判らぬ舊い思想が幾代かに亙りて人類に感化を與へていることに気がつきませんか? 本国ではすっかり忘れられているにもかかわらわず、ともすればそれが遠方の何の連絡もなかりそうな他国民の間に復活している場合も少なくありません。──判りましたか?」
 私「そうしますと一の思想は他の新思想を創造して行くのでございますナ。

 先生「その通り。──が、新思想と言っても全く無関係の思想ではない。何らかの連絡のある思想に限って創造されて行くのです。」

              
『私(わし)はどうやらまだ腑に落ちなかったので、さらに質問を続けた。──』
「モ一つ質問させていただきます。一つの思想がまるきり無関係の新思想を創造することが出来ないというのに、何故それが人間にはできるのでしょう? 人間はある場合に於いて残忍な悪思想を創造(つく)り、その思想を以て他人を残忍な行為に導くことが出来ると同時に、次の瞬間には親切な善思想を創造り、これを以て他人に善道に導くことが出来ます。何故こんな相違が生じて来るのでございましょうか?」
 先生「それなら又尋ねますが、一体人間は何と何からできております?」

 私「物質、形、力の三つから成ります。」
 先生「思想は何からできております?」
 私「単に形のみかと存じます・・・・・・。」
 先生「それであなたの疑問は解けている筈でしょう。」
 私「ああ判りました。力と称するものの有無によりて相違が生ずるのでございましょう。が、力とは一体何でございましょうか?」
 先生「ある人は力とは神だといいます。又ある人は力と物質が神だといいます。又ある人は力と物質は同一で、神の神たる所以はここに存するのだと言います。人間は力か物質かのうちどれかを創造し得ますか?

 私「イヤ人間はただ形を創造し得るだけかと存じます。」
 先生「あなたの疑問はまだそれですっかり解けてはしまいませんか?」
 私「私の最初の疑問はまだ解かれていないかと存じます。私の疑問は斯うです──人間は種々の思想を創造り得る力量があるのに何故人間の思想にはそれがあり得ないか?」
 先生「神はあなたを創造します。あなたはあなたの思想を創造します。あなたの思想は他を感化します。
 
「思想の働きはそれを創造した思想によりて縛られます。あなたの行為はあなたを創造った力によりて縛られます。神は何物によりても縛られません。」
 私「すっかり判って参りました。われわれ人間には自分達の知らぬ事物につきて思考する能力がありません。然るに神は全智であり、従って全能であります。」
 先生「神は一切なのであります。──あなたの第一課程は首尾よく終わりました。皆さんに休暇を赦します。戸外に出て宜しい。」
『次の瞬間にわれわれ一同は小学校の生徒そのまま戸外へ飛び出して、思い思いの勝手な遊戯に耽ったのである。が、霊界の遊びというのは皆精神的のもので、そして地上で業務と称するものが、つまり爰では皆娯楽なのであるから大分勝手が違っている。私のことだから、自ずと建築に趣味を持っている人々の組に入って遊びました。可笑しなことに仲間は皆それぞれ背の高さが違う。それは各自の霊性の発達が同一でないからである。やがて仲間の一人が、地上にあった有名な建築物の見物に出掛けようと言い出した。「さア」と私が言った。「郊外の風致を損ねる俗悪きわまる別荘の見物なら有難くもないが……。」
 「例えば君が造ったようなシロモノカネ。あんなものは全く有難くない……。」
『一人の少年がそう私のことを皮肉った。若しもこんなことを言われたなら、生きている時分であったら恐らくむかっ腹を立てたと思うが、私はただ高笑いで済ました。すると先に発議した大柄の少年が傍から口を出した。──
「君、そんな心配は一切無用だよ。俗悪な建物は霊界へは来ないで皆地獄の方へ行ってしまう。もちろん霊界にあるものだって最上等の種類ではない。最上等のものはずっと上の方の界へ行くからね。しかし霊界(こちら)のだとてそう莫迦にしたものではない。一つ非常によくできているアッシリアの建築があるから行って見ようではないか?」
『こんな相談の結果われわれは打ち連れてそのアッシリア建築物の見物に出掛けたのであったが私にとってそれは何よりの保養であった。』

             
 叔父さんが霊界で建築物を見学に出掛けたという物語は、はしなくも前年物故したAという人物の死後の生活状態を明らかにする端緒を開きました。

 ワアド『叔父さん、あなたは霊界でそんなに多数の建築家達と御交際をなさるなら建築家のAという男にお逢いになられませんでしたか?』
 叔父『こいつア以外じゃ! 別荘の事について私のことを皮肉ったのは他でもない、そのAという男じゃ……。』
 ワアド『まアそうでございましたか。──近頃Aはどんな鹽梅に暮らしております?』
 叔父『あの男は現在私の仲間に居ますよ。何でも最初霊界へ来た時に半信仰者の部類に編入されたので大変不平で、僕は立派に信者だと言って先生に喰ってかかったということじゃ。
すると先生は斯う言われたそうじゃ。──
「あなたが真の信者ならここへは来ぬ筈じゃ。あなたは自分では立派な信者と思っていたであろうが、しかし信仰というものはただ口で信ずるのみではいけない。心から信仰を掴まねばならぬ。もしあなたが真の信者であったなら、地上であんな生活を送る筈がない。自分で信者と思っていたもので現在地獄に堕ちているものは沢山ある。眞の信仰は実行の上に発揮さるべきである。それでなければ眞の信仰ではない。これは必ずしも神を信ずる者が罪を犯さぬという意味ではない。信仰ある者でも犯した罪の為に苦しむこともあるであろう。人間はいかなる思想、いかなる行為に対しても責任がある。が、いずれにしても真の信仰を持つというとこが根本である。霊界では人をあざむくことはできない。イヤ自分自身をもあざむき得ない。あなたは半ば信じたからそれでこの境に置かれたのだ。若し少しも信仰がなかったなら地獄に送られたであろう。まアせっかく勉強なさるがよい……。」

これにはさすがのAも一言もなかったそうじゃ……。』
 ワアド『いかがでございます、あの男の霊界に於ける進歩は?』
 叔父『あまり早いとも言われまいナ。お前も知る通り、Aは何分にも血気盛りで、狩猟(かり)だの、酒だの、女だの、金儲けだのという物質的の快楽に捉われている最中に死んだものだから現世の執着がなかなか抜けきれない。むろんあの男は地縛の霊魂ではない。地縛の霊魂なら霊界(ここ)にはいられない。──が、ドーモ地上がまだ恋しくてしょうがない様じゃ。時々学校をなまけて地上へ降りて行って、昔なじみの女やら料理屋やらをちょいちょい訪れる模様がある。地縛の堕落霊が淫らな真似をしたさに彷徨(うろつ)き回るのとは大分訳が違うが、ドーモ旧知の人物や場所に対する一種の愛着が残っているらしい。決して悪い男じゃないのだから早くそんな真似さえよせば進歩がずっと早くなる。しかし当人自身も言っている通り、Aは少なくとも三十年ばかり死ぬのが早過ぎたのかもしれん。従って三十年くらいは途中でまごつかなければならんのじゃろう・・・・・・。』
『兎に角Aはおそろしく判りのよくない男で、極めて簡単なことでもなかなか呑み込めぬようじゃ。死んだのは私よりずっと早いがモー私の方が追い越してしまった。しかし元来が面白い人物なので教場外では大変人望がある。尤もAは霊界に戸外遊戯がないのには余程弱っているらしい。おかしな男でこの間もなるべく妻の死ぬのが遅れる方がいいというのじゃ。何故かとその訳を聞いてみると、後から来た女房に追い越されると癪に障るというのじゃ。
『イヤ今日は大変長い間お前を引き止めた。あまり長引くと、お前が霊界(こちら)のものに成り切りになると困るからこの辺で帰ってもらうにしょう・・・・・・。』

   
           十三 自分の葬式に参列

                 
 これは二月二十一日午後七時に出た叔父からの自動書記通信であります。霊界から出張して自分の肉体の葬式に参列したという奇想天外式の記事で、先入主に捉われた常識家の眼を回しそうなシロモノですが、しかしよく読んでみると情理兼ね具わり、如何にも正確味に富んでいて疑いたいにも疑うことの出来ないところがあります。出来るだけ忠実に紹介することにしましょう。──
『私はこれから自分の葬式に参列した話をするが、その事の起ったのは、霊界へ来てから余程の日数を経たと自分には思われている時分の事であった。
「これより汝を汝の葬式に連れて参る。そろそろその準備をいたせ!」
『ある日私の守護神が突然教室に現れて、私にそう言われるのであった。私は寧ろびっくりして叫んだ。──
「私の葬式でございますって! そんなものはとうの昔に済んでしまったと思いますが……。」
「イヤそうではない。霊界の方では余程ながいように思えるであろうが、地上の時間にすれば汝がここへ来てから僅かに三日にしかならんのじゃ。」
『霊界の時間・・・・・・寧ろ時間なしのヤリ方と、時間を厳守する地上とのヤリ方との相違点に私が気がついたのは、この時が最初であった。地上ではたった三日にしかならぬというのに、私はたしかに数ヶ月霊界で勉強していたように覚えたのじゃ。ついでにここで述べておくが、霊界には夜もなければ昼もなく、又睡眠ということもない。尤もこれはちょっと考えればすぐわかる話で、霊魂は地上に居る時分から決して眠りはせぬ。そして驅とは違って休息の必要もない。
 
『さて私の守護神は学校の先生に行先地を告げて私の課業を休ませて貰うことにした。丁度その時刻に課業が始まりかけていたところで、地上の学校と同じように無断欠席は無論許されないのである。
『次の瞬間われわれは忽ち私の地上の旧宅に着いた。最初想像していたのとは違って、エーテル界を通じての長距離旅行などというものは全く無しに、甚だ簡単に自分の寝室に着いてしまったのじゃ。その時は随分不思議に感じられたが、今の私には良く判っている。われわれの世界と人間の世界とは決して空間といったようなもので隔てられてはしない。むしろ双方とも同一空間にあるといってよかりそうなのじゃ。が、この点はまだ充分説明し居ていないと思うからいつか機会を見て詳しく述べることにしよう。
『私の旧宅の内部(なか)は家具類がすっかり片付けられて居て平生とは大分勝手が違っていた。ふと気がつくと、其処には一つの棺がある。それは大きな白布がかかっていたが、私はそれを透して自分の遺骸をありありと認めることが出来た。
 
『不思議なことには最初予期していたほどには自分の遺骸がそう懐かしくなかった。古い馴染みの友に逢ったというよりかも、むしろ一個の大理石像でも見物しているように思われてならなかった。』 
「汝は今やその任務を終わった。いよいよこれがお別れじゃ。」
『私はそう小声で言っては見たが、ドーもさっぱり情がうつらない。あべこべに他の考えがむらむらと胸に浮かんできてならなかった。
「汝は果して私の親友であったかしら・・・・・・。それとも汝は私の敵役(かたきやく)であったかしら・・・・・・。」

『こんな薄情らしい考えが胸のどこかで囁くのであった。兎に角私はこれでいよいよ自由の身の上だナという気がしてうれしくてならなかった。
『しばらくして私は他の人達が何をしているか、それを見たい気になった。次の瞬間に私は食堂に行っていたが、そこは弔客(とむらいきゃく)で充満(いっぱい)なので、なるべくその人達の驅に触れないように食卓の真ん中辺のところを狙って、下方から上に突き抜けた。むろん食卓などは少しも私の邪魔にはならない。人間の驅とても突き当たる虞はないのだが、ただ地上生活の間につくられた習慣上、群衆の中を通るのは何やら気がさしてならないのであった。

『其処で私は残らずの人々を見た。お前もいた。GもDもMもPも其の外大勢いた。が、其処もあんまり面白くもないので、私はやがて妻の居間であった部屋に行って見たが、ここも格別感心もしない。仕方がないので私は又ふらふらと部屋を抜け出した。』

          
 自動書記はこれからはますます佳境に進みつつあります。──
『実を言うと私は折角自分の葬式に臨むことは臨んだが、ただ人々の邪魔をしに来ているように感じられてならなかった。こんな下らないことを見物しているよりは、学校で勉強している方がよっぽどましだ。──私はそんなことを考えた。すると私の守護神は早くも私の意中を察して次のように私をたしなめられた。──
「いよいよ遺骸が土中に埋められる時には、霊魂としてその地上生活の伴侶(とも)であった肉体に別れを告げることが規約(おきて)になっている。それには相当理由がある。単に肉体に対する執着──丁度飼い犬が少しくらいひどい目に逢わされてもその主人を慕うに似たる執着──の外に、次のような理由がある。死体の周囲には常に様々の悪霊どもが寄って集って、何やらこれに求める所があるものじゃ。死体に付着する煩悩の名残──悪霊というものはそれを嗅ぎつけて参るのじゃ。

「時とすれば彼らは死体の中から一種の物質的原料を抽(ぬ)き出しにかかり、ひょっとするとそれに成功する。彼らはその原料で自己達の裸体を包むのじゃ。がそれはただ邪悪な生活を送った人々の死体に限るので、汝の死体にそんな心配があるのではない。しかしわれわれはそれらの悪魔の近寄らぬよう、行って監督をせねばならなぬ。
「又情誼(じょうぎ)の上から言っても、あれほど永らく共同の生活を送った伴侶(とも)を、あの安息の場所に送り届けるのは正しい道じゃ。
「最後にもう一つ、汝が棄てた現生の生活の取るに足らぬこと、又新たに入りたる霊界の生活の楽しいこと、──葬式によりてそれを汝に悟らせたいのである。」
『守護神からそう言い聞かされたので、私は再び自分の部屋に戻って遺骸の側に座っていますと、まもなくお前が其処に入ってきた。お前はナプキンを取りのけて、しきりに私の遺骸を見ていたが実は本当の私はお前の正面に立っていたのじゃ。私はお前が大変萎れているのを見てむしろ意外に感じ、この通り自分は元気にしているから心配してくれるナ。この私が判らないのかと頻りに呼んでみたのじゃ。
 
『その声がお前の耳に入ったのではないかしらと一時私は喜んだ。お前は一瞬間私の顔を直視しているかの如く見えたからじゃ。が、やはり聞こえてはいなかったと見えて、お前はナプキンやらショートやらを元の通りに直して、彼方を向いて部屋を出て行ってしまった。
『間もなく葬儀屋の人足が入って来て、棺の蓋を閉めて階下に運んで行った。私も行列の後について寺院(てら)へ行った。
『棺が墓中に納まり、会葬者がすっかり立ち去ってからも私は其処にとどまって、墓穴の埋めらるるのを最後まで見て居った。無論土がかぶってからも私には曾て私の入れ物であった大理石像──自分の死体がよく見えた。私はモ一度それを凝視した。それから守護神の方を向いて、さアお暇しましょうかと言った。
『その言葉の終わるか終わらぬ中に私は早や自分の学校に戻っていたが、その時私は覚えず安心の長太息(といき)を漏らしたのである。私の守護神はと思ってぐるりと見たがモー影も形もない。こんな目に逢えば最初はびっくりしたものだが、この時分の私はすでのその身辺不可思議な出入往来には慣れていた。

『すると先生が優しく言葉をかけてくれた。──
「席にお就きなさい。今丁度質問が一巡済んだところです。」
「エッ! 質問が一巡済んだところ・・・・・・。」私はそれを聞いて呆れ返ってしまった。「私は何時間も地上に行って居ったように感じます。成る程霊界と現界との時間には関係がありませんナ!」
「あなたにも霊界に時間がないことが判りかけたでしょうが……。」
『私は再び同級生の生徒たちを見ましたが、この時初めて地上の人達のいかに小さく、如何に発達不完全であるかを私は痛感したのであった。私の同級生は兎も角も少年の姿をして居た。しかるに地上の人間は大部分よくよくの赤ん坊──事によるとまだ生れないものさえもあった。殊に某(なにがし)だの、某だのの霊魂の姿ときては誠に幼弱きわまるもので、滑稽であると同時に又気の毒千萬でもあった。兎に角私はお前達に逢った時に、灰色がかったお前たちの肉体を通してお前たちの霊魂の姿を目撃したのじゃが、ややもすれば、一番美しい肉体が一番小さい、一番格好の悪い霊体を包んでいるには驚いた。
『何はともあれ、私はお前達が人生とか浮世とか言って空威張りをしているところから遁れ出でて眞の意義ある霊界の学校生活に戻った時の心の満足は今でも忘れ得ない。が、同時に新しい希望が私の胸裡に湧き出でた。他でもない、それはこの事実をお前をはじめ、人類全体に普く知らせてやりたいという希望であった。──これで三十分間休憩……。』

      
            十四 霊界の大学
                 
  前回の自動書記に引き続き、同日の午後八時五十分に出たのがこれであります。叔父さんがいかに第一部から第二部の方に進級し、如何に地上との通信を開始するかにするに至ったか、それ等の肝要な事情が頗る明細に述べられてあります。──
『さて霊界の学校へ戻ってからの私は、こちらの実況を地上で逢った人達に早く知らせてやりたくてならなくなった。地上に私の死を衷心から悲しんでくれるものが沢山あるので、それが気の毒でたまらないという事も一つの理由ではあったが、しかしそれよりも、地上の人々が少しも未来の生活を信ぜず、たとえ信じた所で、見当はずれの考えばかり抱いている。──それが歯痒くてたまらないのであった。既に前にも述べた通り、私は自分の身内の者に通信しようとして悉く失敗し、漸くのことでお前と接触を保つことに成功したのであるが、しかしそこへ達するまでにはなかなかの苦心を重ねたものじゃ。最初はまるきり見当がつかず、どうしてよいものやら徒に心を苦しめるばかりであった。が、是非とも通信したいという決心がつくと同時に私の守護神が不意に私の教室に現れた。
 
「あなたが受け持ちのこの生徒でございますが、」と守護神が学校の先生に言った。「近頃学課の成績が大変宜しいので、そろそろ大学の方へ移らせたいと存じますが……。」
「仰せの通り成績が飛びはなれて優れております。──宜しゅうございます、すぐその手続きをいたしましょう。」
『やがて課業が終わると、生徒一同は私の身辺に群がり寄った。──
「イヤーお目出度う! 君はとうとう一人前になったね!」
『そう言って祝意を表してくれた。私の他にも数人の生徒がおのおの守護神達に導かれ、お馴染みの校舎に別れを告げることになった。

『するとやがて私の守護神が斯う言うのであった。──
「汝は今地上の人達と通信したいと思っているが、その理由を述べて見るがよい。」
「私は霊界の実情を彼らに知らせたいのでございます。そうしてやれば、彼らは生きている時から霊界入りの準備に掛かり、私のように小学を履まずとも良いことになりましょう。又未来の生活を信じている人間にしましても、余りにその観念が乏し過ぎるようで……。」
「それは判っているが、何故汝が今通信せねばならぬ必要があるのじゃ? 人間は何時かはみな霊界へ来る、それから勉強しても差し支えなかろうが・・・・・・。」
「イヤ私自身地上に居た時にあまりに霊界の研究を怠りましたので、少々なりともその罪滅ぼしをしたいのでございます。
「それなら結構じゃ。それなら充分の理由がある。地上の人類は余りに神に背き過ぎて居る。汝が彼らを導くことは、つまり己を導くことである。見よ、汝はすでに第一部を通過して第二部の方に入りつつある。」
「第二部でございますか? どうすれば私がそちらへ参り得るのでございます?」
「皆自力でその方法を見出すのじゃ。霊界においては自分の問いに答えるものは常に自分である。人から習うことは許されない。務めよ。そうすれば与えられる。」
『それから間もなく私は守護神と別れて、見知らぬ一群の青年達の間に自身を見出したのであった。』
 
             
 自動書記は尚続きます。── 
『私は何となく、ここが大学の所在地であるらしく感じられてならなかった。で、早速付近の数人を捕えて、試みに地上との交通の方法を訪ねて見た。──人間界とは違って不思議にも霊界ではこんな場合に遠慮などはしないのである。
『するとその中の一人が斯う答えた。──
「丁度われわれもあなたと同様に、地上との交通法を研究している最中なのです。御一緒にやりましょう。」
『それから私達はその大きな都市中(まちじゅう)をあちこち探し回った挙句に、やっと自分たちの思う壺の人物に出会うことが出来た。その人は現世で言えば大学の講師ともいうべき資格の人であったが、ただ地上の講師とは違って講義はしてくれないので、先方から質問ばかりかける。丁度今迄の学校の先生そっくりの筆法なのである。早速われわれの間に斯んな問答が開始された。──
 
「地上の人間と交通するのにはどうすれば宜しいのでしょう? 教えて戴きます」
「あなた方に尋ねるが、霊界で仕事をするには一体どうすれば宜いのです?」
「思念が必要だと存じます。」
「それでよい。」
「そうしますと、われわれはただ生きている人間と通信したいと思念すればよいのでございますか?」
「無論! 他に方法がある筈がない。」
「思念するとすれば、その対象はたった一人が善いのでしょか? それとも大勢が宜しいでしょうか。」
「それはあなた方の勝手じゃ。が、一人を思念するのと大勢を思念するのとはどちらが容易と思います?。
「無論一人の方が容易(やさ)しいです!」とわれわれは一斉に叫んだ。
 
「他にまだ質問がありますか?」  
『いろいろ考えてみたが私達には別に質問すべきことがないので、早速其処を辞して、今度は研究室のような所に閉じ籠ってこの重大問題について思念を凝らして見ることになった。「あることを思念する。」──単にそう言うと甚だ簡単に聞こえるが、実地にそれをやってみるとこんな困難なことはない。いろいろの雑念がフラフラ舞い込んでしょうがない。私達は何週間かに亙りてその事ばかりに従事したように感じた。が、とうとう最後に仲間の一人が地上と交通を開くことに成功した。
『それを見て私達は一層元気づいた。が、その中他の一人がこんなことを言い出した。──
「どうも私の思っている人物は甚だ鈍感で、こちらの思念がさっぱり通じない。こりゃ相手を選ばんと到底駄目らしい……。」
『私達に取りて相手の選択は新しい研究題目であった。私達はこの問題についてどれだけ討議を重ねたか知れない。最後に私達は、余り物質的でない人間と交通することが容易であらねばならぬという結論に到着した。が、何人が物質的で、何人が物質的でないかということはなかなか判別しかねるので、止むなく各自に人名簿を作り、片っ端からそれを試しにかかった。その結果どうなったかはお前が知っている通りじゃ。とうとう私はお前のことを探し当てた。あの晩私は特別に地上に引き付けられるように感じたが、今から思えば、私が死んでからその日が丁度一週間目に該当しているのであった。
『私に取りてはお前との交通が他の何人とやるよりも一番容易であるように感ぜられるが、しかし、真に交通のできるのはお前の睡眠中に限られた。で、其の結果最初あんなやり方を考え付いたのであるが、一旦開始してみるとだんだんその呼吸が取れてきた。最後にPさんに逢って自動書記という段取りになったのじゃ。──今日は先ずこれ位で切り上げましょう……。』              」
 
   
            十五 犬の霊魂

                 
 二月二十三日の晩にワアド氏は霊夢で叔父のLに逢いましたが、その場所は風光絶佳なる一つの湖水の畔でした。
 
 ワアド『あなた方はやはり家屋の中に住んでおられるのですか?』
 叔父『そりァそうじゃ。──私は目下大学の構内に住んでいる。』
 ワアド『霊界の大学というのは、地上の大学に似て居りますか?』
 叔父『私の入っている大学の校舎は牛津(オックスフォード)のクインス・カレッジの元の建物であるらしい。つまり現在の古典式の建物よりも以前のものじゃ。』
 ワアド『時に叔父さん、私の父はあなたの葬式のあった当日に、あなたの為に供養をいたしましたが、それは霊界迄通じましたか?』。
 叔父『ああよく通じました。。が、ドーも私にはそれが葬式の当日とは思えなかった。何やらその少し以前らしく感じられた。イヤその供養の方が、葬式よりもどれだけ私に取りて有難いものであったか知れない。いやしくもキリスト教徒たるものが、単に遺骸のみを丁重に取り扱うのは甚だその意を得ない。遺骸は何処まで行っても要するにただの遺骸じゃ。何をされても無神経である。これに反して霊魂は生き通しである。神の助けなしには一刻も浮かばれない。この霊魂を打ち棄てて置くべき理由は何処にも見出されない。
『あの時分私は例の恐ろしい呵責──。生前の行為が一々自分の眼前に展開する、あの恐ろしい光景に苦しみ抜いている最中であった。その呵責は現在でも全くないではない。その刑罰のお蔭で私は辛うじて悔悟の道に踏み入ることが出来るのであるが、兎に角あの時分の私の精神の苦悩は一通りではなかった。無論学校などへはとても行けない。悶えに悶え、悩みに悩み、身の置き所がないのであった。──と、その真っ最中に、一条の赫灼たる光明が、私を悩ます夢魔的幻影を一時に消散せしめた。そして右の幻影の代わりに彷彿として現れたのは一つの寺院ではないか。見よ聖壇の上には蝋燭と十字架とが載せてあり、その前には一人の僧が居る。それが取りも直さずお前の父で、おまけにお前までが其処に跪いている。人間の方は二人きりじゃが、人間の他にも跪いているものも沢山おる・・・・・・。それが何者であるかは私にも判らない。が、兎に角寺院に一ぱい、側方の礼拝堂迄も、霊界の参拝者でぎっしり詰まっていたのである。
『この光景に接した時の私の心のうれしさ! それはとても筆や言葉で言い現し得る限りではない。数ある地上の中で少なくともその幾人かが眞に神を信じて私の為に祈願を捧げてくれるのである。その祈禱の言葉がどれだけ私の胸に平和と安息とを恵んでくれたことか・・・・・・。
 
『が、それよりも一層私の心に甚(しんじん)の感激を与えたのは、私に先立ちて霊界に入りたるこれ等幾百の霊魂達が、私の為に熱心に祈祷を捧げてくれたことであった。思うに彼らも亦私のように霊界の険路を踏んで、自己の行為の幻影に悩まされた苦き経験から、私の一歩一歩の前進に対して心から同情を寄せてくれているのであろう。ああ英国の矛盾だらけの不思議な国教、其の裏面には何という美しいものが潜んでいるのであろう! われわれの詩聖テニスンが「アーサーの死」を書いた時に、かれはたしかに霊界からのインスピレーションに触れていたに相違ない。「わが魂の為に祈れ。」──彼はマロリをしてそう叫ばしめている。』

        
 ワアド『それはそうと叔父さん、甚だつかぬことを伺いますが、動物が霊界に来ているという以上、こちらで自家(うち)のモリイをお見かけになったことはございませんか?』
 モリイはワアド氏夫妻の愛犬であったのです。
 叔父『モリイならちょいちょい私の許へやってきます。私の他にはここで誰も知って居るものがないと見えてね・・・・・・。それ其処へ来た。』
 ワアド『どこです? 私には見えませんが……。』
 叔父『もう直に見える。』
 そう言っている中に、モリイはすぐ傍の小さい森の中から飛び出してきました。死んだ当座より幾らか若く美しく傴僂(せむし)がすっかり治っているのを覗けば、他はもと通りでした。しばらく叔父さんの周囲にジャレ回った後で、ワアド氏に近づき、尾を捲いて興奮状態でワンワン吠えました。ワアド氏は生前やらせたように後足で立って歩かせたり何かしました。
 ワアド『もし動物がこの状態で霊界に生きているものとすれば、いよいよ霊界の頂点迄登り切った時には彼らはどうなるんでしょう? 動物もやはり第五界へ入るのでしょうか?』
 叔父『それは私も目下研究中でPさんにも目下頼んである。──そのPさんだが、あの人もお前の軀を借りて自動書記をやりたいと言っているからその中始めることにしましょう。』
 ワアド『あなたはどうしてPさんと知り合いになられたのです?』
 叔父『それは斯うじゃ。私がかねての希望通り、しきりに霊界の各界のことについて研究を進めていると、ある時突然私のところへ尋ねてきたのがPさんであった。Pさんは斯う言うのじゃ。──「私は伝道の為に暫時地獄へ行っておりましたから、地獄の事情なら少しはあなたにお話しすることが出来ます・・・・・・」
『いかにもこちらの思惑通りの話であるから私は大変歓んだ。だんだん話を聞いて見ると、Pさんは地獄の学校の先生として特派されて居たもので、地獄の奥の方のことは少しも知らないが、学校では随分いろいろの人間に接しているのであった。Pさんは尚斯う付け加えた。──

 「もしあなたが、地獄の内幕を知りたいと思召すなら、私の知人に丁度誂え向きの人物があります。元は陸軍出身で、地獄の学校で私が教えた生徒ですが、モー追っつけ霊界へ上がってまいります。私はその監督を命ぜられた関係がありますから、私の言いつけならよく聞いてくれます。同人は実に驚くべく強い人格の所有者で、従ってその進歩も迅速であります。ちょっとご覧になると可なりに堕落した悪漢のようにも見えますが、中身は大変よくなって居ります。初めて私の学校へ入ってきた当座は全校中の最不良生徒で、何故こんなものが入学を許されたかと疑われる位でしたが、その後ズンズン他の生徒たちを追い越していきました。」
「して見ると地獄にも霊界(ここ)と同じような学校があると見えますね。」と私が尋ねた。
 「あることはありますが殆ど比較にはなりません。地上で申せば感化院と大学位の相違であります。イヤもっと段違いかも知れません。地獄には他に幼児達(こどもたち)の学校も設けてありますが、それはつまり地上の幼稚園に相当致します。もちろん学課は違いますが……。」
『こんな鹽梅(あんばい)にPさんはいろいろのことを私に教えてくれ、私から又お前にそれを通信して居たのじゃが、その後Pさんはご自分の守護神に何所かへ連れて行かれてしまった。何でも上の方へ登るための準備にかかったのであるそうな。しかし今度もある程度の材料を送ってくれるように懇々と頼んで、その手筈にはなっている。

『私は目下大学で、他の同一目的の学生たちと一緒にせっせと霊界のある方面の調査をしているが、追っかけ皆お前に通信してあげる。──今回はこれで一くさりつける。何か私の力を借りたいことが出来たら私のことを思って祈願してもらいたい。私はコー見えてもモー勝手に飛べるようになった。』
 言い終わって叔父さんはプイと空中に舞い上がり、湖水の上を横断して姿を消してしまった。ワアド氏はいささか煙に巻かれた態で、湖面を染める夕陽の光を見つめつつただ茫然として寂しく其処に佇んだのでした。
 
  
            十六 星と花

 二月二十六日にはワアド氏の愛嬢(ブランシ)が又もやお爺さんの姿を見ました。時刻は午後七時頃で、彼女は母親のカアリイと共に客間に居たのですが、ふと窓際に行って暗がりの室内から空を見上げると同時に叫びました。──
『あれ! お祖父さまが空を通る! 手に持っている蠟燭の光が星みたいにキラキラする・・・・・・。行ったり来たりしていらっしゃる・・・・・・。モーお部屋に戻ってご本を手に持って勉強して居なさる・・・・・・。』
 それからすぐに又、
『アラお祖父さまが又こちらへ向いて来るわ! アラ背後から小さい娘がついて来る。ベッテイ見たいだが髪が赤いわ。手に人形を持っているわ。お祖父さまはあの娘の手を執って何とか言っていらっしゃる・・・・・・。』
 ベッテイというのは彼女の従姉で、その時六才だったそうです。
 七時四十五分頃彼女は母と庭に出て行ったが、その時も亦叫びました。
『ホラあそこにお祖父さまがみえるでしょう。お祖父さまは星を摘んで花束みたいなものにしていらっしゃるが、きっと星と花とを間違えているのだワ・・・・・・。アラ! あの星を花瓶にさしている!』
  
 するとそれから超えて数日、三月二日の晩にワアド氏は霊夢状態において叔父さんと長い会話をまじえました。愛嬢の星の風評(うわさ)はその時自然話題に上りました。
 ワアド『ブランシは先般あなたが星を摘んでいるのを見たと言いますが、そんなことがあったのですか?』
 叔父『私は花なら摘みますが、星は摘みませんよ。──察するところ霊界の花は星のようにきらきら光っているからブランシはそれを星と見違えたに相違ない。いくらか肉眼も手伝ったものと見える……。』
 ワアド『赤い髪の娘というのは御存じでございますか?』
 叔父『あれは近頃霊界へ来たばかりの娘じゃ。たった一人で寂しそうにしているのが気の毒でつい面倒を見てやる気になってネ。──近頃はこちらの女学校へ通っている。』
 ワアド『では霊界では男女の合併教育はせぬのでございますか?』
 叔父『そういう訳でもない。ある子供たちは合併でやっている。類は類を以て集まるの類でナ・・・・・・。』
 ワアド『あなたは霊界で多勢(おおぜい)の婦人にお逢いでしたか?』

 叔父『まだ多勢には逢いません。先へ行けばもっと沢山の婦人に逢われます。』
 ワアド「時に叔父さん、霊界の花は摘み取っても枯れはしませんか?」
 叔父『枯れません。──枯れる筈がありません。霊界の花はただ形じゃ。いかに摘んでも形は残ります。つまり樹の枝から摘み取って私の手に移すまでの話じゃ。樹に付いていようが、花瓶に挿してあろうが、枯死する気遣いは全くありません。』
 ワアド『めちゃくちゃに引きちぎったら枯れるでしょうか?』
 叔父『私達はそんな乱暴な真似はしません。花は花の権能をもっています。が、いかにちぎっても砕いても花はやはり枯れません。そしてやがて叉結合します。』
 ワアド『こいつはカアリイから頼まれた質問ですが、あなたは着ている衣服を脱いで他の衣服に着替えることがお出来になりますか? 私の言葉の意味がお判りでしょうナ?』
 叔父『もちろん分かって居る。一体私の衣服は皆私の意志で作ったのじゃ。で、私がもし生前の姿になって地上に現れようとすれば、すぐに衣服はそう変わるのじゃ。生前のように衣服を脱いで着かえるというような面倒な真似は絶対にせぬ。無論私達の衣服は何時まで経っても擦り切れる憂いはない。自分でこのままでよいと思えば何時までもそのままで居る。変えようと思えば即座に変わる。新調の衣服は望み次第、いつでも出来る……。』
 ワアド『大変どうも都合が良いものですナ。カアリイが聞いたらさぞ羨ましく思いましょう。』
 
 
           十七 問題の陸軍士官
               
 前回の寧ろ軽い小話の後に引き続いては、例の陸軍士官が地獄から脱出した時の、極めて厳粛な物語が叔父の口から漏らされました。その片言隻語(へんげんせきご)の裡(うち)にも叔父さんの胸にいかに根強く当時の光景が滲み込んでいるかがよく伺われます。
 叔父『雑談はこの辺で切り上げて私はこれからお前に一つ、重大な事柄を物語らねばならない。実は私がPさんに逢ってから数日経った時のことであった。私は私の守護神に連れられて、一人の霊魂が地獄から昇ってくる実境を目撃したのじゃ。後で判ったが、それがあの陸軍士官なので・・・・・・。

『私は何処をどう通って行ったのか途中は良く判らなかったが、ともかくも突然地獄の入り口に立ったのである。そこはカサカサに乾いた、苔一つ生えて居ない、デコボコの一枚岩であった。振り返ってみると、自分たちの背後には、暗黒色の岩だの、ゴツゴツした砂利道だのが爪先上がりになって自分たちのところまできて、それが急に断絶して底の知れない奈落となるのである。
『何しろこの縁を境界として一切の光明がぱったり中絶してしまうのであるから、その絶壁の物凄さと言ったら全く身の毛がよだつばかり、光線はあたかも微細な霧の粒のように重なり合った一枚壁を造り、それが前面の闇の壁と対立する。・・・・・・。地上では光と闇とは互いに混ざり合い、融けあっているが、ここにはそれが全くない。闇は闇、光は光と飽くまで頑強に対抗している。
『するとその時守護神が私に命ぜられた。──』
 「それなる絶壁の最末端まで行って、汝の手を闇の中に差し入れて見るがよい。」
『命ぜられるままに私は絶壁の端に行った。すると守護神は背後から私の肩に手をかけて、落ちないように支えてくださった。
『驚いたことに闇に突き入れた私の手首は其処からプッツリ切り落とされたように全く存在を失ってしまった。イヤ存在ばかりか感覚までも全く消え失せた。呆れ返った無茶な闇もあればあったもので・・・・・・。
 
『その中闇に浸かった手首がキリキリと痛み出した。それはひどい寒さの為である。
 「腕を引っ込めてもモー宜しゅうございますか?」
 「よろしい。」
『私はそう聞くなり急いで自分の腕を引っ込めたが、幸い傷もつかずにいたのでホット安心した。
私は尋ねた。──
 「何故ここはこんなに暗く冷たいのです?」
 「それは」と守護神が答えた「信仰の光が地獄には存在せぬからじゃ。又地獄には神の愛もない。汝はすでに霊であるから霊の光と温みとを要求する。あたかも肉体が物質的の温みと光とを要求するように……。」
『闇の壁はやがて徐(おもむろ)に前後に揺れ始めた。あるところでは闇が光に食い込んでいるが、他の所では闇が光に圧られている。従って光と闇との境界線は一直線ではなく、波状を呈してうねり曲がっている。右の動揺がだんだん猛(はげ)しくなるので、私は闇に吸い込まれぬよう、覚えず絶壁の末端から飛び退いた。

『が、私の守護神は落ち着き払って、
 「これこれ慌てるには及ばぬ。闇はここまでは届かぬ。ここには堅き信念がある。」
『成る程その通りで、闇の襞は幾度か左右からわれわれの立てる場所まで食い入ろうとしたが、遂に我々を飲み込むことはできなかった。
『と、突如として却下の闇の中から一個の火球が現れ出で、迅速に上へ上へと昇ってくるのであった。瞳を定めて凝視すれば、それは赫奕(かくやく)と光輝く一つの霊魂で、いよいよ上へ登りつめた時には、闇はその全身から、宛も水の雫が白鳥の背から転がり落つるが如くはらはらとこぼれた。
『やがて右の光明(ひかり)の所有者は絶壁の末端に身を伏せて、片腕を闇の中に差し入れた。腕は肩までその存在を失ったが、次第にそれが引き上げられた所を見ると、しっかりと誰かの手を握っていた。闇の中から突き出た手は光ったものではなく、黒く汚れて不健康な青みを帯びていた。
 叔父さんは其処まで物語って一息入れました。

         
 続いて叔父さんは語り出した。──』
『間もなく崖の上に醜穢(しゅうわい)な物体がやっとのことで引き上げられた。両眼は一種の包帯で覆われ、よろよろと力なげにその指導者のわきに倒れた。すると指導の天使は優しくこれを助け起こした。
『新来の人は暗灰色のボロボロの衣服を纏っていたが、それにはいろいろの汚物が付着し、地獄の闇が滲み込んで抜けきれないように見えた。彼の手足も同様に汚れ切っていた。
 「おおひどい光明じゃ!」と彼は呻いた。「繃帯をしていても目に染みてしょうがない……。」
『私達に取りては、それはほんのりとした薄明かりで、丁度ロンドンの濃霧がかかっている時を思い出させる景色であった。
 「どうもひどい汚れようですね。何という汚らしい衣服でしょう!」
『私はうっかりしてそうPさんに言った。するとPさんは徐に口を開いた。──
 「そりゃ私たちの眼には汚く見えます。しかし当人にはあれで結構清潔(きれい)に見えるのです。あなたでもご自分の衣服は清潔に見えるでしょうが……。」
 「そりゃそうでございます。」

 「ところが私が見るとあなたの衣服には可なり沢山のシミが見えます。私の着ている衣服なども、私の守護神にはきっと汚く見えるに相違ありません。」
『そうPさんたしなめられて私は心から恥じ入って、口を噤んでしまった。
『やがてPさんは前方(まえ)に進み出て新来者の手を執って言った。──
 「ようこそ御無事に! 私はあなたがこの新境涯に進入の好機会に立ち会うことを許されて衷心から歓んでおります・・・・・・。」
 「あッ先生でございますか! わざわざ私のようなものをお迎えに来てくだすってこんなうれしい事はございません。──しかしこの光明(あかり)はひどいですね! 私は闇の中に戻りたいように思います・・・・・・。」
 「ナニすこしも心配するには及ばない。光明にはすぐ慣れてきます。──ちょっとご紹介しますが、ここにお見えの方は私の友人であなたを歓迎の為に同行してくだすったのです。」
『そういってPさんは私を手招きするので、私はその人と初めて握手した。私はこれから此の人を陸軍士官という名称で呼ぶことにする。
『それから私達は徐に地獄の入り口に達する傾斜地を降り切って、やがて地べたに腰をおろした。
 
ここで右の陸軍士官は現世に居った時分の打ち明け話をしたが、それはすでに大体お前に通信してある。その際地獄の話も少しは出たが、それは改めて当人自身に物語って貰うつもりじゃから、ここでは述べまい。身の上話が一と通り済んだ時に陸軍士官の守護神が斯う言われた。──
 「汝は一切の罪を懺悔したからモー包帯を取ってもこの灯りに堪えられる・・・・・・。」
『そう言って直ちに手づからその包帯を取ってやった。すると陸軍士官は耐(たま)らないと云った風に驅(からだ)を地面(じべた)に押し付けて、両手で左右の眼を蔽(おお)た。
『私の守護神は言った。──
 「さあこれでそろそろ戻るとしよう。」
 「この士官さんはどうなります?」
 「後からついて来るであろう。しかし速力は遅い。あの人にはまだ飛べないからナ・・・・・・。」
『私達はやがて空中に舞い上がり、まもなく自分達の懐かしい住所に戻った。陸軍士官は数日後に漸くわれわれの許に到着したが、それまでには小石だらけの荒野のような所を横断し、さらに一帯の山脈を登らねばならなかったそうで、その山脈を超すとすぐ緩傾斜の平原になり、それが取りも直さず、私達の住んでいる所であったそうである。
 
『この平原を横切る際に彼は罪悪に充ちたるその前世の恐ろしい幻影に悩まされたということで、それは私が目撃したのと性質は似ているが、しかしとても比較にならぬほど一層凄惨を極めたものであったらしい。その際私達に取っては僅々(きんきん)数日の分かれであったが、彼自身の感じでは数年も経ったように思われたとのことで、その幻影は今でも尚悪夢式の混沌状態を続けているらしく、従って彼は無論まだ学校にも行かれず、ただぼんやり日を送っている。
『これで目下お前と通信を開始しようとしている三人の人達が霊界でどんな状態にあるか大体明瞭になったであろう。しかし霊界のことは中々人間に判り切るものではない。例えばあの地獄の闇の物凄さなどは私にはとてもその観念を伝える力はない。よしあってもお前がそれを地上の人々に伝えることは不可能であろう。実際それは呼吸を詰まらせ、血潮を凍らせる恐ろしい光景であった。今思い出してもぞっとする・・・・・・。』 
 
    
           十八 守護の天使
 
 叔父さんは一と息ついて再び口を開きました。──
『今度はお前の方から何か切り出す問題はあるまいかナ?』
『無いこともございません。』とワアド氏が答えました。『私が霊界(ここ)へきてこの風景に接するのはこれで三回目でございますが、まだ一度も叔父さんを守護して居なさる天使のお姿に接したことがございません。私がここにいる際にはいつもお留守なのでございますか?』
『そうでもない、時々は爰お見えになる。現に今もここにお在(いで)じゃ。──守護神さま、どうぞ甥の心眼(まなこ)をも少し開いてやって頂きとうございます。』
 そういうと忽(たちまち)何物かがワアド氏の眼の上に乗せられたので、ちょっとめくらになりましたが、それが除かるると同時にワアド氏は今までと打って変わり、ズッと視力が加わりました。
 ふと気がつくと、叔父さんの背後には満身ただ光明(ひかり)から成った偉大崇厳なる天使の姿が現れていました。その身にまどえる衣装はひっきりなしに色彩が変わってありとあらゆる色がそれからそれへと現れる!
 お叔父さんに比べると天使の姿ははるかに大きい。が、すべてが圓満で、すべてが良い具合に大振り──やや常人の三層倍もあるかと思わるる位、そしてその目鼻立ちと言ったらいかなるギリシアの彫刻よりも美しい。雄々しくてしかも崇高(けだかい)。崇高くてしかも優雅(みやび)でいる。にやけたところなどは微塵もない。親切であると同時に凛とした顔、年寄じみていないと同時に若々しくもない顔である。肌は金色──人間の肌の色とはまるで比べ物にならない。頭髪も髭もいずれも房々とえも言われぬ立派さである。
 
 余りに荘厳美麗でとても言い現わすべき言葉がない位でした。
『疑いもなくこれがいわゆる天使というものに相違ない……。』
 ワアド氏は心の中でそう思うと同時に、日頃の癖で何所かに翼はないものかしらと探しましたが、そんなものは一つもついてはいませんでした。
 やがて氏は尋ねました。──
『私にも守護神はあるのでございましょうか?』
 すると巨鐘(きょしょう)の音に似たる力づよい音声がただ
『見よ!』
とひびきました。
 忽ちワアド氏の背後にはモー一人の光の姿がありありと現れました。

 大体に於いてそれは叔父さんの守護神の姿に似てはいましたが、しかし目鼻立ちその他がはっきり異なっていました。そして不思議なことにはワアド氏は何所かで曾て出会ったことがあるような、いうに言われぬ親しみを感じました。が、それは驚くべく変化性に富んだお顔で、同一でありながらしかも間断なく変る。ただの一瞬間だってそのままではいないが、そのくせ少しもその特色を失わない。ワアド氏は、もしかこの姿を夢で見たのではないかしらと思って見ましたが、ドーしても思い出すことはできませんでした。髭は叔父さんの守護神のに比べれば余程短かったが、全身から迸(ほとばし)る光明、人間よりはるかに大きなお姿などは全てが皆同様でした。
 ワアド氏の守護神はやがてその手を差し上げ、例の巨鍾の音に似た音声で言われました。──
『モー沢山・・・・・・。汝の為に永く見るのは宜しくない!』
 再び天使はその手(手であることがこの時初めて判ったのでした)をワアド氏の眼の上に置きました。そしてその手が再び除かれた時にはモー二人の天使の姿は消えて、ただ叔父さんと辺りの景色とのみが元のままに残されました。
『今日はこれで別れねばならぬ。』
 叔父さんはそう言って、忽ちワアド氏の身辺から空中遥かに何所ともなく飛び去りました。
 ワアド氏は辺りの麗しき景色を見つめつつ深い深い沈思の裡にしばし自己を忘れてしまいました。 
  
     
            十九 実務と信仰
 三月九日の夜、例の霊夢の中にワアド氏は林間のとある地点で叔父さんと向合いになって坐りました。この日の叔父さんの話は信仰の神髄に関する極めて真面目な性質のものでした。──
 叔父『私はこの辺で充分お前の腑に落ちる所まで信仰と実務との関係について説明しておきたいと思う。信仰というものは全て実務の上に発揮した時に初めて生命(いのち)があるものじゃ。従って眞のキリスト教徒であるならその平生の生活はすっかりキリストの教えにはまり切ってしまわねばならぬ筈で、口に信仰を唱えながら実行の上ではキリスト教の一切の道徳的法則を破りつつあるものは単なる一の詐欺師に過ぎない。
『ただし充分の努力はしても尚且つ誘惑にかかるものはまた別じゃ。私はそれをも詐欺師扱いにしようとするのではない。それ等の人々は所謂「信仰ありて実務の伴わざる境」に編入される。一番いけないのは日曜毎に規則正しく寺院に赴き残る六日の間に詐欺道楽の限りをつくす連中である。この種の似而非(えぜひ)キリスト教徒は千萬を以て数える。これらが地獄へ落ちるのじゃ。行為の出来ていないことが、つまり信仰のない証拠である。』
 ワアド『そう致しますと、人間というものは単にその行為のみで審判(さば)かかるのでございますか?』
 叔父『イヤその審判という言葉の意義から第一に誤っている。普通この言葉は自己以外の何者かが裁くという事に使われるが、それは間違っている。人間は自己が自己を審判(さばく)のじゃ。われわれの霊魂は自己に適合せる境涯以上には決して上れるものではない。他から規則の励行を迫る必要は少しもない。そのまま棄て置いて規則が自ずと働くのじゃ。この点が明らかになればお前の疑問は直ちに解ける。ここに純然たる物質主義者があるとする。つまり神を信ぜず、又死後の生活も信ぜず、他人がこれらを信ずるのを見れば極力妨害しようとする徹底的唯物主義者があると仮定するのじゃ。この人物は決して悪人ではないかも知れぬ。人類の物質的幸福を向上進展せしめんとする高潔な考えで働く所の博愛主義者であるかも知れないのである。今この人物が仮に死んだとする。彼は果たして霊界のどの境涯に落付くであろうか? 彼の霊魂の姿は少しも発達していない。
 
又、彼は強い光明には堪へ得ない。故に上の境涯に進もうと思えば、先ずその霊体を発達せしめて、唯物的観念から脱却せねばならない。別に厳格な審判者が控えていて強いて彼を地獄に落とすのではない。自分自身で勝手に地獄に落ちていくのじゃ。同気相求め、同類相集まる。信仰がないものは、信仰を以て生存の容義として居る境涯から自然に除外されることになる。
『故に彼の行先地は当然地獄の第五部であらねばならぬ。其処には勿論神の愛は見出されぬ。しかしその仲間同士の間には愛があるからそのお陰で或いはそれから上に登ろうとする念願を生ぜぬものでもあるまい』
『もしも幸いにして其の人がここで翻然として霊に目覚めてくれさえすればその進歩は確実であると思うが、兎に角唯物主義者は死後も唯物主義者であり勝ちで困る。極端な所になると、飽くまで自己の死を否定し、自己の霊体を物質的の肉体であると考え、霊界に居りながら依然として地上の生活を続けているように勘違いしているものさえある。よしそれほどでなく、自己の死んだことには気が付いて居ても、やはり神の存在は飽まで否定して信仰の奨めに耳を傾けないのがある。何れにしても皆地獄から抜け出る資格がない。

『とは言うものの純粋の唯物主義者というものは人が普通考えるほどそう沢山なものではない。表面(うわべ)には唯物主義者と名乗っている連中でも、肚の底に案外信仰心を持っているのが多い。それ等は当然私達の居住する境涯へ来る。
『のみならず、唯物的傾向の人物は死後容易にその幽体を失わずに居るものである。従って彼らは幽界生活中、結構心霊上の初歩の知識を吸収し、唯物説の取るに足らないことを自覚するようになる。
『幽体の話が出た序に幽界(アストラル・ブレーン)の意義を説明して置くが、幽界は幽体を所有するものの居住する世界の総称で、地上境はつまり幽界の一部に過ぎない。
『地上境は大体之を二分して肉体のあるものと、肉体のない者との二つに分けられる。前者は勿論お前達のような人間であり、後者は地縛の霊魂、その他さまざまな精霊どもである。死者は一度は皆この幽界を通過せねばならぬ。そして幽体を棄てた後でなければ決して霊界には入れない。むろん地獄も霊界の一部なのじゃ。
『私自身の幽界生活は極めて短いもので、持っていた幽体は殆ど自分の知らぬ間に失せてしまった。一口に言うと私は幽界を巣通りにして地上の寝室から一足飛びにこの麗しい霊界の景色の中に引っ越してきたのである。
 
『しかし、あの陸軍士官などの話を聞くと、死後久しい間幽体に包まれて居て、それが亡くなる時のこともはっきり記憶しているという事じゃ。
『これで大抵信仰と実務との関係は明らかになったと思う。お前は早く地上へ戻って安眠するがよい・・・
・・・。』
 そう言って叔父さんがワアド氏の前に立って幾度か按手すると、氏は忽ち知覚を失ってしまったのでした。
  
  
          二十 インスピレーション
 

            
 三月三十日の夜ワアド氏は恍惚状態に於て霊界の叔父さんを尋ねました。二人の立てる場所はとある高い丘の上で、眼下に叔父の住む校舎の塔だの屋根だのが見えるのでした。

 叔父『どうじゃ、今日はお前に学校の見物をさせようと思うが・・・・・・。』
 ワアド『至極結構でございますね。』
 二人は徐に丘の傾斜面を降りつつありました。
 ワアド『叔父さん、今日は私がカアリイからの伝言(ことづて)を持ってきているのです。今までのあなたのお話は少し堅過ぎるから、何ぞ霊界の事情のあっさりした方面──例えばあなた方のやっていられる道楽、遊芸と言ったような事柄を調べて来て貰いたいという注文なのですが、いかがなものでございましょう? まさかあなた方とて勉強ばかりやっていらっしゃる訳でもお御座いますまい。』
 叔父『なるほどそれもそうじゃ。それなら今日はそちらの方の問題を片づけることにしよう。尤も余り沢山あり過ぎて、ホンの一局部を瞥見するだけの事しかできまいがね・・・・・・。』
 やがて二人は校舎の門をくぐり、一つの大広間に入って行きました。
 叔父『これは私の入っている倶楽部見たいなところじゃ……。』
 成る程そこには多数の人達が集まって、その中の幾人かがしきりに将棋(チェス)を闘わしていました。
 ワアド『なかなかドーも盛んですナ。──あそこにいる方は大変うまい手を差しますナ。』
 叔父『あれがラスカアじゃ。お前と同じように、まだ生きて居るくせに、毎晩ここまで出掛けて来て勝負を行っている。』

 ワアド『あまりあの方の腕前が飛び離れて優れているので、私にはとても覚えきれません。霊界に居てさえのみ込めない位ですから地上へ戻ったら尚更忘れてしまいそうです。』
 叔父『別に覚えている必要は少しもない。霊界で将棋を行っているという事実を覚えて居って貰えばそれでよい。』
 間もなく二人は其処を出て門をくぐりました。
 叔父『私にはまだ他にも
道楽があるから、それを見せてあげよう。』
 そう言って叔父さんは街を通って、とある街廊(スクエアー)に出たが、それは文藝復興期の様式にできているものでした。とある家の扉を排して内部に入ると、そこは建築事務所で、地上のそれのように少しも取り乱したところがなく、そして圖案よりも寧ろ模型品が沢山並んでいました。
 叔父『これは私がある一人の人物と共同で経営している仕事じゃが、生憎相手は目下ある新しい研究に出張中でお前に紹介することが出来ない。その人は十六世紀の末から十七世紀の初期にかけてこの世に生きていたフランス人でイタリイにも行って居たことがあるので、文藝復興期の建築にかけては中々通暁(あかる)い人じゃ。ただ排水工事その他の近代的設備の知識に乏しいので、私がそれらの点を補充してやっている。一口に言うと私の相棒は圖案装飾等の専門で、私の方は実用方面の受け持ちじゃ。

『大体に於いて霊界はあらゆる美術が地上のものの夢にも考え及ばぬほど進歩している。とても比較になりはしない。』
 ワアド『それにしても、何の目的でこんな圖案などをお作りになるのです? 霊界でも建築をやるのでございますか?』
 叔父『ときどきは建築をせんこともない。しかし多くの場合に於いてわれわれは地上の人間にわれわれの思想を映し、物質的材料を使って建築をやらせるのじゃ。インスピレーションの本源は悉く霊界にある。天才の作品というものはつまりその人物の霊媒的能力を活用して霊界のものが操縦する結果である。天才は兎角気まぐれが多く、道徳的欠陥に富んでいるものだが、要するにそれは彼らが霊媒であるからじゃ。善い霊に感応すると同時に又悪い霊の影響をも受け易い……。』

           
 叔父さんの言う所にはなかなか油断のならぬ深味があると見て取ったワアド氏は尚熱心に追及しました。──
 ワアド『あなたは今インスピレーションの本源は霊界にあると仰いましやが、それはただ文藝方面のものに限るのですか? それとも立派な大発明なども皆霊界から来るのでしょうか?』
 叔父『むろん文学、美術、音楽等に限らず、機械類の発明なども大概は霊界から来るのじゃ。人間の方で受け持つものはほんの一部分で、言わば霊界の偉大なる思想を地上生活にうまく応用するだけの工夫に過ぎない。私は偉大なる思想が絶対に地上に於いて発生せぬとは断言しまい。しかし私はそんな実例には一つも接しない。兎に角めったにないものと思えばよかりそうじゃ。
 『一体人間の頭脳はかなり鈍くて困るのじゃ。霊界からいかに卓絶した良い思想を送ってみても、どうかすると一番肝要な部分がさっぱり人間の頭脳に浸みなかったり、又飛んでもない勘違いをされたりしてしまう。霊界最高の大思想がその為にポンチ化し、オモチャ化する場合がどれだけあるか知れぬ。殊に人間は年を取ると物質的になり易く、金持ちになるとそれが一層ひどい。その結果月並な、下らない作品ばかりが地上に増えて行くのじゃ。

『どうじゃこの寺院の模型を見るがよい。実に見事なものではないか! 様式は文藝復興期のものであるが、従来地上に現れたいずれの寺院よりも立派じゃろうがナ。但し私の相棒は暖房だの点燈だのの観念に乏しいので私は目下それらの個所を修正中じゃ。何れにしても地上ではとてもこの真似は出来そうにもない。現代は如何にも俗悪きわまる時代なので霊界の思想は容易にそれに通じない。よし誰かの頭脳に通じて見たところで実行の機会はめったにない。美術家の頭脳に比べると金銭を出す連中の頭脳は一層俗悪じゃからナ・・・・・・。中世時代に立派な建築物其の他が出現した所以もここにある。中世の人間の方が余程物質かぶれせず、従って霊界のインスピレーションに対して遥かに感受性をもっていたからである。』
 ワアド『すると地上の人間は割合に詰まらないことになりますナ。偉大なる思想は悉く偉大なる霊魂からの受売りに過ぎませんから・・・・・・。』
 叔父『ところがそれと正反対に、地上の人間の価値は却ってそこにある。偉大なる霊感に接し得ることは、つまりその人の能力が、文藝又は機械の方面に於いて、異常に高邁であり、優秀であることの証拠である。それは決して軽視すべきことではない。ここに一人の不道徳で、そしてだらしのない人物があって、大概のことにかけては物質的であるように見えても、若しその人が何か一つでも霊界からのインスピレーションに触れてそれを具体化することができるとすれば、其の人はある程度まで霊能が発達しているものとみなさねばなるまい。』

 ワアド『しかし思想そのものが人間の頭脳の産物でなく、霊界の居住者から發(で)るのでありますからあなた方がさっぱりその名誉に預からないというのはいささか不都合だとお思いなさいませんか?。』
 叔父『イヤ少しもそうは思わん。嫉妬だの何だのと言う娑婆くさい考えは地獄の入り口に置いて来てあって、われわれの間はそんなものは全然存在しない。私達はただ道楽で仕事をするので、財産も欲しくなければ名誉も要らない。自分の力でこんな立派なものを作り得たという事ですっかり満足している。他にもう一つの希望がありとすれば、それは地上の人達の手伝いがしてやりたい位のものじゃ……。』
 
    
          二十一 霊界の美術と建築
 
 叔父『これからモ少し他の方面のことをお前に紹介してあげよう。』と叔父は言葉をつづけました。『霊界にはいろいろの美術が栄え、又科学も発達しているが、むろんその標準は地上よりもはるかに高い。先ず絵画から紹介することにしよう。』
 二人は極度に荘厳な、文芸復興期風の建物の前に立ちましたが、それは従来未だ曾て地上に出現した例のないものでした。
 叔父『この建物は私と共同経営を行っているフランス人が設計したものじゃ。こんな精巧を極めたものはとても地上に建てることはできないので、霊界に建てることになったのじゃ。むろん人間流に鋸や鉋を使って造ったものではない。それは思想そのままの形、換言すれば彼自身の精神(こころ)の原料で造ったものなのじゃ。その点はモ少し先に行ってから詳しく説明することにしよう。』
 二人は建物の中へ歩み入りましたが、それは地上の所謂展覧会に相当するもので、ただその配列法が地上のよりは遥かに行き届いておりました。
 ワアド『絵画展覧会がある位なら、勿論博物館などもございましょうナ?』
 叔父『ないこともないがお前の期待するほど沢山はない。霊界では古代の物品を成るべく元の建物の中に蔵(おさ)めることにしてある。例えばエジプトの椅子ならエジプトの宮殿に据え付け、又宝石類ならそのもとの所有者又は制作人の身に付けさせるの類じゃ。
 
『霊界で造った美術品は通常その制作者の所有になるが、ただ一部の美術品は最初からそれを公開する目的で制作にかかる。それ等がツマリ博物館に蔵(おさ)まるのじゃ。又古代の物品で、品物は壊れたがそれを蔵(しま)ってあった建物がまだ地上に残存しているのがある。そんな場合には右の品物を陳列するための小博物館が霊界に設けられる。
『兎も角もよくこれらの絵を観るがよい。こんな高邁な思想はとても地上の美術家の頭脳にはうつらんので霊界に置いてあるのじゃ。が、それは寧ろ例外で霊界の美術家の大部分は自分の思想を地上の美術家に伝えようとして骨を折っている。』
 叔父さんからそう言われてワアド氏は絵画の方に注意を向けることになりましたが、成る程地上のものとは全く選を異にし、何とも名状し得ない所が沢山ありました。第一色彩が飛び離れて美しく、しかもそれがすてきによく調和が取れていて、おまけにその中から一種の光線が放散するのでした。又描かれた人物の容貌態度は画面から抜け出たように活き活きしており、遠近のけじめもくっきりとして実景そのまま、若しそれ空気の色の出し方などの巧妙さ加減ときては眞にふるいつきたいくらい。題材も亦きわめて豊富で、風景、肖像、劇画等何でも揃っている。──が、就中最も興味ある傑作は、他に適当な用語がないから、しばらく『情の高鳴り』とでもいうべきものを取り扱ったものでした。
 
 例えば其処に『神の愛』と題した一つの傑作がありました。ただ見る一人の天使──それが実に威あって猛(たけ)からず、正義と同時に慈悲をつつめる、世にも驚くべき表情を湛(たた)えて、足元の人類の群れをじっと見詰めていました。ここに不可思議なるは右の人類の表現法で、それは二種類に描き分けられていました。即ち甲は肉体に包まれた地上の人々、乙は肉体を棄てた幽界の人々で、その間の区別がいかにもくっきりとしており、しかも一人一人の容貌が、生きている人と同様にそれぞれ特色を持っているのでした。
 が、何が美しいと云っても、この絵画の中で眞に驚くべきは中心の大天使で、いかにも『神の愛』という表題にふさわしき空気がその一点一刻の中に瀰漫しきっているように見えるのでした。
 二人はしばらくそれを見物してからやがて会場を辞し、とある公園を通過して、他の展覧会へと入りました。
 叔父『ここは彫刻の展覧会場じゃ。絵画や建築と同じく、大ていの連中は地上の人間に自分の思想を吹き込むようにしているが、一部のものはそんなことをせずに自分の作品を此処へ陳列する・・・・・・。』
 
 ワアド『これ等の人物像は本物の大理石で出来ているのですか? 何処からこんなものを持ってくるのでしょう?』
 叔父『イヤ前にも言うた通り霊界では自分の精神(こころ)の原料ですべてを造るのじゃ。大理石であろうが、青銅であろうが望み通りのものが勝手にできる。早い話がこの銀像でも、製作者が銀が一番適当であると考えたので、この通りの銀像になったのじゃ。』
 これ等の新品ばかり蒐(あつ)めてある展覧会を幾つも幾つも見物してから最後に入って行ったのは一の公園でありました。それが又彫刻物の陳列の為に設けられたもので、林間に巧みに配列された紀念碑類、細徑(さいけい)の奥に沸々と珠玉を湧かす噴泉の数々、遠き眺め、滑らかな草原、千態萬状(せんたいばんじょう)の草、木、花、さては水の流れ、何ともはや見事なもので、就中水の巧みな応用ときては素敵なもので、それが全体の風致を幾段も引き立てておりました。
 
      
                            二十二 音楽と戯曲
               
 『さてこの次は音楽学校に連れて行くことにしようかナ。』
 叔父さんはそう言ってワアド氏をそちらの方面に案内して行きました。
 そこには作曲に耽るもの、弾奏を試みるもの、唱歌を学ぶもの・・・・・・。皆熱心な音楽家が集まっていて、大音楽堂らしいものも出来ていました。
 ワアド『音楽堂が設けてある位なら、他の演芸機関も勿論設けてあるでしょうナ?』
 叔父『そりゃあるとも! 霊界には劇場でも何でもある。──が、ここでは悪徳謳歌の嫌あるものはやらないことにしてある。そんなものは皆地獄の方へもって行ってしまう。霊界の芝居は地上で出来た尤も優れ、尤も高尚な作品と、それから特にこちらで出来た傑作とを演(や)るだけで、少し下らない作物であると、従令(たとえ)それが品質(たち)の悪いものでなくとも地獄のどこかへ持って行ってしまう。──と言って無論私達のいる境涯にも最上等の霊的神品というほどのものは無い。そんなのは高尚過ぎてわれわれには判らぬからじゃ。それ等は私達よりもずっと上の境涯で演じられる。』

 ワアド『沙翁(さおう)の戯曲などはあれはどうでございます? 随分すぐれて善い箇所(ところ)もありますが、時とすると思い切って野卑で不道徳な個所もございますね。』
 叔父『そんな厭らしい部分は皆改作してあります。しかも沙翁自身が霊界で筆を執って改作したのじゃ。それゆえ霊界の沙翁物には下らない部分がすっかり失せ、そのかわりに詩趣風韻(ししゅふういん)の饒(ゆたか)なる文字が置きかえられてある。それがしっくり原文に当てはまっているばかりでなく、原作で生硬難解(せいこうなんかい)であった箇所が、しばしば意義深長なる大文字に化している。』
 ワアド『すると沙翁がやはりあの脚本の作者であって、一部の文芸批評家がいうようにベーコンではなかったのでございますか?』
 叔父『無論ベーコンではない。さりとて又沙翁自身でもない。あれは皆一群の霊魂達のインスピレーションによって書かれたのじゃ。沙翁の作物の中で下らない箇所だけが当人の自作である。作者が霊界からの高尚な思想をとらえることが出来ないので、自身で勝手に穴を埋めて行ったのじゃね・・・・・・。
『先刻私(わし)は霊界の劇場では悪徳謳歌の嫌いあるものは許されないと述べたが、むろんそれは悪徳の為に悪徳を描くのが悪いので、悪徳の恐ろしい結果を示すが為に仕組まれたものは少しも差し支えない。
 
で、沙翁の「オセロ」などは始終霊界で演(や)られている。ただ野卑な文句だけは皆揃ってある。あの脚本は随分残酷な材料を取り扱ってはあるが、しかし大へん有益な教訓を含んでいるので結構なのじゃ。──と云って何も私達があんな簡単きわまる教訓が有難いので芝居見物に出掛ける譯では少しもない。ただ地上に出現した最大傑作の一つを目の前で演じて貰えるのが興味を引くからに過ぎない。要するに我々の芝居見物は娯楽が眼目じゃ。』
 ワアド『ダンテの神曲なども矢張りあれを単なる空想の産物と見做すのは間違いでございましょうか?
 叔父『間違いじゃとも! あれはダンテが恍惚状態に於いて接した所の真実の啓示に相違ない。ただあれには本人の詩的空想だの、又先入的宗教思想だのが相当多量に加味されて居る。恐らくダンテは彼の恍惚状態から普通の覚醒状態に戻った当座ははっきり真相を掴んでいたのであろうが、いよいよ筆を執りて詩句を練っている時に錯誤が来たのじゃと思う。』

             
  ワアド『甚だつかぬことを伺うようですが、霊界で芝居をする時に女方はどうなさいます? 私はまだこちらでただの一人も婦人を見かけておりませんが・・・・・・。』

 叔父『婦人かい? 婦人などは沢山居る・・・・・・。』
 そう言って叔父さんはワアド氏を一室に導きましたが、成程其処には沢山の婦人達が居て頻りに合唱の稽古をしていました。歌い方はいかにも上手で、しかもいずれも高尚優雅な美人ばかり揃っていましたが、いかなる理由(わけ)か叔父さんはワアド氏を急き立てて川縁の公園のような所へ連れ出してしまいました。
 叔父『あの通り霊界にも婦人は沢山居る。しかしわれわれの境涯では男女の交際は余り許されていない。ごく最初の間などは男と女とは殆ど全く隔離されている。地上で持っていた生の観念──出来るだけ早くそれを除き去るのが望ましいのじゃ。地上にありては性交は正しくあり又必要でもあるしかし霊界ではもはや全然その必要がない。一心同体はここでは禁物じゃ。さもないと精神的進歩が肉感的慾情の為に煩わされることになる。──が、いよいよ地の匂いのする情慾が跡形もなく除き去られた暁には、男女の霊魂は再び引き寄せらるることになる。陰陽の和合は宇宙の原則である。但し地上で肉体を以ってしたことが、霊界に於いては精神的のものに変わってくる。われわれが向上すればするほど両性はますます接近する。そして究極に於いて一人の男子と一人の女子との間に神秘なる魂の結合が成立する。それが精神的結合で、地上の結婚はつまりその象徴である。
 
二つの魂の完全なる融合──一方が他方の一部となってしかもその個性を失わぬ理想の完成、これはまだ私にさえすっかりは判らないからお前には尚更そうであろう。しかし地上の結婚中の一番優秀なものから推定すれば大概見当がつくであろう。
『右の霊的結婚と云ったようなものは、われわれよりもずっとずっと上の境涯に於いて起こるので、恐らくそれは第五界・・・・・・、事によるとそれよりもっと上の界のことかも知れない。少なくともわれわれの住む第六界に起こらないことだけは確かである。兎も角もわれわれは進むにつれてだんだん共同生活を営むことになる。最初は同性のものとの共同生活にとどまるが、やがて異性のものとの共同生活となって来る。又われわれが精神的に結婚するのは必ずしも地上で結婚したものに限るという事はない。われわれはわれわれの不足を補充する眞の他の半分の魂と結婚するのである。』
 ワアド『だんだん伺ってみると霊界の生活は大変地上の生活と類似しているようでございます。』
 叔父『似て居ってしかも違っておる。大体地上生活中の最理想的な部類に近い。ここに疾病もなければ罪悪もない。災厄もなければ苦痛もない。それらは皆地獄の入り口に振り落としてしまってある。霊界に残っているのは過去の罪悪に対する悔やみの念、悲しみの念である。しかし地上で言うような罪悪はモーここへは入らない。
『我々にも知識の不足はある。従って完全なる満足、完全なる安息はとても急に見出すことはできない。われわれにはまだ進歩の余地が多い。しかしながら故意に神意に反抗するが如き念慮はモー跡形もなく消え失せている。
『醜きもの、悪しきもの、卑しきもの、正しからぬもの──それらは霊界には生存を許されない。従っていかに優れた娯楽でも、罪悪の基礎の上に築かれたものはまったくここに見出すことが出来ない。同時に物質的な娯楽も、物質的肉体のないわれわれには行(や)りたいにも行りようがない……。』
 
      
             二十三 霊界からの伝言
 叔父の言葉が途切れた時にワアド氏は尋ねました。──

『叔父さん、この次は何処へお連れくださいます?』
 叔父『私の書斎へ連れて行ってお前をAさんに紹介しようと思うのじゃ。何でもAさんはお前の驅を借りてMさんに通信したいことがあるというのじゃ。それが済むと今度は例の陸軍士官の話を聞かねばならない。いよいよ地獄の実地経験談をするそうナ・・・・・・。』
 ワアド『しかし叔父さん、私は霊界へ来て随分長居をしたようです。そろそろ自分の驅へ戻らないとカアリイが眼を覚まして私の気絶している所を見つけでもしますと大変です。』
 叔父『ナニそんな心配は一切無用じゃ。お前は長時間霊界へ来ているように考へているかも知れないが、地上の時間と霊界の時間との間には何ら実際の関係はない。地上の時間にすれば、お前が驅を脱(ぬ)けてからまだやっと三十分にしかならない。ゆっくり間に合うように帰してあげるから安心して居るがいい。
 二人は大学の門を出ると右に折れ、とあるアーチをくぐって階段を上って行きました。それから一つの部屋に入りましたが、それは普通の大学の校舎によく見ると同じようなもので、ただ暖炉の設備のないだけが違っていました。
 ワアド『妙なことを伺いますが、あなた方もやはり部屋の掃除などをなさいますか。若しするなら僕がいないとお困りでございましょう。』

 叔父『霊界には塵芥(ごみ)もなければまた人工的の暖房装置もない。たとえ寒いと思うことがあっても暖炉は使われない。それは霊界の寒暖が無論精神的のものであって物質的のものではないからじゃ。従ってここは下男の必要はない。掃除をすべき塵芥もなければ、調理すべき食物もない。お負けにわれわれは眠りもしない。一切の雑務雑用はわれわれの肉体と共にみな消滅してしまっとる。──ォ、Aさんがお出でじゃ。お前に紹介してあげる。』
 ワアド氏は極めてちっぽけな少年が入って来たのを見てびっくりしました。但しその肩には成人(おとな)の頭だけが乗っかっているのです。尤も一寸法師のように頭部だけ不釣り合いに大きいのではなく、ただ髭が生えたり、ませた顔つきをしたりしているのでした。顔は赤味がかった丸顔で、鼻は末端の所が少々厚ぽったく、髪は茶褐色を帯び、驅は不格好なほどでもないが余程肥満している方でした。
 ワアド氏は初対面ではあるが、かねて叔父を通じてこの人の風評を聞いていたので、双方心置きなく話し込みました。
『実は』とAさんが言いました。『少々Mに伝言したいことがありますので、是非あなたにお目にかかりたいとLさん迄申し入れて置いたのですが……。』

『イヤお易い御用で』とワアド氏は愛想よく『私にできることならどんなことでも致します。それはそうと一つ霊界に於けるあなたの御近況を伺おうではございませんか?』
『ぼつぼつ行(や)っていますがどうも進歩が遅いので弱って居ます。御承知の通り生前私は精神的方面のことをそっちのけにして、物質的の享楽にばかり一生懸命に耽っていたものです。それからいろいろの婦人関係──あんなことも余り為にもなっていませんでしたね。』
 こんな軽口をたたいた後でAはワアド氏にある一つの秘密の要件を頼んだのでしたが、むろんそれは道徳上内容を発表することはできません。用談が済むとAは直ちに二人に別れを告げて辞し去りました。
 Aの姿が消えると同時にワアド氏は叔父さんに向かって言いました。──
『Aさんは顔だけ成人(おとな)で驅(からだ)はまるで子供でございますね。これは精神的方面を全然閑却して居た故(せい)でしょう。』
 叔父『そうじゃ。──すでにお前に説明してきかせてある通りわれわれの霊体は次第次第に発達するものじゃ。若しそれを地上生活中に発達させて置かないと霊界へ来てから発達させねばならない。』

 ワアド『そうしますと、私が霊界へ来るときには矢張り私の霊体で来るのでしょうか?』
 叔父『むろんそうじゃ。』
 ワアド『そうしますと私の大きさはどんなものでございます? 非常に小さいのですか?』
 叔父『イヤ中々発達しているよ。すっかり成人(おとな)びて丁年(ていねん)くらいの大きさになっているよ。先ずそこへらが丁度いい所じゃろうナ。概して霊体の発達は肉体の発達よりも遅いもので、ドーかするとまるきり発達せぬのもあるナ。──ォ―陸軍士官が見えた。舞台が変わって今度は地獄の物語じゃ。』
 この陸軍士官の物語は別に纏めて発表されております。

   
                                     二十四  大学の組織
 超えて四月二十七日の夜ワアド氏は再び叔父さんをその霊界の書斎に訪れました。
 叔父『今日は私自身の生活についてモ少しお前に説明して置きたいと思うが・・・・・・。』
 
 ワアド『是非お願いいたします。久しい間そちらの話を伺いませんでしたね。』
 叔父『イヤ話はなるべく大勢の人のを聞いて置くに限る。たった一人の千篇一律な物語を繰り返して聞いたところで仕方がない。
『今日の私の話はこの大学の内部の組織に関することにしたいと思う。霊界では沢山の学科に分かれて居って、いろいろの学会が設けられている。学問の種類は大体に於いて四つに分かれる。第一部は霊性の発達を研究する。第二部は不幸なものの救済法を研究する。第三部は地上生活中に興味を感じた問題に就きて新発見を成就しようとする。第四部は霊界で発見した新事実を人間界に伝えることの研究をやる。』  
『霊界にあるすべての学会のことを説明して居た日には時間がつぶれて仕方がないから、そんな話は後日に譲り、上にあげた4種類の学科についてざっと説明し、その後ですべての代表として私の学校の実情を述べるとしよう。
『霊性の発達の研究──これは私の現にやりつつあることであるから、一番後に廻して他の3種類の説明から始める。
『不幸なものの救済──これは地獄に堕ちている霊魂の救済法を研究するのと、地上の人類を正道に導くことの研究、との二種類に分かれる。

『新発見の研究──その中に属するのは美術、建築、医療、音楽其の他につきて科学的法則を究めんとするいろいろの学会である。私などは文芸復興期の建築学会に入っているが、これは文藝復興期の精神を尊重しながらこれに新思想を取り入れんとする団体なのである。
『新事実を人間界に伝える研究──これは第三部の研究に伴う必然の仕事で、立派な発明が霊界で出来上がると何人もそれを人間界に普及してやりたくなる。尤も中にはすっかりこの仕事に懲りてしまって一向冷淡な連中もないではない。霊界の方でも人間の指導に関しては随分苦い経験を嘗めさせられている。いかに優れた霊界の思想でもこれを人間の心に移してみるとすっかり匂いが抜けてしまって、うっかりするとポンチ化することが少なくない。更に呆れるのがその発明が有効に使われずに、まるっきり飛んでもないことに悪用されることである。美術に関するものは大抵前者の運命を辿るものが多く、これに反して化学的機械的の発明は人間の方に印象を与え易いかわりに悪用される恐れがある。
『こんな次第で霊界ではその発明を絶対に人類に漏らすまいとする霊魂が居る。第三部の学会ではこんな規則を設けている。──「本会の会員はその発明を人類若しくは第四部に属する学会に漏らすことを禁ず。」──随分やかましい規則じゃろうがナ。

『しかし全ての学会が悉くそうではない。少しは其処に例外も設けてある。が、兎に角人類との交渉は第四部に属する学会の仕事に属し、諸種の医学界などというものは一番第四部に多い。』

 ワアド『するとあなた方が人類に霊感を起こさせるには是非とも一の学会に入会する必要があるのですか? 個人としてそうすることが出来ないのですか?』
 叔父『出来ることはできるが、しかし個人事業ではうまく行かない。小さくとも矢張り一の学会に属する方が便利じゃ。
『さてこれから少し私の入っている大学のことを話そう。幹部は学長が一人、学長の下に次長が一人、別に評議会があってそれを助ける。』
 ワアド『大へんドーもフリイメーズン団の組織に似ているようでございますナ。』
 叔父『私はそんなことは知らないが、事によったらそうかも知れない。──さて学生であるが、それは三部に分かれる。第一部が済むと第二部に上がり、第二部が済むと第三部に進級する。すべて霊能の高下によりて決められる。
 
『評議員会はこの第三部から選抜したもので組織される。更にいろいろの役員が、評議員の中から学長によりて選抜される。』
 ワアド『ますますドーもフリイメーズン団そっくりでございます。三部に分かれるところなどは余程不思議です。』
 叔父『そうかも知れない。フリイメーズンの組織などもおそらく霊界から出たものであろうが、これは極めて自然的な施設で、地上の大学でも第一年、二年、三年と別れ、別に研究生(フエロー)を置いてあるではないか。』
 ワアド『あなた方にもやはり試験のようなものがございますか?』
 叔父『試験はありません。受け持ちの教授がこれでよいと認めると上級へ昇してくれるのじゃ。進級するときはいくらか儀式のようなものがある。学級の区別は勿論霊界の他の区別とは別問題じゃ。第三年級に昇ったとて半信仰のものは以前として半信仰の境に居る。
 ワアド『あなたは何学級に居られます?』
 叔父『私かい? 私はまだ最下級じゃよ。しかしすぐ次の級へ進むと思う。──それはそうとお前はモー帰らねばならない。』
 ワアド『モ―帰るのですか? 私はほんの短時間しか爰に居りませんが・・・・・・。』
 叔父『それでも帰るのじゃ』
 ワアド氏は何やら旋風にでも巻き込まれたように大空に吹き上げられ、四顧暗澹たるなかをグルグル大きな円を描きつつ回転したように覚えたのでしたが、その渦巻きがだんだん小さくなるに従って次第に知覚を失ってしまいました。
 
     
           二十五 霊界の病院 
            
 これは一九一四年五月四日の夜に起こった霊夢の記事で、霊界に於ける精神病患者の取り扱い方につきては詳しく書いてあります。心霊療法でもやろうという人達の参考になりそうなところを紹介することに致します。
 叔父『私(わし)は先刻霊界の精神病院の一つを見学してきたのじゃが・・・・・・。』

 ワアド『病院でございます? 私は又霊界では病苦に悩む者はないものと思っておりましたが・・・・・・。』 
 叔父『そりゃ病気に悩むというような事はない。しかし精神(こころ)の曇っている患者は霊界にもある。それが手術を要するのじゃ。つまり霊界の病人は悉く精神病患者の一種であると思えばよいのじゃ。
『病院に私を案内していろいろ説明してくれたのは、地上に居った時代に精神病学の大家として有名は某博士であった。
『病院は大変美しい環境に置かれ、一歩その境内に入るといかにも平和な、のんびりした空気が漂っていた。私がその事を同行の博士に述べると、博士は斯う言うのじゃ。──
 「全くそうです。閑静な、人の心を和らぐる環境は一切の精神病患者を取り扱うに缺(か)くべからざる第一の要件です。」
『病院を囲める庭園には幾つも幾つも広い芝生が造られてあり、所々に森が出来て居る。そしてどこへ行ってもさらさらと流るる水の音がかすかに聞こえ、樹々の隙間からは何時も消えざる夕陽の光に染められた水面がちょいちょいのぞく。沢山の患者達は森をくぐったり、芝生をそぞろ歩いたり、又湖面にボートを浮かべて遊んだりしている。

『しばらく見事な並木道を進んで行くと、やがて病院の建物が見え出してきた。それは文藝復興期式の建物で、表面には外椽(ベランダ)が設けてあり、周囲は悉く天鳶絨(びろうど)のような芝生と花壇とで囲まれていた。芝生には沢山の噴水やらさまざまの彫像らがあった。
『ふと気がつくと其処には一人の婦人が低い床几に腰をおろして竪琴を弾いていた。男女の患者たちはこの周囲に寝椅子を持ってきて、それに横たわりながら熱心に耳を傾けるのであった。
『やがて私達は建物の内部に歩み入った。此処には学校のような設備があって、患者の大部分はそれに出席せねばならぬ規定になって居る。尚他に音楽堂がある、劇場がある、各宗派付属の礼拝堂がある。
『同行の博士はいろいろ私に説明してくれた。──
 「この病院の主なる目的の一つは出来るだけ患者の精神を他に転換させることであります。患者の大部分は非常に利己的で、少なくとも自分中心の連中ばかり、大てい信仰上の事柄や過度の悲しみなどから狂気(きちがい)なって居ます。彼らの性質の陰鬱な箇所を駆除するには健全な、人の心を和ぐる性質の娯楽が一番です。又手術としては主として暗示と催眠術と動物磁気とを用います。一つその実地をご覧なさい。」

『私達はそれから治療室のような所へ入って行ったが、其処では二人の医師が婦人患者に向かって熱心に磁気療法を施していた。患者は灰白色の衣服をつけ、腰部を一条の帯で括っていたがそれがこの病院の患者達の正規の服装なのである。患者が寝台の上に横たわっていると、医者の一人はその後ろに立って片手を軽くその前額に当て、他の一人は患者の足元に立って、これは手を触れずにいる。何方もじっと患者の顔を見つめて全精神を込めているらしく、私達が入って行っても脇目さえふらなかった。
『気をつけて見ると二人の医師の驅からは微かな一種の光線が迸(ほとばし)り出て、それが患者の頭に集中しているのであった。
『其処を出て他の一室に入って見ると、ここでは煩悶の為に頻りにのたうち回っている一人の男患者を一人の女子がヴィオリンで慰めつつあった。私は同行の博士に言った。──
 「ドーも病院の方が私達の所よりも男女の交際が自由のようですナ。」
 「実際はそうでもありません。男と女との間には殆ど交際などはありませんが、ただ治療上双方から助け合うことが必要なのです。殊に磁気療法をやるのには術者と非術者とが異性である方が良好なる効果を奏することが、実験上確かめられたのです。」

          
『私達は更に第三室に入って見ると、一人の催眠術者が手術をやっている最中で、一人の男性患者に向かって頻りに按手法を施している所であった。
『術者は私達を見るとすぐに挨拶をした。そして手術中の患者の病状を説明してくれたが、その患者は生前ひどい怪我をした記憶が容易に取れないのだという事であった。尚彼は付け加えた。──
「この患者に対して私はモー久しい間催眠術を施しておりますが中々捗々(はかばか)しく参りません。しかしその中確かに回復します。」
『其処を出て私達は今度は割合に小さな室に入って行ったが、中には一人の婦人患者が寝椅子に横たわって居た。同行の博士が説明した。──
「これは実に不思議な患者で、死後何時までも生前の記憶が強く残っているのには驚き入ります。彼女は生前片輪で歩行が出来ないものと固く思い込んでいたのです。機質的には何等の故障もないのに右の錯覚が強まると共にとうとう現在見るような跛者(びっこ)になりました。
 
もしも彼女の病気が肉体的のものであったなら驅が失せると同時に病気も消失したでありましょうが、彼女の疾患は純然たる精神的のものでありましたので死んでからも依然として跛者のままに残っているのです。大體彼女は生来一種の変態心理の所有者で、片輪者を見ると妙に快感を覚えたといいます。その癖その他の点では別に変ったところもなく、性質が凶悪というような所もありません。こんな患者はめったに私達の境涯(ところ)へは参りません。地獄へ行ったら多分この種の患者が多いことと存じます。」
「この患者にはどんな手術を施すのでございますか?」
『主として磁気療法並びに暗示療法の二つであります。私達は勿論肉体の欠陥が霊体に移るものでないことを極力説明してやります。大ていの霊魂はそれを会得しますが、ただこの婦人の精神は非常に曇っているので容易にそれがのみ込めません。しかしいかに頑固な疾患でも霊界の手術を受ければやがて平癒します。手術よりも、その後で受けねばならぬ教育の方が遥に時間を要するように見受けられます。』
『私達はそれから幾つも幾つも室々(へやべや)を巡覧し、教授たちの講義なども傍聴した。最後に私は同行の博士に聞いて見た。──

 「ドーも地上の病院で見るように外科手術をやっているのを見掛けませんが、あんなものの必要はないのですか?」
「外科手術の必要はありません。霊界では最早あんな不器用な真似は致しません。勿論地上では多少その必要はあります。肉体というものの性質上それは致し方がありません。ただドーも必要以上に外科手術を濫用する傾向があります。霊体となると余程微妙な方法を要し、矢鱈に切開したり、切断したりしても駄目です。地上の外科手術室に幾分か類似したものは地獄に行くと見られます。」
『病院の説明はざっとこの辺でとどめて置くことにしよう。詳しく述べると大変な時間がかかる。兎に角霊界の病院では宗教的の勤行が中々大切な役目を持っていることを最後に付け加えて置くにとどめる。
『私は病院の境内で博士と袂を分かち、それからここへ戻ってきたのじゃ・・・・・・。』
 

          二十六 無理な注文
 叔父さんの病院視察談が終わった時に、ワアド氏は引き続いて新しい質問を発しました。
 ワアド『人間は兎角疑りぶかいもので、いくら死後の世界の話などをしてやっても容易に信用してくれません。それには私が霊界で会見したPさんその他の身元証明書と云ったようなものを発表したらよかろうと考えますが、ご意見はいかがでございます?』
 叔父
『それは余程考えものじゃと思うナ。中には発表して差し支えないものもあるが、又発表してはいかんのもある。Pさんなどのは発表できない方じゃ。何時までも地上と接触を保って通信を続けるという事はPさんには寧ろ迷惑な話で、幾分かご当人の修行の邪魔になる。
 『またPさんは生前相当に名の売れている方じゃったから、若しあの方の通信を全部公表するとなると、世間には随分詮議だての好きな口やかましやが多いから、試験の目的でお前の所へいろいろの問題を担ぎ込むものが沢山現れるに相違ない。その際若しPさんがそれらの問題に答えることを承諾したとなるとそれこそ大変で、すぐその後からゾロゾロ他の質問者が現れる。そうなるとPさんは間断なく質問者に付きまはされ通しで、霊界に居るとはただの名ばかり、まるきり地上の俗務にかかりきりになって居らねばなるまい。
 
地上の束縛から一時も早く脱却したいと希望して居るものが、あべこべに地上の人間に縛られてはとてもやりきれない。その時若しPさんが、モーこの上質問には応じないとでも云うものなら、世間は直ちに詐術であったと囃し立てるに相違ない。──
 「これらの通信はP氏より発するものと自称される。しかし彼の生時に関する、これしきの簡単なる質問にも答え得ないところを見れば頗る眉唾物と言わねばなるまい・・・・・・。」
 まあ大概こんなことを言われるものと覚悟してよかりそうじゃ。
『大体われわれ霊界の居住者にありては、主として霊界に関する通信を送ることが眼目で、それをしたからとて少しも進歩の妨害にはならない。ところが再び地上に逆戻りして、以前の地上生活のおさらいをやるというのは全くお門違いで、そんなことは到底正しい霊魂の承認し得る限りではない。世間の人々にこの事が判らんので甚だ困る。
『さすがにお前はよくわれわれを諒解し、またわれわれを信用して、役にも立たぬ、下らぬ質問をかけるようなことはせぬ。お前は生前全く未知であった人達の霊魂と霊界で会合し、それ等の人達の口から直接その生死年月日やら生前の閲歴やらを聞かされているうえに、Aさんからは一家の私事に関するMさんへの伝言さえも頼まれた。
 
最初それは何のことやらお前にも判らぬことであったが、Mさんに逢ってそのことを話してみると初めて要領が得られ、確かにあれはAさんの霊魂に相違ないということが判然証明されたのである。こんな次第で、注文が無理でない限り私はPさんに頼んで、いくらでも証明を与えるようにしてあげるが、ただあの方の経歴に関する一切を公表してくれとはどうしても頼み難(にく)い。兎も角もそのことはモ一度よく考えて、Kさんとも相談してからにして貰いたい。大体之で事情は良く判ったと思うが・・・・・・。』
 ワアド『よく判りましたが、ただドーも残念です。若しPさんがこれに賛成して、どんな質問に対しても徹底的に答えてくださるということになれば、それっきりで人々を悩ます人生の大問題──死後個性が存続するや否やということが立派に解決されてしまいますのに……。』
 叔父『イヤそんな必要は全くないと思う。頑冥不霊な人物は何をしてやっても到底駄目じゃ。けれども物の道理の判る人物には、死後の生命の存続を証明すべき材料がすでに十二分に送られている。私達の送った通信だけでも十分じゃ。中には多大の犠牲を払ってまでも、懐疑論者征服の為に全力を挙げた篤志の霊魂さえもあった。霊界に居住するものの進歩を阻害することなどは頓とお構いなしに、ひっきりなしに無理な注文ばかりするのは、人間の方でもちと聞き分けがなさすぎるではなかろうか?
 
『イヤ実際のことを言うと、死後の生命の存続を信じる者は世の中に案外多数なのじゃ。しかし信じない人間は何をして見せても──たとえ屍骸(いがい)の中から起き上がって見せてもやはり信じはせぬのじゃ。
『この問題はこれだけにして置いて、お前はもう帰らねばならぬ。』
 次の瞬間にワアド氏は全く意識を失ってしまいました。
 
        
            二十七 公園の道草 
 五月十八日の夜の霊夢の形式はいつもとはやや趣を異にし、ワアド氏は自分の肉体が寝台の中に熟睡しているのをはっきり認めたのでした。そうするうちに部屋はだんだん遠ざかりてもやもやなものになり、一時は何もかも霧の海の中に鎖(とざ)されてしまいましたが、やがてその霧が次第次第に形態を為し、忽日頃見覚えのある霊界の山河がありありと現前に展開しました。
 
 見よ其処には和かな夕陽の光に包まれた風光絶佳の田園が眼もはるかに広がっているではないか。空中から降り立って、青草の敷き詰めた丘の上から見下ろせば彼方の低地には叔父さんの住む市街が現れ、校舎の屋根も一つ一つに数えられる。ワアド氏はそちらを指して歩みを運びました。
 同氏の通過したのは見事な森の中で、周囲には小鳥が面白そうに囀(さえず)っていました。やがてかの立像やら彫刻物やらの建ち並べる公園に近づくと付近の花壇からはえも言われぬ芳香が鼻を打ちました。
 その付近には沢山の霊魂達がゾロゾロ往来して居ましたが、いずれもワアド氏の姿を物珍しそうに凝視するのでした。同氏の様子には何処やら違ったところがあったからでしょう。──と、二人の若者が足を停めてワアド氏に言葉をかけました。
『あなた様は何方です? 死んだお方でございますか? ドーも何処やら霊界のものとは勝手が違いますがね。──けれどももし死んでいないとすればドーしてこんな所へお出でになったのです?』
『イヤ私はまた死んではいませんよ。』とワアド氏は答えました。『ただ何したことやら私は叔父が亡くなってからちょいちょい霊界へ出掛けてきまして、いろいろな事柄を見たり聞いたりして帰ることに致しております。』
 
『こいつアドーも奇妙だ!』とその中の一人が言いました。『私も生きている時にそんな芸当がやれるとよかった。』
 他の一人も続いて、
『あなたは単に此処ばかりでなく、他の方面とも往来をなさるのですか?』
『イヤ中々そうも参りません。けれども他の方面に行っている方でも、私の叔父が適当と思えば呼んできて私に紹介してくれますので、お陰様で地獄の状況だの、幽界の事情だのがちょいちょい判って参りました。』
『何てあなたは間のいい方でしょう!』と最初言葉をかけた、身長の高い方のが申しました。『私達などは死んでいるくせに地獄のことなどは一切無我夢中で暮らしております。いくらか私達に判っているのは幽界の事情ぐらいのものです。後生です、しばらくこの泉水のほとりに腰でもかけて、その方面の話を聞かせてください。』
 たつての懇望も出し難く、ワアド氏は二人の側に腰をおろして陸軍士官から聞かされた地獄の状況を物語ろうとしておりますと、突然後方から叔父さんが大急ぎでやって来て、大分不興らしい顔つきをしてワアド氏をたしなめました。──

『これこれお前は斯んなところで道草などを喰っていてくれては困るぢゃないか! 陸軍士官も私も折角お前の来るのを待っているのに……。』
 二人はかわるがわるワアド氏の為に弁解し、道草を喰わしたのは自分たちの過失であると散々詫びました。
『それはよく判って居ます』と叔父さんは答えました。『もちろんあなた方に格別悪意があった譯ではないに決まっていますが、ただそれ等のことを聞きたいなら私の所へお出でなさるがよい。甥の仕事は地上に生きている人達に当方(こちら)の状況を知らせるのが目的で、何も死んで霊界へ来て居るあなた方に説教する為ではありません。』
『御尤(ごもっとも)さまで・・・・・・。イヤ何とも飛んだ不調法をして相済みません。』
 二人は恐縮の態で散々謝りました。
 そのまま二人と別れてワアド氏は叔父さんに連れられて例の校舎に入って行きますと、果たして其処には例の陸軍士官が氏の来るのを待ち受けておりました。彼はワアド氏と固く握手しながら斯う言いました。──
 『ワアドさん、ちとお気をつけなさらんと、霊界の方が面白くなって帰る気がしなくなりますぜ・・・・・・。』
 それから陸軍士官は帰幽後の面白い実験談の続きを続きを語り出したのでした。 
 
         
                二十八 霊界の動物
        
 ワアド氏の霊界旅行はこの前後からますますはっきりしたものになり、途中の光景までもよく記憶に残るようになって来ました。六月一日の夜の霊夢などもその一つであります。
 同氏は先ず自分の寝ている驅の上にまいあがる。天井を突き抜けて戸外に出たらしいのに依然として寝室が見える。
 その中部屋は漸く霧の裡に消え去って、自分のは濛々たる雲霧の中を前へ前へと渦巻きつつ上る。
 
道中は中々長い。──やがて霧の海が其々の形をとり始める。最初は妙な恰好なものばかりで、あるものは城郭の如く、あるものは絶壁の如く、あるいは龍、或いは魔、続いて市街やら、尖塔やら、円屋根やらがニョキニョキ現れる。
 続いてそれも亦消散し、濃霧の晴れ上がると共に脚底広大なる山河が眼もはるかに現れる。最初眼に入ったのが峨々たる連山と不毛の荒野、そしてその前方にははてしもない一面の黒い壁。
 ワアド氏の驅が右の黒壁から遠ざかるとともに、山河の景色に柔らか味が次第に加わって来て、森が見える、草原が見える、終に日頃おなじみの、あの夕陽に包まれた風光明媚の田園が見える。
 そこで精神を叔父の校舎に注ぐと共に、俄かに速度が加わって、殆ど一瞬の間にその身は早くも叔父さんの部屋に入っていたのでした。
 二人の間には間もなく例の問答が開始さました。──
 ワアド『今日は動物のことに就て伺いたいと存じます。いったい鳥などは生前ただ餌をあさることを仕事にしていますが、霊界へ来てからは何をしているのです? 仕事がなくては困るだろうと思いますが・・・・・・。』

  叔父『さあ大ていの動物は幽界に居る時にはしきりにまだ餌をあさっている。が、しまいには少しづつ呆れてくるようじゃ。いくら食っても食ってもすべてが影みたいなもので美味しくも何ともない。又別に食う必要もない。この理屈が判ってくると大ていの動物は霊界の方へ移って来る。ただドーも肉食動物の方は何時まで経ってもこの道理がさっぱりのみ込めないようじゃ。そして永久に捕らえることの出来ぬ兎や鹿の後を追いかけながら、いつまでもいつまでも幽界に居残る・・・・・・。』
 ワアド『人間の中にも捕らえることの出来ない動物を捕まえようとする狩気違いが居りはしませんか?』
 叔父『そりゃおります。しかしこいつもしまいには馬鹿々々しくなってよしてしまうらしい。尤も生前猟師であったものは幽界へ来るとあべこべに動物から追いかけられる。』
 ワアド『それは又どういう譯です?』
 叔父『幽界で第一の武器は意志より外にない。動物を撃退するにも意志の力で撃退するのじゃ。ところが猟師などというものはただ武器にばかり頼る癖がついて居る。鉄砲を持たない猟師ほど動物と出くわした時に意気地のないものは無い。所があいにく幽界では猟師は生前自分が殺した動物ときっと出くわす仕掛けに出来上がっている・・・・・・。
 
『ところで霊界に来る動物じゃが、彼らが霊界に来るのはつまり食欲以外に何かの興味を持つようになった故(せい)じゃ。しかし永い間の癖は容易に抜けきれないもので、モリイなどもときどき骨が欲しくなるようじゃ。丁度私がときどき熌管(ぱいぷ)が恋しくなるようなものでナ・・・・・・。』
 そう言っている中にもモリイは安楽椅子の下から飛び出してきて、懐かしそうに尾を振りながら舊主人の所へ近づきました。
 
        
  モリイが来たので二人の動物談には一層油が乗って来ました。
 叔父『ドーも動物は地上に居た時よりも霊界へ来てからの方が余程人間になついて来るようじゃ。兎に角理解がずっと良くなって、物質上の娯楽の不足をさほど感じなくなる。
『お前も知っている通り、霊界ではお互いの思想がただ見ただけで良く判るが、動物に対してもその気味がある。ただ動物は人間ほどはっきり物事を考える力が乏しい悲しさに、思想の形がごちゃごちゃになり易い。むろんその能力が次第に向上はしてくるが・・・・・・。

『しかし動物の思想はせいぜい上等な部類でも極めて簡単ではある。今モリイはあることを考えているのじゃが、一つ試みにそれを当てて見るがいい。』
 ワアド『私に判りますかしら……。』
 ワアド氏は一心不乱にモリイを見つめましたが、最初の間は何も判りませんでした。
 ワアド『ドーも何も見えませんナ。格別何も考えてはいないと思いますが・・・・・・。』
 叔父『イヤ犬にしては大変真面目に考えこんでいる。それが判って居るから私がお前に聞いて見たのじゃ。お前はまだ練習をせぬから判らないのも無理はないが、モ一度試してみるがよい。頭脳(あたま)の内部(なか)から一切の雑念を棄ててしまってモリイのみを考えつめるのじゃ。お前の視力をモリイの鼻の尖端(さき)に集めて・・・・・・。』
 ワアド『鼻の尖端ですか・・・・・・。』
 ワアド氏は覚えず吹き出してしまいましたが、兎も角も叔父さんの命令通りそうやってみました。すると忽ち部屋全体が消え失せてモリイの姿までが見えなくなり、その代わりに一種の光線が現れて、やがて一つの絵になりました。
 よくよくその絵を凝視すると、ワアド婦人のカアリイがボートを漕いで、モリイは舳先に座っている。やがてボートは艇庫から河面にすべりでて、白色の運動服を着たカアリイがしきりにオールを操る。他には誰も乗っていない。

 しばらくしてその光景が一変した。今度はモリイもカアリイもボートから上陸(あが)って河岸の公園で休んでいる。カアリイが紅茶をすする間にモリイは地べたに腹這いになって投げ与えられた一片の菓子を囓っている。
 すると突然叔父さんが言葉を挿みました。──
『どうじゃ今度はモリイの考えていることが判ったじゃろうが・・・・・・。』
 ワアド『よく判りました。が、その事がどうして叔父さんにお判りになります?』
 叔父『私にはお前の思想もモリイの思想もどちらもよく見えているのじゃ。霊界のものは他人の胸中を見抜くことが皆上手じゃ。
『兎に角こんなあん梅で動物が人間と一緒に住んでいれば居るほどだんだん能力が発達してくる。只今モリイが考えていたことなどもかなり複雑(こみい)ったものではないか。大ていの動物はせいぜい元仕えた主人の顔を思い出す位のものじゃ。
 
『利口な動物が死後どの辺まで人間と共に向上し得るものかはまだ私にも判らない。しかし霊界の方が地上よりも動物に取りて発達の見込みが多いことだけは明瞭じゃと思う。むろん動物は地上に居る時でもある程度読心術式に人間の思想を汲み取ることが出来ぬではない。しかし怒っているとか、可愛がっているとか、ごく大雑把なことのみに限られており、しかも大ていの場合には人間の無意識の挙動に助けられている。
『今晩の話はこの辺で止めて置きたいと思うが、どこかにモ少し説明を要する箇所があるなら無論幾らでも質問して差し支えない。』
 ワアド『では序に伺いますが、私と叔父さんとは今いかなる方法で思想の交換を行っているのでございます? 外観(うわべ)ではあたりまえに話を交えているように見えますが・・・・・・。』
 叔父『無論精神感応じゃ。人間は話の習慣を持っているのですぐに思想を言葉に翻訳するが、決して私達は実際に言語を交えている譯ではない。試みにお前がフランス人とでも通信をやってみればすぐ判る。フランス人の耳にはフランス語で聞こえ、お前の耳には英語で聞こえる。
『われわれが地上界へ降りて霊媒の驅を借りて通信するときにわれわれは初めて実際の言葉を使用する必要が起って来る。その際速成式に外国語を覚える方法もあって、余り難しい仕事ではないが、その説明は他日に譲ることに致そう。
 
『われわれはお互いの思想を感識することが出来ると同時に今度はこれを形に変えることもできる。その原則は何ちらも同一で、ともに読心術に関係したものじゃが、判り易いために後者を霊視の方に付属させ、前者を読心術の方に附属させるのがよかりそうじゃ。通信をやるにはどちらを使用しても構わないが、しかし人間には読心術の方がいくらか易しい。
『所が、動物となるとドーも霊視法に限るようじゃ。これは動物が地上生活中に話をしたことがなかった故じゃと思う。しかし言うまでもなく、これら二つの方法は時々ごっちゃになってはっきりした区別がない。例えばお前が陸軍士官の物語を聞いている時に、その言葉が耳に入ると同時にその実況が眼に映るようなものじゃ。』
 この説明が終わってからワアド氏は陸軍士官に合ってその閲歴を聞かれたのですが、、それは別にまとめてあります。 
 
   
           二十九 幽界と霊界
 六月十五日、月曜の夜の霊夢もなかなか奇抜で且つ有意義なものでした。

 ワアド氏は例により無限の空間を通過し、地上の山川がやがて霊界のそれに移り行くのをありありと認めました。
 会見の場所はいつも叔父さんの部屋でした。
 ワアド『幽界の居住者と霊界のそれとの間には一体いかなる区別がありますか? はっきりしたところを伺いとうございますが・・・・・・。』
 叔父『アーお前の問いの意味はよく判って居る。──幽界ではわれわれはある程度迄物質的で、言わば一のきわめて希薄なる物質的肉体を持っているのじゃ。むろんそれは地上のあの粗末な原子などとは段違いに精妙霊活な極微分子の集まりじゃが、しかし矢張り一の物質には相違ない。地上の物質界と幽界との関係は先ず固形体と瓦斯体との関係のようなものじゃ。
『右の幽体は大変に稀薄霊妙なものであるから、従って無論善悪ともに精神の司配を受け易い。これは独り人間の幽体に限らず、家屋でも風景でも皆その通りじゃ。
『然るに霊界となるとモー物質は徹頭徹尾存在せぬ。われわれの霊魂をつつむものはただわれわれの「形」だけじゃ。現在お前の眼に映ずる風景なり、建物なりも曾て地上に存在したものの「形」に過ぎない。

『従って地上の霊視能力をもつものに姿を見せようと思えばわれわれは通例臨時に一の幽体を以てわれわれを包まねばならぬ。同様に普通人の肉眼に姿を見せるには、臨時に物質的肉体を造り上げ、所謂物質化現象というやつを起こさねばならない。ここで一つ注意しておくが世間の霊視能力者の中には私達の居住する第六界まで透視し得るものもある。お前などもその一人じゃ。──が、大概の霊視能力者にはこれができない。出来るにしてもわれわれの姿を幽体で包んだ時の方が良好な成績が挙げられる。
 ワアド『夢を見る時に私達は幽界に行くのですか? それとも霊界の方ですか? それとも又あちこち往来するのですか?』
 叔父『イヤ夢ほど種類の多いものは無い。ある夢は単に人間の頭脳の産物に過ぎない。昼間考えたことを夜中にこね返したり、また根も葉もない空中楼閣を勝手に築き上げたりする。だいたい物質的に出来上がった人間はこんな性質の夢を見たがるが、それは甚だくだらない。決してそんな夢を買いかぶってはいけない。
『ところが、夢を見たように考えて居ながら、その実幽界へ入って行くものが案外沢山ある。中には霊界迄入って行くものもないではない。お前などもその極めて少数なものの一人じゃが、
 
それができるのはお前が霊媒的素質を持っていると言う丈ではない。それより肝要なのは私が霊界へお前を呼ぶことじゃ。大概の人にはこの特権がない。よし霊界へ来るものがあっても、お前のようにはっきりした記憶をもたらして帰るものは殆ど全く無い。それができるのは私達がお前を助けるからじゃ。──尤霊界の経験は専ら霊魂の作用に属することなので、幽界の経験よりも一層明瞭に心に浸み込み易くはある。幽界というものは地上の物質界と一層類似している関係上、幽体と肉体とが結合した時にごっちゃになって訳が判らなくなる。兎角人間の頭脳は幽界の諸現象を物理的に説明しようとするので却ってしくじるが、霊界のことになると、余り飛び離れ過ぎて、最初から匙を投げてしまって説明を試みようとしない。
『で、大概の人間は睡眠中に幽界旅行をやるものと思えばよい。そんな場合に幽体は半分寝呆けた格好をして幽界の縁をぶらぶらうろつき回る。が、驅と結びつけられて居るので、ドーも接触する幽界の状況が本当には身に浸み込まぬらしい。
『餘りに物質かぶれしたものの幽体は往々肉体から脱け切れない。脱(ぬ)けるにしても余り遠方までは出掛け得ない。
『しかしこんな理屈を並べているよりも、実地に幽界に出掛けて行って地上から出かけて来るお客様に逢った方が面白かろう。』
 
 ワアド『是非見物に行きとうございますね。』
 叔父『それなら早速出掛けることにしよう。が、幽界へ行くのには私の姿を幽体で包む必要がある。』
 ワアド『あなたはそれで宜しいでしょうが、私は何う致しましょう? 私も幽体が入用ではないでしょうか』
 叔父『無論入用じゃ。いったいお前は幽体を何所へ置いてきたのじゃ?』
 ワアド『私には判りませんナ。私の驅と一緒ではないでしょうか?』
 叔父『こんなことは守護神様に尋ねるに限る。』
そう言えも終わらず、一条の光線が叔父さんの後ろに現れ、それがだんだん強くなって目も眩まんばかり、やがてお馴染みの光明赫灼たる天使の姿になりました。
 銀の喇叭に似たる冴えた音声がやがて響きました。──
『地上に戻って汝の幽体を携えて参れ!』
 
    
           三十 幽界見物
          
 ワアド氏は忽ち強い力に掴まれて、グイと虚空に捲き上げられたと思う間もなく、はや自分の寝室に戻っていました。平常(いつも)ならそれっきり無意識状態に陥るのですが、この時は何やら勝手が違い、今迄よりも遥かに実質のある驅で包まれたような気がしました。その癖自分の肉体は依然として寝台の中に眠っているのでした。
 と、すぐ後ろに叔父さんの声がするので振り返ってみますと、果たして叔父さんが来ていましたが、ただいつも見慣れた叔父さんの姿ではなく、大変老けているのが目立ちました。霊界に居る時の叔父さんは地上に居た時よりもずっと若々しくなっていた。ところが今見ると叔父さんは達者らしくはあるが、しかし格別若くもない。他のいろいろの点においてもちょいちょい違ってはいるが、さて何所とつかまえどころもないのでした。

 叔父さんは微笑みながら説明しました。──
『実はこれが私の本当の幽体ではない。私の幽体は、前にも言った通り、死んで間もなく分解してしまった。仕方がないから私はフワフワ飛び回っている幽界の物質をかき集めて一時間に合わせの驅をつくりあげたのじゃ。これでも生前の姿を想い出してなるべく似たものにしたつもりじゃ。──どりア一緒に出掛けよう。』
 そう言って叔父さんはワアド氏の手を執り、虚空を突破して、やがて暗くもなく、又明るくもない、一種夢のような世界に来て足を留めたのでした。
『ここが幽界の夢幻境じゃ。その中夢を見ている地上の連中がぼつぼつやってくるじゃろう。』
 ワアド氏はしきりに辺りを見回しましたが、何時まで経っても、付近の景色はぼんやりと灰色の霧に閉ざされて判然(はっきり)しない。そして山だの、谷だの、城だの、森だの、湖水だのの所在(ありか)だけが辛うじて見えるに過ぎない。
 ワアド『随分ぼんやりした所でございますね。何時もここは斯うなのですか?』
 叔父『イヤ此処が決してぼんやりして居る譯ではない。お前の眼が霊界の明かりに馴れっこになってしまったので、ここで調子が取れないのじゃ。明るい所を知らないものにはこんな所でも中々美しく見える。

『一たいこの夢幻境というのは物質界と非物質界との中間地帯で、何方の居住者に取りても、いくらか非実体的な、物足りない感じを与える。夢幻境を組織する所の原質も非常に変化性を帯びて居て、其処に出入りするものの意思次第、気分次第で勝手にいろいろの形をとる。永遠不朽の形は皆霊界の方に移り、此処にある形は極度に気まぐれな、一時的なものばかりじゃ。──イヤしかし向こうを見るがよい。地上からのお客さん達が少し見え出した。』
 成る程そういう間にも霊魂の群れが此方をさして漂ってくる。後から後から矢継ぎ早にさっさと脇を素通りにして行く。中には群をなさずに一人二人位でバラバラになって来るのもある。
 夢の中にここへ出掛けて来る地上の霊魂の他に、折々本物の幽界居住者も混ざっていましたが、一目見れば両者の区別はすぐ判るのでした。両者の一番著しい相違点は、地上で生きているものの霊魂に限り何れも背後に光の糸を引っ張って居ることで、それ等の糸は物質でできた糸とは異って、いかに混ざっても縺(もつ)れるということがない。平気で他の糸を突き抜けて行くのでした。
 モ一つ奇妙な特徴は彼等の多くが皆眼をつぶって、夢遊病者のように自分の前に両手を突き出して歩いて居ることでした。尤も中にはそんなのばかりもなく、両眼をかッと見開き、キョロキョロ誰かを捜す風情のもありました。時には又至極呑気な顔をして不思議な景色の中をうろつきながら折ふし足をとどめてじッと景色に見とれるような連中もいました。
 
 実にそれは雑駁(ざっぱく)を究めた群衆で、男あり、女あり、老人あり、子供あり、又動物さえもいるのでした。一頭の猟犬などは兎の影を見つけると同時に韋駄天の如くにその後を追いかけました。
 
         
『この連中が何の夢を見ているか、よく注意して見るがよい。』
 そう叔父さんに注意されたので、ワアド氏は早速一人の婦人の状態を注視しました。
 右の婦人の前面には一人の小児(こども)の幻影が漂っていましたが、それが先へ先へと逃げるので婦人はさめざめと泣きながら何処までも追いかけました。と、俄かに小児の眞の幽体が現れ、同時に先の幻影はめちゃめちゃに壊れました。母親は歓喜の声をあげて両手を拡げてわが愛児の幽体をかき抱き、その場にペタペタと座り込んで、何やら物を言うさまは地上でやるのと少しの変りもありません。右の小児は凡そ六歳ばかりの男の児なのでした。

 ワアド『死んだ我が児と夢で逢っているのでございますね。可哀想に・・・・・・。』
 叔父『それが済んだら今度は此方のを見るがよい。』
 再び叔父さんに促されてワアド氏は眼を他方の転ずると、其処には三十歳前後の男子が眼を見張りて人の来るのを待っているらしい様子、やがて一人の若い女が近づいて参りました。
『一体この連中は何でございますか?』とワアド氏は尋ねました。『二人とも生きている人間ではありませんか?』
 叔父『この二人が何であるかは私にも判らない。しかしこの男と女とが深い因縁者であることは確かなものじゃ。二人は地上ではまだ会わずにただ幽界だけで会っている。二人が果たして地上で会えるものかドーかは判らぬが、是非こんなのは会わしてやりたいものじゃ。──そちらにも一対の男女が居る。』
 ワアド氏は眼を転じて言われた方向を見ますと、此処にも若い男女がうれしそうに双方から歩み寄りましたが、ただ女の付近には一人の老人の幻影がフワフワ漂うているのです。
 ワアド『あの老人は、あれはたしかに猶太人(ジユー)らしいが何の為に女に附き纏っているのでございましょう?』                              猶太人(ユダヤ人)

 叔父『あの老人は金子(かね)の力であの女子と結婚したのじゃ。若い男は女の実際の恋人であったが、猶太人と結婚するに附けて女の方から拒絶してしまった。』
 まだ他にもいろいろの人達がその辺を通過しました。が、一番ワアド氏を驚かしたのは同氏の父が突如としてこの夢の世界に現れたことでした。
 ワアド『やあ、あれは自家(うち)の父です! こんな所へ来て一体何をしているのでしょう?』
 叔父『お前のお父さんじゃとて爰へ来るのに何の不思議もあるまい。他の人々と同様現に夢を見ている最中なのじゃ。事によるとお前の居ることに気がつくかもしれない。』
 が、先方は一心に誰かを捜している様子で振り向きもしません。すぐ傍を通過する時に気をつけて見るとワアド氏の祖父の幻影が父の前面に漂うて居るのでした。
 ワアド『父はお祖父さんのことを考えているのですね。如何でしょう、何所かで会えるでしょうか?』
 叔父『まず駄目じゃろうナ。お前のお祖父さんは実務と信仰との伴わない境涯で納まりかえっているから、滅多にここまで出掛けて来はしまいよ。』
 ワアド氏の父は間もなく群衆の間に消え去ってしまいました。

         
 いくらか夢見る人達の往来が途絶えた時にワアド氏は叔父さんの方を振り向いて尋ねました。
『一たいこの幽界では地上と同じように場所が存在するのでしょうか?』
 叔父『ある程度までは存在する。お前が現に見る通り、幽界の景色は物質世界の景色と、ある点まで相関的に出来ている。例えば現在われわれはロンドン付近に居るから、それでこんなに沢山の群衆が居るのじゃ。が、それはある程度のもので、われわれの幽体は必ずしも地上に於けるが如く時空の束縛を受けず、幽界の一部分から他の部分に移るのに殆ど時間を要しない。又幽界の山河が全然地上の山河の模写、合わせ鏡という譯でもない。幽界の山河は言わば沢山の層から成って居る。同一地方でも、それぞれの年代に応じてそれぞれ違った光景を呈する。例えばロンドンにしても、曾て歴史以前に一大森林であったばかりでなく、ずっと太古には海水で覆われていたことさえもあった。』
 ワアド『そう言えば只今見るこの景色も現在のロンドンの景色と同じではございませんナ。』

 叔父『無論同一ではない。が、この景色とても余り古いものではない。──ちょっと其処へ来た人を見るがよい。』
 ワアド氏は一目見てびっくりして叫びました。──
『あッカアリイじゃありませんか! 不思議なことがあればあるものですね。家内中が皆幽界へ引っ越して来ている!』
 叔父『別に引っ越した譯でもないが、斯うして毎晩幽界へ出張するものは実際なかなか少ない。人によってはのべつ幕無しにこっちへ入り浸りのものもある。その癖目が覚めた時に、そんな連中に限ってケロリとして何事も記憶していない。彼らに取りて幽界生活と地上生活とは全然切り離されたもので、眠っている時は地上を忘れ、覚めている時は幽界を忘れ、甚だしいのになると、幽界へ来ている間にまるきり自分が地上の人間であることを記憶せぬ呑気者も居る。こんな連中は死んでも死んだとは気がつかず、何時まで経っても眠気を催さないのが不思議だと思っている。が、大ていの幽界居住者は多少地上生活の記憶を持っていて、逢いたく思う地上の友を捜すべく、わざわざこの辺まで出掛けて来る。又生きている人間の方でも、夢で見た幽界の経験を曲りなりにも少しは記憶して居る。ただ極端に物質かぶれのした人間となると、幽体がその肉体から離れ得ないので、死ぬるまで殆ど一度も此処へ出掛けて来ないのもないではない。就中食慾と飲食慾との強い者は自分の幽体を自分の肉体にくくりつけている。──が、話はこれくらいにしておいて、ちょっとカアリイに会ってやろう。しきりに私のことを捜している・・・・・・。』
 
 叔父さんは通行者の群れを突き抜けて、直ちにカアリイに近づきましたが、彼女は安楽椅子に腰をおろせる生前の父の幻影を描きつつ、キョロキョロ辺りを見まわしているのでした。彼女の身に纏えるは、きわめて単純な型の純白の長い衣裳で、平生地上で着て居るものとはすっかり仕立方が違っていました。
 やがて父の姿を認めると彼女は心から嬉しそうに跳んで行きました。
 カアリイ『お父様しばらくでございましたこと! お変わりはございませんか?』
 叔父『しばらくじゃったのう。お前はよく今晩ここへ来てくれた。私は至極元気じゃから安心していてもらいたい。それはそうとお前は私達の送っている霊界通信を見てどう考えているナ?』
 彼女の顔にはありありと当惑の色が漲りました。
 カアリイ『霊界通信でございますか? 私は何も存じませんが・・・・・・。』  

 叔父『これこれお前はよく知っている筈じゃ。お前は半分寝ぼけている。早く目を覚ますがよい。お前の夫の驅を借りて送っている、あの通信のことじゃないか! お前の夫も此処にきている。』
 父からそう注意されて彼女は初めて夫のいることに気がつきました。無論ワアド氏の方では最初から知り切っていたのですが、成るべく父親との会見の時間を永びかせたいばかりに、わざと遠慮して控えていたのでした。
 カアリイ『まア! あなたは何をしていらっしゃるのです。こんな所で・・・・・・。』
 ワアド『しっかりせんかい! 私はいつもの通り月曜の晩の霊界旅行をしているのですよ。そして叔父さんに連れられて、お前達が幽界へ出掛けて来る実況を見物に来たのだがね、覚めた時に私とここで逢ったことをよく記憶して居てもらいますよ。』
 叔父『そいつアちと無理じゃろう。記憶して居るとしても、せいぜい私と逢ったことぐらいのものじゃろう。私の幻覚に引っ張られてきたのじゃから・・・・・・。それはそうとカアリイ、お前はモー霊界通信のことを思い出したじゃろうナ。』
 カアリイ『何やらそんなことがあったように思いますが、まるで夢のようでございますわ。──お父様は近頃ご無事でございますか? 大へん何うもしばらくで・・・・・・。』

 叔父『私かい。私は至極無事じゃよ。生きている時に私は今のように気分の良いことは殆ど一度もなかった。お前が何をくれると言っても、私は二度とお前たちの住んでいる、あの息詰まった、阿呆らしい、影みたいな地上へだけは戻る気がせぬ。その中お前達の世界から私の所へ懐かしい親友が二三人やって来そうじゃ……。』
        
 するとその時カアリイが突然叫びました。──
『あら! あそこに一軒家がありますね。誰の住まいなのでしょう?』
 そう言われて見ると果たして小ざっぱりした家が路傍にあって、前面には小さい庭があり、裏へ廻ると更に大きな庭園が附いていました。
 叔父『こりァ近頃壊されたどこかの家屋の幽体じゃ。こんなのは余り長くはここに残るまい。無生物の幽体はとかく永続せぬからナ・・・・・・。ただ誰かがそれに住んでいると奇妙に保存期限が長くなるものじゃ。兎に角中へ入ってみることにしよう。』
 
『まア!』カアリイは家の中を見た時に、『道具が一切揃っているじゃありませんか!』
 叔父『幽界にしてはこりゃ寧ろ珍しい現象じゃ。多分火災でも起こして什器一切が家と一緒に焼けたのかもしれない。イヤ確かにそうじゃ。その証拠には額面(がく)だけが缺(か)けている。所々壁に白い痕がついて、額面を下げた紐までそっくり残っているではないか。多分火災と知って誰かがナイフで紐を切り、一番めぼしい絵だけ運び出したものに相違ない。しかし余り沢山の品物を持ち出す暇はなかったと見える。』
 そう言って叔父さんは食道であったらしい一室の炉辺に据えられた安楽椅子に腰をおろした。『兎に角こいつア住み心地よい家じゃ』と彼は言葉をつづけた。『質素ではあるが、なかなか頑丈に出来ている。私がもしも幽界に居るものなら、早速こいつを占領するのじゃが・・・・・・。』
 カアリイ『ちょっと庭に下りて見ましょうか?』
 ワアド『降りて見てもよい・・・・・・。』
 夫婦が食道の扉を開けて、低い階段を降りて庭園へ出ると、まもなく叔父さんが小型の革鞄を肩にしてそれに続きました。
 カアリイ『お父さま、その鞄は何でございますか?』

 叔父『ナニ部屋に置いてあったのじゃ。何が入っているか一つ開けてみてやろう。』
 そう言って彼は鞄を地べたに降ろして蓋を開けましたが、忽ち一冊の書物をぬき出して気色を満面に湛へ、
『カアリイ、これを見なさい! こんなものが入っていたとは実に奇妙じゃ!』
 カアリイ『あら! それはお父さまの昔お書きになった建築学の御本ではございませんか!』
 叔父『そうじゃ! 道理でこの家には大変新式の工夫が施してあると思った。この家の持ち主は余程理解のよい人物であったに相違ない。』
 叔父さんはこの家の主人が自著の愛読者であったことを発見してうれしくて耐(たま)らぬ様子でした。傍でそれを見ていたワアド氏は、人間界でも霊界でも格別人情にかわりがないのを知って、つくづく感心したのでした。
 と、突然カアリイが叫びました。──
『わたし大へんにくたびれましたヮ。早く帰って寝ます。』
 ワアド氏はびっくりして不安の面持ちをして叔父さんの方を見ましたが、叔父さんは一向平気なもので、

『あ! お前はくたびれましたか。それなら早くお帰りなさい。その中又出てくるがよい。お前が来る時は私は何時でもここまで出掛けてきます。』
 やがてカアリイは二人と別れて立ち去りましたが、忽(たちまち)幽界の壁のようなものに遮られてその姿を失いました。叔父さんはワアド氏に向かって言いました。──
『お前はカアリイがくたびれたと聞いた時に大へん気を揉んだようじゃが、あんなことは何でもない。肉体の方でその幽体を呼んでいるまでのことじゃ。生きている人の幽体が肉体に入る時の気分は寝付く時の気分にそっくりじゃ。イヤしかしお前もモー戻らんければなるまい。先刻は地上から出かけるものばかりであったが、今度は皆急いで地上に戻る連中ばかりじゃ。』
 成る程夢見る人の群れは元来た方向へ立ち帰るものばかりで、歩調がだんだん速くなり、ワアド氏の父も失望の色を浮かべて急いで脇を通過して行きました。
 やがて人数は次第に減り、幽界の居住者の中には、苦き涙を流しつつ、地上に帰り行くいとしき人達に別れを告ぐる者も見受けられました。
『さアお前も良い加減に戻るがよい。』
 叔父さんに促されてワアド氏もそこを立ち去ると見て、後は前後不覚になりました。

 翌朝ワアド氏は昨晩あったことをカアリイに尋ねてみると、彼女は幽界における会見の大部分を記憶はして居ましたが、しかし彼女はそれを単なる一場の夢としか考えていませんでした。
 
          
                     三十一   欧州の戦雲
 叔父さんからの半年以上に亙って続けられた霊界通信もいよいよ一段落をつけるべき時期が徐に近づきました。他でもない、それは主として欧州全土に亙りて、かの有史以来類例のない大戦乱が勃発せんとしつつあったからで、それが人間界はもとより遠く霊界の奥までも大影響を及ぼすことになったのであります。
 一九一四年七月二十七日の夜、ワアド氏は例によりて叔父さんの学校を訪れ、とりあえず戦争のことについて質問を発しました。
 ワアド『叔父さん、あなたは最近欧州に起こったこの暗雲がやがて戦争に導くものとお考えでございますか? 何やら頗る険悪の模様が見えますが・・・・・・。』
 叔父『何うも戦争になりそうじゃ。私はあまり地上との密接な関係を持っていないから詳しいことは判らぬが、霊界での風説によると、目下幽界の方は純然たる混沌状態に陥り、あらゆる悪霊どもが至るところに殺到して、死力を尽くして戦争熱を煽っているそうじゃ。
 
『霊界の方面は全てそれらの動揺の他に超然として鳴りを鎮めているものの、しかしわれわれは変な豫感(よかん)に満たされている。多分これから数日のうちに和戦何れとも決定するであろう。が、私は(よげん)は絶対にせぬ。私はそんな能力を持っているとは思わない。
『兎に角私達の通信事業も急激に中止に近づきつつあるが、又中止した方が正しい。若しも戦争が始まれば、私を援けてこの霊界通信をしてくれている人達も一時解散せねばなるまい。おのおの皆自分の任務を持っているからナ。
『それから又お前の健康状態が、ドーも面白くない。来週になっても回復せぬようなら、驅がすっかり良くなるまで当分霊界出張を見合わせるがよい。健康の時には霊界旅行は少しも驅を損ねる患いはないが、病気の時には全精力を挙げて病気と闘わねばならぬ。何れにしても、お前が剣橋(ケンブリッジ)で講義をやる一カ月間は自動書記を試みる譯にも行くまい。
『従って今晩は陸軍士官との会見も取り止めて置く。一つはお前の健康が永い滞在を許さぬし、又一つにはあの方が戦争の為に昂奮し切っているし、ドーも面白くない。あの方は昔所属であった聯隊に復帰して出征すると云って手がつけられないので、皆でいろいろなだめて居るところじゃ。
 
無論私達はこの有益な通信事業を永久に放棄しようとは決して思わないが、当分の中あの士官は役に立ちそうもない。後になれば大変見込みのある人物じゃが、目下のところでは、まるで虎が血潮の香(におい)を嗅ぎつけたようなあん梅じゃ。何れにしても、あの陸軍士官の異常な挙動なり、又、幽界方面の風評なりから総合して、もしか飛んでもない大事になりはせぬかと私は大変懸念している。
『まづ今晩はこれで帰るがよい。よく気を付けて、できるだけ早く達者な驅になることじゃ。お前がビルマに出発するまでには是非ともこの書物をかたづけてしまいたい・・・・・・。』
 で、ワアド氏は直ちに地上に戻ったのですが、その時の霊界旅行にはめっきり疲労を覚えたようであります。
 超えて八月三日ワアド氏は講義の為に剣橋(ケンブリッジ)に赴きましたが、お叔父からのかねての注意の通り其処で急性の肋膜炎にかかり、八月いっぱいそれに悩まされました。従ってその期間霊夢も自動書記も全く休業で、九月五日に至り、初めてK氏の自宅で自動書記を試みたのでした。
 
              
                     三十二 戦端開始
 一九一四年九月五日に現れた叔父さんからの通信。──
『私達は出来るだけ迅速にこの通信事業を完結すべき必要に迫られている。お前の病気の為に時日を空費したことは残念であるが、その間に幽界の方面が多少秩序を回復したのはせめてもの心やりじゃ。──と言って幽界は当分まだ混沌状態を脱しない。その反動が霊界の方面までも響いてきている。
『言うまでもなく戦争の為に倒れたものの大部分は決起盛りの若者であるから、その落ち着く先は皆幽界じゃ。目下幽界に入って来る霊魂の数は雲霞の如く、しかも大抵急死を遂げているので、何れも皆憎悪の念に燃ゆるものばかり、その物凄い状態は実に想像に餘りある。多くの者は自分の死の自覚さえもなく、周囲の状況が変化しているのを見て、負傷の為に一時頭脳が狂っているのだ、位に考えている。
『が、霊界がこの戦争の為に受ける影響は直接ではない。新たに死んだ人たちを救うべく、力量(ちから)のある者がそれぞれ招集令を受けて幽界の方面に出動することがこちらの仕事じゃ。既に無数の義勇軍は幽界へ向けて進発した。目下はその大部分が霊界の上の二境からのみ選抜されているが、やがて私達の境涯からも出て行くに相違ない。

『私(わし)などはまだまだこの種の任務を遂行する力量(ちから)に乏しいがしかし招集令さえ下さったら無論出掛けて行かねばならぬ。しかしこんな平和な生活を送った後で再び幽界の戦禍の中に埋もれるものはあまり感心したこととも思われない。
『が、戦争の話はこれきりにして置くとしよう。私達は全力を挙げてこの通信を遂行せねばならぬ。お前の方でも多分できるだけ迅速にその発表に着手することと思う。無論今すぐにとも行くまいが、しかしその中時期が到来するに相違ない。』
 叔父さんからの右の通信の中に、招集令さえかかったら無論幽界へ出掛けて行くとありますが、その招集令は約二年の後にかかりました。一九一六年五月初旬、ワアド氏の実弟レックス中尉が戦死を遂げると共に、ワアド氏は直ちに霊界の叔父さんを訪問して右の事実を物語りました。叔父さんは直ちに奮起して幽界に赴き、爾来百方レックスを助けて更に精細無比の幽界探検を遂行することになるのでありますが、其れは別巻に纏められて心ある人士の賛嘆の的となって居ります。
 
   
           三十三 通信部の解散
 続いて一九一四年九月十四日の夜にもワアド氏は霊界の叔父さんを訪れました。叔父さんはモリイを相手に甚だ寂しげな様子をしていましたが、やがて叔父さんの方から言葉(くち)を切りました。──
 叔父『この通信事業もいよいよ今日で一先ず中止じゃ。私を助けてくれた通信部隊も解散せられ、私一人だけが元の古巣に取り残されている。お前もその中東洋方面に出掛けることになるが、見聞を拡げることが出来て何より結構じゃ。旅行についての心配は一切無用、お前は安全にビルマに到達する。
『こんな事情で、私は当分お前に面白い通信をやれないが、しかし月曜事に必ず霊界(こちら)へ来てもらいたい。一旦霊界の扉が開かれた以上、それが閉まらぬように気をつけねばならぬ。その中私の方から必ず又新しい通信を送ることにする。その通信の性質はまだちょっと判らぬが・・・・・・。』   

『まアやるだけの仕事をしっかりやるがよい。霊界から集めたいろいろの材料を適宜に分類して行けばかなり完備した霊界の物語が出来上がるであろう。
『地獄、幽界、半信仰の境、信仰ありて実務の伴わざる境、それから実務と信仰との一致せる境──すべてに亙りて私の方から一と通り通信を送ってある。もっと上の界のことは私にも判らない。が、その中第五界の生活に関しては私は多少材料を手に入れ得る自信を持って居る。
『くれぐれも受け合って置くが私の将来は活動と努力の連続である。最後の大審判の喇叭(らっぱ)が鳴るまで常世の逸眠に耽るものと私のことを考えてくれては迷惑である。私は飽くまでもお前達と同様に活きた人間として向上の道を辿るが、ただ私はお前達と違って肉体の桎梏(てつこく)からは永久に脱却している。もはや苦痛もなく、飲食慾もなく、又睡眠さえも不要である。全然日常の俗務俗情から離れて、心地よき環境に起臥し、自己の興味を感ずる一切の問題につきて充分の討究通づけることが出来る。私には地上の何人にも期待し難き便宜と余裕とが与えられている。私は夢にもこの好機会を無益の頼眠に空費し、役にも立たぬ賛美歌三昧にひたり切るつもりはない。私は飽くまで他(ひと)の救済に盡瘁(じんすい)する。そうすることによりて一階又一階と次第に高きに就き、一日又一日と新たなる朋(とも)を作り、新たなる真理に接して、自己完成の素地を築いていくつもりである。

『私はすでにある程度まで幸福である。満足である。物質界から遁れ得て眞にうれしい。が、まだまだ絶対幸福の境涯に達しておらぬことは勿論である。
『圓満具足の境涯は前途尚遼遠である。それに達するためには一意専念、幾代かにわたりて精進力行、新たなる経験を積み、新たなる真理に目覚めて不断の向上をはかって行かねばならぬ。
『それ故に、いつも私を仕事と娯楽とに忙殺されつつあるものと思ってもらえば間違いはない。私の所謂仕事というのは一歩一歩私を向上せしむる信仰の道である。又いわゆる娯楽というのは地上の人達が仕事と考えている建築学その他である。
『ここに私は地上人の人達・・・・・・、私の挨拶を受け入れてくださる方々に謹んで敬意を表する。お前には毎週一度づつ必ず来て貰いたい。当分これでおさらばじゃ。この通信事業に従事してくれたKさんその他に対しては特にここでお礼を述べて置きます。』
 ワアド『お暇する前にちょっと伺いますが、目下Pさんやら、Aさんやら、又陸軍士官さんらは、どうなすっておいでです?』
 叔父『陸軍士官はモーしばらく練習を積んでから幽界に出動し、地上からぞろぞろ入って来る新参の霊魂達の救済に当たることになって居る。イヤ決起盛りのものが急に勝手の分からぬ境涯へ投げ込まれたのであるから、それらは大いに救済の必要がある。しかし心配するには及ばぬ。救済の手は霊界からいくらでも延びる・・・・・・。

『Pさんは又もや地獄の方へ手伝いに出掛けて行った。Aさんのみは私が昔居った学校で相変わらず簡単な日記を頭痛鉢巻きで勉強している。』
 ワアド『叔父さんは只今昔と仰いましたが、地上の時間で数えるとあなたがお亡くなりになってからたった九ヶ月にしかなりません。』
 叔父『全くナ・・・・・・。が、霊界では、時間は仕事の分量で数えて、時日では数えない。それ故厳格に言えば、霊界に時間はないことになる。尤も地上に居ったとて、今年のように多忙な年は例年よりも長く感ずるに相違ない。今年の大晦日になると、お前はじめ世界中の人々は、こんな長い年はないなどと世迷言を言うじゃろう。しかし今日はこれで別れる。』
 ワアド氏は叔父さんに暇を告げて地上に戻りました。
 その後もワアド氏は約束通りしばしば霊界旅行を試み、その都度常に快感を以て迎えられましたが、しかし格別重要な問題には触れず、単に家族への伝言とか、浮世話とかを交換するくらいのものでした。叔父さんはその間も何やらしきりに深く研究を重ねつつあった模様でしたが、ワアド氏には何事も漏らしてはくれませんでした。
 が、ワアド氏がその戦没せる愛弟の為に叔父さんの援助を乞わねばならぬ重大時期がやがて到着しました。その援助は快く与えられ、それが動機となって、幽界の事情は手に取る如く明瞭に探窮さるることになりました。──が、それは後日の問題で、叔父さんによりて為されたる霊界生活の物語は一と先ずここで完結となるのであります。 
 
            ── 下編 ──